カフェテラス 13
「・・・ね・・・・・・もう帰らないと・・・朝になるよ」
「ん、今日は帰らない。そのまま仕事行くから。だからさ・・・」
「え?あ・・・んっ・・・ちょっ・・・・・」
なかなか離れてくれない彼は、私の胸に顔をうずめたまま
私の髪の先を指で弄びながら少し眠たそうにまどろんでいる。
「すげー気持ちいい・・・」
「赤ちゃんみたいだよ。吉永さん」
「少し眠っていいか?」
「いいけど・・・ほんとに帰らなくていいの?」
「秋山に話合わさせるから大丈夫。その為に連れて行ったんだし」
なるほどね。そういう時って男同士は協力的だもんね。
帰らなくてもいいっていうのはとても嬉しいけど。
「ん。じゃ少し寝たら起こしてあげるから寝て」
「香織ちゃんも眠ったら?疲れたろ」
「それは誰のせいでしょう?」
「さあ 知らない・・・・・・」
すぐにスースーと寝息が聞こえてきた。
それを聞いてたらいつの間にか私までうとうとしそうになったので
慌てて携帯のアラームをセットした。
そしてそのまま一緒に、少しの仮眠をとった。
すぐに朝がやって来て、二人とも眠そうな顔のままお互いに出勤した。
その日は一日体がだるくって、でも昨夜の事思い出すだけで思わず顔が緩んでしまう。
疲れた体とは真逆で、いつもよりも元気に仕事してるから不思議。
もうすぐランチタイム。吉永さんがやってくる。
本当に大丈夫だったのかなぁ。
ちょっとだけ気掛かり・・・と考え事をしていたところに
ママさんに呼ばれて現実に引き戻された。
「香織ちゃん」
「はい?」
「今日うちの子参観日なんだけど少しだけ抜けても大丈夫?」
そう言えば前そんな事言ってたなぁ。
「はい。大丈夫ですよ。行って来て下さい。」
「じゃ、ランチのお客さんが落ち着いたら行ってくるね。」
「はーい」
「香織ちゃんがよくやってくれるからほんと助かるよ。」
また胸がちくんとなった。
「あ、吉永さん いらっしゃいませ」
私、顔赤くなってないだろうか。
「おう」
「ランチでいいよね」
「今日は軽いもんにして。サンドイッチとかさ」
「あれ、食欲ないの?」
「昨夜、飲みすぎたからな」
そう言いながらくすっと笑った。
その笑顔が堪らなく私を刺激してしまう。
ママさんが仕方ないなーって言いながら、私にミックスサンドを作ってあげたらって言った。
サンドイッチは私の担当だからね。
他にも飲み物とかパフェとかは、私が作ることになってる。
「吉永さん、それでいい?」
「サンキュ。それがいい。・・・・けど香織ちゃん作れるの?」
「失礼な!私のサンドイッチ食べたら元気出るよー。」
「わかったわかった。作って下さい。あと美味しいコーヒーもね。」
良かった。とりあえず今のところは何も起きてないみたい。
もし私たちの関係がばれたら、会えなくなってしまうかもしれない。
そんなのもう耐えられない。
大好きな彼のためにサンドイッチを作った。
心を込めて、あとたっぷり愛も込めて
美味しいって言ってもらいたくって。
そして特別に、挽きたてのブルマンを添えて出した。
「じゃ、行って来るね。算数だって言ってたけどあの子、手挙げるかな?」
「あはは、お母さんが行ったらきっと喜んで挙げると思いますけど」
「だといいけどね」
ママさんは出掛けていってすぐに、エプロンしたままだったって戻ってきた。
あわてん坊さんだな。でも素敵なお母さん。
「ママさん、どこいったの?」
「ん、授業参観だってさ。」
「そか。働いてると大変だろうな。子供まだ小さいみたいだし。」
やだ そんな話 したくない・・・・・
「ねぇ、コーヒーおかわりどう?私からサービス」
「おう。旨かったよ。サンドイッチもコーヒーも。」
「でしょ。特製ですから。ふふ」
「香織ちゃん、コーヒー淹れるの上手だよな ほんと。 ここだけの話、ママさんよりうまいかもな。」
「高校生の三年間ずっと淹れてたからね。」
「へぇ、初耳だな。」
「挽き立ての豆の香りが大好きなんだよね。幸せ感じるの。」
他のお客さんが居る手前もあり、昨夜の話はできない。
でも何もなかったんならそれでいい。
また会えるのならそれでいい。
「こんなに美味しいのに昔は悪魔の飲み物とか言われてたんだよ。」
「そりゃひどいな。」
「だよね。これが飲めないなら悪魔にでもなってやるって思ったよ。」
「その時は付き合うよ。」
「あはは、絶対だよ。」
二人でコーヒーの香りの中で無邪気に笑った。
でもね、悪魔になるのは私だけでいい。
吉永さんを連れて行ったりなんか・・・・・しない。
それからも私たちは週の半分の夜を一緒に過ごした。
たまには私の作った料理を食べにうちに来たりもしたけど
二人で色々なお店に行ってみたいと彼が言うので外食が多い。
そのあと行きつけのお店に飲みに連れて行ってくれるけど
どこに行っても私の事を彼女だと紹介してくれる。
みんなも事情を知っていながら、私にそういう風に接してくれる。
私自身が時々、その事実を忘れそうになるくらいに・・・。
たまに秋山さんにまたアリバイ頼んでるみたいで
そんな時は朝まで二人で愛し合った。
こんなに一緒にいられていいのかなって思うこともあったけど
敢えて何も考えないことにしていた。
普通の恋人同士のように、二人でいられる幸せだけを感じていたかった。
やっぱり短かった秋が過ぎて、冬が来て
街の木々がその姿を変えても、私たちが変わることはなかった。
何度愛を確かめ合っても飽きることなどなくて
私は彼に溺れきっていた。
そんなある日、なつみさんから電話があった。
会えないかと聞かれて、その日の夜会う約束をした。
今日は吉永さんとの約束はないから。
私の毎日は吉永さんで決まる。優先順位は彼がいつでも一番。
待ち合わせは居酒屋さんだった。
「なつみさん、今日はお店休みなの?」
「・・・・・・うん。言ってなかったけど・・・お店閉めたんだぁ。」
「えっ?うそ、知らなかったよ。全然言ってくれないんだから。」
なつみさんとは時々電話で話をしていた。
確かに段々元気がなくなっているのには気がついてたけど
まさかそんな事になってるなんて・・・
「心配するかなって思って。」
「どうして?オーナーは?」
「うん。健吾は今は家にいる。昼はちゃんと仕事してるみたいだけど・・・。
お店作る時の借金があったらしくって。事実上は潰れたってとこかな。」
「・・・・・・・みんなは?」
「まきちゃんはね、これを機に新しいお店やるって。スポンサーいるらしいから逆に良かったかもね。えみちゃんは・・・・・」
「えみちゃん、大丈夫?」
「いつの間にか来なくなって・・・渡してない残りのお給料もあるのに連絡つかなくって・・・」
私が吉永さんと楽しく過ごしてる間に、色々なことがあったんだ。
「なつみさん 何か顔色悪いよ。平気?」
「眠れなくてね。ずっと」
なつみさんがこんなに苦しんでる姿見たくなかった。
あんなに嬉しそうにオーナーの事話してたのに・・・。
「ゆかちゃん お願いあるんだけど・・・・」
「何?私に出来ることなら何でも言って」
「付いて来てほしい所あって」
「ん?どこ?」
「・・・・・健吾が心配で・・・健吾の家に行ってみようと思うの」
「なつみさん・・・・・・」
下を向いて今にも泣きそうななつみさんを見てると
とても断ることは出来なかった。
「いいよ。なつみさんが行きたいなら、私、ついて行く。」