カフェテラス 10
次の日、喫茶店のママさんに具合が悪いからと連絡して
昼の仕事を休ませてもらった。
幸い土曜日で、会社も休みのところが多いし
そんなに忙しくはないはず。
それに週末だから、吉永さんも来ない。
昼を過ぎた頃、まこちゃんに電話した。
今日まこちゃんの会社が休みなのは知っていた。
どうしてもまこちゃんには話しておきたかった。
私はとてもずるい女だ。
隆志とまこちゃん
二人が付き合えば少しは救われる気がした。
仕事休んでうちにいるよって連絡したら
ケーキ買って遊びに行くねって言って、ほんとにすぐにやって来た。
「わっ、どした?その眼」
「ちょっとね 色々あって・・・・・」
「隆志と喧嘩でもしたの?私から言ってあげようか?」
「違う。そうじゃないから。」
美味しそうなケーキをお皿に入れて、コーヒーを淹れてから座った。
「話したくなかったら無理には聞かないけど、相談したくなったらいつでも言ってよ。
私はいつでも香織の味方なんだからね。」
まこちゃんは本当に私に優しくしてくれる。大好きな先輩。
「昨日ね 隆志と別れたんだ。」
「うそ・・・・・でしょ?」
「ほんと。あ でも隆志は悪くない。私の勝手で別れたから。」
「そう・・・なんだ・・・・・。」
「うん。もう終わったから。だから・・・・・」
なんて言えばいいのかわからない。
この場面にふさわしい言葉が出てこなくて
暫く二人とも黙りこくっていたら、まこちゃんがぽつりと言った。
「もしかして 気がついてた?」
「え・・・・?」
「私が隆志を好きだったこと、ひょっとして知ってたかなって思って。」
「そうだったの?」
うん・・・知ってたよ。だいぶ前から知ってた。
「香織に謝らなきゃって思ってたんだけど、話しちゃうとかわいい後輩も居なくなっちゃうかなって思ったら言えなくって・・・・・香織・・・ごめんね。」
「そんなのいいよ、まこちゃん。もう隆志とは終わったし・・・・・それに・・・もしまだ気持ちがあるなら・・・こんな事、私が言うとおかしいかもしれないけど・・・・・」
「それは無理だと思う。もう随分前に振られたからさ。」
「そ・・・うな・・・の?」
「うん。はっきり言われた。私ね、香織のことも本当に好きだけど、でもどうしても自分の気持ち抑えられなくって・・・。一度でいいからって言ったんだけどさ。もっと自分大事にしろって・・・・・それに香織に知れたらあいつ泣くぞって、香織はまこちゃん信じてるしって言ってた。あいつは泣き虫だからって・・・・・」
「でも、私見たんだよ。二人がキスしてるとこ。」
つい口が滑ってしまった。言うつもりなかったのに。
一瞬だけど まこちゃんはかなり吃驚していた。
そしてゆっくりと話し始めた。
「・・・見ちゃったか。きっとその時だよ。香織が居ない時狙ってさ・・・ほんとサイテー。
これでもかってくらい誘惑したんだけど、でもそれだけ。その後あっさり帰されたし。意気込んで言った割りには玉砕って感じかな。私もその時には香織の事、頭に無かったから・・・・・そっか、あの時から知ってたんだ。香織ってば 仕事急に辞めるからさ、事務は性に合わないとか言って、もう!今やっと理由が分かったよ。」
そうだったんだ。
何にも知らなかった。
「まこちゃんてさ、今でも隆志の事好きなの?」
「・・・・・・・・・隆志さ、去年仕事変わったじゃん。転職した時さ。」
「うん」
「今の給料だと二人で働いても生活きついかなって、私に聴くんだよ?そんなの独身の私がわかる訳ないのにね。それで今のとこ就職しなおしたんじゃないかな。前より時間不規則だけど給料はいいみたいな事言ってたから。多分、あんたと結婚する気だったと思うよ。口下手だからわかんないか」
・・・・・隆志・・・・・
「言っとくけど隆志から連絡があったことはないよ。私が何度も電話したり待ち伏せたりしてただけ。私、諦め悪いからさ。庇う訳じゃないけどね。」
止め処なく、また涙が零れる。
昨日あんなに泣いたのに、人はどれだけでも泣けるんだなあと思った。
「ほんと・・・・・・泣き虫だよね。困った子だわ。」
「ご・・・・めん・・・・・うっ・・・・ぐっ・・・・」
「謝るのは私だから・・・・・ちょっと血迷ってた。人の彼氏、誘惑しちゃいけないね。ごめんね。」
私は何も声にできずに首を横に振って、まこちゃんの手を握っていた。
きっとまこちゃんはまだ隆志の事想ってるんだと思う。
まこちゃんなら、分かってくれるかも知れない。
「私が浮気したの。」
「え・・・・・?何?」
「好きな人ができたから別れてくれって、私からお願いした。」
「香織・・・・・あんた」
「だから、まだまこちゃんが隆志の事好きなら・・・・・」
「それはないよ、香織。そんな簡単にいくもんじゃないよ。」
「まこちゃん?」
まこちゃんの顔色が変わったのがはっきりわかった。
喜怒哀楽の激しい人だから。
そんなまこちゃんが大好きだった。
自分をしっかり持っている優しくて強い人。
「どんな人なの?」
「・・・・・それは・・・・・言えない。」
「夜のバイトで知り合った人?水商売の人とか?」
「違う。バイトは辞めたし・・・・・まこちゃん、あのね。」
まこちゃんは私の味方だと言ってくれた。きっと解ってくれるはず。
「・・・・・・その人ね・・・・結婚してる・・・から・・・・」
やっと発したその言葉に まこちゃんはかなり驚いてる様子だった。
「香織・・・あんた、いけないよ。私が言えた立場でもないけど、やっぱり奥さんはまずいよ。」
「解ってる。でも好きなの。もう離れたくないの。」
「自分のやってることもう一回考えてみなよ。相手の家庭壊す気なの?」
まこちゃんに言われてはっとした。考えたことなかった。
家庭を壊す?
そんなつもり・・・・・なかった。
ただ好きだから、二人で居ると幸せな気持ちになれるから。
「奥さんに悪いとか思わないの?自分が逆だったらどう思うの?」
・・・・・やめて・・・まこちゃん・・・・・もう言わないで
「隆志は知ってるの?・・・・まさか言えないか。」
「お願い まこちゃん。隆志には・・・・・・」
「言わないよ。言えないしそんな事。不倫だよ?そんな事知ったら隆志、暴れるよ。」
『不倫』か・・・・・何も言い返せない。
ただ下を向いていた。
まこちゃんの眼をまっすぐに見れなかった。
気配がして少しだけ顔をあげると
まこちゃんはかばんを手にして帰ろうとしていた。
「まこちゃん・・・・・帰るの?」
「香織がそんなだと話にならないから。ごめん。悪いけど今日は帰る。」
バタン・・・
まこちゃんには解ってもらえると思ったのに。
私の見方だよっていったのに。
ただただ孤独だった。
どうしようもなく辛くて
暗くなってからタクシーを呼んで夜の街に出掛けた。
だけど特に行くとこなんか無くって、気がついたらなつみママの店に来ていた。
「あれ ゆかちゃん ひとり?」
まだ早い時間に来たせいか、なつみママしか居なかった。
「みんなは?」
「まきちゃんは買出しに行ったよ。あと新しい子いるけど、遅くしか来なくて。」
「そっか・・・・・・」
「ゆかちゃんは?待ち合わせ?」
きっと吉永さんのことを言ってるんだろうな。
「・・・・・・・・何となくお酒飲みたくて・・・・いい?」
「もちろんだよ。何なら仕事していってもいいくらいだよ。今日は土曜だからさ。バイト代出すよー。」
「うん、いいよ。手伝うし。でもバイト代いらない。お酒飲みたいだけだし・・・・。」
「どした?」
「ん、どうも・・・・しない。」
「・・・・・・そう。」
それからまきちゃんが帰ってきて
昔私についていたお客さんに、まきちゃんがわざわざ連絡までして越させたりして
何も考えられなくなるくらい酔ってしまいたかったけど
いくら飲んでもちっとも酔えなくて、お酒に強い自分の体質を恨んだ。
新しい女の子っていうのは後から来たけど、何時になってもえみちゃんは来なくって
「えみちゃん、遅いね。」
厨房で煙草吸ってたまきちゃんに聞いてみた。
そして煙草一本貰って吸った。
「えみね・・・・最近ちょっとおかしくって・・・・・・」
「え そうなの?」
「彼氏 出てきてさ。それからかな。あれはもう駄目かもね。」
「だめって・・・?」
「あまり大声で言えない話だからね・・・彼氏なんで入ってたか聞いてる?」
「知らないけど・・・・・・」
「薬らしいよ。あれは治らないから。えみもここじゃお金、足らないでしょ。」
「・・・・・・そんなのって・・・・・」
「ま 私らがとやかく言うことじゃないからね。ここも来たり来なかったりでさ。ママも何も言わないようにしてるよ。」
そんなに簡単なものなの?誰か助けてあげられないの?
そう思ってみたりもしたけど、でもやっぱり私には何もできないし
何かしてあげられるような人間でもない。
この世界では見てみない振りしなくちゃいけないことが沢山あって
そのお陰で見て見ぬ振りもしてもらえる。
私が人の事、何だかんだ言える立場じゃないんだ。
でも えみちゃん 幸せになってほしい・・・。