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片隅の光

「私が恋をするなんて許されないことなんだよ」

彼女の茶色の瞳に映った僕は、所在なさげにゆらりと揺れた。


祖母から聞いた昔話によると、シュタットはアウゲンブリック大陸の玄関口であり、春夏秋冬いつでも貿易船が港を訪れ、港町は白い肌の人や赤い髪の人など僕が見たこともないような人達でにぎわっており、店頭はさんさんと照らす電気の下を様々な色の果実で彩られているらしい。ずっと賑やかで、眠る時間がもったいないような、ずっとうきうきするような。とは言っても聞いたことの無い土地だから、寝具の中や農作業の手伝いの間にぼーっと考えただけしかない僕のような人にとっては未知の世界だったが。

僕が住んでいる村はそんなシュタットから馬で駆けて1週間、そこから馬が入り込めない山中のけもの道を2日間程歩くと小さな風車が見えてくる。僕の住むミットライトについて語れるようなものはそれくらいだ。もちろんこんな山中のへんぴな村に電気なんか通ってないし、水だって片道30分はかかる川まで歩かなければならない。多くの人が「不便だ」と眉をひそめるだろう。しかし僕は比較できるような集落が近くになかった。幼いころはこの山だけが世界だと思っていた。この山が全てで、この山にいる皆が全てだった。だから金髪の少女がこの村にふらりと訪れた時は本当に驚いた。

 彼女に出会ったのは、まだいつもはまだ布団の中にくるまっている、薄暗い明け方。冬になるとミットライトでは、青々とした幹に雪化粧をしたキルシェの収穫をする。親指の爪より一回り大きいくらいの、揺らりときらめく炎のような色をした果実で、果実にかぶりつくととろりと流れるさっぱりと甘い汁が流れだし、ここでは数少ない楽しみの一つとなっている。人々に隠れてキルシェの枝に腰をかけ仲間たちとひそかにおしゃべりをする妖精達が空に溶けた後、朝日が裾野をもうすぐ照らそうかというような頃、キルシェは抜群に美味しくなる。サクサクとしたみずみずしい果肉、今から始まる一日が楽しみで暴れだすような芳香、したたる果汁は昼間とは比べものにならない。だから僕たちは冬の間は、母親に起こされる前に自分から布団をはねのけ、薄っぺらい外套をひっつかんで玄関の扉をバタンと開ける。吐き出した白い息の奥に見えたのは、キルシェの木の下で雪を被ったまま寝息を立てている金色の髪を持つ少女だった。突然の状況で体が固まってしまった。死んでいるのか…?そうっと近づいてみると、ケガや病気をしているわけでもなく、規則正しく胸が上下していたのでとりあえず安心した。周りには他に人なんていないし、白銀に包まれた地面はまっさらで足跡は残っていなかった。相当長い間眠っているようだ。それにしてもこの薄暗闇をぼうっと淡く照らすかのような金髪の少女は誰なのだろう。色々考えながら、しゃがんでその横顔を見ていたら僕の気配に気づいたのか、ぼんやりと目を開けると驚いて後ろに転がっていきキルシェの幹にぶつかった。大きな幹がかすかに揺れて雪が少女のもとに落ちる。すぐ飛び起きて片膝をついてこちらを見定める。その体の身軽さと、向けられたブロンドの目に込められた敵意に困惑する。相変わらず何も動けないままきょとんと見つめていると、相手は目尻を下げた。僕のもとに歩み寄り、

「ごめんごめん人間違い。気にしないで。ここの人?」僕はゆっくり頷いた。外套をつかんだままの手は汗でじんわりとしている。

「私はリーベ。こんにちは。」さしのべられた手を使って僕は立ち上がった。こう立って並ぶと相手の方が少し目の位置が高い。雪がまだ少し付いている金色の髪、ブロンズの瞳、透き通るような白い肌、改めて彼女は僕たちと違う人間なんだと直感的に思った。

「君はどこから来たの?コーミッシュ?シュリヒト?シュタット?」僕は知っている数少ない街の名前を挙げていく。

「うーん…どれも聞いたこと無いなあ…」なんとなくわかってた気がしてたけど、改めて認識すると自分の知っている世界が狭いことに改めて気づく。

「マル・ダムールって聞いたこと…無いよね。ここから北の北のもっともっと北にあって、ずっと地面が雪で覆われてるくらい寒い場所なの。どこかの街から訪れる人もいないの。」

「それならうちの村と一緒だね。」

「ううん。ここの方が気候も暖かいし、おいしそうな果物も生るし、いい場所だと思うよ。」そう言ってキルシェを雑にもぎ取り、口に放り込んだ。

「久しぶりだよ。こんなに甘いやつ。」そう言ってリーベは顔をほころばせた。うっとりするような目をして十分その味を噛みしめた後、勢いよく種を飛ばした。飛んでいった種は放物線を描くことなく、ほぼ直線を描いて消えていった。

「キルシェは朝方が一番美味しいんだよ。甘さも果肉も。」

「キルシェって言うんだ。これ。それじゃもう朝以外に食べられないね。昼頃に食べるキルシェ。夜更けに食べるキルシェも、新鮮な気分で食べることが出来ないんだね。」

「そんなこと考えもしなかったよ。」

「夜に食べたら『ああやっぱりキルシェは朝の方がみずみずしくて美味しかったなあ。』って比較できるより良いものがあると、なんだか『夜のキルシェ』をまっさらな気分で楽しむことが出来ないじゃん。」少し興奮した調子で早口で畳みかけるように出された言葉はあまり理解は出来なかったけど、それらの言葉と手慰みにちまちまとヘタをいじるリーベを見てなんとなく悲しいということはわかった。

「知らない方がいいことだってあるよ。」噛み合ってるかよくわからない慰めをかけると、そのまま表情を変えずにちまちまといじり続けていたが、ふっと笑い声が漏れた。

「私の感情を君が奪ったんだよ?」不敵な笑みを浮かべて僕の目を最短距離で見つめる。

「僕達のキルシェを勝手に食べておいて…」

「この星にあるものは全て皆のもの。私のものでも君のものでもないし王様のものでもないし神様のものでもない。全部全部みんなのもの。」両手を水平に広げて左右に振る。

「自分のものなら名前でも書いとかないと。」

「僕のものというより村の皆のものだからあんまりいざこざを起こしたくないというか…」誰もいないのにちらちらと周りを見る僕とは対照的にすました顔のリーベ。

「それじゃあ私はこの村にお世話になるから私も村の一員だよね?」また摘み取ったキルシェをつまんで満面の笑みを浮かべた。


 朝日が山の裾から顔を出し、その光が一面に広がる雪をキラキラと照らし始めた頃、娯楽が無いミットライトでは、金色の髪の少女はすぐに村人たちの注目の的になった。というのも僕の家の近くのキルシェはリーベが全て食べつくし、他の木のもとに行かねばならなかったからだ。しかも枝に座ってひたすらキルシェを食べながら恍惚の表情を浮かべているからなおさらだ。だが、触らぬ神に祟り無しということで、大人たちは遠巻きに見つめてひそひそと話すだけだ。

「なあ、それ目立つからやめた方がいいよ。」枝にまたがり何十個目ともわからないキルシェを一心不乱に頬張るリーベに声をかける。こうしてリーベに関わる自分も目立ってしまうわけで、あとでおばあさん達に質問攻めにされるのかと思うとうんざりする。そんな僕を全く意に介さず止めるそぶりを見せないリーベ。

「もう食うのやめろって!!」大きな声を張り上げると、びくっとして素早く飲み込むやいなや、いそいそと木から降りてきた。

「ごめんごめん。教えてくれてありがとね。」

「ああ。」

「日がそんなにのぼってるなんて気づかなくて。途中からうっすらキルシェの甘さが落ちてるような気はしてたんだけど。」

「怒ってるのはそこじゃない。」

「へ?」

「まあ、もういいよ。」野次馬の視線を浴びながらキルシェの木を離れて帰路につく。リーベが僕の横をすたすたと歩く。遠慮と罪悪感の混ざった悲しげな表情の横顔が逆光に照らされる。

「ごめんね。」とぽつりと言った。

「あまりにおいしかったからさ。つい。」間髪入れずそう付け加えた。

「あんまり目立ちすぎると厄介だから気を付けてね。」

「わかった。ありがと。」

くっきりとした影がふたつ溶け合って伸びていた。

家に入ろうとドアに手をかけるとリーベはなにかいいたそうな目をしつつもつま先で地面をいじっていた。僕は「それじゃ」と言ってドアを閉めた。パチパチと爆ぜる暖炉の前の椅子に体を預ける。もごもごしながらも外套を脱いで床に投げ捨てる。もちろんわかってはいた。ふらりとこの村に訪れた彼女をもてなすような物好きはいないことも、それを承知の上彼女が僕に気を遣ってくれて「泊めてよ!」と駄々をこねなかったことも。でもどっちにしろ彼女に行く先なんて思いつかず玄関先に今もいることも。あんなにも隠すこともなくはっきりとした感情は見たことがない。あきれて笑いが漏れてしまった。ゆっくりと立ち上がり体の形が残ったままの椅子を残し、僕はドアの前に立った。もう少しこの台風に巻き込まれることにしよう。ドアを開けた僕の前にきょとんとしたリーベ。そして嬉しそうに笑った。

「ありがとう」

色んな国の言葉を載せた「すぐひらめく!ネーミングハンドブック」という本を買い、かっこいいカタカナを使いまくりたいなあとファンタジーを書きました。続きの発表の時間は未定なので、気長にお待ちいただければ幸いです。

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