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詐欺に愛増して

作者: 荒渠千峰

『はじめまして。わたしは結奈っていいます☆ 突然ごめんね。最近、友達が彼氏作っちゃって私だけ一人ぼっちで退屈してたの(>_<) 話し相手になってくれると嬉しいな♪』


 とあるチャットアプリに届いた別段珍しくもない詐欺誘惑。下の方には怪しさ満点のURLが貼ってあり犯罪のスメルがプンプン漂っている。


「ちっ……だりぃ」


 暗闇が支配する部屋の中、スマートホンの画面だけが唯一の灯りとなっている。朝早くから通知音で起こされた俺こと敦井檜垣つるいひがきは血圧が低いのを理由に酷く機嫌が悪かった。

 ある程度の収入を得た俺は先月、会社を辞職してネットで様々な仕事をして稼いでいた(合法)。俺からすると家からあまり出ずに、広告やら何やら作るだけで貯金が増えるわけでありこれ以上オイシイ仕事はない、そして自分に向いていると自負していた。


「あー、さみ」


 まだ日も昇っていない早朝から、すっかり目が冴えた俺はのそのそとベッドからはいずり出てパソコンを立ち上げる。右下の画面が点滅していたのでそこをクリック。メールが数件、どれも俺が契約している会社からのメールだった。


「あー、いっちょやりますか」


 全てに返信したあと、早速ソフトを立ち上げて作業に取り掛かる。ブルーライト防止の眼鏡を掛けてUSB端子を繋げたパッドで絵を描き始める、がピタリとその手が止まり徐にヘッドセットを装着してSNSとつなげた。


「あー、マイクテストマイクテスト。聞こえてる?」


 すると、そこから『起きてるよー』『朝早くからめずらしいな』『どしたどした?』と文章が書き込まれていく。


「薬品会社のマスコットキャラデザで栄養ドリンクを売りたいらしいんだけど、どういうのが売れると思う? っつかどういう感じのだったら買いたいって思う?」


『ずばり萌え!』『えー、逆に買いにくくない?』『んじゃ、ちょい露出失くした感じで』『どんだけ露出期待してたんだよww』『ヒガさん相変わらずのイケボですね』


「イケボとか言うな、恥ずかしくなるから。んー、萌えとは違うがこんなのはどうだ?」


 俺はそう言うと、パッドに手早く、眠そうな顔をした髪を後ろで括った女性会社員を描き、それをスライドさせてSNSにアップする。


『おおー』『短時間でこのクオリティww』『その絵心俺にもくれ』『充分萌え要素含んでるよ』『ヒガさんにとっての萌えってどんなんだろう?』


「俺にとっての萌えは、昔からギャップだけだ。それ以外は認めねえよ」


『はい、イケボなら何を言ってもカッコよく聞こえる現象ぉぉお』『ですよねーw』『眠そうな絵も私好みなんですが、栄養ドリンクならシャキっとしている方がいいんじゃないですか?』


 一つの書き込みに「なるほどぉ」と納得しながら、俺はさらに絵を描き始める。


「それもそうだな。こういう真面目な回答くれる人が少なくなって俺は悲しいよ」


 描き終えた俺は再度絵をアップさせる。キャラクターは先ほどと変わらないが、着崩れていたスーツをきちんと着ていて表情もキリッとしている。


『やっべーこのキャラ好きww』『俺を踏んでほしい』『昼は厳しくて、夜は甘えてくる感じのタイプだな』『なにその理想の嫁ww』『栄養ドリンク買いに行ってくるぜ(意味深)』


「この2枚で栄養ドリンクを飲んだ効果というのを表現させるのもいいな」


 反応はまずまずといったところで俺は満足して、先ほど書いた絵を会社宛のメールに添付して送った。


「みなさん、たくさんのコメントありがとうございました。困ったことがあればまあ、俺でよければ今度力になりたいと思いますんで、是非今後ともごひいきにー」


『ヒガさん、最後のやつー』『忘れてるぞー』『wktk』


 そうだった。このチャットを終わる時、最近起こった出来事を言うという習慣があったんだ。すっかりコーナー化しちゃってるけど。


「えーっと、さっき詐欺に遭いそうになりましたー。皆さんも気を付けてくださいねーおつかれー」


『おつかれさんしたー』『ご苦労様です』『危機感なさすぎw』『顔見せて』『また次も来ますー』


 こうして俺の仕事は短時間で終わりをむかえたのだった。




 午後、再び通知が着ていたのに気付かず俺はアプリを開いてみる。するとまた先ほどの結奈というユーザーから文面が届いていた。


『お願いします! ちょっとだけでいいんです。そのURLで私とお話してください』


 このケースは俺にとって珍しい事であった。今まで幾度かこの手の詐欺は無視しておけば大抵向こうから引き下がってルームから退出するか、そのアカウントを捨てているかのどちらかだった。再び送ってきても同じ文面だったりするだろう。

 だがこの結奈というユーザーは文面を変えてきた。相手の気を引くため? それとも今回が初犯で勝手が分からない? その話が本当という線は無いにしても俺にとってそれはとても気味が悪く思えた。


「『詐欺うぜぇぞ』っと」


 俺は構わずその文面を送りつけて再びスマホを閉じる。自宅設置のパソコンを使って仕事をしているとはいえ、決して引きこもり属性とか引っ込み思案な性格というわけでもない俺は、現在母親と二人暮らしで生活している。母はバリバリの仕事人で俺の仕事の都合上、会う事はほとんどない。だからと言って仲が悪いわけでもない、久々に逢った友達みたいなテンションで会話をする少し変わった家族だった。今日も一人で家の中に居るのも飽き飽きしてきた俺は服を買いに大型モールへと車を出した。

 冬物セールが行なわれており日中客で賑わっていた。心底呆れ果てて今にも帰りたいという気分だったが、一昔前にネットで購入したはずの服が中身が違い、企業ともめたのを思い出し、あまりネットで買い物はしなくなってしまった。

 安上がりのセール物を組み合わせてみるとそこそこ色合いが丁度いいのが見つかったのでそれらを購入したのち、缶コーヒーを買い、モールを出る。駐車場での風当りに肌寒さを感じながら車まで足を急がせる。十二月に入ったばかりだというのに、すでにクリスマスを感じさせる装飾が独り身の俺に哀愁を漂わせる。

 車のカギを開けようとしたところでポケットのスマホがバイブ音を鳴らす。車内に乗り込んだ際、画面を確認すると、結奈と表示されていた。


『違います! 詐欺とかそんなつもりないんです』


 激しい憎悪が俺の中で湧き上がった。

 被害者面の文面、自分は何も知らないといったそのすまし顔、文体とは裏腹の画面の向こうでのこの結奈という輩の表情が想像だに出来る倦怠感。

昔付き合っていた女のことを思い出させる。理由もなく突然喚きだす彼女、それに苦悩してきたあの頃の俺自身。言葉にしなきゃ伝わらない事を勝手に解釈していると勘違いする被害者面をさらけ出す彼女。それのせいでいつも悪いのは俺。だから別れた、面倒なのだ。一人の時間も許さなかったあの女は今でも悪夢として蘇る。結婚とは人生の墓場という言葉も俺にとっては付き合い始めてから既に墓に入れられている気分だった。狭く苦しい土の中、もがけどもがけど光が見えずやがて徒労に全てを預けてしまう。


『被害者面をするな。マジでムカつくんだよ』


 単純にブロックしてしまえばこんな女かネカマかも分からない奴とのやり取りはすぐに終われただろう、しかし俺はそんなことはしなかった。理由は分からない、ただただ昔の嫌な思い出を掘り返されて愚痴を言いたかったのかもしれない。あるいは独り身の寂しさから表れた八つ当たりだったのか。

 再びバイブ音、返信が早くて驚いた。


『どうしてそういう事を言うんですか?』


 俺はこの文面を見て、この結奈という相手に少し興味が湧いた。いや、実際どうだろうな。ただ退屈だっただけなのかもしれない。


『何故、こんなことをやっているんだ?』


 そう送り付け、一旦スマホを閉じエンジンを掛ける。結奈とのやりとりは家に帰ってからの暇つぶしになればいいな、程度の考えだった。今までこんなに反応がいい詐欺文を送りつけてくる相手はなかなか居なかったせいか、驚くほど新鮮味を覚えた俺はとても気分が良かった。

 からかわれるくらいなら、それ以上にからかって終わってやるよ。






 車庫に車を停めてカギを掛ける。

 玄関を開けて先ほど買ってきた服をソファに置き、缶コーヒーを飲みながらスマホをつける。既に通知は届いていた。


『言えません』


 いやに現実味を帯びた文だと、俺は一瞬顔を訝しめた。相手を騙しにきているのか、果たしてそうじゃないのか分からなくなりそうだった。目的がまるで見えない、素人だったとしてもそこは嘘を吐く場面のはずだ。まるで本音でやりとりをしているような、重い空気を感じさせる。


『どこに住んでいる?』


 単に好奇心だった。個人情報を先に訊きだし、嘘を答えるのかそれとも本当の事を言うのか。


『どうしてそんなこと聞くんですか』


 驚くほど普通の反応だった。それも当然か、騙そうとした相手に住所を聞かれて疑問に思わないはずもない。それ以前に知らない相手に答える質問でもないか。


『大したことじゃない。とにかくこんなことはあまり褒められるもんじゃない。いずれ通報されるのがオチだ』


『あなたはしないんですか?』


『損害は出ていないからな、そんな暇があるなら働いているよ』


 思いのほか会話が弾む、単に文章を送るだけだからだろうか。全く繋がりのない赤の他人同士だからか、気兼ねなく文が打てる。


「……ふぅ」


『詐欺以外でなら、今後もこのチャットを続けてもいい』


 自分でもどうしてそのような言葉を送りつけたのか。送信ボタンを押したあとに、ふと思ってしまった。最初は単にイライラしていただけの相手なはずなのに、俺はこの状況をどこかで楽しみ始めていた。


『あなたは随分と変わり者ですね。ご迷惑でないのでしたら、これからもお話を聞いていただけると幸いです』


 そんなこんなで俺と結奈とのやりとりは始まった。どうせ長続きはしないだろう、そんな風にタカをくくっていたが、これまたどうしてかそのやりとりは二週間を経過しても衰える事は無かった。俺らは互いにルールを設けた。もちろんそれは個人情報を聞き出そうとしたり、それらを詮索する発言を禁止すること。あくまでこのチャットルーム内でだけの関係、それも騙そうとした相手と騙されようとしていた相手間での珍妙な交流。おもいのほか、結奈とのやりとりは楽しくあった。本当に詐欺文を送りつけてきた相手かと疑いたくなるような真面目な受け答え、会話の中にある些細な気遣い。相手がどのような人物かいよいよイメージが掴めなくなりつつあった。


「ふぅ、今日の仕事も無事に終わったぁあ」


 仕事の都合上もあるが出会いなど求めた事もない、機会すらない俺だったがこの結奈には一度会ってみたいという思いが無きにしもあった。ただこれは暗黙のルールを破る羽目になってしまう、おまけに実際出会ったとして相手がどのような相貌か皆目見当もつかなければ、それは実に無謀な考えなのだろうとそんな風に思っていた時、変化は起きた。


『ルール違反は承知の上でお願いがあります。一度、私と会っていただけませんか? 無理だと言うのであればこれ以降、このような話は致しません』


 どうやら向こうも同じことを考えていたようだ。いざ会って欲しいと言われると萎縮してしまいそうになるが同時に結奈という人物に会ってみたいのもまた事実だった為か前向きに検討しそうになる。昔、中高生のこれと似た指導があったことを思い出す。SNSだけのやりとりをしていた相手と実際にあったら拉致されたり脅されたりされていた動画。それらを見せつけられて俺はこんなことはしないから心配ないとタカをくくっていたが、それっぽいことやってるじゃないか。


『いいよ、ここからはルール無視の会話でいこう。俺は愛知に住んでいる、そこから考えてどこで落ち合うのがいいと思う?』


『私は千葉です。じゃあ東京で会いませんか? お互い距離も近いですし、目印だって多いですよ』


 東京か、しばらくぶりになるな。

 来週の土曜日、とうとうチャットだけがやりとりの相手と直に会う約束をしてしまった。結奈という名前からして女の子だとは思うが、万が一後悔してもいいようにネカマという可能性も考慮しておいた方がよさそうだ。過度な期待などは己を傷付けるだけだ。


「早く行って待つのもどうか……」


 一応互いが分かるように目印の様なものを付けておこうという話になった。赤いリボンを付けておけばお互いが分かる、そういうことになっていた。


 当日。


「……」


 待ち合わせ場所が見えてきたはいいものの、このままひょうひょうと警戒心も無しに相手を待つのも恐れがあった。ネカマかもしれないという思慮は施してはあるものの、それがガチムチ系のお兄さんもといおっさんだったりしたら即刻立ち去りたい勢いだ。とりあえず物陰に隠れて様子を窺う事にした。

 まばらだが何人か人が集まっていて誰が誰を待っているのか分かりづらい風景ではあった。目印を決めておいて良かったと心の底から思うが、もう少し特徴が分かりやすい物に決めておいたほうが良かったのかもしれないと少し戸惑う。

 やがて待ち人が来て、去っていく人々を見送ると手に赤いリボンを撒いている女の子が居ることに気付いた。高校生くらいかの見た目で、キュロットにカーディガンを羽織っており、フワフワなショートブーツを履いていた。待ち合わせ時間まで残り十分、どうやらあの女の子で間違いなさそうだ。

 俺は隠れる事をやめて、彼女の方へと歩き出す。こちらにはまだ気付いていない様子だった。俺は彼女の前で立ち止まり、こちらに気付くのを待った。


「?」


 こちらを見て表情を曇らせた結奈と思しきこの女の子。


「あの、もしかしてヒガさん……ですか?」


 怪訝な顔つきは一層変わらない。何故、そこまで警戒されているのだろうか。自分の身なりをみてなんら可笑しいところは無い筈だが……ん、待てよ。


「ああ、すまなかった」


 俺はポケットから赤いリボンを取り出し、彼女に見せた。


「君は結奈で間違いないか?」


「!? は、はい。じゃあ、やっぱりヒガさんなんですねっ」


 赤いリボンを見た瞬間にパァーッと表情が明るくなり、嬉しそうに自分の手首に巻いた赤いリボンをかざしてくる。ネカマじゃなかったという理由もあるが、想像以上に無垢なこの結奈に俺はどこか安心感を覚えた。そのあどけなさは高校生というよりも中学生のように見えなくもない。


「ヒガさんって、やっぱり成人していたんですね!」


「そういう君だって、俺の予想よりだいぶ若い」


 今までチャットの中だけのやり取りをしてきた者同士、正直ここから先のプランなどあまり練ってはいなかった。恥ずかしい話だが、結奈がどのような人物なのかが気になり過ぎて他の事はてんで手つかずだった。


「可愛い格好だとは思うけど、少し肌寒いだろ?」


「い、いえ。そんな事は」


 控えめに言った結奈の脚は僅かに露出していて少し震えていた。それが俺に対する緊張なのかは分からなかったが、とりあえずどこかの店に入りたいとは思っていたところだ。女の子をいつまでも寒空の下に連れ出したままというのも心が痛い。


「とりあえず食事でもどうかと思ったんだけど、何か食べてきた?」


 待ち合わせに設定した時間は十一時半。昼食も兼ねてこの時間に設定したという狙いもある。


「朝ごはんは食べてきましたが、お昼はまだですね」


「じゃあ、何か食べにでも行こうか」


 早速、車を出そうとキーでロックを解除する。さすがに初対面で助手席というのは抵抗があるだろうから後部座席に座ってもらうことにしよう。


「ん、どうかした?」


 どうやら結奈は俺の車のドアを開けることを躊躇っている様子だった。


「もしかして、というわけじゃないんですけど……これからわたしって誘拐されたりとかするんですかね?」


 面喰いそうな一言に俺は思わず失笑してしまった。


「なっ!? どうして笑うんですかっ!」


「だって、そもそも俺は被害者側の立場だっていうのにそんな俺が誘拐もクソあったもんじゃないだろう。何か騙そうっていうならどちらかというと君の方だろう?」


 結奈という女の子は、どうやらそこそこ頭が悪いか、天然といった雰囲気を醸し出していた。まるで親戚の娘と接している気分だった。

 それにしてもこんな子が最初は俺を騙そうとしていたんだよな……。どうしてだろう、何か事情があるにしても聞き出すのは困難そうだな。まさか演技とかじゃないよな?


「それを言われるとぐうの音も出ませんよぉ」


 それに意外と気に病むタイプのようだ。これで芝居だったら相当に恐いことになりそうだがそんな風にも見えない。ますます詐欺云々をやらかしそうにない様に見えるが。


「じゃ、その詫びも込めて今は俺に従って貰おうか」


 少々卑怯にも感じたが、埒があかなくなりそうだったので被害者側の専売特許としてこのネタを使わせてもらった。言葉の通り、少し怯んだ結奈がのそのそと後部座席に乗り込む。


「和食、洋食、どっちが好き?」


「あ、それはヒガさんの好みの方で……」


「……詐欺の被害に……」


「洋食の方がどちらかというと好みです」


 ケラケラと嗤う俺とバツが悪そうにしている彼女。そんな感じで一風変わったデートが始まったのだった。






「なんか、少し高そうな店じゃないですか?」


「味は確かだぞ?」


「いやいや、答えになってませんって」


 フランス料理店に来ていたが、別段そこまで値が張る店というわけでもない。俺も二週に一回くらいは訪れる料理店だからその辺は詳しかったりする。確かに高い料理もあるがそれはコースを注文した場合などだったりするので、さすがに結奈もそこまで食べないだろう。俺だって無理だ。


「ま、手早く食ってちゃっちゃと次に行っちゃおうぜ」


「あ、はい」


 そう言ってメニューを見てオドオドとしている。何を食べようか、決めかねているようだ。


「同じのを頼んでみるか?」


 俺の一言に少し顔を俯かせながらも頷いた結奈。ほんのりと顔が火照っているようで耳まで赤い。早速呼び鈴を鳴らし、俺が適当に選んだロワール料理を二つ注文する。


「炭酸とか飲める?」


「あ、はい。飲める方だとは思いますけど」


 それを訊いた俺は立ち上がり、ドリンクを注ぎに行く。この店はドリンクサービスを行っているのでおかわり等は自由だ。無難にメロンソーダを選択しボタンを押す。ちなみに俺は炭酸とか苦手な方だ、喉にキツすぎる。


「ほい」


「あ、ありがとうございます」


 ぎこちないながらもなんとか受け取る結奈は未だにこの場の空気に緊張しているようだった。対する俺はどこへ行こうとマイペースにやるタイプだからそういう気持ちは微塵も理解できない。何をそんなに強張る必要があるのだろう?

 その後、料理が運ばれてきて俺が食べている姿を凝視していた彼女は、あたふたしながら料理に手を付ける。とてつもない眼差しで見られていたので少々、息詰まる食事ではあったが目の前の彼女のあどけなさに微笑ましさすら覚えたから良しとしよう。


「食べ方、下手だったな(笑)」


 店を出た俺たちは、車の方へ向かう。結奈は赤面して「う~」と唸ったあと、何かに気付いて表情を戻す。


「あの、さっきの料理って高かったんじゃないですか?」


 確かに安いモンではなかったが、たまに訪れる俺にとってはさほど財布にダメージはない。ここからまだまだ使う予定ではあるからか、パンパンに膨らんでいる。


「そこは年長者の特権ってやつだな。ここは素直にご馳走になっとけよ」


「……はい! ご馳走様でした」


 そんなこんなで車に乗り込んだ俺達は次なる目的地まで走らせる。


「次はどこに行くんですか?」


 後部座席から顔を覗かせながら結奈は尋ねてくる。


「楽しいところさ」


「ひっ」


 そう言った瞬間、結奈が酷く険しい顔つきをして悲鳴を漏らした。


「……お前今すごく失礼な事を考えただろう?」


 いったいどんな風に見られているってんだ。一瞬俺がこの子を騙して誘っているんじゃないかと誤解しそうになるが、俺をはめようとしたのも、最初に会おうかと誘ってきたのもこの子だったよな? 俺の勘違いじゃないよな?


「ほら、ここだよ」


 アミューズメントパーク。いわゆる大規模なゲームセンターってわけだ。前のめりにそれを見て、安堵の息を吐く結奈はいったいどこへ連れて行かれることを想像したのだろうか。気になる様な、知りたくない様な。


「行こうぜ、食ったら動く! 動いたら食う!!」


「ぷっ……なんですか? それ」


「今後もそうやって笑ってくれれば、こちとら助かるんだけどな」


 そう言われてハッと口を手で抑える結奈。出会った瞬間に笑顔を振りまいていた結奈はどこかぎこちないように感じられた。だが、ようやく俺の前で本当の笑った顔を見せてくれたんじゃないかって今は思う。


「その調子でよろしく頼むよ」


「え……が、がんばります」


 まだ少し無理がありそうだが、これでも随分と距離は縮まったんじゃないかと思い始める。どうして俺はこの子と仲良くなろうって思い始めてたんだっけか……ま、いっか。

 休日の為か、すごく人が多かった。中に入れば、ジャラジャラとした音が各方面から行き交い、騒音と喋り声を掻き立たせている空間に最初、食べた物をもどしそうになってしまった。それとは裏腹に結奈は平気そうだ、というか早く見て回りたくてソワソワしている。この子が若すぎるのか、俺が老けすぎたのか、あまり歳は変わらないと思うがこうもメンタル面で差が出るのか。


「さ、行きましょう!」


「いつの間にか主導権を握られている!?」


 彼女に手をひかれ、俺はよろけつつも後をついて行く。先ほどの笑顔から少し吹っ切れた部分もあるのだろう。ここは大人しくついて行く事にしよう。

 ゾンビにレース、エアホッケーによく分からないリズムゲームと格闘ゲームの対戦。一回り終わらせて、体力の限界を感じた俺は休憩スペースの長椅子に腰かける。


「ぅぇっぷ」


 さすがにこれはキツイ。いつの間にか結奈一人でゲーセン内を駆けずり回っていて、俺はそれを眺めている構図が出来てしまっていた。

 ベンチに座り、結奈を見ていて疑問を覚えた事がいくつかあった。最近の高校生の割には何かと大人し過ぎる。それと裏腹にゲーセンに来てみればまるで子供のようにはしゃぎだす。ゲーセンに来るのが相当久々なのか、もしくは今日が初めてなのか……。今日初めて会った相手に対して深い先入観を持つのもどうだろうか。だけど気になって仕方が無かった。


「……」


 何故だろう。何処かでこのような光景を目の当たりにした覚えがあるんだが……、まあいいか。トイレへ行くついでに結奈を驚かそうかと、俺は立ち上がった。




「あれ? ヒガさん、さっきまでそこに居たのに……」


「ただいまー」


 結奈は俺の方へ振り向いたかと思うと俺が肩車している物に目を見開かせた。


「お土産ー」


 俺は肩からソレを降ろし、結奈に渡す。


「え? でも、どうして……」


 どうしてって……ゲーセン内を駆け回るなかで、何度もUFOキャッチャーのコーナーに寄ってたしな、しかもある一か所だけ釘づけ。今どきクマさんなんか欲しがる女子高生なんて珍しいもんだ。いや、今どきの女子高生なんて知ったこっちゃないんだが。


「ただの記念だ。デカいしインパクトとしては充分じゃないか」


「……ありがとう!」


 嬉しそうな表情でクマを抱きしめる結奈。やっぱり女の子って感じだよな……嬉しさからか敬語混じった言い方もどうやら忘れたらしい。


「!?」


 何かが頭の四隅を過った。なぜだろう、これと同じような笑顔をどこかで見たことがある様な。


「どうかしたんですか?」


「あ、いや」


 まあ、いいか。誰かと居てこんなに退屈しなかった日は俺にとって新鮮なものだったということには変わりないからな。おかげでいい体験も出来た。自分を騙そうとした相手とデートしたなんて、誇れるかどうかは微妙なもんだがでもまあ楽しかったからそれでいいか。

 そろそろ帰った方がいいかな、彼女は学生だし親御さんに迷惑とか掛けられないだろうしな。






「誰かのお見舞い?」


「はい」


 家の近くまで送って行こうか、と聞いたらとある病院の前に送ってほしいと頼まれたので尋ねてみた。週に一度は必ず出向いているそうだ。なんと律儀な……


「すみません送っていただいて……今日は本当に楽しかったです。ごめんなさいバタバタしちゃって……お礼はまたチャットの方で」


「ああ、またあとで」


 ペコリと頭を下げて小走りで病院のエントランスへ急ぐ結奈、それを見送ったあと車を出そうかと後ろを確認した時、後部座席に何かあることに気付いた。


「おいおい」


 小さいポーチが一つ、結奈が忘れて置いていったのだろう。クマさんばかりに気を取られていて自分の荷物を忘れるなんてやっぱりどこか抜けているよなあ。


「ったく」


 俺は車を停めて、慌てて結奈を追いかける。ロビーからエレベーターに乗り込む姿が見えて俺は声を出そうかと思ったがここは公共の場でしかも病院内だ、自重して声を出すのを躊躇い仕方なくエレベーターが向かった先の三階まで階段を使って駆け上がる。


「ぜぇ……ぜぇ……」


 上りきった俺は息切れしながらエレベーターから降り、ある病室に入った結奈を発見してよろよろと歩き出す。

 病室前まで来たところで俺は不意に足を止めてしまう。


「今日も来たのかよっ」


「なんだっていいでしょ、わたしの勝手なんだから」


 男の声? しかも、結奈がやけにくだけた感じになっている。いったいどういうことだろうか。


「えらくおめかししてんじゃん。どっか行ってきたのかよ」


「なっ、アンタには関係ないでしょ。単に友達と遊びに行っただけよ」


「へぇー」


 なんだか相手の男といい雰囲気のようにも思えた。何故だろう、胸の奥底での蟠りが納まらない……。靄がかっているというか……。すると途端に男の方が低いトーンで喋り始めた。


「もう辞めたらどうだよ、あんなこと」


「……何を言っているの?」


「俺の手術の為だかなんだか知らないけどさっ! 出来もしない詐欺なんてすんなっつってんだよ!!」


「!?」


 !?

 手術……。男の方はそうとうの重病なのだろうか。ということは手術の費用代を欲したから、最初俺にあんな文を? 頭の中が真っ白になりそうだった。


「そういうことかよっ!!」


「えっ!?」


 俺は堪らず廊下で大声を上げていた。ヤバい、気付かれた。俺は場の空気に耐えられず走り出した。結奈にどんな顔して会えって言うんだよ。あの男は恐らく結奈の本当の彼氏だ、彼の手術代を稼ぐためのカモでしかなかったんだ、俺は。なのにデートとか自惚れたことを考えて、向こうはそんな気なんて無かった筈なのに。俺一人で舞い上がってまるでバカみたいじゃないか。

 廊下の方から声が聞こえていたが、俺は構わず階段を駆け下りる。

 俺は……俺は……っ!




 俺はその日から彼女とのチャットを無視するようになった。単純に返す言葉が無かっただけだと思いたいが、それ以上に遣る瀬無さが勝っていた。相変わらず仕事ばかりの毎日で、フォロワーとのバカみたいな雑談とアドバイスに心を満たそうとする日々を過ごすようになった。

 なんてことはない、ただの日常に戻っただけだ。

 そう思う事によって彼女、結奈の事を忘れようとしていた。だけど、毎日少しずつ文章が送られてくるのが辛かった。嫌でも目に入ってしまう、気になってしまう。とうとう俺は心無い言葉で彼女を傷付けて向こうから離れてくれることを願って送りつけた。


『しつこい女だな。もうやめてくれよ、俺をこれ以上弄んでどうしようって言うんだよ。お前みたいな女、俺はいちばん嫌いだ』


 それを送った瞬間チャットの一覧から彼女を消した。これでいいんだ。そう思ったとき、心の中に靄がかかったような気分になった。


「そうか」


 俺は結奈が好きだったのか。




 更に数日、ようやく仕事がまた一段落してしばらくの休みが出来た。最近、仕事がうまくいく助言をよくしてくれる人と個人チャットで知り合いになって、度々その人と喋るようになっていた。その人は男のようで、今度飲みに行かないかという誘いも受けていた。幸い、収入もたくさんあるし俺はこの人のおかげで成功した商品もあるので直にお礼が言いたいという気持ちもあった。


『じゃあ次の日曜とかどうっすか?』


「じゃ、そうしましょう、っと」


 きっかけは俺が結奈に対して鬱になっている時期だった。


『最近、調子悪そうですね……どうしたんですか?』


 何故だろうか。この文面からその人の懐の深さを理解していたのか、ついつい話してしまったのだ。詐欺から出会った相手と会ったこと、大切な部分はもちろん伏せてその人からあった仕打ち、そして心無い一言でその人と別れてしまったこと。普通なら関係のない話なのだがこのチャットの人は違った。


『いつものヒガさんらしからぬ、弱気な態度じゃないですか。大丈夫ですよ、恐らくその人もヒガさんが心からそうは思ってないって分かってるはずですから』


 俺はその人とのやりとりで心が救われた気分になった。そこから個人で知り合いにならないか、と誘いをかけたら快く承諾してくれた。






 そして日曜。朝からすることもなくだらだらと過ごしていた、チャットで知り合った人、秀城しゅうきさんと待ち合わせしているのは夕方の五時からだ。それまではゆっくりとしておこうと俺は思っていた。

 するとパソコンの画面が光り、チャットに新しい書き込みが更新されたようだ。逐一チェックはしないものの今は暇で仕方がないので開いて確認してみる。


『はじめましてヒガさん。突然ですがお話があります、稲郷病院に来ていただけませんか?』


 突然の誘いに俺のフォロワ―たちがザワついていた。確かに突然現れてなんだコイツは、と誰だって思うだろう。だけど俺はある単語に惹かれてまともな反応が出来なかった。稲郷病院、というのは恐らくはそういうことなのだろう。結奈が送ってきた文か、いやそれはどうだろうか。はじめましてなんて回りくどい言い方をする必要がない。だけどなんでだろうか、諦めたはずの何かが掘り起こされたようなこの気分は。


「いいだろう。終止符を打ってやろうじゃねえか」


 もうこんなことに巻き込まれるのはまっぴらだ、半ばやけくそにそう呟いた俺はコートを羽織り車を出す。外は雪が降り始め、今日は積もるなどとニュースで書いてあったのを思い出す。

 まさかまたこの病院に足を運ぶとはな……。俺の中で『稲郷病院』と問われたらココくらいしか浮かばなかったが、やはりそれも未練があるからってことなのだろうか。そしてあの病室に自然と足が動いてきたのもまた事実だ。


「三一二号室、小宮秀城」


 病室をノックした。中から「どうぞ」の声を聴き、この前の声を同一のモノだと確信をし扉を開ける。


「あんたが『ヒガさん』だろう?」


「ああ、俺にチャットでここに来いって言ったのはお前か?」


「うん」


 その男はニッと口の端を釣り上げ屈託のない笑顔で俺を病室へ迎え入れた。よほど俺の事を調べ上げたのか見せつける様に俺がデザインした栄養ドリンクが見舞い品のように置いてあった。


「で、結奈の彼氏が俺に何のようだ」


「あちゃー、そこからズレが生じちゃってるわけね……」


 額を抑えて唸っている秀城という男、いったい何がズレているというのだろうか……。


「結奈って本名まで使って……だから詐欺に向いていないと言うんだ、まったくアイツはいつもどっか抜けてんだからよ」


「確かに抜けているが根が優しいからだろう……! いや、なんでもない忘れてくれ」


 自分でも思わず口がついてしまったことに驚いた。だが、そこで戸惑うような素振りは見せず、適当にあしらう。


「アンタは結奈のこと好きか?」


「……ソレを聴いてどうするつもりだ」


 俺は意図が分からない質問に苛立ちを覚えた。何故いちいちそんな事を答えなきゃいけないんだ。まさかそのために呼び出したのではあるまいに。


「結奈の方は本気だよ」


「は」


 吐息混じりに声が漏れた。意を突かれるような答えにこのとき俺はかなりアホみたいな表情をしていたんじゃないかと思う。


「普通に考えれば騙そうとしていた相手といつまでも会話が続くもんじゃない。挙句の果てに実際に会おうだ? アイツもだけどアンタも相当頭がイカれてるって思うよ」


「……っ」


 正論過ぎて言い返せなかった。でも後悔はしていない、そうじゃなかったら俺は一目惚れの様なあの子との出会いそのものを否定することになってしまう。そうじゃないんだ、俺はただちゃんと事情を話してほしかった。騙されていたことなんて今さらどうだってよかった。ただ、俺に見せた彼女が偽りなんかじゃなかったと、確かめたかっただけなんだ。


「似た者同士だね。だから気が合ったんじゃないかって思うよ。結奈はまだアンタとのこと諦めてないから、それだけだよ俺が言いたかったのは。それはお互い様かもしれないけどさ」


「俺は」


 今さらどうしようもないじゃないか。俺は自分の気持ちに気付いた時、既に手遅れな段階まで来ていた。彼女が俺をどう思っていたって俺はもう諦めた……、その筈だろ。


「言いたいことはそれだけか? この後、飲みの約束をしてるからな。他に言いたいことが無ければこれで失礼させてもらうぞ」


 一応、病人という手前もある。俺は小宮秀城に軽く会釈して病室を出た。


「姉さんを頼んだよ、お義兄さん」




 何故だ。どうしてだ。

 胸の蟠りが一向に収まらない、それどころかより一層激しくなる。


「ちっ……だりぃ」


 ごちゃごちゃと掻き回されて吐き気さえ覚える、この感覚はなんだ。

 俺は、どうすればいいんだよ。今さら、どんな顔して結奈に逢えって言うんだよ。酷い事まで言って……。それにアイツが言う事も本当かどうか疑わしい。

 俺は苛立つ自分をどうにかいさめようと自販機で缶コーヒーを買い、車に乗り込んだ際に蓋を開けて飲む。

 とにかく、今夜の飲みだけは外してはいけない。いくらか恩を感じているフォロワーの秀城さんの……秀城? 小宮秀城……漢字が同じ……いやまさかな。俺のフォロワーである秀城さんはかなり前から俺のサークルに属している。あの小宮秀城とは全く別人なはずだ。何を考えているんだ俺は。何もかも因果関係として繋げようとしちゃいけない。憶測だけで物事を捉えていては偏った見方しかできなくなる。


「そろそろ時間だ」


 駅前から秀城さんを車で拾い飲みに行く手はずになっている。どこへ行くかは気分次第というわけになるが、とにかく合流しなきゃ話は始まらない。俺の車の特徴は教えてあるから向こうから近づいてきてくれるだろう。

 そして車窓を誰かがノックした。見るとダボッとした服を着てニット帽を被った女の子が立っていた。マフラーをしていて目元しか覗けなかったが、女の子? のようだ。

 俺は怪訝に思ったが窓を開けてみる。


「やっ、ヒガさん。僕です、秀城です」


「あんた……女だったのか?」


 驚きを隠せなかった。ずっと男だと思っていた……。結奈の時の最悪の事態で思ってたヤツじゃないけど、ネカマの逆ってあるもんなのか、そういう場合はなんて言うんだろうな。


「隣……いいかい?」


 俺は未だに調子を戻せず、頷くだけしかできなかった。


「男だって言った覚えはないけど、まあ驚くのも無理はないだろうね」


 カラカラと嘲笑うように反対側にまわり込んで車に乗る秀城さん。身長は俺と同じくらいかと思っていたけど座高はそんなにないのか……。


「突然だけど、少し話をさせてくれないか」


車を出そうとエンジンを掛けたところで秀城さんが口を開いた。


「? あ、ああ」


 不思議な雰囲気を醸し出す彼女(?)に俺は流されつつ同意することにした。


「僕は……わたしは随分と前からあなたのことを知っていた。きっかけは単純、もう記憶から消えてしまいそうなくらい幼かった頃、とあるゲーセンである景品に釘付けになってしまってね、迷子になったわたしは泣きながらお父さんとお母さんを探した。その時に、一人の男の子が……と言ってもわたしよりいくらか年上なんだけど……彼がわたしの手を引いていたのを覚えている。泣きじゃくっていたわたしはどうしてその状況になったのか分からなかった。わたしを両親に引き合わせて、去っていく彼は確かにこう呼ばれていたのを覚えている、ヒガキ――――と」


 背筋を寒気が襲った。結奈との思い出のほかに、微かに生じていた違和感がまたも脳裏を過る。


「本当はあの時、彼の名前を忘れたくなくてただ日記帳に走り書きしてただけなんだけど、我ながら恥ずかしいよね」


 何故、そのような話を今この場でおこうなうのだろうか。俺はかたずをのんだ。


「それからわたしは彼の事をただひたすら忘れないように生きてきたの。中学に入った私は当時、おっちょこちょいな性格からかあまり周りからよく思われてなかった。だけど、わたしの心の支えになったのはある高校生による実況動画からだった。その人はゲームセンスがあまりあったとは言えないけど、とにかく言う事が面白かった。ゲームに対するツッコミとかがわたしは好きだった。他にもコミュニティをやっているって実況の最後に言ってくれた時、興味本位でそこに入った。以外にも優しい人たちばかりだったりノリが良い人たちにもヒガさん、あなたにももちろんよくしてもらった。そこで私は、及ばずながらもあなたへのアドバイスや手助けをしてきた。あの動画に救われたから、あなたがヒガキさんと同一人物であるという願いも込めて」


 俺は……何も言おうとはしなかった。言えなかった、が正しいか。


「弟が重病に侵されたときも、なんとかやっていこうって思えた。詐欺文を適当に送ったチャットアプリのユーザー名、僅かにIDの部分にhigakiって入っているのを知って、まさかとは思いました。あなたが最近の出来事コーナーでソレを口にしたとき、私は酷く後悔しました。それと同時にチャンスだと思ってしまった」


「そこから先はあなたも知るとおり……」


 結奈というユーザーとの出会い、毎日の会話、デート、別れ、そして現在……。

 ニット帽とマフラーを取った結奈は真っ直ぐ俺を見て言った。


「これがわたしの全てです。ヒガさん」


 俺は黙り込んだまま、真っ直ぐに俺を見つめる彼女を見やった。実はけっこう前から分かってたんじゃないかって自分でも思う。彼女が好きな自分に気付けなかった時と同じ。分かっていたが、期待できなかったあのもどかしい気持ち。関連性がないとしても秀城という名前といい、いつもは支えてくれていただけのフォロワー秀城の突然の接触。病室のドリンク。最初から俺の事をヒガさんと呼んでいた結奈。

 ヒントはたくさんあった、だけど答えにたどり着くまでに時間がかかった。


「抱きしめてもいいか?」


 さらっと言い放った俺の質問に対して、素っ頓狂な顔をしたのちその顔が真っ赤に染まる。


「そんな、急に……」


「その反応が見たかっただけだ。悪いな、勝手に勘違いして……それに酷い文まで送ってしまって」


「わたしの方こそ、あなたを詐欺に引っ掛けて陥れようと……」


「ああ、それならあのURLうまく処理できてなかったぞ? 試しに入ってみようかしてたけど」


「ふぇ!?」


 あの日、家に帰った俺はURLがどのようなものか気になりタップして読み込んでみたらしきりにエラーが起きて、何が起きるのかさえ分からなかった。こいつは確かに詐欺なんて似合わないはずだ。


「ぷっ……くくく」


 必死に堪えようと頑張ったが、あまりの可笑しさに耐えられずつい笑ってしまった。やっぱり結奈と居ると楽しい。改めてそれを実感した俺だった。


「うー、なんだぁ。一人気に病んで……バカみたい、でも恩人を危うく罠にかけるところだったのには変わりないのかぁ……はぁ」


 安堵の息を漏らす結奈だが再び葛藤している様子で、邪魔するのも悪いかなとは思いつつ俺はそっと彼女を抱きしめた。


「はわわわわ」


 顔を真っ赤にあたふたとしている結奈が最高に面白いと思ってやってみたが、うん……これは想像以上に面白い!


「俺は秀城だと思ってあのデートのこと喋ったのに、いろいろバレて恥ずかしいのはむしろ俺の方なんだよ。これくらいの事はさせろ」


「だから、わたしの全てを話したんだよぉ……」


 抵抗することをやめて俺の方へと身を委ねた結奈、それからほんの十数秒抱きしめていただけなのに、そんな時間が永遠に続くような気がして、だけど永遠に続いているんじゃないかという錯覚すらも覚えた、そんな矛盾した気持ちが交錯する中、俺はゆっくりと結奈から離れる。


「とりあえず、当初の予定の飲みでも行く?」


 だが彼女は恐らく高校生なので居酒屋などは当然NGだろう。


「じゃ、じゃあ……その、あの」


 俺は首を傾げる。


「小宮結奈! わわ、わたしはヒガさんが好きです! ヒガさんの家で飲み会をしたいですっ!」


 今にも泣きだしそうに震えながらそう口走った結奈、俺の答えは当然――――、


「敦井檜垣。俺も君が好きだ! 俺の家なんかでよければいつでも来てくれて構わないよ」


 エンジンを掛けて、車を出す。行き先は当然、俺の家だ。


「そういえば、どうしてURLのリンクに入ろうとしたんですか?」


「う」


 あの時の俺は本当にどうかしていたと思う。結奈の彼氏と勘違いしてた秀城の手術費になればいい、結果彼女を救えるならとわざと詐欺に引っ掛かろうとしていたなんて、話せるわけがないじゃないか。


「あ、見て! いつの間にか雪が積もってる!!」


「ああ、そうだな」


 不幸中の幸いか、降り積もった雪のおかげでこの話を切り上げることが出来た。

 ん、今日は……そうか。






 ホワイトクリスマス――――、今日という日は俺達の最高の記念日となった。

皆さんは詐欺に引っ掛かりませんように……

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