上
「皆さん、ご覧になれますでしょうか。」
カメラを前にしたレポーターがマイクに向かい、口を開く。
場所は、あるビルの屋上。
レポーターが話した後に、カメラはビルの下へと向けられる。
そこは小さな公園だった。
ブランコに滑り台、鉄棒、砂場など、いたって普通の、何処にでもある公園だった。
そして、その公園には今…。
「黒の魔法少女です。しかも、見てください。初めての事です。黒の魔法少女が仲間を連れています。彼女に協力者がいるのではというのは噂となっていましたが、今日始めて姿を見せました。
しかも、見て下さい。」
映像はズームする。
映ったのは、馬の被り物で顔を隠した男によって横抱きにされている黒の魔法少女。
魔法少女の腕はしっかりと男の首にまわり、それは世の女性が一度は夢見る所謂"お姫様抱き"というものとしか見えない。
「親密そうですね。恋人、でしょうかね。」
映像がスタジオへと戻る。
司会の男の後ろには、大きく黒の魔法少女と男の仲睦まじいと思われる静止画があった。
ガリッ
ビキッ
そんな音が響いたのは、会議室にテレビを持ち込んで、その画面に映ったニュース映像を見ていたアウネの民を率いる立場にある者達の中。
全員が顔を引き攣らせて顔を向ければ、ソーンが舐めていた飴を噛み砕き、机についていた手の周りに蜘蛛の巣のような模様を作り出しているところだった。
その目はただ一点。
テレビの中に映し出されている、黒の魔法少女にだけ、向けられていた。
「あぁぁ、何を考えてるんですか、静音様。」
「五月蝿いわね、人の名前を気安く呼ぶんじゃないわよ!」
黒の魔法少女が初めて連れてきた相棒の存在に集中していた事でテレビには映し出されていなかったが、公園には静音と馬の被り物の男以外にも、魔道警邏隊の姿があった。
緊急の会議の為に不在の隊長ソーンに代わり、この世界に来る前からソーンの右腕として忠義を尽くしてきた青年フウガが腕に覚えのある部下を率いて、いつものように悪事を働く黒の魔法少女と対峙していたのだ。
戦いに向かう高揚。
強敵と対峙することで生まれる緊張感。
普段の魔道警邏隊だったら、そんな表情を浮かべて黒の魔法少女の前に現れる。
だが、今の彼らの表情は一様として、それらではないものを浮かべている。
それは、恐怖。
恐怖に引き攣った顔を静音達に向けている。
それは、公園に駆けつけ、静音達に近づいてきた時から変わる事なく浮かべていた。
「ふ、副隊長…テレビで流れたそうです…」
一人の部下の報告に、ヒィィィという引き攣った悲鳴が警邏隊の中で轟く。
「見てませんように。見てませんように。」
「大丈夫だ。今は会議中だぞ。テレビなんて見ている筈が無い。」
恐慌状態寸前の彼等の様子は不気味だった。
「何なんですか、その男は。ソーン様に知られたら!」
「はぁ、何で、あいつが出てくるのよ!!私が誰といようと関係無いでしょう!!!」
それはまるで、二人の関係を認めているような言葉。
少なくとも、これを知った時の主人の反応を想像して怯えている彼等には、そう聞こえてしまった。
「あぁ、もう!鬱陶しい!あんたも、いい加減に下ろしなさい!」
何時もとは違う、何か嫌な予感がヒシヒシと感じられる視線を送られた静音の矛先は、自分を抱き抱えている男へと向かう。
静音の言葉に、肩をビクつかせ首を傾げる男の姿は、馬の被り物をしている為にはっきりとは分からないが、何処か困ったような雰囲気を滲ませている。
「駄目だよ。足を捻ったんだから。陽妃が帰って来るまでは、動かさないようにしておかないと。」
その声は若かった。
透き通ったようなテノールの声。
何処かで聞いた覚えがある気がしたフウガだったが、そんな事よりも目の前の光景に頭が奪われている。
「むぅ。」
しっかりと抱き抱えた腕に力を入れて、静音の言い分を拒絶する男。
静音は機嫌を損ね口を尖らせるが、男の考えは変わらなかった。
「だから、今日の計画は中止にして家に帰ろうって言ったじゃないか。捻ったのは家の階段なんだから、その方が早かったよ。」
それは同棲していると言うことか。
一段と高い引き攣った悲鳴が公園内に響く。
もはや、上手く頭の働いていない彼等は、何を聞いてもその方面に考えてしまう。
「嫌よ。思いついたものはすぐに実行しないと。なんか、もやもやするんだもの。」
会話を交えているその姿は決してソーンには見せられない。
部下達は頷きあった。
「じゃあ、早くやって帰ろう。」
男が腕を上げる。
両手で支えていた静音の身体を片腕に乗せる形に動かし、空いた腕を魔道警邏隊へと向けた。
向けられた腕は、男の頭よりも上へと上げられ、そして振り下ろされる。
「うわ!!」
風が巻き起こり警邏隊を包み込む。
そして、異様な身体の重さを感じた彼等は、地面に膝をついていった。
「何処に行こうか。」
「見通しのいい屋上。」
男の問い掛けに、静音はすぐさま返事を返す。
分かった。男の声を最後に、葉っぱや砂を舞い上がらせる突風の中、二人の姿は消えていた。
「…アウネの民、ですね。」
しばらく経ち、突風が消え、警邏隊の面々は普通に立ち上がることも出来るようになった。
そして、フウガは消えた二人の姿を何処かに無いかと探しながら、呆然と呟いた。
フウガ達を襲ったのは、静音が連れている精霊獣達が使うものではなかった。あれは、フウガ達も良く知る、良く馴染んだものだった。
アウネの民が扱う、魔術という力。
しかも、今や地球人でも使えるようにと改良されて出回っている魔道具からくるものではない。
アウネの、しかも実力のあるものしか使えない高位の魔術だとフウガは確信していた。
アウネの民の高位に属する者が何故、今やしぶとく最後まで残っている敵、黒の魔法少女に味方しているのか。何故、あれ程親しげにしているのか。
何より、あの男は静音に手を出せば誰を怒らせるのか分かっているのか。
フウガは痛む胃を押さえ、魔道警邏隊の本拠地へと帰って行った。
主であるソーンに、どうやって報告するかと悩みながら。
「もう、信じらんない!」
いつも通り、悪事を終わらせて家へと帰った静音。
いつもと違う事があるとすれば、始終お姫様抱きでの行動だったくらいだ。
静音は狭い部屋の真ん中に、安静にして動くな、と皆に言われて、大人しく座っていた。足はすっかり、癒しを司る陽妃によって治療されていたが、それでも動くことを皆は許しはしなかった。
そして静音は見ていたテレビの映像に、絶叫を上げた。
そこには、それはもう仲睦まじくしているように映る、静音と、今キッチンで鍋を温めている男の静止画。
静音の絶叫に、鍋を掻き混ぜる手を止めること無く男は振り返り、部屋の中でそれぞれ寛いでいた精霊獣達も顔を上げた。
「えっと…ごめん?」
男が謝った。
さっさと謝った方がいいと過ぎったのだ。
「ファーストキスも奪われるし、こんな映像全国放送で流れるし…」
テレビを見ていた静音も振り返り、男と目を合わせた。
「あんたらアウネのせいでぇ!」
ごめん。本当にごめん。
男は謝るしか出来なかった。
真実を知った今、自分たちアウネ神に率いられてこの世界に来た異世界の者達がしてしまった事の重大さに、魂を引き千切らせそうな思いに襲われる。
静音が負わされた重大な役目に協力するしか、男には他に出来ることは無い。
だが、そんな事で罪が償われる筈も無かった。
居候である男は…。
アウネの民を率いた一人、アウネ神に一番近い場所にあると言われ、民の信望を最も受けていた大神官ニコルは申し訳無さそうに、静音の前に正座して頭を下げていた。