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魔法少女は少しだけ救われる。

自分の中に怒りがふつふつと湧き起こってくる。

それを静音は感じていた。


おばさん。


その言葉は、役目の為に全てを断ち切ってただ一人で歩き続けている静音に、何よりも断ち切ることの出来ない繋がりが、確かに存在しているのだと思い知らせる。

元々、家族と仲が良かったとはいえない。外より内を好む静音よりも、内より外を好んだ奏音が好かれていた。それでも、確かに静音は娘として扱われていたし、愛されていたとも思う。そんな繋がりを断ち切った静音に、静音の捨て去ったものを突きつける言葉だった。


「静音叔母さん、ですか?」

「まぁ、そうなるわね。」

「やっぱり!初めまして、美音みねです。」


知ってる。

と、つい口にしそうになった。

この姪っ子のことは、テレビを見ていたら嫌でも知ることだった。


奏音の娘。カウストの娘。

それはつまり、静音にとって、この世界にとっての、裏切りの象徴。滅びそのもの。

この子が居るから、と叫びたくなる、身勝手な考えが静音の中に渦巻いている。


けれど、それをそのまま、外に放出してもいいのかと言われれば、そうではないと答える。

それが間違った方法であると考える程度には、理性が残っていた。


卵が先か、鶏が先か。

永い年月世界のあちらこちらで論争を続けているそれよりも簡単なことだった。

この問題にかけては、裏切りが始まりなのだ。

裏切りがあって、そして、この子供は生まれてきた。

決して、この子が"裏切り"そのものという訳ではない。


でも、この子が存在してはいけないということだけは、紛れも無い事実だった。

静音は口元に笑みを浮かべる。それは、歓喜によるものでも、怒りという感情が過ぎて生まれるものでもない。とても、歪んでいるその笑みは、そんな表情くらいしななければ、やってられない、という意思によるものだった。

この世界を護る為には、この子は存在してはいけない。

もう何年も前に括った腹を、もう一度しっかりと括り直す。


「お祖母ちゃんが言ってたよ。静音叔母さんは正義の味方だって。」


子供は残酷だ。

静音は心の中でそう呟いた。


「ねぇ、静音叔母さん。」

「何?」


駄目だ、これ以上関わったら。

静音は早々に話を切り上げてしまおうと思った。

そうしなければ、静音が必死に押し殺して、最後の一人として頑張ってきた全てを粉々に壊されてしまいそうで怖かった。


「叔母さんは、この世界を守っている正義の味方なんだよね。なら、あれが見えるの?」

「あれ?」

美音が指差して仰ぎ見るのは、天井。

釣られて見上げてみても、清掃の行き届いている天井の正方形の白い板が何枚も連なっている様子が見えただけだった。


「静音様。実は…」

「お空が壊れているの。でも、父様も母様も、そんなの無いって。アウネ様は気にする必要は無いって。でも、あれはとっても嫌なものなの。」


叔母さんは分かってくれる?

そんな不安そうな声を、美音は出して静音を見上げるのだ。

「どうやら、こちらの血をより濃く、より深く持っていらっしゃるようなんです。」

どうしたらいいのか。

彼女は対処に迷い、そして連絡を取ろうとしていた所で、私たちの襲撃があったらしい。


どうしたらいいのか、なんて静音にだって分からない。


だって、静音と同じものを見ることが出来たからといって、手をとることは出来ないのだ。

こちらよりだとしても、それでも半分はアウネの民。この子供を映したテレビの画面で、魔術を使っている姿も映っていた。

魔術を使う以上、この子も排除してしまわなければ世界が壊れるのを、止めることは出来ない。


一つ幸いなのは、殺すなと邪神が言ったこと。

それだけで、静音の心への負担は軽いものになった。

使えると、邪神が言ったと刹那によって伝えられた言葉に少しだけ後味の悪さを覚えるだろうが、それでも自分の手を使わなくて済むのなら、と静音は安堵していた。


"静音、ちょっといいか?"


黒耀の声が頭に響いた。

"黒耀?どうしたの?"


精霊獣達とは、家族として強い絆で結ばれている。

それは、静音が捨て去ったものと同じだけ、いや、それ以上の絆だった。世界を護る為、という以上に彼らは静音を愛し、慈しんでくれた。

けれど、その絆以上の物が黒耀と静音の間にはあった。

双子として一緒に生まれてきた奏音よりも、静音の近くに彼は存在している。一心同体といっていいほどに、闇の精霊獣・黒燿は静音の大切な存在だった。


だから、機械も術も、魔法も、二人が言葉を交わすのに必要はないものだった。

ただ、呼び掛ければいいだけのことなのだから。


"ん~。その子を使いたいから、今からこっちに連れてこいって…邪神様が言うんだよ~。"


黒燿の声は、戸惑いに溢れていた。

管理者と邪神を二人きりにはしていられないと、管理者の居る空間へと向かった黒燿。

管理者を通して世界に力を注ぐ邪神ならば、やろうとさえ思えば静音の視界を共有出来る黒燿と同じように、静音が直面している状況を把握するのは難しくはないだろう。

だが、使うと言っても何を成すのか、どう?

この世界から排除するというのは分かるが…。


"ちょっと待って。"


黒燿にそう伝える。

そして、静音は協力者である幸大から借りた端末を取り出した。


かけるのは勿論、邪神について誰よりも知っている、"邪神の息子"へ、だ。


『はい、は~い。どうしたの?』

ぐちゃ、という、どう表現するべきか分からない音が端末に押し当てた耳に入ってきたが、最大の敵であり神であるアウネの元に向かった筈なのに、異様におちゃらけた声を出す刹那に気をとられ、静音はその音を聞き流した。

「今、大丈夫?」

『大丈夫、大丈夫。問題ないよ?』

クスクスと笑う様子に、確かに大丈夫だろうと安心出来ると判断出来た。

どうしたの、と何かあったのかと聞く声にはすこしだけ真剣な様子が滲んでいるように思えた。

「ねぇ、一つ聞きたいんだけど…」

『聞きたいこと?』

「邪神って、幼い子供にそう意味で興味ある感じな人?」


はっ?という、息を飲んで驚く音が聞こえた。


何処かから、ブハァッと吹き出す音が聞こえた気もした。


"し、静音"

黒燿の引き吊った声も聞こえてきた。


『そ、そういう性癖は一応…備わってなかったと、思うけど…』

流石にそんな上司は嫌だし…。

刹那の戸惑いに溢れる返答に、静音はひとまず安心した。

排除しなくてはいけない存在だとしても、流石にそういう目的で使われるのは見過ごせない。まだまだ甘いなぁ、なんて考えながら、静音は美音と芽衣に目を下ろした。


「貴女を、此処ではない所に送るわ。」


嘘も、はぐらかしもなく、静音は淡々と美音に伝える。

静音は、正義の味方だ。

正直に言って、何が悪い。


「そこにいけば、あの穴は無くなるの?」


魔法少女になる資格を持つ程の資質のある幼い少女は、無意識の内なのかも知れないが、世界の現状をよく理解しているようだった。

「えぇ、あの穴は無くなるし、世界も本当の平穏を取り戻す。…すぐに、貴女の親も、身近な人達も、アウネ神も同じ場所に向かうわ。」

「じゃあ、行く。」


黒耀!


幼子とは思えない、いや幼いからこその即決を受けて、静音は自身の相棒に呼びかける。

ただ、それだけで、黒い闇が少女の周囲を覆い尽くして姿を失せさせた。



「頭痛い。」

どうして、あんな子供の方がもの分かりがいいのか。

静音は思わず、思ったことをそのまま口に出してしまった。


「ありがとうございます、静音様。」

芽衣が深々と頭を下げて、礼を言う。

「えっ?」

「貴女が居るおかげで、今まだ世界がある。私達は生きている。貴女に苦しい選択をさせて、私達は助かろうとしている。その事に、ずっと直接、御礼が言いたかったのです。」

「べ、別に御礼なんて…」

私は私のやるべきことをしているだけだ、と静音は顔を背けた。

こうして、一般人と呼んでいい存在によって真正面から御礼を言われるなんて、初めてのことで気恥ずかしかった。

「いえ。本当に感謝しています。静音様のなさっていることは、強い勇気がなくては出来ないことです。」

私には勇気が無かったと、芽衣は笑う。申し訳なさそうではあるものの、それは穏やかな笑みだった。


「私は拒否しましたが、異世界に送り出されようとした最後の勇者です。役目を断ってまで残ったこの世界で、旅立ちに踏み切れなかった心残りと、静音様が守ってくれたおかげでまだ一緒に居られる。」


ありがとう、と静音よりも年下の芽衣が笑顔で言うのだ。


それに返す言葉を、静音は一つしか思い浮かばせれなかった。


「こっちこそ、ありがとう。貴女達みたいなことを思ってくれる人間が居るってだけで、何だか救われた気がするわ。」

心を居らずに世界を守ってきて良かったと、芽衣や幸大を始めとする影から助けてくれる存在によって、思う事が出来た。


「さぁ、奏音達が居る場所まで、案内をお願いできる?」

「はい。その為に、私は此処にいますから。」

最後を見届けるくらいの勇気を振り絞ってまいりました、と芽衣は笑顔で静音を先導し始めた。

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