中
『黒の魔法少女』
闇の精霊獣によって選ばれた魔法少女。アウネの民との和解、平和への復興を拒み姿を消した後、10年の間、各地に出没しては迷惑行為、破壊活動を繰り返している。
今の所、際立った大きな被害は報告されていないが、『高月町の惨事』を引き起こした当事者であることから警戒が必要な人物である。
どんな些細な情報であろうと、魔道警邏部隊への通報が求められている。
くそっ。
私だって、私だって、魔法少女なんて珍妙なもんにされなかったら、今頃結婚はしてなくても彼氏くらいいたかも知れないんだ。高校行って、大学行って、一人暮らしして、可愛い制服とか着てバイトして…
バァンっ
パァン
ドドン
何発も轟く稲光を背景に、『黒の魔法少女』はしゃがみ込んでブツブツと泣き言を言っていた。
そんな彼女を何とか宥めて、これ以上の落雷を防ごうと、フヨフヨと浮かぶ精霊獣達が周囲を行ったり来たり飛び交っていた。
《静音、静音。君が居たから、この世界は救われているのだ。ほら、顔を上げて‼》
《そんなことしてると、せっかく予告状出したのに意味なくなっちゃうわよ。》
白い猫、青い蛇、赤い鳥、緑の虎、黄色い蛙、黒い狼。
六体の精霊獣達が必死に言葉をかけていた。
「…そうね。今日の計画がめちゃくちゃになるところだったわ。そうよ、気にする事無いわよね。まだ25だもの。全然、大丈夫だもん。」
顔を俯かせたまま、ブツブツと「大丈夫」と連呼しながら立ち上がった、本当の名前を静音という『黒の魔法少女』。精霊獣達はホッと息を着いた。
《今日はちょっと沸点低すぎない?》
《そうだな。何時もだったら鼻で笑ってるレベルでキレてるよ?》
自分を励ます言葉を呟きながら、「ふっふふふ」と不気味な笑いまで漏らし出した静音をいぶかしみ、大地の精霊獣である黄色い蛙"董源"と水の精霊獣である青い蛇"睡蓮"が静音に聞きとがめられないよう注意を計りながら言葉を交わした。
《お前等、朝のニュース見てないのか?》
新聞にテレビ、ニュースを欠かさずにチェックする、風の精霊獣である緑の虎"流峰"が聞いた。
《朝?静音のバイトに付き合ってたから見てないよ。》
《あぁ、今日は夜勤の清掃のバイトか。》
正体を隠して、人の目の余り無い、夜中に行なわれるビルの清掃のバイトで生活を凌いでいる静音に一晩中付き添っていた光の精霊獣である白い猫"陽妃"が答えた。
何があっても静音を守れるように、なおかつ目立たないように、と静音には随時二体の精霊獣が付き添うことになっている。
昨晩の担当は、董源と陽妃だった。
《今日の朝ね、奏音に二人目が出来たっていうのと、葵がついに婚約者と結婚するって話が出てたのよ。》
《あぁ》
ニュースを見ていなかった董源と陽妃、そして家に居たものの寝ていた睡蓮も納得した。
その名前は、静音と同じ、董源と陽妃が選び力を授けていた魔法少女達の名前だった。今、彼女達はアウネの民と手を取りあっていこうという立場で、若輩者ながらに責任ある立場についている。なおかつ、アウネの民を率いる幹部級との交際をしていることを、国中が知っている。それを皆が祝福していた。
彼女達の姿を、メディアで見ない日が無いという程に国民に愛されていた。
嫌われ、指名手配までされて追われている静音とは大違いの道を、彼女達は歩んでいた。
夜勤明けの疲れきって眠気に負けそうになっている状態で、そんな彼女達を祝福するニュースを見たとあっては、それは荒れる筈だ。
全てを背負わされた静音を横目に、幸せを享受しているかつての仲間達。精霊獣達も微妙な心境に陥った。かつて、自分達が選んだ魔法少女達が選んだ幸せを祝福することが出来ない。自分達の選択は間違っていたのだと、テレビで彼女達の姿を見る度に考えてしまう。
《か、可哀想な静音。僕達が不甲斐なかったばっかりに》
火の精霊獣である赤い鳥"灯雫"が涙を流す。その涙が自身が纏う火によって蒸発していっているのだが、次々と零れる涙が止まることはない。
《いい年して足を晒して人様の前で高笑いなんてしなくちゃいけないなんて。一目を避けるようなバイトで食い繋ぐしかないなんて。うぅ、ごめんよ、静音~》
他の精霊獣達の顔を引き攣らせて逃げ腰にさせたのは、闇の精霊獣である黒い狼"黒耀"。静音を選んだ黒耀は一番静音と付き合いが長く、それ故に関係が気安かった。気安いが故に、口を滑らせて余計な事まで出してしまうのだ。
「聞こえてるのよ。本当の事だけど、口に出されると殺意が湧いてくるのはどうしてかしら?」
黒耀に背後から近づき、両手を使って捕らえた静音。
その両手の中に納まるサイズの黒耀の狼の体を握り潰さんといわんばかりの力を込めた。
「ほら、さっさと準備してよ。今日のは、ちょっと楽しみなんだから。」
手の中はそのままで、手に込めた力もそのままで、静音は精霊獣達に指示を出す。睡蓮と流峰が空高くに飛び上がっていった。
放して~助けて~と声を絞り出している黒耀は今日の為に静音が考えた計画に余り関係が無い上に、闇の力なら何の弊害も無く静音が操れる事から解放はまだしないと無視を決め込んだ。
「何するんだ?」
「ふふふ。この、夏服一枚しか身に着けていない時期に吹雪を起こすのよ。真夏の吹雪に驚く顔。寒さに震えて混乱する顔。たっのしみぃ~」
今は夏。つい先日には灯雫と睡蓮に指示を出して、温度を上げさせた上に湿気も追加するという作戦を決行したばかりだった。
そして、今日は睡蓮と流峰を使って吹雪で街を覆いつくす。半袖やら短パン、タンクトップなどの軽装しかしていない人々は堪えることが出来るのか。
静音は、悪戯をする子供のような無邪気さに溢れる笑顔を浮かべた。
「そりゃあ、混乱するな。にしても、いっつも思うんだけど、お前ってなんで微妙な悪事ばっかなんだよ。この前は昼中の道路を氷漬けにするとか、温泉を水に変えるとか、風力発電の風を止めるとか。」
「えっ…」
そこでようやく、静音は自分が会話をしている存在が誰だ、と疑問に思った。
ギッギギギッ
音にするのなら、そんな硬い、錆びた機械が無理矢理動くような音が響いたと思われる。
ゆっくりと、ぎこちなく振り返った静音。
静音の真っ黒な目に、見てしまったことを否定して、今すぐにでも目を清流でタワシで擦って洗いたいと思う程に見たくはなかった姿が映ってしまった。
「な、なんで!な、な」
《だから、予告状は止せっていったんだよ。》
驚きのあまり言葉にならない言葉を口から漏らす静音に、力の弱まった手の中で溜息を吐いた黒耀が呆れた声を放った。
黒耀は止めたのだ。
つい最近、買うような無駄金を持っていない静音が立ち読みをしていた漫画に出ていた、予告状通りに盗みを行なう怪盗に目を輝かせた静音は、次から計画を実行する街には前もって予告状を出すのだと言い張った。精霊獣達は何とか止めようとしたのだが、静音は止まらなかった。
元々、これらの計画は静音の八つ当たり、ストレス発散な面を持っている。
世界の管理者や精霊獣の頼みを、たった一人で背負っている静音。本来は魔法少女六人で背負う筈のそれからかかる負荷は大きく、放っておけば静音は壊れてしまうだろう。静音が壊れれば、世界も終わる。だから、精霊獣達は静音に聞いたのだ。「何かしたいことは無い?」と。すると、すでに壊れ始めていた静音は笑顔で答えた。「皆の困った顔が見たい。苦しむ顔が見たい。」と。
人々を護る為に戦っていた魔法少女が言う事ではないだろう。
けれど、精霊獣達は別に人々を護る為にいるのではない。精霊獣達は世界を護る存在。世界を孤独になっても護ってくれている静音の為なら、世界の為になら、人々がどうなっても構わないと思っていた。
静音の思うままに精霊獣達は動いた。すると、失い始めていた静音の顔に笑顔が徐々に戻り、正気を取り戻していった。
だから今でも、精霊獣達は静音が思うままにさせている。予告状も、最終的には静音がやりたいのならと許したのだった。
陽妃が威嚇の声を上げた。
董源が唸り声を上げ、静音達が立つビルの屋上にヒビが走った。
灯雫が甲高い声を鳴らし、炎を放つ。
静音の腕の中で唸り声を上げた黒耀によって、屋上の上にあった僅かな影という影が競りあがり攻撃を始める。
その全てが、見えない壁に阻まれるようにして、その存在には届くことが無かった。
世界の為に力を費やし続けている精霊獣達の力は全力とはいかず、精霊獣達は悔しげな表情を露にした。
「近づくんじゃないわよ。」
思わず、手の中に捕らえていた黒耀を床に落とした静音が一歩一歩と足を引き摺るようにして後ろに下がっていった。
静音は見たくないと思いながらも、目の前にいる男から目を放すことが出来くなっていた。
いつも、いつも、静音が魔法少女として現れ、悪さをしていると駆けつけてくる、天敵ともいえる存在を前にして、静音は怯えを隠せずにいた。
目の前にいる男の名は、ソーン。
キラキラと輝いている金の髪に、透き通った海のような青い目。爽やかさを押し出した姿。まるで、どこぞの王子様かという感じを受ける。
アウネの民を率いてきた一人で、元の世界では王族の末端に位置していたのだと静音は新聞によって知っている。
魔法少女とアウネの民の戦いが続いていた時、静音と対峙するのはソーンであることが多かった。
容赦無い猛攻を受け、ボロボロになっていった静音には、絶対に忘れない光景がある。今でも夢に見て魘されるくらいに恐怖を感じた光景だった。
静音の血で真っ赤になった剣を、倒れている静音に見せ付けるように舌で舐め取っていく、邪悪とした言いようのない笑みを浮かべたソーン。
あれを見てから、静音はソーンを苦手に感じて仕方なかった。
「な、なんで、アンタが来るのよ。もう、嫌。来るな、近づくな、笑うな!!」
予告状なんて出すんじゃなかった。
静音は、黒耀達の意見をしっかり聞いておけば良かったと後悔していた。
目に涙を滲ませ、じりじりと後ろに下がっていく静音。
ニコニコと、知らぬ者が見れば穏やかで優しそうだと高評価を下しそうな笑顔を浮かべたソーンは距離を保ったまま下がっていく静音を一歩一歩と追っていた。
「もう、やだ。本当に、やだ。近づくな、変態!変質者!」
「やだなぁ。そんな可愛いことを言われたら、帰るにも帰れないじゃないか。」
ようやく口を開いたかと思えば、ますます静音を怯えさせるような事をいう。
静音も分かっているのだ。この男が、ただ静音の反応を面白がって遊んでいるだけなのだと。けれど、一度感じた嫌悪感と苦手意識は条件反射で静音の意思を反映してくれない。
「本当に、つれないなぁ。婚約者に向かって。まぁ、そんな静音が可愛いいんだけどね。」
「はぁ?何言ってるの!?誰が誰の婚約者ですって!?」
恐怖も嫌悪も、全てを吹き飛ばしたソーンの言葉。
思わず、静音は怒鳴り声を上げていた。
「俺と、し・ず・ね、が。」
「い、意味が分からない!!」
静音は手を振り上げた。