彼女に捧げる思い②
一瞬だけ、長い間目にしたことの無かった娘の笑顔を、見ることが出来た。
あれは幻だったのかも知れない。
けれど、その時、私は自分でも知らない内に涙を流してしまっていた。
その日、彼女は娘が産んだ8歳となる孫と共に、新しく生まれる孫への贈り物を買おうと街に繰り出していた。
彼女はただの一般人だ。少しだけ普通ではないところがある家に生まれ事を除けば、彼女の人生は普通だった。祖父母に両親、兄と弟に挟まれた長女として生まれ、普通の学生生活を送り、普通の会社員と恋愛結婚をして、子供を産んだ。
その子供も普通に育てた。
育てたつもりだった。
ただ、あまり普通とは違ったのは、一つ目にその子供が双子だったことだろうか。同居していた夫の両親の助けを借りながら、一人でも大変だと世の母親達が言う乳幼児を育てた。
双子の姉は、会社でも女性に人気があった父親に似て、赤ん坊ながら愛想が良い、可愛らしい顔立ちの女の子だった。動き始めれば活発で、手が掛かったのはと聞かれれば迷わず姉の方と答えられるほどだった。
双子の妹は、どちらかといえば彼女に、成長するにつれて彼女の兄に似ている部分が多かった。大人しい子で、隣にいる姉が活発に動き回っている中、のんびりとしているような、ほんの少しだけ心配もした子だった。
その性質は、成長した後も変わらなかった。
男の子に女の子、友達が多く、外に遊びに行く事が多い姉-奏音。
気の合う友達が一人、二人居る程度で、遊びに行くということもあまりなく、家で本を読んでいることの多かった妹-静音。
お転婆ばかりの奏音に目をとられ、あまり静音に手を掛けてやれなかったと後悔したのは、最近のことだ。ようやく昔を振り返ることが出来るようになってやっと、それが原因だったのかもと彼女を悔やませた。
もう何年も、彼女は娘と会えていない。
元々、自分に似ている、活発な娘を少しばかり甘やかしている所があった夫は、奏音が説明した全てを早々に受け入れ、アウネの民との共存も魔術という異端の力も受け入れていた。
"魔法少女"に姉妹揃ってなれた。その親だからだろうか。夫は、若ければ若いほど会得しやすいという魔術を簡単に会得してみせ、人々に魔術を教える立場に現在勤めている。
だが、彼女は無理だった。
魔術と体質的に合わないのだろうか、そんな事があるのかどうかも知らないが、夫が傍で魔術を使うだけで吐き気や頭痛を覚えてしまったのだ。それが、奏音の夫や孫が使う魔術でも同じこと。表立ってではなかったが何度となく、もう一人の娘のようにアウネを拒絶し続けているのだ、と根も葉もない陰口を囁かれたこともあった。
奏音の優しい気遣いによって、魔術が使われることの少ない地区に、彼女は暮らしている。
立場のある娘夫婦や孫、仕事のある夫とも離れ、一人で暮らす日々。
寂しいと思う事もあったが、奏音が寄越した世話役や、危険があるかも知れないと義息子の配慮によって配属された護衛達と交流を深めることで紛らわすことも出来た。
今日は、本当に久しぶりに孫に会えた。
彼女の住む家に遊びに来た孫娘と何気ない話をし、その上で生まれてくる妹の為に何か贈り物がしたいと話になったのだ。連絡をとった娘の許可を得て、家に就いてくれている護衛達と、孫娘付きの護衛達の守られながら車に揺られて街へ出て来た。
何気なく車の窓から外を見た時、彼女は静音の姿を見かけることが出来た。
おしゃれなカフェの、オープンテラス。
静音は、三人の男性と共にいた。
スーツ姿の年上の男性。
ラフな姿の、静音より少し年上に見える二人の男性。
テーブルの上に何着かの衣服を広げ、楽しげに笑いあっているその姿に、彼女は自分でも気づかぬ上に涙を流していた。
周囲から、何度も何度も責められた。
魔法少女という立場をいいことに、多くの破壊活動を行なった事を。
共存、平和を実現しているというのに、未だにアウネを受け入れようとせずに抵抗している事。
夫の親族にも責められた。
静音がああなのは、母親である彼女の血筋だろうと。
確かに、静音は母親の家系に似ている娘だった。その顔立ちも、性格も。そして、自分で全てを抱え込んで、そして会えなくなってしまうところも。
彼女の兄、つまり静音と奏音の伯父は、アウネの民が現れる以前から行方知らずとなっている。
ある日突然、「俺、ちょっと戦ってくる」なんていう意味不明な言葉を残して姿を消した兄。大学に入って一人暮らししていた部屋の様子を調べてみたが、何の荷物らしい荷物を持たずに出て行ったことだけが分かった。
そんな兄に、重なってみえる静音。
彼女は涙を流しながら、ホッと安堵した。
兄の様にその後が分からない訳ではないのだと、感じられたからだ。
何をしていようといい、もしかしたら本当に大変な、悪い事をしているのかも知れない。でも、今見たように静音自身が幸せならいいと、笑ってくれているのなら、と彼女は思った。
………カフェでの一幕
「静音様。余計なお世話かとも思いましたが、生活に必要と思われるものを用意させて頂きました。もちろん、協力者の中に居る女達の意見を取り入れて降りますので、不備は無いものと思われます。」
ニコヤカな様子で幸大がテーブルの上に広げていった様々な品。
食材に、化粧品や石鹸、シャンプー、クレンジングオイルなどの細やかな日常雑貨。
そして、最後には様々なジャンルの衣服がどっさりと。
「何、これ?」
「あっ、俺はこれが好きだわ。」
アンタは?
清楚系からギャル系、ゴシックロリータなどの、女性物の衣服の数々に驚く静音を余所に、刹那が暢気にそれらの中から好みのタイプを見出した。
そして、その話題を静音と同じく呆気に捕られていたニコルに振ったのだ。
「…私は…こちらです。」
その問い掛けに戸惑いながらも、答えるまで許してくれなさそうな刹那の眼差しに負け、ニコルもある服を指差した。
刹那が衣服の中から引き摺り出したのは、山ガール風のもの。
ニコルが指差したのは、清楚な水色のワンピース。
「ちなみに、こちらが私のおススメです。」
「うわぁ、意外。」
幸大が持ち上げてみせたのは、黒色のフリルが満載のゴシックロリータファッション。
真面目そうなスーツ姿のいい年した男が手にしている姿に、違和感しか感じ取れない。
率直な感想を刹那は口にしていた。
「これを…」
姿を消して着いてきていた流峰の声だけが聞こえ、衣服の中に一着が淡い緑の光を放った。
それは、着物をベースに改良されたもの。
他にも、衣服の中から赤や青、白、黄と淡い色に光ったのだから、精霊獣達が何処からか見ていて参加したのだと分かる。
「あっ、アウネの所に踏み込む時、こういうの着てったら?それで、敵の目の前で魔法少女になるっていうのは?」
アニメとかってそうだよね。
「却下。」
人前で変身シーンなんてやってたまるか、と静音は冷め切った声で笑顔を浮かべた顔で切り捨てた。