中
アハッアハハハハッ
「消えて?」
静音は満面の笑顔で、その一言だけを吐き捨てた。
森の中には、木々が作り出す数多の影が存在している。静音達と刹那、その周囲を囲む森に存在している影という影から、鋭く尖った棘が浮かび上がり、雨細工のように自由自在に伸び、静音が笑顔で指差した刹那へと向かって怒涛の勢いで突っ込んでいく。
「うわっ、ちょっ!」
名を名乗り、挨拶をして、そして自分が抱いている好意を示しただけ。そう思っての言葉だった刹那は、静音が繰り出した攻撃に焦った声を上げた。
「さっさと当たりなさい!」
「当たれって言われて、当たりにいく奴はいないと思うけどぉ?」
刹那の声は焦ったものだった。だというのに、刹那に四方八方から突きつけていく影の棘をクルンクルンと器用に避けている刹那。
どうやって避けているのか、攻撃を仕掛けている静音にも、静音の隣で冷静にその様子を見守り観察しているニコルにも、何一つその謎は解けそうにない。瞬間移動でもしているのか、逃げ場がないような攻撃からもすんなりと逃げ、時には実際には実態などない影で出来ている棘の上に立ち、飛び上がる足場にもしている。
ふわりふわり ひらりひらり とんっ たんっ
そんな音が似合う柔らかな一連の動きには、焦った声とは違う余裕が感じられる。
さっさと攻撃を受けろ、と静音は叫んでいたが、呆れ果てた様子で黒耀がその言葉に突っ込みを入れた。
「全員、一斉攻撃!!!」
自分が操る闇だけでは埒が明かないと判断したのか、静音は黒耀以外の精霊獣達へと指示を飛ばした。
「いやいや、無理無理!彼を倒そうなんて、絶対に無理だから。不可能だって!」
静音の指示は精霊獣達の力を無意識の内に動かさせ、水が鋭利な刃物となって刹那に襲い掛かり、それを軽く避けて見せた所を炎が炙る。本来は攻撃には向かない光が細いレーザー光線となって降り注いだが、瞬間移動のように消えて移動した刹那にはかすりもしなかった。一帯にかかっている重力が増し、木々が折れて地面が陥没したのだが、その中で刹那は平然と立ち、ヒラヒラと静音に向かって笑顔で手を振ってさえいた。
黒耀が叫んで静音を止めようとした言葉の通り、刹那を倒すことが出来ない。静音とニコルは呆然と、余裕そのものの刹那の姿に見入っていた。
「あれは、神々の"どれだけ持つと思う?""一応、大兄の下には辿り着けるだろうが、そこまでだろうな"っていう下馬評を跳ね除けて大損をさせた、『邪神様の御子息』とか『第二の邪神』なんて呼ばれるまでになった勇者なんだから。俺達でどうにかなる相手じゃナイナイ。」
ガシッ
「何、それ?俺が苦労してる間に、神様達ってば、んなことしてたのかよ。」
黒耀の体が、音もなく背後に降り立ってきた刹那によって鷲掴みにされた。
ギリギリギリと音が、静音の耳に聞こえてきた気がした。
「邪神?」
って何?と黒耀に助けの手を伸ばすことなく、静音は陽妃達に尋ねた。
普段から少し口を滑らせ過ぎるのだ、黒耀は。此処で少しだけ痛い目を見て反省すればいいと思う。
これで本当に黒耀の身に危険があるというのならば、静音は自分の身を削る事になろうと助けの手を伸ばすだろう。だが静音から見て、刹那が本当に黒耀を握り潰そうとしている訳ではないということが分かったし、何より黒耀はこの世界の闇の精霊獣なのだ。この世界に闇が満ち溢れている限り、そうそうに死ぬことはない。魔法少女になったばかりの頃、戦いに疲れ、傷つくこと傷つけることに怯えて一人で泣いていた静音に、そう黒耀が教えてくれたのだ。
「数多ある世界の一つが、この地球だっていうのは知っての通りだと思う。」
説明を始めてくれたのは、流峰だった。
「その世界一つ一つには神が居て、この地球を司る『管理者』やアウネ神は、下から数えた方が早い位置に居る神にあたる。下の上あたりになると思う。邪神様は、上から数えた方が早い、古く強い神の一人なんだ。厳し過ぎる神を尋ねたら、絶対に筆頭になる神。その世界は、滅多なことでは揺るがない程に安定し、そこに住まう命達は下手をすれば幼い神よりも強い力を持っていると言われる、お手本にはしちゃいけない、でも尊敬はしてもいい世界って言われてる。」
「あの子は、そんな世界へと招かれていった勇者なのよ。」
引き継いだのは、睡蓮。
「通称『神殺し』。邪神ではないけれど、それでも長く生き続けた神を殺してみせた実力を身に付けた勇者よ。多分、異世界へ旅立っていった勇者達の中では一番の強さを持ってるわ。」
「…勇者って、もう戻ってはこれないんじゃ、なかったの?」
「戻ってはこれない。勇者達は、旅立った先の神によって力を与えられる。そんな異質な力を持ち込まれては、この世界が危うくなる。だから、それは絶対に許されないと『管理者』が決めたことだ。」
董源もそこに疑問を抱いていたようで、自分が力の限り握り締めている黒耀と話し合う刹那に、鋭い視線を送っている。
「っていうか、何?『邪神の御子息』って。俺、あいつの息子になった覚えないんだけど?俺達は何処に旅立とうと、『管理者』の息子なんだろ?俺達を見送る時に言ってくれた、『管理者』の言葉だろ?」
「一部だよ、一部。一部で言われてるだけだって。」
「覚えているわよ?帰ってはこれない旅路だっていうのも、言っていた筈よね。」
あなたはどうして此処に居るの?
警戒をその声に露に浮かべ、陽妃が尋ねた。
「母親を助けたいと思うのは、子として当たり前のことだろう?大好きな黒の魔法少女に、お礼も言いたかったしね。」
何処か面白がる表情を浮かべて黒耀を握り潰そうとしていた刹那が、真剣な面持ちとなって静音を真っ直ぐに見据えた。
ポイッと黒耀を手放して、刹那はゆっくりと、ニコヤカに笑顔を浮かべて歩み寄ってきた。
ジリッ
まだ警戒を解いていい相手かも分からない刹那の接近に、静音の体は思わず後ずさった。
「あれ?俺は別に危害とか加えないよ?」
刹那としてみれば、友好的だと全身で表しているつもりだった。これがもし、静音が刹那の敵だったら、まず正面に大人しく立ってはいない。刹那の姿を見た瞬間に、命を奪うか、もしくは王手の状態に持っていっているだろう。
だというのに、静音は顔を強張らせて後ずさる。
刹那には心外過ぎた。
「いきなり、初対面の相手に"大好きだ"なんて告白されたら、女性なら当然の警戒だと思いますよ?」
人との付き合いが希薄な状態で、この世界とは常識から違う異世界へと旅立った刹那。精霊獣と一緒とはいえ、たった一人で逃亡し続けていた静音。そんな二人よりも人間関係に対する常識などが身についている元・大神官であるニコルが、心底不思議そうにしている刹那に、静音の反応を説明してみせた。
「あぁ、ごめんごめん。言葉が足りなかったのか。やっぱり、そういうのは地球の、特に日本の専売特許なんだよなぁ~。下手に読心を得意とする種族が多い世界なんて、危険だなぁ。」
ポリポリと頬を掻き、身体一つ分しか間の無い距離にまで近づいていた刹那は、静音に驚かせ、怯えさせたことを深々と頭を下げて謝罪した。
コホンッ
そして、頭を上げた後には、咳払いを一つして改めて刹那は口を開く。
「この世界を後にして、異世界へと旅立った全ての者達を代表して、君に感謝と謝罪を。」
穏やかで優しげな笑みを、その外見は静音よりも年下に見えるのに、まるで随分と年上と相対しているかのような想いを抱かせる青年が浮かべ、静音をジッと見つめている。
「家族を失い、仲間を失い、そんな不遇な中でも自分を折ることなく、この世界を守ってくれている君に、ありがとうと伝えたかった。異世界に旅立った者達は、何の未練もないと全てを切り捨て、己の選択の下に異世界へと向かった。でも、それでも、心の何処かには常にこの世界が消えることなくあったんだ。帰ることなで二度とないと分かっていても、忘れることはどうしても出来なかった。自分達を形作った大切な故郷だ。
そんな世界を守ってくれている君に、僕等は皆、本当に感謝しているんだ。
ありがとう。
そして、ごめんなさい。
戻れない"勇者"は、ただ祈ることだけしか出来ない。君の下に駆けつけ手伝えたらと、思うことしか出来なかった。一番大変だった時に、駆けつけることが出来たらどんなに良かったか。今更になって、本当にごめん。」
アウネ神が根付く前に来れていたら、と刹那がまた頭を下げた。
一瞬、静音は本当にそうだったら、と考えてしまった。
異世界へと旅立った勇者達がどんな活躍をしているかは、黒耀達が孤独に押し潰されそうになった静音への寝物語として教えてくれていた。
そんな力を持つ人達が一緒に戦ってくれていたら、そんな一人でも異世界に旅立ち強く在れる人達が一緒に居てくれたら、そう思い始めてしまえば終わりはない。
でも、それは空しい考えだ。
彼等は異世界で苦労を重ねて力を得たのだ。
静音の経験も、それと同じだ。
へこたれるな、と静音は闇に染まろうとした自分を奮い立たせた。
「どうやって戻ってきたの?まさか、この世界に迷惑かけるような、あの馬鹿みたいな方法だっていうなら、私は貴方を…」
私は黒の魔法少女。この世界を護る為に存在する"勇者"。
なら、目の前の、居る筈のない存在に警戒を見せつけ、対処するのが今やるべき事だ。
戸惑いや怯えを浮かべていた静音の顔が一変した。
それを察した刹那は、笑みを深める。
「大丈夫。俺が来たのは、邪神の導き。邪神は、厳しく恐れを振りまく神ではあるけど、馬鹿でも愚かでもない。この世界や『管理者』を害するような可能性を一切見逃すことはなく。数多の世界を救った『管理者』に敬意を、身勝手な我を貫き稀有なる世界を破壊しようとしている愚かな『アウネ』には罰を。邪神はその為に『神殺し』を遣わした。」
もう大分、君に掛かっていた負担も楽になったんじゃないかな?




