表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
機械帝国の魔女  作者: 雨谷結子
第5章 魔女と博覧会と赤い賭け
21/24

 第一回ガルディオン万国博覧会開会当日。

 開会寸前となったトリムンド地区のカラドパーク周辺は、会場には入れないにもかかわらず集まった人々でごった返していた。東大陸の小柄で黄色の肌をした紳士や、属国出身らしい黒人の青年、目元以外はすべて布で覆った淑女もあたりを闊歩している。

 空には色とりどりの気球が飛び交い、その間を縫うようにして大帝国の威容を誇るように飛行艇が蒸気を吐いている。

 トリムンド駅に到着する列車は定員を大幅に超えた人々を運び、メインストリートは渋滞でまるで動きが取れなくなっている。自動走行車の脇をすり抜けて機械蟲や機械獣、自動機械人形が忙しげに行き来していた。

 普段はちょっぴり味気ない鋼鉄製の身体検査人形も、今日ばかりは頭の辺りにピンクやグリーンやブルーのリボンをまいて、手には一輪の花を持っている。どうやら来場者へのプレゼントらしい。

 マリーゴールドの花を持った身体検査人形が近づいてくるのを、ローズは泣く泣く避けて、昨日のうちに調達した《獅子》に乗って走る。

 すぐそばではローズの相棒メイベルがぶんぶん飛び回り、肩にはジャックの《蝶》のプリシラがその羽を休めていた。

 昨日、ジャックから差し伸べられた手を振り払うことを選んだのに、彼は最後まで協力すると言って聞かなかった。

 帝国に刃向かい、王家の秘密を握ってしまった彼は、ローズと一緒にいてもいなくてもエスターテ家につけ狙われることは言うまでもない。とはいえ、人一倍厄介な事情を抱えるローズと一緒にいるよりは、その能力を活かして他国へ亡命するのが一番平和な道だ。

 今朝も、万国博覧会という大事業に集中している今が好機だと言って彼を送り出そうとしたところ、返ってきたのは「ばーか。途中ではいさよならなんて、できるかよ。必ず、あいつを連れて帰ってこい。……待ってる」などというお言葉だった。

 正直、彼の好意を利用しているようで気が引ける。けれども、孤軍奮闘するローズにとっては、喉から手が出るほど欲しい救いの手だ。

 結局ジャックは、万博会場への特攻後の退路確保を務めてくれるということになった。彼は一緒に行くと言い張ったが、さすがに会場での立ち回りまで付き添ってもらうわけにはいかない。ローズの試みが失敗することになったら、後にあるのは破滅のみだ。

(ジャックがいなかったら、わたしも帝国をただ憎むだけの存在に成り果てていたかもしれない)

 それは、ひどく危険なにおいがした。ローズが内包する春の力は、きっと憎悪に駆られて行使すれば、破壊の限りを尽くすだけの兵器にしかならない。

 ローズの魔力は、いまだ封紋に封じられたままだ。

 王杖がそばにいないところで春の力を解放してしまえば、力が暴走してしまったときに対処方法がない。昨日散々迷って、ローズは結局封紋の解除をぶっつけ本番で行うことにした。

 そもそも力の使い方からして分からないが、とにかく昨日のように感情を昂らせれば、封紋は解除されて力を発動することはできるだろう。

 アランが詠唱していたような、聞いていてちょっと恥ずかしい呪文を唱える必要があるのかは分からない。でも、十六年前、赤ん坊だったローズが力を行使することができたので、必ずしもその必要はないはずだ。

 あとはアランが力を上手く加減してくれる。なにせ彼は世が世なら、ローズの王杖だった人物なのだから。

(使い方を誤ってはだめよ、ローズ・イーストン)

 何度言い聞かせたか知れない文句を繰り返し、ローズは自らの格好を見下ろす。

 ローズが袖を通しているのは、今まで着たこともないような上等な生地の深紅のドレスだ。ボンネットも色を合わせたものを被っている。ドレスは黒の細やかな刺繍のレースがアクセントとなり、全体をよりシックで落ち着いた雰囲気に仕上げていた。

 他を圧倒するにはまず見た目からなどとローズに説教したジャックの見立てだ。

 たしかに、これなら普段のちょっとばかり粗暴な印象が薄れて、言われてみれば亡国の王女っぽく見えないこともないかもしれない。……たぶん。

 選抜メンバーとして《原石》の塔に出入りしていたジャックによれば、開会後のエルヴィラ女王のスピーチに際して《原石》動力のなんらかの装置が使われるとのことだった。

 《原石》は生成すると同時に時を経るほどその力を空気中に放出してしまうので、莫大な動力を必要とするセレモニーの《原石》は、使用の直前に生成されるか、さもなければ生身の肉体のままその生命力を吸い出す旧式《原石》動力が使われるだろうと言っていた。

 ローズは、ジャックの改造した《烏》によって人様から強奪――もとい拝借した開会式の入場券を手に、会場前に降り立つ。その足どりは、ローズが思い描く優雅さを体現したものだ。――たった今、自分の足を踏んですっ転びそうになったのは、ちょっとした遊び心というやつである。

 ローズは受付を問題なくパスした。用途不明の赤・青・黒の三色のカードを渡されたので、仕方なく懐に入れておく。

 ここで《獅子》とはいったんお別れだ。会場内には、規定に定められた自動機械人形以外は持ち込めないことになっている。

「メイベル、プリシラ、行くわよ」

 言うなり、ローズは雑踏にまぎれていく。目指す水天宮(すいてんきゅう)は、その大きな口を開いて人々を飲み込んでいる。博覧会のために建設された建造物群のなかでも目玉と言われる、エーテルの光の変質作用を利用した、鉄骨総ガラス張りのメイン会場である。

 ファサードを一望しただけで、ローズはほうとため息を漏らさずにはいられなかった。まるで水に映った紺碧のようだ。空と境を接する天井部は濃い瑠璃色をしており、五層に分かれた中央大袖廊を下るにしたがって、薄青へとその色を変えていく。

 中に入ると、より異空間らしさが際立った。

 天頂の瑠璃色のキャンバスに、白や金の糠星を散らしたような光明が浮かんでいる。現実には存在しない、青い青い夜空のプラネタリウム。ラピス・ラズリ色の天球のなかに閉じ込められたみたいだ。

 しかしそんな印象も、ひとたび足元を見下ろすと一転した。

 ローズは一瞬、自分の口から吐きだされた息が、ごぽりと水泡を立てて上空へ昇っていったような、そんな妙な感覚に囚われる。

 爪先はたしかに床を捕らえているというのに、床は半透明に透けて、下方へと空間をつなげていた。地下が見えるようになっているのだ。

 地下は水槽になっていて、本物の色鮮やかな魚たちが優雅に泳いでいた。海底を模した最下部は天頂よりも深い、墨を垂らしたみたいな青色をしている。だがそれも地上へと近づくにつれ、淡い色に変わっていた。

 誰もが、メティオラの見せる夢に溺れていた。

 これからローズが挑むのは、これほどまでに肥大化した、絢爛強固な夢なのだ。

 やがて時計の長針が十時を指し示す。会場の照明が落ち、空と海の果ての黒が交じりあう。次の瞬間、光が溢れ、夜空を擬態した天井が夏空へと移り変わった。

 煌々と照明が灯った先には、巨大なステージがあった。

 黒を基調とした落ち着いた色とデザインの衣装をまとった人物が席から立ち上がる。それだけで、すしづめになった会場の人々がどよめく。

 縞瑪瑙の瞳も、闇色の髪も、まるで人目を引くものじゃないのに、その人には見る者をひと目で魅了する華があった。

 ブラッド――メティオラの王太子で、《原石》動力開発の提言者。その身に呪いを抱え、神を征服しようと目論む、ローズの初恋の名だ。

(ううん、恋じゃなかった)

 ただローズは、誰でもいいから、自分を魔女じゃないと言って慈しんでくれる幻想を探していただけだ。絶対にローズを傷つけないやさしい夢に、まどろんでいたかった。

 ローズはベルベットのカーテン裾に、目を移す。

 アランがいるとすれば、あの場所だ。ブラッドが開幕の挨拶を終える前に、ローズは舞台袖の入口に回り込んだ。

「ねえ」

 ローズは警備員の袖を引き、小首を傾げる。

 瞳に涙を溜めると、警備員の気が緩んで、それからローズの泣き出しそうな表情に釘づけになるのが分かった。

「ママとパパとはぐれてしまったの。一緒に探してくれないかしら? ――プリシラ」

 迷子の少女は、《蝶》が振り撒いた鱗粉が警備員を眠りの世界に誘うのを、凶悪な笑みをたたえて見送った。

 すぐさま崩れ落ちる男の身体を馬鹿力でどうにか壁に凭せかけ、異変を知られないうちに、すぐさま扉を開けて中へと入る。後ろ手に扉を閉めて、ローズはほうと息を吐いた。

 暗くて足元さえ覚束ないが、人気はないようだった。息を整え、慎重に五段ほどの階段を上ると、のっぺりとした暗闇が広がっていた。カーテン裾からわずかに光が漏れている。

 人間サイズの鳥籠のような装置があって、脇に二人、研究服姿の人間が立っている。どちらの手にも、光線銃のような形状の武器があった。

 国家的な催しのための警備としては少なすぎる気もしたが、《原石》の材料が生身のタオ人などという非人道的なことはさすがに声高には吹聴できないのか、真相に関わる人間も限られているようだ。万が一バレたりしたら、東大陸諸国が黙っていないだろう。

 ローズは物陰に隠れ、メイベルとプリシラに指示をする。

 彼女たちは、闇の淵でまさしく蝶のように舞い、蜂のように刺した。

 ドゴッと鈍い音を立てて中年の男二名が倒れ伏す。少々音が響いたが、外で鳴っている花火の音に重なってくれたのが救いだ。

 これはもしかすると、ローズが力を解放するまでもなく、アランを救出することができるかもしれない。

 ローズは鳥籠のなかで蹲る男に駆け寄った。

「アラン、アラン、助けにきたわ」

 ローズの声にも、アランは顔を上げない。まさか眠らされているか、考えたくないがもう手遅れなんて事態だったら――と青ざめて彼の腕に手を伸ばしかけたそのとき、逆に手を思いきり掴まれた。

 男が顔を上げる。その瞳の色はまるで水天宮のような青――アランじゃない!

「ブッブー。ざーんねん。本物は向こうの舞台袖だよ。博覧会へようこそ、うるわしのプリンセス?」

 その声の甘さを知っている。アランを模したダークブラウンの鬘が落ち、目の覚めるような鮮烈な白い髪が覗いた。エリス・ワイルド少尉だ。

 逃れようにも、エリスの腕力を振り切るのは不可能で、鋼鉄の鳥籠の網目はメイベルやプリシラが中に入るには小さすぎる。プリシラの鱗粉を撒くにも、これほど近接していては、ローズまで眠らされるはめになることは目に見えていた。

 とはいえ、エリスも身動きが取れない。彼がブラッドの側近である以上、ローズを殺すこともできないはずだった。硬直状態だ。

 ふと、ローズの耳が大歓声を捕らえる。王太子殿下万歳、という声がそこここから上がっている。

 いつの間にか、ブラッドの挨拶は終わっていた。

 カーテンの向こうに、ちらりと黒い人影が横切る。

 目線が、たしかに交錯した。

 ブラッドと酷似した造作の、鮮烈な女である。

 白皙の美貌はまるで彫像のようだ。しかしどこか人形めいたブラッドとは異なり、ひどく生々しい感情が乗っている。真紅に塗られた肉厚の唇は吊り上がり、縞瑪瑙の瞳には苛烈な憎悪と憤怒がある。緑の黒髪はぴしりと結い上げられ、髪に縫いとめられた黒いダリアの生花も女の引き立て役にしかならない。

 その豊満な身体を包むのは、黒いドレス。十六年前にタオとの戦いで夫を失くした彼女は、それ以来常に喪服をまとっている。

 エルヴィラ・レ・エスターテ。タオ王国を滅亡へと追いやり、メティオラを大帝国へと押し上げた女傑。唯一無二の女帝、大帝国の母と言われる、メティオラ帝国当代の女王である。

 酷薄な笑みを含んだ顔は、今から彼女が奪おうとしている命が、ローズにとってかけがえのないものであると知っている。

 臓腑が燃える。身体のすべてが、炎になったかのようだ。ローズを喰いつぶすような怒りが身体中を駆け巡り、強い衝動を引き起こす。

(まだ、だめよ)

 ローズは震える息を吐き出した。

 アランの居場所を、まず掴まなければならない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ