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春が夏に焼かれた。
祖国の宮殿に聳える尖塔――春雷の塔が業火に焼かれ、崩れ落ちるのを、真冬の瞳が静かに見つめていた。
***
煤けた青空を背景に、四枚の翅を羽ばたかせて《蜂》が飛んでいる。
蜂といっても、黄色と黒の対比が見事な、花の蜜を採集する昆虫とはわけが違った。
真鍮製の胴体の中心部に取りつけられたエーテル変換器が、鈍く光を弾いている。
このメティオラ帝国――機械帝国とまことしやかに囁かれるこの国で、普及しつつある連絡手段、それがこの機械蟲だ。自動機械人形の一種である。
「メイベル!」
ローズは頬を紅潮させ、前時代的な石造りの手摺りから身を乗り出した。
昨夜、メイベルと名付けた《蜂》を帝都に飛ばしてから、ローズはまだかまだかとその帰りを待っていた。そろそろ癇癪でも起こしそうになって、バルコニーまですっ飛んできたのだ。
「見ろよ! 魔女の使い魔が飛んで来たぜ!」
背後から聞こえてきた声に、ローズは眉を吊り上げた。
「魔女だとか使い魔だとか、失礼しちゃうわ!」
思わず後ろを振り向いて、ニヤニヤ笑いの同年代の少年少女たちをキッと睨みつける。
イーストン孤児院の仲間たちだ。両親を持たないという同じ境遇にもかかわらず、彼らはローズを目の仇にしていた。
「また女学院を停学になったって?」
『また』をやたらと強調しながら、同い年のジャックが嘲りを隠そうともせずにローズを見下ろす。
まだ孤児院の誰にも知らせていなかったのに、レイカトル街一の人気者の少年は情報が早い。さすがに嘘を吐いてまで事実を否定する気にはなれず、ローズはぐっと押し黙った。
「やだあ。孤児院の恥ね! せっかくジャックみたいな、未来の帝国の頭脳だって輩出してるのに。身のほどを知って、自主退学でもしたらどう?」
ジャックの腕に絡みついて、桃色に色づいたかわいらしい唇でそんな意地悪を口にするのは、一つ上のティナだ。
「あんたは、男に媚を売る以外のことも学んだらどうかしら?」
ローズの嫌味に、ティナは顔を引きつらせる。
「なんですって!? このガリ勉女!」
「キーキーうるさいのよ! 腹黒ぶりっ子!!」
ローズは十六の花の乙女にあるまじき険しい形相をして、ジャック一味を蹴散らそうと大股で足を踏み出した。
腕を組んで胸を反らしていたジャックが、意地の悪そうな笑みを浮かべる。
ちょうどその時、機械的な羽音を響かせて、メイベルがローズの肩に止まった。
途端にローズは顔を輝かせて、メイベルの翅を一撫でする。売られた喧嘩は買うのが信条のローズも、この時ばかりはジャックから顔を背けて彼の目の前を素通りした。
ジャックは見る間に熟れた林檎のように顔を赤くして、声を張り上げる。
「ブラッド王太子殿下がおまえにかまうのは、“赤毛”で“緑の瞳”の“孤児”のおまえを憐れんでのことだ! 勘違いしてんじゃねえぞ、馬鹿女!」
「それでも、性悪男にかまわれるよりはずっといいわ。いい加減、取り巻きなしで言いたいことも言いにこれないの? 意気地なし」
逆上したジャックたちに捕まっては大変と、ローズはスカートの裾を翻して走り出した。後ろからはジャックとティナの罵り声が聞こえる。
傲慢で鼻持ちならないジャックに吠え面をかかせたとあって、ローズはいたくご満悦だ。
そのまま全力で、共同個室まで駆け込む。扉を後ろ手に閉めると、ローズは硬質で冷たいメイベルに頬を擦り寄せて、軽く微笑んだ。