ノノと夢みる人形 《ノノとゆめみるにんぎょう》
太陽がすっかり山の向こうへしずむと、お月さまとお星さまたちが顔を出して、しんしんと夜がはじまりました。
ノノが出かけるのは、みんながぐっすり寝しずまるころ。
ながれ星が七つほど、人しれずに落ちたあとです。
「さあて、と」
夜空の道をとんとんと歩きながら、ノノはくるりと町を見わたしました。
夜はとっぷりとふけて、お家の明かりがついているところはもうほとんどありません。
大人も子どもも布団の中で、いろいろな夢をみているころでしょう。
「今日はどんな夢があるかしら」
楽しい夢。こわい夢。うれしい夢。かなしい夢。ふしぎな夢。
きっと、どの夢もすてきな味がするはずです。
想像するだけで、ノノのお腹はペコペコになってしまいました。
「さあ、ついたわ」
まずは最初のお家です。
二階建てのお家はすっかり寝静まっていて、まっくら。
ノノは夜空の道をトントンとおりていきます。
ためしに二階の窓を開けようとしましたが、しっかりとカギがかかっていました。
「用心するのはいいことだわ。近ごろはぶっそうだもの」
だけど、そんな用心もノノには意味がありません。
「お月さま、おねがいね」
そうつぶやいたとたん、ノノの体は月の光になってしまったのです。
窓から差しこむ月の光になったノノは、あっさりと部屋の中へ入ることができました。(もうひとつ、窓にピタリとはりついて、くるりと外がわと内がわを入れかえて入る方法もありますが、あまりかっこうがよくないので―― 窓にはりついた顔を想像してみてください―― 月明かりや星明かりのない日にしか使いません)
さて、ここはだれの部屋かしら。
もとの姿にもどったノノは、月明かりをたよりに部屋を見わたしました。
目をこらして見えてきたのは四角い勉強机と、足に車輪のついたイス。机の上にはノートと本が広げたままになっていて、その隣にはおもちゃのロボットが仰向けにたおれていました。きっと勉強にあきて、とちゅうからロボットで遊んでいたのでしょう。
どうやらここは、子ども部屋のようです。
机の反対方向にはベッドがあって、その中には今、男の子が小さな寝息をたてています。
ノノは音をたてないようにそっとベッドに近づき、男の子を見ました。
布団をしっかりとかけて、気持ちよさそうに眠っています。なんだか少し笑っているみたい。
「さあて、どんな夢を見ているかしら」
ノノは男の子のおでこに手をあてて、ツッツッ、となでます。
すると、おでこの中から雲のような白いモヤモヤが浮かびあがってきました。
そう。これが、男の子の 『夢』 なのです。
雲のような白いモヤモヤの中では、男の子がロボットに乗って怪獣と戦っていました。
どこかで見たことがあると思ったら、机の上においてあった、あのロボットと怪獣です。男の子は夢の中で、大好きなロボットをそうじゅうしているのでした。
まわりにはロボットを応援する人たちでいっぱい。男の子はまさにヒーロー気分。
怪獣へパンチ!
けれど、ロボットに興味がないノノにとって、男の子の見ている夢は退屈なだけでした。
「うーん。あんまりおもしろくないわね」
ノノが好きなのは、すてきなお人形がでてくる夢や、かわいらしい動物がでてくる夢なのです。
「お腹もペコペコだし、もう食べちゃおうかしら」
ノノはそうつぶやくと、白いモヤモヤを両手ですくいとり、コロコロまるめてお団子のようにしました。そして、
「いただきまあす」
それをひょいと口のなかへ。
もぐもぐ。
ごっくん。
「うん。なかなかおいしいわ」
ぺろりと食べてしまいました。
そう。ノノにとって、夢は食べものなのです。
私たちがお魚やお肉を食べるように、ノノは夢を食べるのです。
夢を見ていたはずなのに、朝おきたら思いだせないことってあるでしょう。
それは、ノノたちが私たちの夢を食べてしまうからです。
「まだまだお腹はペコペコよ」
ノノは男の子の部屋をでると、つぎに男の子のお父さんとお母さんが眠っている部屋へと行きました。
二人のおでこに手をあてて、ツッツッ、となでて夢をとり出します。
お父さんはお仕事の夢。お母さんはお友だちとお茶を飲んでいる夢。
見ていてもあんまり楽しくないので、すぐに食べてしまいました。
もぐもぐ。ごっくん。
味もいまいち。
大人の人の夢はかたくてパサパサしているので、ノノはあまり好きではありません。
ときどき、すごくおいしい夢を見る大人の人もいるけれど、そういう人はまわりから 「おかしな人」 と笑われていたりしているのです。
「さあ、つぎのお家行きましょう。まだまだお腹はペコペコだわ」
ノノは月の光になって男の子のお家から出ていきました。
つぎは、小さな女の子の住むお家です。
女の子が見ていた夢は、お人形とお茶会をしている夢。ノノが大好きな夢でした。
すてきなお料理がでてくると、私たちは食べる前にうっとりとながめて楽しむでしょう。それと同じように、ノノもすてきな夢がでてきたら、うっとりとながめたあとで食べるのです。
「さあ、もっと食べなくちゃ。お腹はまだペコペコだもの」
こんなふうに、ノノはお家からお家へと渡り歩いて、眠っている人の夢をいただいていくのです。
夜ふかしをしている人たちは、ときおり空の道をトントン歩くノノを見かけることもありますが、あまり気にはしません。だって、ノノは夢を食べるだけで悪いことをするわけではありませんから。
「やあ、今夜はおいしい夢にありつけるといいね」
こんなふうに声をかける人だっています。
ノノはそのたびに、
「だったら、はやくお家に帰って眠ってよね。そして、すてきな夢をみてちょうだい」
と答えるのでした。
※
その日の夜も、ノノはいつのものように空の道をトントンと歩いていました。
今夜はもうたくさんの夢を食べているので、お腹もだいぶふくれています。
「今日はピアノコンクールで演奏をする女の子の夢がとくにおいしかったわね。お父さんに怒られる男の子の夢はいまいちだったけど」
そんなことを考えながら空の道を歩いていると、ふと一軒のお家が目にとまりました。
「あら、大きなお家」
まわりにあるお家よりも、ずっとずっと大きなお家です。
「あれだけ大きなお家に住むのだから、きっとお金もちなのでしょうね」
さてさて、お金もちの人はいったいどんな夢を見るのでしょう。
「きっとキラキラしていて、おしゃれな夢を見るのにちがいないわ!」
じゃあ、それはどんな味がするのかしら。
「とってもおいしいはずよ! きっと、すごくおいしい夢!」
ノノは目を輝かせると、お腹がいっぱいなことも忘れて、空の道から大きなお家へとおりていきました。
お家の中に入ると、たくさんの階段とたくさんのお部屋がありました。
ところが、どうしたことでしょう。どのお部屋をのぞいてもだれもいません。
タンスや本棚、テーブルやイスといった家具さえないのです。
「だれも住んでいないのかしら」
ノノは首をかしげかしげ、いくつもの階段をのぼり、いくつものお部屋をのぞいてまわりました。
そして、大きなお家の奥の奥、いちばん小さなお部屋で、ようやく古びた子ども用のベッドを見つけたのです。
ノノは音をたてないようにベッドへ近づいていきます。
いったい誰が眠っているのでしょう。
ワクワクしながら、そっとベッドをのぞきこむと――
「まあ!」
ノノはおどろいて声をあげてしまいました。
ベッドに眠っていたのは子どもではなく、お人形だったのです。
それは、愛らしい、でも、ずいぶんと古いドレスを身につけたビスクドールでした。
とても良く作られたお人形で、ノノはつい見とれてしまいます。
夜とおなじ色をした黒髪はひろげた扇のようにベッドを飾り、胸のうえでかさなる白い手は、まるで祈っているかのよう。長いまつげの両目はやさしく閉じられていて、
「なんだか本当に眠っているみたい」
ノノはうっとりとしながら、お人形のおでこを優しくなでました。
そのとたん、なんとも不思議なことがおこったのです。
お人形のおでこから、あの小さな白いモヤモヤが――
「まあ、夢だわ!」
そう。 『夢』 がでてきたのです。
お人形が夢をみているのです。
「こんなことって、あるのかしら」
ノノはおどろきながらも、ゆっくりと、ていねいに、人形の夢をとり出していきます。
そうしてとり出した夢に映っていたのは、かわいらしい女の子がベッドの上でお人形と遊んでいる光景でした。
女の子はお人形の服を着替えさせたり、アクセサリーをつけたり、長い髪を櫛ですいたりして、とても楽しそうです。お人形も気持ちよさそうに女の子のされるがままになっていました。
心がほんわりとする幸せそうな夢でしたが、そこへ突然、男の人が登場しました。どうやら、女の子のお父さんのようです。
お父さんは何かをいいながら女の子の手をとると、あっという間にお部屋から出ていってしまいました。
つれていったのは、女の子だけ。
お人形はベッドに残したままにして。
「あなたは、女の子に置いてかれてしまったのね」
ノノがつぶやくと、ふいに夢の中のお人形が青い宝石のような瞳をひらいてノノを見ました。
「わたしの夢をのぞている、あなたはだあれ?」
お人形はちいさなちいさな声で聞いてきました。ノノはおどろきながらも、ゆっくりと落ちついて答えます。
「あたしはノノ。夢をたべる 『ゆめくい』 よ。あなたはお人形なのに、夢を見るのね」
「大切にされたお人形には心が生まれるのよ。もちろん、夢だってみるわ」
「でも、本当に大切にされていたのかしら。だって、あなたは女の子においてかれてしまったじゃない」
「あの子は、お父さんとちょっとお出かけをするだけだと思っていたの。もうここへ帰ってこないだなんて、思ってもみなかったのよ」
「女の子は、ここへは戻ってこないの?」
「ええ。どこか遠いところへ引っこしてしまったの」
「じゃあ、もう会えないのね」
ノノが悲しそうにいうと、夢の中のお人形は青い瞳をパチパチとさせてノノを見つめました。
「ねえ。あなたは夢を食べる 『ゆめくい』 なのよね」
「そうよ」
「それじゃあ、わたしのこの夢も食べるのかしら?」
「ええ、そうよ」
「でも、まって。今のわたしの夢を食べても、悲しい味がするばかりで、ちっともおいしくないわ。きっと、世界でいちばんまずい味がするはずよ」
世界でいちばんまずい味って、いったいどんな味かしら。
ノノは興味をおぼえましたが、もちろん食べたいとは思いません。
「そんな夢は食べたくないわ」
「そうでしょう。でも、わたしがもう一度あの子に会えたなら、わたしの見るこの夢は、きっと世界でいちばんすてきな夢になるわ」
「世界でいちばんすてきな夢ですって?」
「世界でいちばんすてきな夢よ」
世界でいちばんすてきな夢って、いったいどんな味かしら。
ノノはもちろん、食べてみたくてしかたありません。
「それは、ぜったいに食べてみたいわね!」
「それなら、わたしをもう一度あの子に会わせてちょうだい。そうしたら、このわたしの夢を、世界でいちばんすてきな夢を、あなたにあげるわ」
「でも、どうやって見つければいいのかしら」
「あの子はわたしを置いていってしまって、とても悲しんでいるわ。きっと毎晩、わたしの夢をみているはずよ」
「それじゃあ、あなたの夢を見ている女の子をさがせばいいのね」
「ええ、そうよ」
「その子のところへつれていったら、世界でいちばんすてきな夢をくれるのね」
「ええ、そうよ」
「いいわ!」
ノノはすっかりやる気になって、お人形と約束をしました。
「あたしが、あなたをその子のところへつれていってあげる!」
※
さて。
今日はお人形と約束をしてから、一ヶ月ほど過ぎたある夜です。
ノノはいつものように空の道を歩きながら、すっかりまいっていました。
なぜなら、お人形の夢をみる女の子をまだ見つけることができていないからです。
「だって、こんなの見つけられっこないわ!」
ノノがウンザリしてしまうのもしかたありません。
お人形の夢をみる女の子をさがすには、ひとりひとり女の子の夢をのぞいてみなければならないのですが、こまったことに―― そして、あたり前のことですが―― 『女の子』 が住んでいるのはこの町だけではないのです。
となりの町にも、そのとなりの町にも、そのとなりにも、またそのとなりにも 『女の子』 はたくさん住んでいるのです。
そのたくさんの女の子の中で、お人形の夢をみる女の子をさがさなければならないのですから 「見つけられっこないわ!」 と、いいたくもなります。
「もう、女の子をさがすのはやめにしましょう。どうせ見つけられっこないもの。そうよ。お人形さんには悪いけれど、あきらめるべきだわ」
こんなふうにぼやいてばかりのノノですが、それでも毎晩、毎夜、町から町へと歩きまわっては女の子をさがし続けているのでした。
だって、
「やっぱり 『世界でいちばんすてきな夢』 は食べてみたいもの!」
と、いうことです。
※
さらに何ヶ月かが過ぎました。
ノノはあれからも、ずいぶんとがんばったのです。
東の町へも行きましたし、西の町へも行きました。
北へも、南へも、さらにはその先の町さえも、ノノが行くことの出来るところへはすべて行ったのです。
それでも 『お人形の夢を見る女の子』 は見つかりませんでした。
「きっと、もっとずっと遠くへ引っこしてしまったのだわ」
ひょっとしたら、海の向こうへ行ってしまったのかも……
そうなってしまっては、とてもさがすことはできません。
ノノはすっかりあきらめてしまい、とぼとぼと夜空の道を歩いていきます。
行き先は、あの大きなお家。
夢みるお人形に、女の子を見つけられなかったことを伝えにいくのです。
お人形はきっと、とても悲しむことでしょう。
ノノだって、とても悲しい気持ちでした。
世界でいちばんすてきになるはずだったお人形の夢は、世界でいちばん悲しい夢になってしまうかもしれないのです。
そんなの、とても食べる気になんてなりません。
と、そのとき。
「やあ、こんばんは」
空の道をとぼとぼと歩るくノノを、のんきな声が呼びとめました。
見ると、いつもの夜ふかしの人がこちらに向かって手をふっています。
「こんばんは。あなたは今日も夜ふかしなのね。たまには早く眠ったらどうかしら。それで、すてきな夢を見たらいいのに」
いつにもましてつっけんどんなノノに、夜ふかしの人は首をかしげました。
「どうしたんだい。今日はずいぶん元気がないね」
「それはそうよ」
「どうして?」
「だって、世界でいちばんすてきな夢が食べられなくなってしまったんだもの。元気だってなくなるわ」
「世界でいちばんすてきな夢? それはすごいね」
「でも、もう食べられないわ」
「どうして食べられないの?」
「お人形を、女の子のところへつれて行ってあげられないからよ」
「お人形?」
「そう。夢みるお人形よ」
「夢みるお人形だって? 人形が夢をみるのかい? いったいどうやって?」
夜ふかしの人には、何のことわからず、つぎからつぎへと質問をしてきます。
ノノはでも、それ以上お話をする気になりませんでした。
ぜんぶ説明したところで、女の子の住んでいる場所がわかるわけではないのですから。
だって、そうでしょう。
夜ふかしの人が、女の子の引っこし先を知っているなんて、そんなこと……
ノノはそこで 「あら?」 と首をかしげました。
「でも、ひょっとしたら……」 と思ったのです。
だってほら、あんなに大きなお家に住んでいたんですもの。
もしかしたら、すごく有名な人たちだったかもしれません。
そんな人たちの引っこし先なら、ひょっとして…… と。
「ねえ。ちょっと聞きたいのだけど」
ノノはどうせガッカリするだけだわと思いながらも、夜ふかしの人に聞くことにしました。
「あなたは、あの大きなお家に住んでいた人たちがどこへ引っこしたのか、知っているのかしら?」
「あの大きなお家って、どのお家?」
「西にある、大きなお家よ」
夜ふかしの人はすこし考えてから、ポンと手をたたきました。
「ひょっとして、あの町はずれの大きなお家のこと?」
「そうよ! そこに住んでいた人たちが―― あの女の子が―― どこへ引っこしたのか、あなたは知ってるかしら?」
期待に胸をふくらませるノノに、夜ふかしの人は肩をすくめて答 (こた)えました。
「さあ、ぼくにはわからないな」
それは、予想どおりの答えでした。
「……そうでしょうね」
たしかに予想どおりの答えだったのに、ちがう答えを期待をしてしまったノノは、今まで以上にガッカリしてしまいました。
ガッカリしすぎて、小さな背中がますます小さくなっています。
それはでも、ほんの一瞬のことでした。
夜ふかしの人の話は、まだ終わっていなかったのです。
「さあ、ぼくにはわからないな」 といったあとで、夜ふかしの人はこんなふうに続けました。
「だって、あの大きなお家は、ぼくが生まれるずっと前から誰も住んでいないんだもの」
※
ノノは大きなお家にたどりつくと、いちばん奥のいちばん小さなお部屋にとびこみ、ベッドで眠るお人形のおでこを力いっぱいこすりました。
たちまち白いモヤモヤの夢があわらわれ、そこに青い瞳のお人形が映し出されました。
「あまり強くこすらないでちょうだい。おでこがすりきれてしまうわ」
「そんなことより、聞きたいことがあるの!」
「なにかしら? ねえ、ところであの子を見つけてくれたの?」
「その女の子のことよ!」
「あの子のこと? それなら、たくさんお話したでしょう」
「もうひとつだけ教えてほしいの」
ノノはドキドキする胸をおさえながら、お人形に聞きました。
「女の子がこのお部屋を出ていってしまったのは…… いったい、いつのこと?」
「いつですって? ずいぶん変なことを聞くのねえ。あの子が出て行ったのは、ついこの間よ」
「ついこの間って、どれくらい前のこと?」
「だから、ついこの間よ」
「ちゃんと教えて!」
お人形は 「どうしてそんなことを聞くのかしら?」 と不思議に思いながら、ふわりといいました。
「つい、七十年前のことよ」
※
太陽がすっかり山の向こうへしずむと、お月さま《つき》とお星さまたちが顔を出し、今日もまたしんしんと夜がはじまります。
ここは西の町はずれにある、小さなお家。
その小さなお家の小さなお部屋では、おばあさんが眠る用意をしていました。
パジャマに着替えて、ベッドをととのえて、ふかふかのお布団の中へともぐりこみ、それからお友だちをまねき入れるのです。
おばあさんはずっとひとり暮らしだったので寝るときはいつもひとりだったのですが、最近ではいっしょに寝てくれるお友だちがいます。
それは、宝石のような青い瞳をしたお人形でした。
おばあさんがこの町へ引っこしてきたときに、あの大きなお家へおいてきてしまった、あのお人形です。
もう何十年もむかしのことで、二度とあえないと思っていたお人形。
それが、何十年もたったある日、おばあさんのベッドに置かれていたのです。
いったい、誰が届けてくれたのでしょう。
おばあさんはお人形を抱きしめて、たくさん喜び、たくさん泣いて、たくさんあやまりました。
「もう、ぜったいに置いていかないからね」
それから、お人形を届けてくれた誰かに、たくさんの感謝をしたのでした。
※
ある日の夜のこと。
ノノは月の光となって、その小さなお部屋へと入りました。
音をたてないように近づいてベッドをのぞくと、おばあさんがスヤスヤと眠っています。
幸せそうな寝顔は、まるで小さな女の子のよう。
「とてもすてきな夢を見ているのね」
それはきっと、世界でにばんめにすてきな夢にちがいありません。
じゃあ、世界でいちばんすてきな夢はだれが見ているのでしょうか?
もちろん、きまっています。
「お人形さん。お人形さん。さあ、約束どおり」
ノノはそうつぶやくと、おばあさんのとなりで眠るお人形のおでこを、ツッツッ、となではじめました。
「世界でいちばんすてきな、あなたの夢をいただくわ」
おしまい。
……… え?
世界でいちばんすてきな夢はどんな味がしたのかですって?
実をいうと、ノノはまだ食べていないのです。
お人形の見せてくれた夢はそれはそれはすてきなもので、たしかに世界でいちばんすてきな夢でした。
ただ、あんまりにもすてきな夢なので、ノノは心配になってしまったのです。
「こんなにすてきな夢を食べてしまったら、きっともう、ほかの夢を食べられなくなってしまうわ」 と。
ですから、お人形は今でもおばあさんの隣で夢を見続けているのです。
そして、ノノはというと。
ときどきお人形のところへ出かけていっては、世界でいちばんすてきな夢をうっとりとながめるのでした。
ほんとうにおしまい