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逆ハー目指したらぼっちになったったww

掲載日:2013/11/17

 逆ハー目指したらぼっちになったったww




 今の私を表すとしたらまさにこれである。


 もてもてちやほやきゃっきゃっうふふを思い浮かべながら行動した結果が誰もいない校舎の影で一人ぼっちで昼ごはんの弁当をかっ食らうこれである。


 どうしてこうなった。


 綺麗な黄色い卵焼きをつまみながらふと思う。


 ……どうしてこうなった。


 じんわりと出汁の旨味を広げる卵焼きを咀嚼しながらふと思う。


 ……どうしてこうなった!


 ごくり、とのどをならして一つ大きく鼻を啜りながらふと思う。

 いつもなら絶妙な塩加減の卵焼きが、今日のはなんだか塩辛かった。




 








 乙女ゲームと呼ばれるジャンルのゲームがある。

 様々なタイプのイケメンな男性たちと親睦を深め最終的には誰かと恋人になりその恋人と、時としてその全員と嬉し恥ずしいちゃいちゃらぶらぶするアレだ。

 ぶっちゃけ、私はその乙女ゲームというやつのとある一つの作品の世界の中で暮らしている。

 何故自分がそんな「世界」に存在していると認識できるのか。そう聞かれれば瞬時にでも答えてみせよう。

 簡単なことだ。

 私は前世の記憶を持つ、転生者という奴だった。


 実にありがちな。


 突然見知らぬ女性の人生を丸々思い出したというのに、私が何よりも真っ先に思い浮かべた言葉がそれだった。

 取り乱すこともなく実に冷静に受け入れている自分自身にびっくりしたのも懐かしい。そして大好きだった乙女ゲームの世界だってことに気付き喜ぶよりも冷めた感想が一番に出てくる枯れた自分に若干失望したのももはやいい思い出だ。


 死んだら大好きな乙女ゲームの世界に転生(又はトリップ)しちゃった☆これからどうしよう……(ため息)

 ……的な、その手のネット小説を読み漁っていたのは確かだった。そしてそんな設定に憧れたのもまた事実だった。自分も転生できたらあんな風にしたりこんな風にしたり~とにやにや妄想してたのも間違いない。妄想に飽き足らず、誰にも見せなかったが文章に書き起こしたりするぐらいにはずっぽりハマっていたこともぶっちゃけてしまおう。


 でもよもや。本当に自分の身にそれがふりかかろうなどと誰が思おうか。少なくともあれほどそんな設定が大好きな私自身は露ほどにも思っていなかった。いや、思ってたらそれはそれで問題だが。


 生前繰り返しプレイした大好きな乙女ゲームの世界。

 そんなところに転生できたのは確かに嬉しいものだった。

 だって恐らく会えるのだ。

 画面越しでしか見ることが叶わなかった彼らに。


 それは確かに嬉しいこと、なのだが。

 どうせなら、ただただ普通に転生した、ただただ普通の少女Aだったりしたらもっと嬉しかった。

 転生特典とでも言えばいいのか。私は普通と言うには、ちょっと、いやかなり抵抗のある立場になってしまっていた。


 何せ私は、主人公ヒロインだ。

 もう一度言おう、何せ私は主人公ヒロインだ!


 最近では、乙女ゲ世界の脇役に(或いはモブに)なりました傍観してたらいつの間にかかかわってましたそしてあれれれこれまたいつの間にか逆ハーに~?みたいなのをよく見かけたが(そして大好きな設定だが)私はどうやら脇役でもモブでもなくプレイヤーの分身である主人公ヒロインになってしまったようだった。


 朝比奈あさひな日和ひより。それが私の名前。

 流石乙女ゲームの主人公ヒロインと言うべきか。

 白く柔らかな肌。大きく澄んだ瞳。バランスの良い鼻。アヒル口がよく似合う愛らしい唇。色素の薄い髪はさらさらでやわらかく、過ぎるぐらいに華奢な体躯は庇護欲をそそる。完璧な美少女だった。

 自画自賛だなと薄ら寒さを覚えるが、そうなのだから仕方がない。ただちょっと記憶していた姿より幼いようにも感じられるが、きっと気のせいだろう。


 なんでよりにもよって主人公ヒロイン……。

 私は物陰からうふふふと笑いながら傍観してるモブの方がお似合いだろう。というか、どうせなら是非ともそちらの役にあたりたかった。

 転生自体は大歓迎過ぎるのだ。ただ、転生先が問題なだけで。

 いいじゃん流行りじゃんなんで傍観主人公じゃないんですか主人公ヒロインとか荷が重すぎる。正直めんどくさいのです。誰か交代してください。


 と、そんな文句は誰に言ったところで何も変わらない。それより頭の心配をされ適切な病院を紹介されるのがオチだ。

 だから、私は不本意ながらこの世界の主人公ヒロインとして生きていくことを決めた。

 愛し愛され幸せに。それが乙女ゲームの主人公ヒロインさだめだ。

 そして私はそんな乙女ゲームの主人公ヒロインになったのだ。

 主人公ヒロインなのだから、私はそのさだめに違わず生きていきたい。


 それにあたり誰を攻略するかだが、困ったことに一人に絞りこむことが出来なかった。みんな同じくらいに好きなのだ。だからどうせなら。

 乙女ゲームだから、乙女ゲームならではこその攻略の仕方をすればいい。

 大好きで大好きで何度も繰り返した乙女ゲーム。

 選択肢も行動もどうすればいいか覚えているんだ。


 こうなったら、逆ハーレムED目指してやんよ!




 








 ……などと言った決意を胸に秘め、私が通うこの高校へ入学式したのは3ヶ月も前のことだ。

 そう、3ヶ月。期間が短く設定された乙女ゲームならエンディングを迎えててもおかしくないっちゃない月日。いつの間にかそんなにたっていた。

 なのに今の私の状況、ぼっち飯。予定ではもう攻略対象たちと仲良くお弁当を食べてるはずだったのに。それぐらいは仲を深めているはずだったのに。もう一度言おう。ぼっち飯。


 どうしてこうなった。


 そう思わざるをえない。


 入学式から一月。とにかく頑張った。まずは攻略対象たちと出会い、仲良くなるためにスケジュールをくみ、必要なイベントをこなしていった。この時はまだよかった。実に順調だった。


 入学式から二月。相も変わらず攻略のためのスケジュール通りに行動し、着実にイベントをこなしていった。だが、だ。この時から少しおかしなことが起こり出した。いや、かなり、かもしれない。

 とにかく、不安を覚えたのは確かだった。


 入学式から三月。とうとう少しどころか大々的な問題が発生した。

 攻略キャラが攻略できない。

 いや、攻略キャラを攻略したくない、が正解か。

 何を言っているんだと思われるだろう。私自身こんな風に悩むだなんて思ってもみなかったのだから仕方がないじゃないか。




 おかしい。


 最初にそう眉をひそめたのは攻略キャラの一人である生徒会長にたいしてだった。

 テンプレな俺様イケメン御曹司な生徒会長はこの乙女ゲームのメインヒーローだったりする主人公ヒロインの攻略対象。

 ……だったはずなのだけど。

 主人公ヒロインの攻略対象であるはずの彼には、すでに意中の相手がいるようだったのだ。

 それが主人公ヒロインだというのならなんら問題はないのだが生憎と違うのだから問題で。

 あろうことか彼は攻略対象の身でありながら主人公ヒロインを差し置いて別の女生徒に恋慕しているようだった。

 しかもその女生徒も彼のことを憎からず思っているようなのだ。

 というかもう分かる人には分かる程度には好き好きオーラ全開なのである二人して。

 ああ、うん。私邪魔ですよね完全に。分かりますよいくらなんでも。空気読める子ですよー。


 いくら逆ハーを目指してると言っても互いに憎からず思いあう相手がいる人を攻略しようとは思わない。私の中の良心というものがそれはどうなんだと訴えかけてくるのだ。

 それに、全員は勿論のこと取捨選択で好きなキャラだけの自分好みな逆ハーレムを作れるシステムだったから、必ずしも生徒会長を攻略しなければいけないというわけでもない。

 逆ハー要員が一人減るのは寂しいけれど、生徒会長が欠けて逆ハーEDを迎えることができなくなってしまう、というわけでもないので問題なしと判断していいだろう。

 甘い雰囲気を漂わせる生徒会長と女生徒にたいしてリア充爆発しろ!と念じつつ、そんなわけで、生徒会長の攻略は諦めた。




 おかしい……。


 次にそう首をひねったのはチャラ男な先輩にたいしてだった。

 これまたテンプレ通りな彼は軽い性格で女好きでやたらとスキンシップが多い人だった。

 イベントはちゃんとおさえていたし、好感度が上がってきているのはパラメーターがなくともなんとなく察することができ、次は攻略できるかなと安心していたのだが。現実はそう甘くないものだ。


 チャラ男な彼は思ったことを手帳に書きなぐるという癖がある。いつも持ち歩くそれには、ゲームが進まるにつれて熱く焦がれるようになる主人公ヒロインにたいする思いが綴られていたりするのだ。今はまだ序盤だからせいぜい面白くて可愛い程度だと思われるが。

 ある日、拾ってしまったのだ。そんな彼の手帳を。そして魔が差してつい覗き見てしまったのだ、その中身を。


 手帳にはとある女生徒にたいする思いがこれでもかっと綴られていた。その中身はおおよそ主人公ヒロインをさすものだとは思えない内容だった。

 生徒会長に続きあなたにも好きな人いるんですかそうですか。またかよ。と、思いながら私は読み進めるごとにその内容に段々と背中が寒くなるのを感じつつ、


 ――そして最後には戦慄した。


 先程これでもかっと綴られていたと表現したが、正しい言葉ではなかった。女性にたいする思いが「びっちりみっちり」手帳に書きなぐられていた。というのが正確なところだ。もしくは、「ぎっちぎちに」か。


 最初は少し気になる子という言葉からはじまり、面白いに変わり、それが可愛いに変化したあと、彼女が好きと昇華されていった。それまではいい。実に真っ当に手順を踏んで彼は女生徒に恋をしていったのが分かる。だから、あの異常なまでの文章力もかろうじて理解できなくもない。できなくもない、が。

 その後からが問題なのだ。


 彼女が可愛い彼女に触れたい彼女が欲しい彼女が誰かに笑いかけるのが嫌だ彼女が愛おしい彼女を誰にも触れさせたくない彼女を誰にも見せたくない彼女に好きになってもらいたい彼女が好きなのは俺だけでいい彼女と一つになりたい彼女が彼女に彼女を。


 そんな感じに「びっちりみっちり」、「ぎっちぎちに」だ。

 時には監禁だの拘束だの危ないワードや、彼女の初めてをもらって俺の初めてをあげたいなどととても不健全でアレな願望も書きなぐられていた。

 というかチャラ男。お前チャラ男なのに初めてってことは童貞なのかチャラ男なのに!……まあ、それは置いといて。


「ひぎゃあぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 私が恐怖して盛大に悲鳴をあげながら手帳をぶん投げてしまったのは致し方ないと思う。

 まさかチャラ男がヤンデレだとは。思いもしなかった、むしろ誰が思うかそんなもん!

 しかも何やら日々観察している的なことも手帳から読み取れてしまったのだ。ストーカー。その言葉が頭を過る。

 ヤンデレな上にストーカー……!

 なにそれ狙われてる女生徒さん逃げて超逃げて!とそう女生徒さんに心の中で叫びながら、そんなわけで、チャラ男を攻略するのは諦めた……というかヤンデレストーカーとか誰も攻略したくないよ怖い!




 お、おかしい……!


 今度は頭を抱えながらそう唸ったのは副会長にたいしてだった。

 テンプレ通り普段ニコニコ実は腹黒……なんてこともなく、常に冷静で口数も表情の変化も少ないクールな人だった。

 が、二度あることは三度あるというやつだ。

 彼にもまた恋心を抱く相手がいるようだった。


 チャラ男がヤンデレストーカーだったという前例があるせいで、このクールな彼も残念な方向に何かあるのではないかと不安に思い暫く観察することにした。件ががっつりトラウマになっていたのである。

 しかしそれは杞憂に終わってくれた。

 いや、確かに彼は私が知っている彼ではない一面が多々あったのだが。


 たとえば、好きな相手には中々尽くすところだとか。

 たとえば、好きな相手が喜んでいると同じように嬉しそうにするところだとか。

 たとえば、好きな相手が辛そうならばその痛みを感じてそっと寄り添うところだとか。

 たとえば、好きな相手にただただ純粋で真っ直ぐな瞳を向けるところだとか。


 ゲームとは違う彼の素敵な箇所を何回も見ることがあった。

 なんというか、こう、いじらしいというか。

 ……わんこみたいだ。

 そんな感想を抱いたらもうそうにしか見えなくなってしまった。

 正直、副会長も生徒会長同様、意中の人にたいして好き好きオーラ全開なのだがアピールの仕方がいかんせん分かりづらく相手にはいっさい伝わっていないようなのが可哀想である。不器用だ。そして不憫だ。

 精一杯の好意を表現したがスルーされしょぼくれる副会長を見ると、頑張れ!頑張れよ副会長!とついつい心の中で応援してしまう私がいた。


 クールだと思ってた彼が実は不器用不憫わんこだと分かったがヤンデレストーカーよりよほどマシむしろ可愛らしいことこの上ないので実によかったと思う。癒される。

 彼ならば攻略するのもやぶさかではないと思うのだが、どうせなら、彼には彼の純粋な(ここ重要)恋心を成就してもらいたい。

 どうか負けないで相手の攻略頑張ってね!と不器用不憫わんこを応援することに決めた私は、そんなわけで、副会長を攻略することを諦めた。




 ――さて。

 上記三人でもう嫌なフラグびんびんなのだが、残念ながらそのフラグは折れてくれないのである。

 例に漏れず、他の攻略対象たちにも色々と問題があったのだ。


 紳士で優しい美人なイケメンだと思っていた先輩はなんと驚くべきことに女性だった。

 確かに線は細いし実に女性的な美しさを兼ね備えているとは思っていたがまさかだった。家の都合がどうとかと理由も話していたと思うが衝撃が凄すぎてぶっちゃけ覚えていない。

 ただ、実は非常に可愛らしい方だとも分かったしこれからも懇意にしてね!なんて言ってもらえたので大層よかったのである。

 男装っ子も好きだ。しかし恋愛はない。そんなわけで、紳士な先輩は諦めた。


 小型わんこで可愛いと思ってた同級生は……うん、腹黒でした。可愛い顔してお腹の中真っ黒黒でした。しかも策士。にっこり笑顔で威圧感すげぇって初めて体験しましたあんなのマジでできる人がいるんですね。怖い!

 しかも、だ。彼にもまたお約束のようにいるのである。想い人が。

 そしてそれが紳士で優しいイケメンな彼女だというのだから頭が痛い。そう、彼が好きなのはさっき説明したばっかりの男装イケメンな彼女である。

 何故か彼女の秘密を知っている彼に同士だとバレた私は「僕と彼女がくっつくように協力してね」と実に愛らしい笑顔でお願い(という名の脅迫)をされ、その隠しきれていない黒いオーラに屈伏してしまった。そんなわけで、小型わんこで可愛い同級生は諦めた。


 ミステリアスで妖しい雰囲気タップリだと思ってた大人の彼は……。

 ……。

 ……。

 ……出来れば一番触れたくない。が、そうも言ってられないので進めよう。

 彼は、有り体に言ってしまえばドMだった。

 その様を初めて目にした時は何の悪夢かと思った。

 学生ではない彼に会うには特定の場所に向かう必要がある。ので、その場所に向かったのだがその結果見てしまったものが。

 女子高生に蹴られ殴られ罵られながら恍惚とした表情を浮かべ喜んでいる(悦んでいる?)そんな彼の姿だった。


 引いた。ドン引いた。思わず今までにしたことないくらいの全力疾走で逃げるほど引いた。

 二次元キャラならドMは平気むしろばっちこいなのだが三次元はやはり無理だった。はあはあ言いながらもっと蹴れもっと殴れと催促してくるとかなにそれ怖い!


 妖しいどころか危ないにランクアップした彼を相手にするなど私には到底不可能だ。もし可能でもごめん被る。そんなわけで、ミステリアスな年上の彼は諦めた。







 ――詰んだ。


 そう頭をかすめた言葉は正しく今の私の状態を表していた。

 乙女ゲームなはずなのに攻略対象に好きな人がいるやら残念な方向にクラスチェンジしてるやら実は女やらお近づきになりたくないドMやら。

 そんなイロモノたちをオトしていこうと頑張れるほど精神的な若さも根気も粘りも夢も希望も前向きさも、前世と今世であわせてアラサーを超える私には生憎と持ち合わせていなかった。


 無理だ。もう無理だ。

 二分の一の割合で感想に「怖い」が入る人たちを相手になんてどんな苦行だ。それこそ盲信的に彼らを愛しているような主人公ヒロインならそんな逆境すら乗り越え彼らを手に入れようと思うのかもしれないが。

 残念ながらここにいるこの主人公(朝比奈日和)は私なのだ。

 そして私はギブアップした。

 転生してから固めた決意?そんなもの、跡形もなく投げ捨ててやりましたとも。

 主人公ヒロインさだめ?なにそれおいしいの?


 つまるところ、だ。

 私は、逆ハーを築くどころか誰一人として彼らを攻略するのを諦めたのだった。




  





 そして今現在。

 憑き物が取れたように攻略をさっぱりと止めた私は、さてそれじゃあ二度目の青春でも謳歌しようじゃないかと思いたったところでようやくある事実に気付いたのだ。


 あれ、私、友達いない。

 

 当たり前と言えば当たり前だった。

 入学してからこの方、毎日毎日攻略キャラのもとへ東奔西走。

 人脈を作るのに何よりも最適且つ重要な時期に部活にも入らず、クラスメイトと親睦を深めるわけでもなく、私の日々は彼らに捧げられていたのだ。

 そんな中どうやって友達を作れというのか。転生前から持ち合わせている人見知りパワー(※但し攻略対象は除く)をあわせて発揮しまくっていた私にはとてもじゃないが無理難題なことだった。


 クラスの中では既にいくつかのグループに分かれて出来上がりそろそろ落ち着いた様子をみせているようで。

 そのどれか一つに「私も仲間に入れて(はぁと)」などと今更感たっぷりに厚顔無恥を張り付けて話しかけることが出来たならどれほどよかっただろうか。

 しかし出来なかったからこそのこの現状である。

 ぼっち飯はおろか、学校にいる間はほぼぼっち確定なこの現状である。

 はい、二人組作って~という台詞を吐き捨てる教師の背中に思わずドロップキックを決め込みたくなる衝動にかられてしまうこの現状である。


 ……転生前ですら友達は少なかったとはいえ、二人組の言葉にびくつかずにいられたのに。今はどうだろう。私を蝕む呪いのようにも聞こえる。

 私はぼっちなのだと、改めてそう突きつける。


「……ご馳走さまでした」


 今までのことをうだうだと思い出しながら食べていたお弁当は全て腹におさまった。

 昼休みはまだ長い。が、いくつもの仲良しグループが談笑している教室へはまだ戻ろうとは思わない。戻りたく、ない。

 特に行くあてもないので、何時ものようにこの場所で時間を潰すことにした。

 ……何もやることがなくてぼーっとくだらない考えごとをするだけなのだが。


 そして今日も行う無意味な考えは、今日とて内容が変わることがない。


 いったい何がいけなかったというのか。

 やはり私が主人公だというのが駄目だったのか。

 攻略相手が揃もい揃って攻略できない、したくない相手だなんていったいどんな乙女ゲームなんだろうか。あ、こんなか。


 俯き吐き出す息は苦笑に代わる。

 自分でも驚くほどに、自嘲を含んだものだった。


 実を言えば彼ら以外にもまだ攻略対象がいたりする。しかし今までが今までだったためもはや相手取る気がゼロどころか目下マイナスに爆進中だ。

 攻略しようなどと思ったら絶対に録でもない情報を得ることになってしまうだろう。

 藪をつついて蛇を出しまくったのだ。もういい。蛇出てくるな。

 私が知ることなくいられたならば攻略キャラは前世でやったゲームの中の彼らのままでいられたはずだ。私が知っている彼らなままで。

 知らぬが仏。まったくである。そして出来ればその言葉を高校入学前の私に振りかぶって投げつけたい。


「ま、今更かぁ……」


 己を嘲う色みをのぞかせた呟きは、タイミング良く吹き抜けた心地よい風にさらわれて。

 誰に知られることもなく消えていく。




 ――はずだった。




 「何が今更だ?」

 「っ!?」


 私以外いないと思っていた。それなのに問いかけられたのは、即ち、私だけじゃなかったということで。

 思いもよらぬ他人の声にびくりと揺れてしまった肩をきつく抱き締めて、おそるおそると俯けていた顔を持ち上げた。そうして見えたのは。


「す、がや、せんせ」


 いつの間にいたのか。視線の先には我らが担任教師、須賀谷先生がいらっしゃった。


「なんでこんなところにいるんですか須賀谷先生」

「逆にお前はどうしてこんなところにいるんだよ」

「どうしてって……須賀谷先生には、関係ない、です」


 驚きのまま思い付いた先から飛び出た質問を質問で返された。

 教室でぼっち飯が嫌だから校舎裏でぼっち飯してましたなんてあまりにも悲しすぎる理由を話すのも更に悲しくなるだけな気がして言えない。

 そんな気持ちから返した返答に先生は形のいい眉をしかめると、盛大に息を吐き出した。


「先生は止めろって。あと、その口調も」

「先生は先生じゃないですか。だから先生だし、この口調です」

「確かにそうだが。今はいいだろ?俺たち以外誰もいないし」


 な?とやたらフランクに生徒と教師という間柄を感じさせない馴れ馴れしさで、他の女子生徒なら思わず頬を染めてしまうのではないかと思わせる素敵な笑顔を浮かべる色男。

 もとい、女子生徒の支持率No.1なイケメン教師須賀谷(すがや)太一たいち先生。


 おおよそ一生徒に対する言動としては私に向けるそれはやけに親しすぎると思われよう。ともすれば親密にもとれる空気が漂ってきそうなくらいだ。

 まあ、そうなるのも納得な関係性にあるからなのだが。といっても禁断の教師と生徒での……などという色めいたものでもなんでもなく。

 私の父親の姉の息子。それが今目の前にいるイケメン教師須賀谷先生なのである。

 つまり。


 彼、須賀谷太一は私のイトコなのだ。


 親族であるがゆえの馴れ馴れしさ。それも、実の妹のように可愛がっている相手ときた。

 そりゃあ、こうなってしまうのも致し方ないかもしれない。


 しかしいくら親族と言えど、この学校ではそれを公表していないのであまり仲良さげにされても困ってしまうのだ。

 主に彼のファンである女生徒たちの反感を買ってしまう的な意味で。

 そのことを言外に言い含めて説得したことから学校内では教師と生徒としての適切な距離を保ってくれているのだが、時たまこうして親密な態度が表れてしまっていた。

 そりゃあ、嬉しくないと言えば嘘にはなるが、いかんせん女子の嫉妬というやつが怖いので止めてもらいたいところなのだが。


「……誰かに見つかっても知らないからねイチ兄」


 口ではそんなことを言いつつも結局こうしてそれを許してしまう私の甘さもまた、先生……イチ兄の態度が改まることのない原因の一つなのだろう。

 一応、分かってはいるつもりなのだ。なのだけど。

 イチ兄が私を可愛がってくれているように私もまた彼を実の兄のように慕っているのだ。

 ついつい絆されてしまうのも仕方ない。私もまだまだである。


「わかってるよ、ヒヨリ」


 なんて、そう言いながらも喜色満面を顔に浮かべて。

 極自然に私の隣へ腰をおろすと人の頭をよくできましたと言わんばかりに撫でてくるイトコ様。頭が痛くなる。

 本当に分かっているのだろうかこいつは。


「あんまり学校では触らないでってば」

「あ、悪かった。ついな」


 ぺしっと軽くその手をはたいてやれば、かえってきたのはそんな言葉。

 だが、反省が滲まない声色は事実悪いと思っていないだろうというのがうかがえる。まったく、ため息を禁じ得ない。


「ついって。ただでさえこんな場所で二人でいるの見られたら面倒なことになりそうなのに、その上頭撫でられてたなんて知られたら私の明日がなくなるって」

「そんな大袈裟に言うことなのか」

「言うことなんだよ。自分がどれだけ女子に大人気なのか自覚持ってよね本当に」

「いやそれは、まあ。……うん」


 歯切れの悪い言葉をみるに、どうやら自覚ぐらいはあるようだった。

 それなら、可愛い妹分がめんどくさいやっかみに巻き込まれないよう善処すべきなのだと思うのだが。


 このイケメン、ホストもかくやというほどの見てくれをしているくせに本業の方々とは違いそんな風に気をまわすことがやったら不得手なのだ。

 彼女ができても変わらず私を猫可愛がったり、やたらと甘やかしたりと。おかげさまで歴代の彼女たちにはえらい剣幕で睨まれたものだ。いや、彼女だけでもないのだが。

 イチ兄絡みの惚れたはれたに関して多大な迷惑を被ってきた私としてはいいかげん、最低限こちらにやっかみだのなんだので噛みつかれないように気を配ってもらいたいのが本音で。


 そう含みを込めてじとりとした視線を向ければ当人はぐっと息をつまらす。

 これで少しでも分かってくれればいい。でもまあ、こんなことでなおるというのなら私も今まで苦労しなかっただろう。


「そんなことより、だ!」

「うっわ、あからさまな話題替え」

「うるさい。それよりもさっきのなんだが」

「さっきの?」


 さっきのとはなんぞや。


「いったい何のことだ?今更だとかなんだとか」

「……」


 今度は私がぐっと息をつまらせる番だった。

 思わずにぎりこんでしまった手はじわりと汗をかいてくる。

 てっきりその言葉はスルーされたものだと思っていたのだが。

 まさか掘り返してこようとは。できれば全力で忘れ去っていて欲しかった。よし、今からでも遅くないから振りかぶって投げ捨てろください。

 そんな私の思いを知る由もないこのイケメンは相も変わらず。

 可愛いイトコにたいして気遣いというものをいっさい持っちゃくれないのだ。


「もしかして、なんだが。お前が昔よく口にしてた逆ハーってやつに関係があるのか?」


 こんな風に的確に触れてほしくない話題を出してくるくらいには。


 ……過去の私はどうにかしていたのだと思う。

 転生を自覚した時、うわありがちー、うわなんで主人公ヒロインー、とそう冷めている上努めて冷静だった。

 とは実は言えないことをやらかしてしまっていたのだ。


 何を隠そう、イチ兄に乙女ゲーがなにやら攻略対象がどうやら主人公ヒロインがこうやら逆ハーがそうやらとべらんべらんに喋ってしまっていたのだった!


 きっと私のテンションは低いままにどこかうかれていたに違いない。でなければ、荒唐無稽なこんなことをイチ兄に話すはずがない。

 今思い起こせば明らかにドン引きされていた。電波発言を繰り返す可哀想な子を見るようなその目にどうして私は気づかなかったのか。

 イチ兄はその時大人しく相づちをうちながら聞いてくれていたので、さも私を信じてくれたような錯覚におちいっていたのかもしれない。現実は電波少女に話を合わせる優しい優しいお兄さんだったわけだが。


 できれば永久に記憶の底に沈めておきたかった黒歴史をざっと思い出し頭をかかえた。かかえつつ、ぐうぅと唸る。


「……関係してたら、何?それ聞いてどうすんの」

「いや、あの」

「ただの興味本意ならスルーしてくれると嬉しいんだけど。それこそ、イチ兄に関係ないし、ね」


 痛いところをつかれてしまったせいか思わず突き放すような言葉が口からすべり。

 イチ兄は聞くなり心痛めた様子で、しかし誤魔化すように乾いた笑いを浮かべていた。それが痛々しさを更に助長していて胸がつまる。

 深く考えるより先走りやすい私の口が今ほど恨めしく思ったことはない。あんな風に言ってしまえば彼が悲しむことなど明らかだろうに。


 どちらも何も喋らないまま、重たい沈黙が続く。早く昼休み終われ、と願うもののまだまだ予鈴も鳴らない。

 シンと静まり返る状況か苦手と言うわけではないが、普段気のおけない仲であるイチ兄とのこの静かな時間はとても居心地が悪かった。

 それはイチ兄も同じなのか。

 そう言えば、とようやくしじまを破る一言。


「お前、どうして俺がここにいるのかって聞いてきたよな?」

「え?あ、うん」


 頭をかかえる体制を止め、そんな質問したんだっけかとイチ兄に向き直る。

 そう問われて改めて思う。

 どうしてイチ兄はこんな校舎裏などにいたのかと。

 おかげでぼっち飯後ぼっち昼休みなうな私を発見されてしまったのだ。


「何か用があったの?」

「ああ」


 まあ用がなければこんな人気も何もないところに来るはずもないだろう。

 もしや誰かに呼び出されたりしたのだろうか。

 イチ兄は大層おモテになるからおそらく告白なんかで。だったら実に納得である。

 人気のない校舎裏なんてばっちりのシチュエーションだ。

 自分の予想に合点がいって、なるほどと頷いていると何やら白んだ視線を感じた。


「……多分お前が思ってることじゃないぞ」

「あ、バレてた?」

「どれだけの付き合いだと思ってる」

「少なくとも私が生まれた時から、だね。んじゃ、告白のお呼び出しじゃないなら何しにきたの?」


 それはだな、とそんな前置きとともに優しく綻ばせた笑顔が向けられる。

 慣れているとはいえ少しだけ面映ゆい気持ちになりつつも続く言葉を待った。

 そして。


「お前を探しにきたんだよ」

「えっ……」


 まさかの答えに目を瞠る。

 昼休みにわざわざ私を探しにきた?

 それはまた何故。まったく理由が見当たらない。

 私に用があるならば何も学校で果たさなくてもいいだろう。家だって近かったりするのだ。

 帰宅してから、でもいいはず。

 それとも緊急に伝えなければいけないことでもできたのだろうか。

 皆目見当がつかず首を傾げれば、ふっと笑う気配がする。


「お前さ、俺に隠してること、あるだろ」


 優しい、けれど真面目な面持ちでイチ兄はそう断言した。

 疑問ではないのは、何か確信があるからだろうか。


「……クラスの奴から聞いたんだ。最近ここで一人で昼休みをすごしてるらしいな。前から、それこそ入学した時から昼は一人で過ごしていたみたいだとも言っていたが。……ただ、その時は何か理由あって行動してたようなのがここ暫くはめっきり気力が落ちてしまったように見えると、そうこぼしていた。……なあ、もしかしなくてもなんだが、あの独り言とか昔もらしてたあの話とかと何か関係してるんじゃないか?」


 つまりなんだ。

 イチ兄はもしかしなくてもその親切にも私の近況を報告したクラスメイトの言葉を聞き、そして心配性をいかんなく発揮し昼休みに私を探しにこんなところに来る結果になってしまったのか。

 しかもだ。いまだにこたえを諦めちゃいなかったらしい質問は、まったくもって核心をついているのだから耳に痛い。

 また再び沈黙を守らざるをえなくなってしまった私は、じっと見つめてくる双眸に耐えかねて視線を横へ。

 探られたら痛い腹がありまくる私に正面から見据えることなど不可能なことだった。

 その様子がそのまま質問のこたえになることは誰から見ても明白であるのだが。


「……やっぱり、か」


 ひとりごちて、イチ兄はそのまま続けていく。


「なぁ、ヒヨリ。お前は小さい時から何でも俺に話してくれただろ。それなのに、高校生になってからはそれが少なくなって……。いや、お前も年頃なんだからいつまでも俺に何でもかんでも洗いざらい話してくれると思っちゃいないよ。それでも、やっぱりこう寂しいものがあってだな。……正直、心配なんだよ。担任としても、イトコの兄ちゃんとしても、今のお前の状況はさ」


 心配かけてるなんて分かっている。

 イチ兄は優しいし、私は大事な妹分なのだから、こんな状態である私を心配しないはずがない。

 だから何も言わなかったのに。

 心配なんてして欲しくなかった。

 私の自業自得に付き合わせたくなかった。


「全部教えろとは言わない。ただ、昔みたいに色々と話してくれると嬉しいんだ。楽しいことがあったならそれでいい。一緒に笑ってやるから。悲しいことがあったならそれでもいい。少しでも忘れらるよう慰めてやるから。何か悩んでるって言うならそれでもいい。俺ができる範囲で何でも手伝ってやるから」


 優しい言葉は甘い毒のように。じくじくと胸を侵食する。

 その心地よい痛みが苦しい。

 いっそ甘えたくなりそうになり口を開き、そして、閉じる。

 視界が歪んでいるのは、何故だろうか。


「ヒヨリ」


 のばされた腕にぎゅっと抱き締められる。私をつつむ大きな体。

 それは昔から変わらない。

 懐かしさになんだか更に甘えたくなって悲しい。

 迷惑をかけたくないからとずっと黙っていたことだけれど。

 ……本当は聞いて欲しいのだ。

 昔みたいに。

 私が前世を思い出すまで繰り返していた日常みたいに。

 私が話すことを笑顔で聞いてくれるイチ兄が大好きだった。


「そんな風に泣くくらいなら、俺に話してくれ」


 私は弱い。とてつもなく。

 私の知らない彼らを知っただけで心を折るぐらいに。

 自らの決意をためらいなく捨てるぐらいに。

 自業自得の現実に何をするでもなく嘆くぐらいに。

 そんな弱い私はだから。


 結局のところこの優しいイケメンな教師で担任であるイトコ様に泣き付いて、全部全部まるっと吐き出してしまったのだった。











 





 ここは乙女ゲームの世界で私はその主人公ヒロイン

 主人公ヒロインは攻略対象と恋愛して幸せにならなきゃいけなくて。

 誰かなんて決められない私はどうせならと逆ハーレムを目指した。のだけど。

 彼らは前世の私が記憶していた彼らとは無視できない違いがあった。

 会長は意中の人と無自覚相思相愛だし、チャラ男はヤンデレストーカー、副会長は片思い中な不憫わんこで、イケメン紳士はとても可愛い女の人、同級生は腹黒策士で、妖しい彼は危ないドMだった。

 あまりにもあんまりな現実に、主人公ヒロインの幸せがどうとかなど霞の如く消えていく。そもそも私は、逆ハーレムなどを作れたとして本当に幸せになれたんだろうか?主人公ヒロインの幸せが私の幸せになりえたのだろうか?


 ああ、私は今まで何をやってたんだろう。

 何も手に入らなかった割に犠牲にしたのはあまりに大きなものだ。

 これが私の望んで行動した結果だとは分かってる。

 けれど。

 いつだって、頭の片隅に囁く声が聞こえていたんだ。


主人公ヒロインじゃない、自分()の意思はどこにある?』







「ってことでね!今はぼっちのこの現状なわけなのですよ!!」


 憂い、怒り、嘆き、恐れ、悲しみと限りなく負に近い内情。

 涙混じりにそれら全てをまぜこぜにしながら今までに至るまでを洗いざらいまるっと吐き出した。

 感情の赴くままに滑らせた言葉たちは一段と大きな声で幕を閉じる。握りこぶしのおまけつきで。


 ぜぇぜぇと荒い息を繰り返しながら落ち着けるためにすうはあと大きく深呼吸をした。四、五回と繰り返し最後に盛大に息を吐くと、乱れた呼吸は落ち着いたもの変わる。


 溜め込んでいたものをいっきに吐き出したせいか。ずずっと大きく鼻をすすって流れた涙を拭う今は、いっそ清々しいくらいの気分だ。

 きっと自分が思う以上に今までのこともそれの捌け口が無いことも心の重荷になっていたんだろう。

 時に発散させることも大切なことなんだな、うん。


 そんな風に納得しつつすっきりさっぱり晴々しくなった私とは反対に、聞かされた方はどうかといえば。

 なんとも言えない、苦虫を噛み潰しそこね苦くないがどこか嫌な違和感だけ残る、とでも言いたげな様子が張り付いていた。微妙そうな表情すらイケメンな我がイトコ様は流石である。うむ。


 なんと声をかければいいのか考えあぐねいているようで。壊れた玩具のように口を開いたり閉じたりそんなことを繰り返していたが終いには小さなため息が耳に届いた。どうやら諦めたらしい。


 相も変わらずの電波発言だ。返答に困窮する程度にしか信じてもらえていないのかもしれない。いやむしろ丸きり信じていないのか。しかしまあそれも当然だろう。

 夢見る乙女や分別のつかない幼い子供ならともかく、いい年をした大人がこんなことを信じるはずがない。

 むしろ手放しで信じると言い出したら正気か?と疑いたくなるぐらいである。


 だから信じる信じないはどうでもいいことなのだ。

 それよりも、こんな馬鹿馬鹿しい話を腰を折ることなく最後まで聞いてくれていたことの方が私にとっては大事で。


 話の途中、合間合間にされる相槌は覇気の失われた微妙としか言えないものがされていた。

 そして始終、誤魔化しがきかないくらい口元はぴくぴくと引きつっていた。

 それでもだ。

 じっと私から視線逸らさず耳をかたむけてくれている姿勢は真剣に受け取ってくれようとしているのだとしっかり伝わって。それがどれだけ嬉しかったか。それがどれだけ私の心を軽くしたか。



「イチ兄、聞いてくれてありがとう。あと、心配かけてごめんなさい」


 荒んだ心が穏やかになったのを示すが如くごく自然にこぼれた感謝と謝罪。思ってもいないほど優しい声音をしていて自分でも驚いた。

 しかしその驚きすら心地よい。それを与えてくれた当人は今までの引きつりが嘘のような優しい微笑みに変えてぐりぐりと頭を撫でていく。


 大きくてあたたかいイチ兄の手。

 いつだって慈しむように撫でてくれるその手が子供の頃から大好きだ。

 成長するにつれ、気恥ずかしさがまさって撫でられてもすぐに逃げるようになっていたけれど。

 今日ぐらいはいいだろう。逃げずにちゃんと甘えよう。大好きな大好きなこの手に。イチ兄に。


「私って馬鹿だ」


 親に甘える子猫のように。イチ兄に軽くすりよってみる。

 少し驚いた様子を見せつつも当然のように受け入れてくれるのが嬉しい。


「朝比奈日和は確かに主人公ヒロインだったけど、今の朝比奈日和は私で。主人公ヒロインなんかじゃない。そんなの当たり前なのに。当たり前、だけど、分かってなかった。私は主人公ヒロインだから、恋愛しなきゃって。そう思い込んでて。でも、恋愛するほど誰が好きかなんて分からなくて。だから、みんなと恋愛すればいいやって、馬鹿で極端な選択しちゃって」


 うん、と簡素な相槌が続きを促す。


「でも、別に、そうじゃないのに。私は私で、主人公ヒロインじゃない。攻略対象だって私の知ってるゲームの攻略対象(彼ら)じゃない。そもそもここは、乙女ゲームじゃなくて現実なのに。どんなに似てたってゲームではないのに。だから別に恋愛しなきゃいけない必要性なんてなかった」


 頭を撫でていた手がするりと肩に移り、ぎゅっと抱き寄せられた。

 ふわりと鼻を掠めるのは前に私が好きだと言った香水の匂い。爽やかだが甘くもありイチ兄に似ているとおもった。


「馬鹿な思い込みと馬鹿な選択で、結局は自分の首を絞めてさ。友達できずにこんなとこでぼっち飯しててさ」


 本当、馬鹿だなぁ。

 一人語りの最後にそう呟いた。見事なくらいに自嘲に濡れてていっそ笑えるぐらいだった。

 いや、むしろ笑ってしまえばいいのかもしれない。

 このあんまりな惨状も笑いのネタだと思えば猫の額ほどには救われる。

 ただそれを話して笑ってくれる相手がイチ兄しか思い浮かばないあたりが更に悲しくなるところだが。


「今からでも遅くないぞ。友達、作らないのか」

「作らないというか作れないよ、きっと。私、人見知りするし、攻略対象イケメンばっか追っかけてたから多分いい印象持たれてないし。誰も仲良くしたくないって」


 至極もっともな言葉だった。だが、作ろうと思って友達が作れると言うのなら現在私はこんなところにいやしなかっただろう。

 苦笑とともにそうこたえる。と、何故だが盛大に嘆息された。


「……お前は本当に思い込みが激しいよな」

「え……?」


 思わずもれてしまった言葉だったのか。およそ人に聞かせる声量ではなかったが、抱き寄せられ密着した状態の私にはばっちり聞こえていた。

 そして今更だが、端から見ればイチャイチャしてるようにしか見えないだろう現状に気付いた。私だって乙女だ。いくら身内といえどイケメンとイチャイチャ密着は恥ずかしいのである。慌てつつもそれを悟られないよう不自然にならないようにイチ兄から距離を置いた。

 その際、肩に置かれた手が一瞬だけ引き留めるように力が入ったのが気になったのだが、きっと私に久々に甘えられて名残惜しくなったからに違いない。イケメン教師はイトコを甘やかすのが大好きなのだから。


「誰も仲良くしたくないってどうして端から決めつけてるんだよ。そう思い込んでるからきっかけが余計に掴めないんじゃないか?仲良くしたくないに決まってるなんて思いながら誰かに話しかけようなんてしないもんな。そんなお前の雰囲気を感じ取ってまわりも話しかけられなかったんだろ」


 名残惜しげな視線を向けつつも今度は子どもに言い聞かせるようにゆっくりと言葉をつなげていく。そのどれもが柔らかい口調であるのにぐさりぐさりと私の胸に突き刺さる。


 正しくイチ兄の言う通りだ。

 何にもしないうちからまわりは誰も仲良くしたくなかろうと思い込み、それが募れば募るほど話しかけることが戸惑われてドツボにはまっていたのだ。

 だから出来れば誰か話しかけてくれればなんて他力本願もいいとこな考えもあったのだが。

 他でもない私自身がその妨げになっていたなど思っていなかった。なんて滑稽なことか。でも確かに、そんな後ろ向きなオーラがただよう相手に話しかけなどできないだろう。

 改めて他者にそう指摘され、何もかも全てひっくるめて不思議なくらいにストンと府に落ちた。


 私が思い込みを捨ててしまえば。

 私が少しの勇気を持てば。

 私を取り巻く環境も、変わっていってくれるのだろうか。


「私と仲良くなりたいって思ってくれる子っているのかな?」


 そんなこと、あり得ないと決めつけていた。何故決めつけていたのかは今では自分でもよく分からない。まともな主人公ヒロインにもなれない私には、きっと全て無理なのだと心のどこかで諦めていたからかもしれない。

 半ば願望にも似た質問にイチ兄は当然だと笑みを浮かべた。


「当たり前だろ。お前のこと伝えてくれた奴とかな」

「え?」

「あいつはお前の心配してたんだぞ?仲良くなりたくない奴の心配なんてしないだろ。ましてや、俺に知らせるなんてな」

「……心配、してくれてた子、いたんだ」


 ああ、というしっかりした返事に胸が熱くなる。

 きっとその子は優しい子なんだろう。クラスメイトというだけの大して関わりのない私を心配してくれるくらいなのだから。

 でもその優しさがありがたい。そしてとても嬉しかった。


「手始めにそいつと仲良くなればいい。お前なら大丈夫だから」

「……うん。ありがとう、イチ兄」


 イチ兄の勧めるように、その子に声をかけてみようと思う。

 人見知りなんて言い訳を持たず、思い込みなんて捨ててしまって。

 うまくいかなかったら、という不安ももちろんないわけじゃないが、イチ兄が大丈夫と言ってくれるのだから大丈夫に決まってる。


 思い込んでばっかでまわりが見えていなかった私。

 そんな私に改めて色々と気付かせてくれたイチ兄の言葉だから信じられる。

 少し弱気になっても、今みたいに色々聞いてもらって頭を撫でてもらえば単純な私はまた元気になるだろう。

 他でもないイチ兄がいてくれるから。


「私、頑張ってみる。逆ハー目指してぼっちになっちゃうような馬鹿だけど、頑張って友達作ってみる!」

「友達ってそんな気張って作るようなもんでもないと思うが……」


 硬く決めた決意に苦笑が降りかかった。

 残念、私にとっては気張るものなのだよ!と口にすれば再び嘆息されること間違いなしなので飲み込んで、代わりにえへへと笑って隣に座るイチ兄を仰ぎ見る。


 イケメン教師なイトコ様。

 私にたいしてめったら甘くて、気遣いが不得手で、でも誰よりも優しくてあたたかい。

 そんな彼が側にいるのなら。

 きっと、また落ち込もうとも大丈夫だ。

 私の大好きな手で慰めてもらえれば、落ちた気力も沸き上がる。失せた笑顔も甦る。


「本当に、ありがとうイチ兄!」

「っ……!ああ」


 今まさに私はにっこり笑顔で感謝の気持ちを目一杯こめて、イチ兄に抱き付いてやった。

 驚いたようすをみせたのち当然のように頭に乗せられる手に私はいっそう笑みを深くした。







 逆ハー目指したらぼっちになったったww


 ……けれど、私は本当にぼっちな訳じゃない。

 心配をして、話を聞いて、慰めて、元気をくれる人がいる。側にいてくれる。

 私は私で主人公ヒロインじゃないから逆ハーレムなんて必要ない。

 これからは主人公ヒロインとしてではなく私自身の意思で全てを決めていく。

 そんな私の背中を大丈夫だと押してくれる人がいるんだ。

 だから、私は頑張ろうと思う。

 次の目標はもう決まってる。

 下らない思い込みを捨てて、精一杯の勇気をだして。



 ぼっち脱却目指してやんよ!!


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― 新着の感想 ―
[良い点] 良い話でした。 ある種のテンプレを逆手に取った青春成長ものですね。 これから成長する主人公の続きを読みたい気がします。 あと会長とその相手の恋とかワンコの恋の成就とか各攻略対象たち(ドエム…
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