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序章 地下

 ――それは半年前の事。

 自分を含め、組織エレメントで生き残ったのはわずか五人だった。内、男性三名、女性二名。絶望的な数値。

《エレメント》でだけ、そう呼称する様にしている、かの隕石群の別名――《トワイライトメテオレイン》――通称《黄昏隕石群》。正式名称《獅子座隕石群》。

 その波が去ってすぐ、世界中は多量の粉塵に覆われて、世界中に大豪雨が降り注ぐ。

 自分達は世界が滅びゆく様を、安全な地下から“はっきりと”目にし続けた。

 自分達だけが、安全な場所にいる罪悪感を否応にも抱きながら――その代価として、彼らは心に傷を刻む事になる。

 今日も自分はコンピューターに向かいながら一人、検索をかける。こうして深夜に一人で《メンタルケア》の予習をする。精神を病む者を癒すには、こちらの悩みや苦労を悟らせてはならない。もし気付かれれば、その行為自体が、彼らをまた傷付けてしまう事になるのだから。

 例え世界が滅んでも、自分は指導教官として、副隊長として、仲間として、彼らを守り、導かねばならない。

 一つ――見付ける。

『前向きになれるよう、生産的な活動を提案し、その作業を同じ気持ちを抱いた者同士で実行させる』

 これは、今の自分達ならば出来る事だ。一人では決して出来ない事だ――良かった。早速、提案してみよう。明朝、食事の時にでも提案してみよう。提案してみよう……提案しなければ――絶対に。

 幸い、ここには工具や資材はかなり揃っているはずだ。それに、数多くの種もみもある。外へ出た際に役立つ様、何らかの道具を工作させ、保存食を生産させる。そう言った事をするのが一番良いだろう。

 隕石群が去って、そして雨が降り始めてもう二週間目になる。雨の音は、特に長期に続く雨音は、内にこもり続けねばならない雨は、精神をそれだけで鬱屈とさせ、更に追い込む。そんな音が聞こえない程、気にならない程、少しばかり、忙しくさせてみよう。


 階級が一番上で、指導教官でもある自分の言葉は、四人の仲間達に思ったよりも素直に聞き入れられた。

 幾つかの質問と、懸案事項の確認を経て、彼らは広い地下施設内を探索しに出掛けて行った。男女のペアとなる様に。

 各自には《オペレートアイテム》――オペレーターが片耳に付けて、口元にマイクが来る様造られた装備――を持たせている。背にはバックパックも兼ねた発信機付きの物を背負わせている。

 この装備を持たせているのは、何処かが水没している可能性がある為だ。そう、行方不明者を出さない為の装備。これ以上、仲間を減らす訳にはいかない。本来ならば、自分だけで行くべきだ。

 ――苦渋の決断だった。彼らは一月も経たない内に、既に自殺を考え始めている傾向が見受けられた。だからこそ、それならば、せめて、建設的な行動をさせて、無駄な死を迎えない様にして上げたい。無論、死なせるつもりも無い。

 二人一組で行かせていれば、会話も弾むだろう。薄暗い施設内を歩いていても、二人で仲良く会話しているだけで、それだけでも、幾らか気が紛れるはずだ。

 ――自分も行くとしよう。彼らには比較的安全な区域を任せている。自分は別の区域の担当だ。自主的に。仲間には伏せて……

 一人だからこそ、行ける場所へ。五人の中で、一番上の階級である、副隊長である自分だからこそ、果たすべき義務があるのだから。


 ――カツン、カツンと、ブーツの金具と防水、及び、硬化セラミック加工された床とが音を立てる。

 暗闇の中を、自分は一人、暗視ゴーグルだけを付けて進む。四人の仲間達に持たせている発信機等は持って来ていない。仲間に知られてはいけないからだ。

 実の所、自分達はこの組織の施設の、具体的な所在地を知らない。世界の東端。日出国のどこかにあるとだけ聞いている。

 子どもである《エレメント》の隊員である自分達には、それ以上は秘匿されていた。

 かつて何度か地上に上がり、表の世界で作戦行動を仲間達と取った事もあるのだが、その際は、必ず目隠しと昏睡状態で移送された。

 自分は今、長年秘匿されて来たあらゆる情報を得る為に、中枢コンピューターのある場所を目指していた。そこには、表の世界から無許可で借用している、衛星サーバーからの電波を傍受する装置もあるはずだ。それも含め、あらゆる機構制御も兼ねた、超弩級性能を持つコンピューター――通称ユグドラシル――《世界樹》。それを探す為にこの区画へと下りて来た。その世界樹には個人名が付けられており、その名前は《浩樹》と言った。《水に告げる樹》。そんな、暗喩的な意味があるらしい。

 それの存在は知らされていても、それの使用権限は無く、ましてや遠くから見学する事すら、かつては出来なかった。

 世界中のあらゆる情報が、それには眠っていると聞く。故に、《世界樹》。世界の中心たる樹。

 地上に出た際に、故障はしているものの、形を留めた機械等があった際、それを修理して扱えると言う知識や術を持つ事は、非常に心強い。この絶望的なまでのサバイバル世界では、かつての文明の利器を活かす事は審議を経ずとも、必要不可欠である事は明白である。そして何より、それらを復興させる事は――たった五人の人類とは言え――命題であると言えるからだ。

 スライド式の電気扉には、最早プロテクトはかけられていない。超非常事態であるが為、全てがフリーパスだった。

 その時、踝まであるコートの裾端が、確かに、自身以外の要因で微かにそよいだ。

 ここから離れた所で、何かが燃えている。恐らくここより下の階層で、緩やかな上昇気流を生み出している場所がある。そして、その気流は……異臭を伴っていた。

 ――この臭いは知っていた。

 四人の仲間の顔が脳裏を過ぎる――彼らを同行させなくて、本当に良かった。そう、思う。

 ――そこへ辿り着く。

 エレベーターの扉が開いていて、そこから上昇気流が、今度は直角に曲がってこちらに吹いて来ている。

 前髪やコートが、いよいよそよぐ程度では済まない程に、はためく。

 自分はそれを間近で浴びて、吐き気を催した。両の目尻から、異臭に対する苦痛と、嘔吐感に対する生理現象とで、透明な筋が二つ、流れ落ちる。顎先へそれは到り、至極、印象的に、暗闇の中でピチョンと音を立てた。

 コートの左手首部分にある、フックを引き起こす。折り畳み式の、一見手錠にも見える代物。事実、手錠としても使え、武器としても使える、応用性を秘めた代物。

 左手首のそれをエレベーターの整備用にある投降用の梯子の足場に引っ掛けて、一思いに飛び降りる――スルスルと、ゆっくりと、自分の体が降下してゆく。左手首に、全身の重みがかかる。

 その間、コートの裾は大きく空気を孕んではためき、耳や首元を覆っていた髪が、全て逆立つ。浮遊感により、嘔吐感が加速する。

 自分は最下層に降り立つなり、両膝を屈して、右手を床に付いて――嘔吐した。

 今朝食べた、乾燥トウモロコシを粉状にしてソースと絡めて炒めた物が、喉の奥から噴き出して来る。それはまるで、先程まで感じていた上昇気流と同様に。

 今は、直接真横から吹いて来る風。睨み付ける様にして、その隙間を見た。口を拭う事もせず、立ち上がり、右手首のフックを起こして、薄く開いたエレベーターのスライド扉をこじ開ける。

 ギリギリと、金物同士が立てる不協和音が、手首の骨越しに、腕中の骨越しに、脳内に響いて来る。

 自分は半ば、癇癪を起こしながら動いていた。

 そして――沸騰していた頭が、幾らか冷静になった頃。どうにか人、一人が通れる程の隙間が開いた。 

 上の梯子にかけて置いて来た、左手首のフックを繋ぐセラミック繊維の紐を、全て抜き出し、その場に放置する。上昇気流のせいで、激しく揺れる一筋の糸。また後で上る際に使うから、ここへ置いて行く。

 嘔吐後の疲労感を抱えながらも、隙間からどうにか出る。半ば前のめりになり、数歩程たたらを踏んで、立ち止まる。

 ――ブーツの爪先が、カサパサとした踏感覚の、焦げた何かに突き立った。到る所に、それは転がっている。

 確かにその時――自分は呼吸が止まっていた。頭が沸騰していた余韻は微塵も無くなり、完全に、消沈した。

 それと同時、爆発前の予兆の静寂の如く――声にならない声を自分は上げていた。

 かつて二本の足で歩いていたのであろうその生物達は、中央を目指して、その途中で力尽きる形で、焦げて倒れていた。

 超弩級性能を持つ――希望を守る為に。


 幾人かの命よりも、時折、確かに、重要な《物体》は存在するのだろう……

 だが、自分達五人を遺して、全滅する程の価値が、はたしてそれにはあったのだろうか。

 一人を犠牲にする事で、多くを助ける手段は確かにある。

 けれども、その意味と価値が、はたして、あったのか否か。

 それは、まだまだ、これから先、遠く、遠く、気が遠くなる程の時を経て、ようやく、知られる、答えなのだろう……――


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