表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/12

最終章 目覚

 地下施設内の階層を攻略して行き、地上を目指した。

 地上に近い階層で、一台のトレーラーを見付け、それを改造し、これからの旅で必要なあらゆる機能を搭載した。

 厳選した食用植物の種子と資材を投入し――入念な下準備は終わった。

《生存者誘導計画》――生存者を誘導して回るルート。生存者を誘導する場所――全て、万全に考えてある。

 俺達は地上へ出た――それは《黄昏隕石群》襲来から半年後の事だった。




『――こちら《レオン》。《約束の地》に着いた』

『――こちら《セイヴァデイ》。了解。その場所で目標が現れるまで待機していてください』

 スーはハーレンとの通信を切ると、すぐに別に通信を繋ぐ。

『――《フェアリー》。《レオン》は《約束の地》に辿り着いた。そちらも《パライソ》に向かえ。こちらも《花を携え》、後に続きます』

『――はいは~~い!』

 今度は光に繋ぐ。

『――《ライト》。足止めは上手く行っていますか?』

『――こちら《ライト》。どうにかね。隊長が僕の身代わりになって、森の茂みの中に吹き飛ばされちゃったけど』

 スーは特別慌てない。光の声の調子を聞いていれば、それが判るからだ。

『――くれぐれも無理をせぬよう、そのまま《約束の地》と《パライソ》の間を目指せ』

『――了解!』

 スーは最後の通信を繋ぐ。

『――こちら《セイヴァデイ》。《サイレント》応答願います………………』

 しばし待つも……――沈黙。応答は無い。《サイレント》だけに《沈黙》とは。なんと縁起のない――この考えは不謹慎だからやめましょう!

 仕方がない。代わりの通信を、三人に送る。

『――《セイヴァデイ》はこれより前線に出る。三名は全力で援護せよ!』

『『『――了解!!!』』』


 白灰色の荒野を、光は一人、時折、横っ飛びになりながら、時折、潔く背を向けて駆けながら、二挺の銃を構えて、背後のそれに向かって放つ。

 その銃は《圧縮空気銃》――《コンプ・エアガン》。《エレメント》で開発された《非殺傷兵器》の一つだった。電動式の、機械仕掛けの、圧縮した空気の弾丸を放つ《護身用武器》である。

 それを両手に一挺ずつ構えて、巧みに抜き放つ光。

 圧縮された空気の弾丸は、宙に浮かぶそれを、幾度も後退させつつ、そして煽る。

 それは《エレメント》の《敵対組織》――《ガイスト》の無人戦闘ヘリ《ファング》であった。

 周囲に《奴ら》の姿は無い。けれども、そのヘリは確かに眼前にある。

 理由はわからないが、それが《生存者》を襲うからには、放っておけない。

 そのヘリのプロペラの先端は、途中で直角に真下に曲がる事で、それにより側面を守る事が出来る様になっている。

 そして《ファング》の名の通り、機体下部には大きなクレーンキャッチャーの様な、幅広の《バケット》が装備されていた。

 それは一般乗用車程度であれば、容易に挟み込んで粉砕してしまえる様な代物だった。それは無論、極めて丈夫で、生半可な攻撃では通用しないだろう。

『――こちら《ライト》! そろそろきつい!』

 隠し立てもせず、見得も張らず、光ははっきりと伝えた。

「――…………あれ?」

 誰からの応答も無い――正直切ない。孤独感と不安感とで、光は少し泣きたい気持ちになる。

(――でももうじきあのポイントに着くし、今は走るしかないか!)

「――こちら《セイヴァデイ》! お待たせしました!」

 近くの森の茂みから、二挺の中身銃を構えたスーが躍り出て来る。

 短身と長身の中間の長さを持つ銃身の代物。若干ゴテゴテとしていて、ゴツくて、重量感のある、それぞれ白と黒の塗装がなされた銃。

 その銃の取り分け変わった点は、まるで十字架を描く様にして、五つの銃口が十字に並んでいる点だった。

 真ん中の銃口から弾丸がほんの少しだけ先に解き放たれ、それに遅れ、残り四つの銃口から、まるで螺旋を描く様に順次放たれる。そして、最後にまた中心から六発目が放たれる――そんな仕組みの銃である。

 これにより、撃たれた対象に対し、近距離に放たれた六発の弾丸同士によって、《多重衝撃》と《鋏の原理》が働き、対象を粉砕、あるいは切断、もしくはその両方を同時にする事が可能となっている。そんな、切る事も、砕く事も可能な――本来であれば、緊急時に建造物等を破壊する為に造られた《工作用銃》。

 これもまた《エレメント》独自の規格の銃であった。表の世界には出回っていない代物だった。

正式名称ダニカ・オーメン――略称《ダニカ式》。それがその銃の名称だった。

《ダニカ》は製作者の名前で、《オーメン》は《666》を意味する不吉な言葉である。《オーメン》とは、六発の弾丸を、計三回放てる事から付けられた名称だ。故に《ダニカ・オーメン》。三つの《6》が並ぶ銃。

「――スー! 後は頼んだ!」

「――了解です! 《お花を添えた後》で、すぐに後を追います!」

 右手の白い銃から、ほんの一瞬で、計六発の弾丸が順次解き放たれる。

 ――バォンッ!

 六発目の弾丸は、ぶれる照準を前方に戻す役割もあり、グルリと銃先が回転して、あらぬ方向を向いてしまうのを防ぐ役割もあった。それは、極めて無駄の無い、極めて高性能な《工作用銃》だった。しかも恐ろしい事に、反動はほとんど無い。だからこそ、小柄で非力なスーでも取り扱えるのだった。

 だが、撃たれたヘリは一瞬だけ弾かれた様にして機体を傾げさせるも、全くと言って良い程、無傷であった。

 側面までを覆って回転する、特殊なプロペラに阻まれて、本体には一発も当たらなかった。

 もう二回――続けて放つスー。

 ――バォンッ!……バォンッ!……

 ――計十八発。これが、この銃の最大装填数だった。

 これだけ撃てば、どれか一発は――だが、全方位の側面を守る、攻防一体のプロペラに阻まれ、本体には一発も命中しなかった。

《オーメン》――《666》。さすがは不吉な数字だった。ここまで運に見放されるとは。

 スーは半ば本気で、今後この銃を使うことを止めようかと考えていた。

(――あかん! 真下っから撃たへんと無理やわ! そやけんど一人じゃ近付くこともでけへんしなぁ……)

 その時――背後の森から、ガサガサと茂みが揺れる音が聞こえてきた。

 その音の主は――森の中を直進し、例のポイントの方角へと突き進んでいた。

「――……あ!」

 スーはほっと胸を撫で下ろし――一時的な《先導者》の役割が終わったことを悟る。

 光から遅れること数秒、スーも送れて後を追う。

「――え? あれでもダメだったの!? せっかく高威力の工作兵器使ったのに!?」

 こちらが追い着くのを、律儀に待ってくれていた、誠実で頼もしい小柄な少年は、合流したわたしにそうまくし立てた。

「――あかんわ! 真下から当てれるんやったらどうにかなるかもしれへんけどな! 一人じゃどうしようもあらへんのや! それに下はえろう硬い《ファング》があるせいで、よほど上手く当てんと無理やと思うわ!」

 二人は全力疾走し、背後からゆったりと迫るヘリから逃げ続ける。

「――いや、二人でも無理でしょ!? あっ……うわぁっ!? それは無いでしょ!?」

 光は背後を返り見て、ギョッとした。

 スーも釣られて背後を見やると、地面スレスレを滑空するヘリが、こちらに迫ってくるのが見えた。

「――それは反則や!」

 これでは下から狙い撃つ事すら不可能だ。

「――本当に無人機なのあれ!? 戦い方がすごくいやらしいんだけど!?」

 二人がそのまま、気付かぬ内に例のポイントを駆け抜けて――しばらくし、百数十メートル離れた小高い丘の上から、砲撃音の様な、重たい銃撃音が鳴り響いた。


 ――《セイヴァデイ》と《ライト》が《約束の地》と《パライソ》の間のポイントを通過するのを確認。

「――よし……俺の出番だな」

 ハーレンは《約束の地》から立ち上がる。両肩に掛かる重たい負荷――それに合わせて、左右の肩に交差する様にして掛けられたベルトが、擦り切れるかの様な軋み音を上げる。

 ハーレンが右腕に抱えるは、ライフルに似た形状の大型長身銃であった。

《対戦車用長身銃》――《アンチマテリアルライフル》――とは違う物の、けれども、事実そのライフルと同じ様な役割の《エレメント》製の《工作用兵器》。

 一方、左腕に構えるのは《ミニガン》と呼ばれる代物に近い《ガトリングガン》――とはまた違う物の、役割は事実それと同じ様な《エレメント》製の《非殺傷兵器》だった。

 強風に、ハーレンの腰まで長さのある黒髪が盛大に棚引かされ、吹き散らされる――これは、彼が風を読む為に伸ばしている物だった。この髪により、まるで“手で直接触れている”かのように、風の状態がよく伝わってくるのだ。彼は意味も無く長髪にしているわけではなかった。

「――一応実弾も持ってきといて正解だったな。まさか、リミッターを解除した上で、地上で早速これを使う事になるとは思わなかったが」

 本来であれば、あくまで《対人用》であり、それも《非殺傷用目的》で使うべき武器類。それですら、上手く扱えば、時として人を殺めかねない程の威力と性能を持つ禁忌の代物だった。

「――まぁいい……人に向けて使うんじゃないからいいだろう。だからこれをぶっ放しても、俺には《約束の地》に行く権利があるはずだ……」

『――かっこつけてないで早く撃ちなさいよバカ! 二人を見殺しにする気!? もしスーちゃんの肌にかすり傷の一つでもついててごらんなさいっ! あんたの鼻の穴ガタガタ言わすかんね!?』

「――うるせぇっ! スナイパーはいつだってストイックでクールなんだよ! これは俺の儀式だ! もし外れたらお前のせいだかんなっ!?」

 ハーレンはそう叫び返しながらも、片膝を付いて、右手のライフルを、そっと、冷静に構え――照準に右目を当て、左目を瞑り――放つ!

 幾度もっ!……幾度もっ!――ヘリは、大口径弾の直撃を間断無く受け続けて、思うように前に進めない状態と化す。だが、あくまでそれだけだった。

「――《フェアリー》! 早くお前がトドメを刺せ!」


「――オッケェイ!」

 四方を、廃墟と化した壁に囲まれた場所――《パライソ》で、理は一人立っていた。

 彼女は自分の周囲に突き立てていた四本の槍の一本を引き抜き、右手に持ち、それを右肩に傾ける。

 次いで、左手でもう一本引き抜いて、今度は右で持つ槍の返し刃の部分に、左手で持つ槍の刃先の反対側にある石突の部分をあてがう――それは毛糸の編み物に使う例の道具の、毛糸を引っ掛ける部分に、もう一本のそれを逆向きに向かい合う様に引っ掛けている状態と言えば判り易いだろうか。

 それは《アトラトル》と呼ばれる、石器時代の人類が振るっていた《最古の遠距離武器》だった。

 これは当時の人類が、腕の長さと、投げる槍の威力を補う為に編み出した、列記とした《戦術》であった。

棒を持つ事で腕の長さを補い、延長する。その棒に取っ掛かりを掘り込んで、そこに槍の刃と反対の部分を引っ掛けて、そのまま大きく前方に振りかぶって投射する。そうする事で、より遠方へと、そして、高い威力をともなった槍を飛ばす事が可能となる。

 これも列記とした《人類の武器》――《英知》だった。

 それの命中精度と威力は高く、その原理は極めて原始的でありながらも、マンモスの頭蓋骨すらも時として砕いて見せる程の威力を持つ。それも、ただの《石器》でだ。

 これに現代の科学力を継ぎ足せば、はたしてどうなるのか――それは追って知るべし!

「――《奔放妖精》いざ参る!」

 理は空高くそれを振りかぶり――放り投げた!


 ハーレンの狙撃を受けながらも、徐々に距離を詰めて来る黒い機体――《ファング》。

 光はスーの前に出て、彼女を守る様にして背後へと押しやり、二挺の《コンプ・エアガン》を構えなおす。

 スーもそれに素直に従いつつも、まだ弾丸が込められた、黒い塗装のされた方の《ダニカ・オーメン》を右手に構えなおし、彼の援護をしようと努める。

 その時――空から放射線を描いて一本の槍が降って来た。

 それはヘリの中心――プロペラの中心部にある接続部位に綺麗に突き立った。

 だが……それだけだった。期待していた効果は無かった――爆発しなかった。

『――あ……あはははははは! あっちゃ~~! ごっめ~~ん! 爆薬搭載した奴じゃないのだったわ~~!』

『――お前は《援護妖精》失格だ! すぐに打ちなおせ!』

 先ほどから、ハーレンと理の通信が流れっ放しである。これでは重要な通信が出来ない。

 スーが二人を注意しようと思い立った時――

『――こちら《サイレント》。もう距離が近過ぎる。炸裂槍は使うな。例のあれをする。《舞い上がる》役目は俺がする。《レオン》以外の各員は《パライソ》に集え』

 確認や質問なんかは必要無い――《彼》の言葉はいつだって真実なのだから。だから言う通りにしておけばいい。

『「『「――了解!!!!」』」』


 ――コードネーム《サイレント・リバー》。

《沈黙の川》

《静寂の内に流れを紡ぐ者》

《救済者》

 宇都宮輝水。読みはそれぞれ『うつのみや』と『きすい』。十五歳。男。結晶の光沢を持つ真っ白い髪色のセミロングヘア。東洋人離れした白い外観。肩幅は無く、線も細く、女性の様な容貌をしている。感情の機微が感じられない程の無表情。極めて無口。重度の《停滞結晶化患者》。《元・最年少リバー取得者》。《最年少指導教官資格所持者》。それ以上の過去の経歴は不明な点が多い。そんな、我らが《副隊長》――いや、面倒だから《隊長》でいいだろ。

 隊長が――輝水が、森から飛び出した。一振りの幅広の長剣を斜め後に引っ下げて、一見引き摺るかの様な構えをしながら、目を見張る程の速度で駆けて来る。

 ハーレンが輝水のやや後方に並ぶ形で、《ガトリングガン》を放ちながら追走して来る。

「――持ち場を離れたのか?」

「――俺が前線に出て直接足止めしておいた方が成功率は高いだろ?」

「――その通りだ」

 輝水とハーレンは同時にニヤリと笑い合い――散開した。

 ハーレンはそのまま直進し、左右の銃器をフルオートさせ、《ファング》へと突き進んで行く。

 一方輝水は、廃墟と化した、四方に壁のある場所――《パライソ》へと辿り着く。

「――準備は出来ているな?」

 輝水は迷わず歩みを進め、立ち止まらず、駆け続ける。

「「――行けます!!」」

 出迎える間も無く、光とスーが、お互い組み合わせた拳でもって、それに乗る理の足を、更に真上へと押し上げる。

 その直前、輝水は跳び上がり、理の構える右手に片足を乗せ――持ち上げられた理が、それを更に上へと放り投げる!

「――輝く水よ! 舞いあがれ!――ってね!」

 輝水の体が――ヘリの真上へと舞い上がる!

(――……使い所だ)

 目覚めよ――《リミッター解除》――《時間感覚緩慢化》発動。

 ――時が……緩慢に、流れ……出す……ヘリの、プロペラが……幾分も……速度を、緩め……始め……る……。

 今なら……その、隙間を、縫って……本体に、肉薄する、事も……可能、かも……しれない……。

《リミッター解除プラス》――《時間感覚緩慢化》+《筋力全開》+《反射神経強化》発動。

 それにより、時間の感覚が緩慢に感じられる思考の中で、緩慢に動き続ける肉体を、無理矢理《正常時と変わらぬ感覚》で動かせる状態にする!

 これこそが、最も身体や通常神経系に負荷を掛ける使い方だった。

 ――だが、大袈裟に動く必要は無い。仲間と連携を取る事で、《最低限の労力》で、《最大限の成果》を上げよう。

 ――俺は一人ではないのだから!

 輝水は自身の《専用の得物》――《マシンソード》――《機械剣》を起動させた。

《機械剣》――刀身に高出力の小型のブースターを無数に付ける事で、高速で高威力の斬撃をなせる《エレメント》製の《工作用兵器》。各ブーストを巧みに《オン/オフ》切り替える事で、ジグザグな軌道や円弧の斬撃を、変幻自在、自由自在に描く事が出来る代物。ただし、その反動は極めて強く、そして重たい。扱いに熟練していなければ、手や腕の骨の粉砕骨折どころか、自らの肉体を切り刻み、見るも無残な醜態を曝す事にもなりかねない。使い手の技量に合わせ、性能や出力は調節可能であるのが唯一の救いである。

 だが、輝水の扱う《マシンソード》は、重量を彼の体重と同等の物としており、かつ、出力、性能、共に全て、最大に設定された《凶悪な代物》であった。

 常人では絶対に扱う事の出来ないその《荒ぶる剣》を、彼が巧みに、まるで舞う様にして、鮮やかに扱えるのは――《超感覚》――《停滞感覚》――《サイコ・フリーズ》の御陰であった。

 彼は細身でありながら、銃器を扱う者以上の威力と戦果を叩き出す《時代遅れの剣士》――《侍》であった。

 並み居る重火器使いの存在を押し退けて、《エレメント》の数多くある《青少年部隊》の中で《最強》であり、かつ《最強の部隊を率いる者》たる由縁はこれによる。

 無論、それだけではない。彼は指導者としても隊の長としても――それは既に、わざわざ言わずとも、仲間達は知っていた。

(――……久しぶりだな……この感覚)

 体中の到る所で、結晶が砕けて行っているのがわかる。

 各ブーストの操作を事細かに、緻密にする事が出来なければ、この剣は《暴走する鉄塊》と化してしまう。

それを制御するには、これもまた、ブーストによる反動制御が必要であった。それを如何にして、自分の力量の内で、適当に扱えるか。それこそが、装甲車をも高速で斬り砕く《機械剣》――《マシンソード》の実態だった。

 そんな物を、まともに扱える人間など――彼以外に――存在しない。

 既に布石は撒かれている。《停滞感覚》――《サイコ・フリーズ》と、仲間の援護があるのならば、わざわざブーストを起動する必要すら無かったかもしれない。

 輝水は、ヘリのプロペラの中央部に突き立っている槍の石突目掛け、自らの剣を――寸分の狂い無く、正確に、垂直に、全ブーストを加味した最大威力でもって――振り下ろした!

 ――槍は更に深く突き刺さる!

《ファング》は――何らかの致命的な損傷を負った事を悟らせる、甲高い、ギアが噛み合う耳障りな不協和音を奏で始めた。

 輝水は自信の肉体がプロペラに落下する瞬間を迎える前に、《時間感覚緩慢化》+《高速思考》+《反射神経強化》により、剣の柄の到る所にある、ブースト操作用の鍵盤を扱い、正確に、細やかに、操作してゆく。それに合わせ――刀身が美しい軌跡を描く。

 その反動により、輝水は空中で、器用に跳ねて見せた。そのまま体を丸め、己を中心とし、重心とし、回転する。

 剣と自身の重みが同等だからこそ出来る、絶妙なバランス配分、バランス感覚。最早それは曲芸を超えた《絶技》の域であった。

 視界の端で――ハーレンがこちらに銃口を向けているのが見えた。

「――バーカッ! やっぱ俺がいないとダメだろうがっ!」

 ハーレンがこちらにそう毒吐きながら、ライフルの先端に対衝撃用シート弾頭を取り付けて、すぐ様放つ。

それはネット弾ではなく、衝撃吸収シートを広げる弾頭だった。それが空中に瞬時に広がって、こちらの体を包み込む。

 ハーレンはそれを見届けると、降下を始めたヘリに対し、重火器の全弾発射を見舞う。そうする事によって、落下する機体を、仲間達の方角から巧みに遠ざけている。

 最後に、重火器を放り捨てて、背中に背負っていた、折り畳み式の一振りの槌を取り出して構える。それを、プロペラが止まった《ファング》の側面目掛け、思いっ切りスイングする!

 ――ハンマーに仕掛けられていた爆薬がそれにより爆発する!

 ハーレンはそれ以上深追いせず、大人しく背後に飛び退いて、そのまま全力で離脱を開始した。

 輝水の視界の端で――《黒き獅子》のそんな雄姿が最後に見えた。


 ――数分掛けて、どうにかシートから脱出すると、自分達が拠点とするトレーラーが既に目の前に移動して来ていた。

 仲間達はこちらを放って置いて、屋外に折り畳み机を広げ、既に各々夕の支度を始めていた。

 今日もスーが夕食の支度をし始めていた。賢明な判断だろう。彼女と光の料理が一番まともに仕上がるのだから。

 机の上には、気の利いた事に、小型のノート型パソコンが置かれていた。

 そういえば今日は、約束の日だった――




 ――音声データを送信してから数時間が経つ。椅子に座り、ディスプレイの前でずっと待ち続けた。

 夜明け頃――それは唐突に来た。


『ハロー

 わたしです』


 早朝になって、通信がようやく繋がった。


『すまなかった。』


『ごめんなさい』


『本当にすまなかった。』


『本当にごめんなさい』


『君は謝らなくていい。悪いのは俺だ。』


『あんたは謝らなくていい。悪いのはわたしだ』


 ふと――気付いた。

『俺をからかっているな?』


『あれ?

 バレた?』


 ――俺はほっとし……長く、ゆっくりと、息を吐き出した。口元が、自然と綻ぶのを自覚する。

『君はそうやっているのが一番良い。君が元気になってくれて俺は本当に嬉しい。』


『その手には乗りませんよ

 そうやってたらしこむつもりでしょ

 男は狼だからね

 お父さんも言ってたけどほんとうだね

 って親父あんたもか!』


 その文章を読んで、背後に立つ理が笑い声を上げた。彼女はハーレンの背中をバシバシと叩いて、彼の顔を指差して、大笑いしている。


『意味がわからない。とにかく、君はそうしているのが一番似合うと思う。』


『うわ!

 めげないよこいつ

 まさか天然?』


 ハーレンが、笑い続ける理の首を腕で絞めながら、その文面を読んで「ぶははははははは!」と笑っているのが、画面の反射で見えた。


『安心してくれ。俺はいつでもこうだ。特別な事を言っている積もりは無い。俺の言う事は文字通りだ。全て他意は無い。』


『あ~あ

 それ言うのかえってマイナス』


 スーが「うんうん」と頷いて、眉間に皺を寄せて、こちらの顔を見下ろしている。

 彼女の言う通りだと、同意しているのだろう。多分、そうやって睨む事で、こちらを責めているのだろう。正直、全く怖くない。


『俺は指導教官として、いつでも真っ直ぐに、教え子に対して発言しなければならない。だから俺の言う事はいつでも本心だ。無論君に対してもだ。』


『そうなんだ

 じゃあしかたないね

 嘘じゃないんならしかたないね!』


 彼女はそれで納得した様だった。

 そして想定外の――超弩級の希望の羅列が来た。


『わたしがお父さんの後を継ぐよ

 空の上の人たちを必ず助けてみせる

 だから安心して

 それに助けるのはあたりまえだよ

 助けられていたのはわたしの方なんだから

 わたしは今まで多くの何かに助けられていたんだから

 だから守られてばかりじゃだめなんだ

 わたしも何かを守らないとだめなんだ

 今日まで生かしてくれた全ての色んな何かに対してのお返しに

 よく言うじゃない?

 一人はみんなのために

 みんなは一人のために

 つまり

 そういうことなんだよ』

 

 光が今の言葉を、熱心に書き留めている。そうする気持ちもわかる。

 他の三人も、思わず――放心していた。その言葉が、あまりに鮮烈だったのだろう。

 きっと、彼らもすぐに彼女が好きになれる。いや、既になっているはずだ……

 俺だって、今のその言葉は忘れない。いや――忘れてはいなかった。それは、指導教官として、副隊長として、かつて仲間と出会ったその時から……

 ――今日まで、俺が“そうあるべき”だと思い、実践して来た事なのだから。

 だからこそ、今一度、君の言葉を、この胸に、深く、深く、刻み込もう……


 君は――《戦友》だ。




 電源を入れ、立ち上げる――彼女からの文章は既に来ていた。

「――………………みんなっ!」

 振り返りながら皆に知らせる。

 仲間達が顔を上げて、すぐに思い当たったのか、こちらへ駆け付けて来る。

 そして、画面を見るなり――歓声を上げた。


『ハロー

 わたしです

 杉崎時子です

 先日《HOPE》からの応答がありました!』


 世界はこんなにも――希望が満ち溢れている。



 トータル・メガ‐ミッション Total Mega‐Mission Project MoySes =The Wake up=



                 了

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ