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Dream Note  作者: 御衣黄
9/22

9)本日はデートです

推敲中

 ダンスレッスン四日目の朝、剣術の進歩をシャルル先生に披露すると彼女は満足そうだった。

「ムッシュ伊勢崎、私が思ったより上達が早いですね。私がまだ教えていない動作も自然に身に付いているようですね」

 それはクマ夫のおかげだった。剣術とダンス、この世界では通ずるものがあった。

「今日はご褒美に休息を差し上げます。まだこの街をご覧になっていなかったでしょう。三人で見物でもしてきてらっしゃいませ」

 徹もやはり学生であった。授業が休みになったことを心から喜んだ。


 徹は部屋に戻ってクマ夫を探した。しかし、そこにはいなかった。何処かまた城の中を散策しているのだろう。それなら可奈を探そう。彼女は料理の手伝いをしているはずだから多分台所にいる。しかし台所が何処にあるのか見当もつかない。とりあえず、城の中を歩きまわっていると、執事のステュワートに会った。

 彼に尋ねる。

「台所はどこにあります?」

「城の厨房のことですね。ですがなんのご用です?」

「そこに可奈がいると思うのですが」

「可奈様なら、城の裏庭で洗濯をなさっていらっしゃいました。クマ夫様もご一緒です」

 丁度いいと徹は思った。

「それなら、そこへ案内してください」

「承知致しました」

 ステュワートの後について裏庭に向かう。そこにはたくさんの洗濯物がロープに掛けられ干されていた。城の使用人の数を考えれば当然のことであるが、クリーニングを業者に依頼する地球の世界ではお目にかかれない光景であった。徹は波打つ白い洗濯物の狭間に、可奈の姿を捜し当てた。

「可奈、今日はシャルル先生に休息を貰えた。市内見物でもいかないか?」

「それって、デートのお誘いかしら?」

 可奈の質問に、徹はどぎまぎし答える。

「あ、いや、その、クマ夫も一緒にと思ってたいだが……」

「クマさんは、今日は無理みたい」

 可奈は洗濯物が干されている一角を指さした。そこに張り渡されたロープに吊るされているクマ夫がいた。徹は駆け寄る。

「クマ夫、どうしたんだよ?」

「見りゃ分かるだろ。干されてんだよ」

 もちろん、仕事を与えられていないという意味ではない。他の洗濯物と一書に乾かされているのである。無情に足から雫がたれている。

「最近、体の汚れが目立ってきたからな。今日は天気がいいから入浴したんだ。前にも言っただろ。一日中干されるんだって」

 その姿はまるで十字架にはりつけにされた聖職者の様であった。

「話は聞こえた。可奈と二人で出かけてこい!」

 クマ夫は少し不機嫌そうに口にした。


 徹は部屋に戻って着替えを済ませ、可奈が来るのを待っている。可奈は洗濯が終わったら、徹の部屋に迎えに来ると告げていた。着替えといっても、徹はいつもの学生服を着ている。他にそれ以上の街中を歩ける服を持っていなかったからだ。剣の練習中は可奈の縫ってくれたワイシャツやズボンを着用している。徹は体のサイズ似合う服があれば購入したいと思っていた。ただお金が無かった。ここへ召喚されたとき、彼は財布を持ってはいたが、この世界で日本のお金『円』は当然使えなかった。彼もそう予測していた。

 ――ウインドウショッピングでもいいか。俺も高校生だし……可奈も許してくれるだろう。

 ドアをノックする音がした。徹は可奈が来たのだと思いドアを開けたが、そこには執事ステュワートが立っていた。徹は彼を部屋の中へ招き入れた。彼の手には、野球ボールぐらいの革製の巾着袋が握られていた。

「徹様、可奈様と外出されるそうですが、これをお持ちください」

 彼は手に持っていた巾着袋を徹に差し出した。徹はそれを受け取ると、中身を確認した。様々な大きさの、金、銀、銅のコインが詰め込まれていた。それはこの世界で流通しているお金であった。

「買い物でもされる際にお金が必要です。どうかご自由にお使いください」

 ステュワートは先程の徹と可奈の会話を聞いていたのだろう。気をきかせて、彼に小遣いを渡したのであった。

「有難うございます。でも剣術も教わって、食事も宿泊もさせてもらっている上に、こんなに親切にしてもらったのでは気が引けてしまいます」

「いえいえ、徹様が魔女を討伐したあかつきには、この国の軍事費もかなり削減できます。それに比べ、三人様の食事代や宿泊費などは、微々たるものです。どうか気を使わず十分に余暇を楽しんできてください」

「ではお言葉に甘えて使わせて頂きます」

 徹がお礼を言うとステュワートはまた深々とおじぎをし、部屋を出ていった。ステュワートがお金を可奈預けず徹に渡したのは、彼が徹の面子をおもんばかったためである。


 しばらくして、可奈が徹を呼びに来た。可奈はいつものメイド服だった。彼女にとってそれがこの世界の制服なのだろう。徹はさっきステュワートから預かったお金をポケットに仕舞い、彼女と一緒に玄関ホールへ向かった。玄関ホールにはステュワートが待っていた。彼が可奈に話しかける。

「可奈様、馬車をご用意しております。街まではそれをご利用ください」

「いつも気を使わせてすいません。出かけてきます」

 可奈は短い言葉でお礼を言った。徹も頭を下げた。

 城から出て石の階段を降りると、そこには一台の馬車が待機していた。車輪が二つ。日差し防止の天蓋てんがい。日本の観光地にある人力車を洋風にしたような外観であった。馬はもちろんぬいぐるみ。これもまあ、一種の人力車である。馬のぬいぐるみが話しかけてきた。

「徹様、初めてお目にかかります。カブレオと申します。可奈様、徹様どうぞ後ろの席にお座りください」

 徹と可奈は席に座った。可奈がカブレオに話しかけた。

「街のテイラーさんの店まで送っていただけないかしら」

「承知しました。少し揺れますのでお気をつけください。では参ります」

 そう言って、馬車はゆっくり進み始めた。

 馬車が進むと蹄の音がする。街と城を結ぶ道路は石畳で、両脇に樹木が植えられている。道の中央に花壇あり、春の花が今を盛りと咲き誇っている。その右側を馬車は通る。

 街の中心部まで来ると、そこには大きな噴水があった。その周辺は公園になっており、ベンチが置かれている。さらにその周りは車両用のロータリーになっていて八方に道が続いている。馬車はその道端に止まった。人通りもかなりある。二人は馬車を降りた。

「可奈様、徹様、到着しました」

「カブレオさん、ありがとう。帰りは歩きます」

 可奈はそう言って馬車を見送った。


 可奈が「このお店よ」と徹に説明をした。馬車を降りたすぐ近くにテイラーの店はあった。店の看板には『王室御用達の店 洋服のテイラー』とあった。ショーウィンドウにドレスやスーツが飾られたその店に二人は入っていった。

 二人が入店すると、店の中にも綺麗なドレスやスーツが置かれ、カラフルな生地が棚を埋め尽くしていた。猫の店員が出迎えてくれた。

「可奈様、いらっしゃいませ。ご注文の品は明後日には出来上がります。こちらからお城へお持ちいたしますので……」

「ご主人、今日は私の友だちの衣装をと思いお邪魔しました。お願いしてよろしいでしょうか?」

「もちろんですとも、あの、立派な優美な御仁がお友達でいらっしゃいますか?」

 その言葉には、かなりのお世辞が含まれていた。

 つやつやした毛並みの良い猫のぬいぐるみは徹の方へ駆け寄った。

「私が店主のテイラーございます。こう見えても腕には自信があります。ご満足いただける洋服を仕立てさせて頂きますので、今後ともごひいきに」

 自己紹介が終わると、彼は徹を部屋の奥へ連れていき、上着を脱がせ体の寸法を測りだした。可奈は椅子に腰掛け、パンフレットらしきものとにらめっこしている。

 体の粗方の部分を測り終わったとき、可奈は店主に近づき、パンフレットを指さして言った。

「この色でこのデザインでいいわ」

 店主はそれを了解した。

「承知致しました。十日後には出来上がると思います。それもお城へお持ちすればよろしいですか?」

「ええ、そうしてください」

 可奈は上機嫌だった。


 可奈と徹は店を出た。二人は道を渡り、先程見かけた噴水のある公園のベンチに腰を掛けた。そこにも色とりどりの花が植えられた花壇があっり、人々を和ませている。

「さっきの店で洋服を仕立てるって、どんな服なの?」

 徹は学生服の代わる服が欲しかった。しかし店の雰囲気はそれと違った。

「それは内緒。しいて言えば、王様の命令なの。出来上がるまで楽しみにしてちょうだい」

 王様の命令聞けば、それ以上に詮索するのも気が引けた。だが、可奈もその計画に一枚噛んでいると徹はにらんだ。可奈が喜ぶのならそれいいかな。徹はそう思った。


 そろそろお昼になるのだろうか。徹はお腹が減ってきた。しかし、いかに高級テストランと言えども可奈の作ったの料理には太刀打ち出来ない。徹はマナーに気を配りながら、なれないフォークとナイフを使った食事は遠慮したかった。公園の中を見ると様々な露天が出ている。徹はステュワートから預かったお金を思い出した。

「可奈。この世界のお金ってどう使うの?」

 そういって、可奈に巾着袋の中身を見せた。可奈は小さな銅貨を取り出して説明を始めた。

「これが1アルク。アルクというのがこの世界のお金の単位。日本円の10円ぐらいかな

 そもそも物価が違うから、一概にもいえないけど」

 もちろん、可奈が決めたお金の単位だ。一歩一歩、歩く(あるく)が由来だそうだ。この世界の住民が無駄遣いしないように。

 次に、大きめの銅貨を取り出した。

「これが10アルク。100円ぐらいだね。ここに10って彫ってある」

 徹に硬貨の表面を見せた。

「ふむふむ……」

 徹は頷く。まあいくら勉強の苦手な徹でもそれぐらいの計算はできるであろう。


 徹は巾着袋を握り、可奈の手をとっていろいろな露天を覗く。様々なファーストフードが売られていた。結局、昼食は鶏肉のハンバーガーにクレープ、オレンジジュースになった。代金は徹が支払った。可奈もそれで満足していた。徹は口にして地球の世界それを思い出していた。

 二人はベンチに座ってくつろいでいる。公園には他にもカップルや、家族連れらしい複数の人物がいる。たまに小さいぬいぐるみが徹に近づいてきて質問をする。

「勇者さまでしゅか?」

 素朴な質問に、可奈が徹に代わって答える。

「この人は、私の異国の友達なの」

「そうでしゅか……」

 子供のぬいぐるみは少し残念そうに喋って去っていく。その姿を徹は不思議そうに見ていた。

「この世界の子供ってどうやって生まれるんだろう……」

 その質問をして徹は焦った。デートで聞くような質問ではなかったかと思い狼狽した。

 その質問に可奈は答える。

「毛とか布とか綿とか、夫婦の体の一部を中に詰めて、小さなぬいぐるみを二人で縫うの。そして名前をつける。男っぽい名前なら、男の子に。女っぽい名前なら女の子になるの」

 特に気にもせずにさらりと答えた。徹は可奈の様子を見てほっとした。


 徹は思案した。デートといえば、映画を見るとか、遊園地に行くとか。遊園地はないような気がする。徹は自分でエスコートしたいのだ、この街の娯楽施設をまるで知らない。仕方なくプライドを捨て可奈に聞いてみる。

「この世界に映画ってあるの?」

「映画館はないわ。お芝居ならあるけど行ってみる?」

「うん、それ、いいかも」

 多少は気を配る徹に可奈は微笑みで答えた。


 街中をしばらく歩くとそれらしき建物があった。しかし徹が思っていたより重厚な造りの建物であった。石造りの二階建て、雰囲気はオペラハウスのそれを思わせた。

 中に入ると玄関ホールは、正面に大きな扉、左右に階段、床には絨毯が敷かれてある。玄関ホールは優美な服をまとったぬいぐるみたちでいっぱいだ。多分お金持ちの観客であろう。徹はチケット売り場を探してみるが、見当たらなかった。そうこうしているうちに、黒のスールを着たブルドックのぬいぐるみが二人に近づいてきた。彼はここの支配人だと名乗った。

「可奈様、よくお越しくださいました。いま良い席をご準備しますので、しばらくお待ちください」

 メイド服の異国の人間は他にはいない。当然かもしれないが、ここでも可奈は有名人である。この国の全国民が可奈知っているのではないかと徹は推理した。

 しばらくして、先ほどの支配人がやってきて、二階の個室に案内された。真正面に壇上が広がって、特等席であることが徹にも分かった。二人は席に座った。

 徹が場内の中を観察していると緞帳が上がった。演目は……『白雪姫』であった。

 白雪姫役に白い豚のぬいぐるみ、後妻はオオカミ、小人はうさぎたち、最後のシーンの王子様はトラ。なんだか白雪姫は目を覚ます前に食べられてしまいそう。徹はそう心のなかで苦笑した。全体的には人形劇を観ているようだ。ふと、可奈の顔を見ると彼女は涙を浮かべていた。感情移入しやすいのか、それとも徹のようなぬいぐるみと認識が無くなっているのではないだろうか。徹はそう疑った。最後は拍手喝采で幕は降りた。徹も異国の劇をまずまず楽しむことが出来た。

 劇が終わって、支配人がやって来た。彼にお礼を言う。徹は代金を払おうとするが、彼はそれを遠慮した。

「勇者様からお代を頂戴するなんて滅相もございません。勇者様が魔女を討伐されましたら、その一部始終を演劇にさせていただきますので、今回はその契約の前金ということで……」

 彼もまた商売上手であった。勇者と思われて気が引けたが、徹は有り難く彼の好意に甘えた。


 劇場を出て来た道を帰る。徹は古着屋を見つけた。可奈にしばらく待ってもらって、自分のサイズに合った洋服を探すが、なかなか見つからない。この世界の住人は、胴回りが大きく手足が極端に短い。シャルル先生のようなスマートな人物は少数だ。地球の野生動物をディフォルメされているから当然である。半ばあきらめたとき、可奈の姿を探す。彼女は向かいの店のショーウインドウを見ていた。その店はジュエリーショップだった。

 徹は彼女の側に寄って一緒にそれを眺める。宝石や貴金属の産出量が多いのか、地球のそれに比べ、安価であった。徹は彼女を店内に入るよう誘った。可奈は遠慮したが、ステュワートから預かったお金も昼食代にしか使っていない。彼の好意を無にしないためにも、もう少しは使わないといけないと徹は思っていた。結局お金の出処を可奈に説明した。可奈もそれなら協力すると、喜んで店内に入っていく。徹もついて入った。

 可奈はお店に並べられている指輪の色々と見定めている。徹にはさっぱり分からない。高校生だから当然といえば当然である。

「これにするわ」

 可奈が選んだその指輪は、ハートのデザインをあしらった可愛らしい金色の指輪だった。サイズも丁度いいらしい。徹はその代金を店員に支払い、彼女は早速、左手の薬指に自分で嵌めた。

「徹、ありがとう。嬉しいわ」

 可奈は徹の右手を掴んでお店を後にした。


 お店を出ると、太陽は西の空へ傾きかけていた。

「夕食どうする?」

 可奈は徹に尋ねた。

「料理はやっぱり可奈の手作りが一番美味しい」

 徹がそう答えると可奈は嬉しそうに言う

「じゃ、今日も腕によりをかけて料理を作るわ」

 お城へ帰る二人の影が次第に長くなっていった。

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