7)剣術の練習
早速、翌日より剣術の練習が始まった。
徹は朝食を済ませ、クマ夫に連れられお城の剣術の練習場に向かう。クマ夫はこの城のことは詳しい。可奈と一緒に一時滞在したことがあるからだ。
練習場にの広さはバスケットコートが二面貼れる体育館ぐらいの広さがある。ただ天井はそれよりもかなり低い。床はフローリングになっている。そして様々な武器が壁に掛けてあった。短剣、長剣、槍、斧など。徹はしばらくそれらを眺めている。こんなもので殴り合ったら痛いだろうなと、少し的はずれなことを考えている。
そこへ両開きのドアを開け背の高いヒョウの顔をしたぬいぐるみが入ってくきた。ロングドレスを着ている。体型は人間の女性のようだが、剣術に長けていると徹には思えなかった。
「剣術の先生ですか?」
「おっしゃる通りでございますわ。私はシャルロット・ドゴーレ。シャルルと読んでくださって結構です」
「伊勢崎 徹です。お手柔らかにお願い致します」
「あなたのことは陛下から伺いました。可奈様のご友人とか。なんでも魔女を倒しに行くそうですね。ですから手加減はいたしません。そのつもりで……」
シャルルの右手に持っているタクト(指揮棒)が彼女に左の手のひらをピシャリと打ち付け握られる。徹はこれからの厳しい練習を想像し顔を引きつらせていた。彼女は武器の飾ってある壁の方に向かう。
「まずは、武器を選んでいただきましょう」
徹と彼女は、武器が飾ってある壁の前に立った。
「さあ、手にとってご覧なさい」
徹は剣道の竹刀ほどの長さの両刃の剣を手に取る。ずっしりとその重さが伝わってくる。
――鉄で出来ているのか。やはり重いなあ。
竹刀と比べはるかに重い。戦場ではこれに鎧をかぶり戦うため更に重量が増す。戦闘が重労働であることが徹には理解できた。柄を両手で持ってひっくり返しながらそれを眺める。刃先がキラリと光る。
「その剣でよろしいか?」
「はい。中学生のとき授業で剣道を習いましたから。ちょうどこのぐらいの長さの剣です」
「なるほど、異国の剣術ですね。ではそなたの実力を知るために一つお手合わせ願いましょうか」
彼女は指揮者のようにタクトを頭の上に構えた。
「さあ、遠慮は要りません。打ち込んできなさい」
徹は怪我を負わせてしまわないかと戸惑いながらも、剣を彼女に向け構えた。そして、以前習った通り少しずつ間合いを詰める。
「面ー」
徹は斬り込んでいった。しかし、なにもない空間を切り裂いただけであった。剣は床に刺さる。
――かわされた!
彼女は徹の左の視界に一定の距離を保っている。徹は向きを変え再度構える。徹は間合いを詰めていく。
「面ー!」
またも、彼女にその剣は届かなかった。そして彼女を見失った。
「痛!」
徹のお尻に痛みが走る。彼女は徹の背後に周り、彼のお尻をタクトでしたたかに叩いたのだった。
「参りました。降参です」
徹は彼女の腕前を認めた。彼女もまたお世辞ながら彼を褒める。
「間合いのとり方や剣の振りは、なかなか見るべきところがございます。しかし、まだその剣に慣れていないようですね。まずは素振りの練習をして剣に慣れていただくことが第一ですわね。でわ、早速始めていただきます」
彼女に促され、徹は腕に力を込めて剣を上下に振り始める。それを彼女に制止された。
「そうではありません。目の前に三角形を描くように振るのです」
彼女はタクトを振ってみせた。それはまるで三拍子の音楽を奏でるようにしなやかだ。
「よろしいですか。斬り込む、横に払う、振り上げる。相手に隙を見せないこと。これが実戦では重要です。では始めてください」
徹は見よう見まねでそれを始めた。
そして、彼は一日中それを繰り返すこととなった。夕方には彼の腕は悲鳴をあげていた。
――こんな練習が毎日続くのか……
部屋に戻って彼はソファーに倒れ込む。クマ夫に起こされるまで、徹は一時の安らぎの中にいた。
クマ夫がドアを開けて入ってきた。
「飯だぞ」
その一言に徹は目を覚ます。しかしすぐには体が動かない。
続けてメイド服を着た可奈が、食事を乗せたワゴンを運び込み、徹を見るやいなや、それを放置して徹に近づいた。
「ねえ、徹、からだ大丈夫?」
ソファーに横になっている彼をのぞき込み、いたわるように言った。
「ああ大丈夫だ」
彼はきしむ体を起こし、ソファーから抜けだした。
三人分の食事がテーブルに並べられ、徹も席に着く。しかし手にとったナイフとフォークが思うように動いてくれない。
その様子を見て可奈が取った行動は。
「食べさせてあげる。はい口を開けて あーんして」
徹は少しうつむき、照れて顔を赤くした。
――さすがに恥ずかしい。
素直に言うことを聞いてくれない徹に、可奈は不機嫌になる。
「せっかく私が作った料理が冷めちゃうでしょ。観念して口を開けなさい」
徹はしぶしぶ可奈の支持に従った。彼は内心では嬉しいのだが……
「あーん」
可奈の作ったスープが喉を経由して胃袋の中に流れこんでくる。深い味わいが徹の口の中に広がる。
「さすが可奈の料理だ。美味しい」
「分かっていても、そう言ってもらえると嬉しいわ」
大した自信だ。設定通りではあるが……
徹はクマ夫に目をやると、見てられないぜと、いう呆れた表情をしている。
可奈が小さな土瓶の蓋を開ける。
「これは薬膳料理なの。疲れが取れるわ」
その料理は美味しいとはいえなかったが、薬だと思えば我慢することが出来た。
薬膳料理を平らげた。不思議と食欲も湧いてきた。お口直しにお茶を飲み、他の料理にも手をつける。見事に一人前完食をした。
その後は、疲れと満腹感で寝室のベッドに直行した。
徹は久しぶりに何も考えることなく、深い眠りについた。