6)城の街
村を出てからどれくらい歩いたのであろう。太陽は真上近くまで上っている。
徹はこんなに歩くのは久し振りだった。何キロメートル歩いたのだろうか。後何キロ歩かなければならないのか。そう思いながらも彼は歩いた。
ここまでの道のりは平坦で、春の陽気もあいまって、三人はまるでハイキングをしているかのようだ。リュックサックを担いだクマ夫が短い足にしては軽快に先頭を歩く。同じくリュックサックを担いだ学生服の徹とメイド服の可奈が並んで後に続く。
可奈の両手には、大きめのバスケットがぶら下がっている。始まりの村の住人から渡されたそれは、心のこもったお弁当だった。彼女は立ち止まりと徹とクマ夫に提案をもちかける。
「そろそろ昼食にしましょう」
二人もそれに同意した。道路から少し離れた草原の上に三人は腰を下ろす。地面には処々春の花が咲いていた。バスケットを開けるとそこにはサンドイッチと水筒と木のコップが所狭しに詰め込まれていた。水筒には紅茶が入っていた。村人がピザと一緒に準備しくれたものであった。可奈はそれらを二人に配る。三人はおしゃべりしながら楽しく頂く。
途中、可奈は手を止め、二人の美味しそうに食べる二人の姿をしばらく眺める。
「村のみんなに感謝しないといけないね」
それには村の人へお世話になった感謝の意も含まれていた。彼女が別れを惜しんでいることを徹は悟った。
バスケットの中身を綺麗にたいらげると満腹感が徹の眠気を誘う。しかし今日は、お城のある街まで到着しなければならない。食後の紅茶を飲みながら春の風情を楽しんだ三人は、また歩き始めた。
徹は並んで歩いている可奈の横顔に視線を向ける。そして彼女の以前の特徴が無くなっていることに気がついた。
「そういえば、眼鏡はどうした。なくても見えるのか?」
「うん。向こうの世界に置いて来ちゃったから、こっちの世界に来てすぐに眼鏡なしでも見えるようになったの。そうじゃなければ、話が進まないからね。不思議だとは思うけど」
「話が進まない? ああ、可奈の書いた小説のことだな。でもキャラクター設定とやらでそう書いた訳じゃないんだ……」
「うん」
徹は思った。それだけでも可奈のイメージがかなり変わるだろう。地球にいる高校生の彼女が眼鏡をコンタクトレンズに変えるだけでも、周りの男ども放って置かないだろうと。
「ちなみに俺のキャラクター設定はどうなってるんだ?」
「残念ながら、徹は小説には登場してないわ。だから設定もないの」
「じゃあ、俺は可奈のように空を飛んだり、料理が上手ってことはないのか?」
「諦めて精進してください。城の街に行ったら、剣術を習ってもらうからがんばってね」
「おう、任せろ」と威勢よく返事をしたものの、徹は少し気が重くなった。勢いで魔女討伐を手伝うと宣言したが、実際の戦闘なんて経験をしたことがない。逆に可奈の足手まといになるかもしれない。
――せめて俺も魔法と言うものを使えたらなあ。
それは強くなりたいという未知の力への欲望であったかもしれない。
約半日歩いたのところで、予定通り城壁のある街に到着した。この町の名前はキャッスルタウン(城の街)。街の建物はレンガ造りで、その玄関は始まりの村の丸太小屋と比べ高さがあり幅もある。徹たちでも出入りに困らない。街を歩いている人々眺めるとの理由が分かる。キリン、象、の背の高い大きなぬいぐるみの二足歩行で闊歩しているからだ。
様々な哺乳類のぬいぐるみがいる。犬、猫、猿、馬、数えたらきりがない。それに、まるまるとしたぬいぐるみ、それとは反対にスラリと手足の伸びたぬいぐるみ。毛の色まで含めると地球のそれより千差万別である。人々が往来するのとは別に馬車や牛車も行き交っている。馬や牛もぬいぐるみなので、人力車と言ったほうがいいのかも知れない。
徹達は更に街の中心部に向かう。街の真ん中にお城が建っていた。ヨーロッパの古城と同じく石を積み上げたものである。四角い箱型の大きな建物だが、隅には4本の塔が建っている。その上には百獣の王をモチーフにした旗が掲げられていた。
可奈は歩きながら号令を出した。
「では、王様に会いに行きます」
二人もそれに従い城の方へ歩く。城の門の前には鎧をかぶった衛兵がいた。三人が門を潜ろうとしても、可奈の顔を見知っていたのであろう、衛兵から特に呼び止められることもなかった。石の階段を登り城内に入る。黒い燕尾服を着た執事らしき毛並みの整った羊のぬいぐるみと数人の軍服をまとった衛士が彼らを出迎えた。
「可奈様、クマ夫様、よくいらっしゃいました。そちらの方が勇者様でございますか?」
可奈はそれを否定した。
「いえ、彼は異国の学校のクラスメートです。昨日この国へ着いたばかりです」
「左様でございましたか、失礼を申し上げました。して、お名前は?」
徹が一歩踏み出して名乗る。
「初めまして。伊勢崎 徹といいます」
徹は羊のぬいぐるみに会釈をした。羊のぬいぐるみはその様子を見て深々と頭を下げる。
「私は名乗るほどの者でございません。しかしそれでは何かと不便でございましょうから、御用がございましたら、ステュワートをお呼びください」
そしてまた、彼は深々と頭を下げた。
荷物を衛士に預けると、三人は待合室に通された。壁には大きなライオンの絵が飾られ、高級そうなテーブル、椅子が置かれている。そこでしばらく待っていると、先ほどのステュワートが呼びに来た。
「王様がお会いになられます。ご案内致します」
三人は彼の後についていくと、大きな赤い扉があった。彼はうやうやしくその扉を開けると、中に大きな空間が広がる。床には赤い絨毯がしかれ、壁には天井から床までの大きなガラス窓がいくつも嵌めこまれている。正面の一段高いところに、王様とその后と思われる人物が肘掛け椅子に鎮座している。
立派なたてがみの生えたオスライオンとたてがみのないメスライオンのぬいぐるみ。百獣の王である。ただし、二人ともクマ夫と同じように恰幅が良い。
王様の前まで来たとき、ステュワートは恭しく王に話しかけた。
「陛下、可奈様ご一行様をお連れいたしました」
それを聞いてから王様は可奈に目をやる。
「可奈、元気であったか、また会えて、予は嬉しいぞ」
「陛下もお后様もご健勝のことお喜び申し上げます」
「堅苦しい挨拶はなしじゃ。おおクマ夫もついてきているのか?」
「ああ王様、久しぶりだな」
「相変わらず尊大なやつじゃ。まあいい。それでその若者は誰じゃ?」
王様にそう尋ねられ、可奈はステュワートに説明したのと同くクラスメートだと話した。
説明を聞いた王様は少し肩を落とした。
「そちは勇者ではないのか。残念だな」
徹は恐縮する。勇者でなければ何故来たのか王様には分からない。
「可奈、ここへ来た目的はなんだ?」
「はい、彼に剣術の指南をお願いしたく参りました」
王様はまた少しの間考えこむ。結局、彼は答えを導き出すくことはできなかった。
「可奈よ。そのあとはどうするつもりだ」
「魔女を倒す旅に出ます」
「英雄の出現まで待てないと申すのだな。……うむ、分かった。そなたの言う通りにしよう。彼には特別の指南役を付けることにしよう」
王様は少しニヤケ顔をする。そして彼の悪い癖が出る。
「可奈よ。魔女退治は徹とクマ夫に任せて、そなたは予の側室にならんか?」
今までお淑やかにしていたお后様が突如立ち上がって、王様に鉄槌を下す。
「あんた、みなさんに失礼でしょうが。このスケベオヤジが」
「ごめん。かあちゃん、もう言いませんので許して……」
可奈以外の全員が呆れた顔をした。しばらくはそのやり取りを傍観するしか無かった。
「おほん、見苦しいところを見せてしまったな。徹やらが剣術を習得するまでそちたちもこの城に逗留すると良かろう。ステュワート、皆を客室に案内してやってくれ」
「かしこまりました。陛下。でわ、みなさまこちらへ」
ステュワートに案内され、三人は客室に向かった。徹だけ物珍しそうに周りを見渡しながら歩いた。