17)船旅
いよいよ、魔女討伐に向かう日が来た。徹はすでに昨日荷造りを済ませている。他に必要な物は先で立ち寄る貿易の街ポートタウンで準備する予定になっている。部屋でクマ夫と二人、可奈が来るのを待っている。出発の挨拶を王様にするため、三人で待ち合わせているのだった。
窓から差し込む朝日を見て徹は今日も良い天気だと思った。徹はこの世界に来て雨が降った記憶があまりない。6月の雨季にはそれなりに雨が集中するとのことだ。今日はこちらの暦で5月7日である。
可奈がドアをノックして部屋に入ってきた。
「徹、おはよう。昨日は眠れた?」
「おはよう。うん、ぐっすり眠れたよ」
「準備できてる?」
「ああ、OKだ」
「じゃ、行こっか」
可奈はいつものメイド服とは違い、徹が初めてこの世界に来た時に彼女に会った姿と同じような厚めの生地のブラウスにベストにズボン、全体にカーキ色で統一され迷彩のない戦闘服と言ったところだろう。背負ったリックには鞘に納められた剣と盾が括り付けられている。ぬいぐるみの国の中ならまだ安全かもしれないが、それ以降は必要に迫られる機会が増えるだろう。
三人は王様のいる謁見の間に向かった。
謁見の間に到着すると徹は舞踏会のことを思い出した。艶やかで、賑やかだったあの夜のことを。今は静かに彼らの歩く音だけがこだましている。そこには、王様、王妃、シャルル先生、リョウ・タケダ、ステュワートが徹たちを静かに待っていた。徹は王様の御前に着くと代表して彼に挨拶をする・
「王様、おはようございます。わざわざの見送り有難うございます」
王様は満足気に返答をする。
「徹よ。そちに渡したいものがある。ステュワート、彼に渡してやってくれ。」
ステュワートは徹に近づいて両手で持っていた長剣をうやうやしく彼の前に差し出した。徹は剣を鞘から抜いて天に掲げてみる。剣はほのかにオーラを帯び剣先がキラリと光った。装飾はされていないシンプルなものだが、張り出した柄が十字架を連想させる。徹が何より驚いたのが、練習のとき使っていたものより刀身が細くて軽い。
「特にいわれがある剣ではないが、有名な刀工に作らせたのだ。その剣は丈夫で、そちがおもいっきり戦っても刃こぼれなどせんぞ」
王様は自慢げに説明をした。徹はその礼を言った。
「有難うございます。この剣で魔女を倒してここへ無事戻ってきます。それまで王様もご健勝でいてください」
「そちたちが元気な姿で戻ってくることを、首を長くして待っておるぞ」
王様は可奈の方に首を向ける。
「可奈よ。魔女を討伐して戻ってきたら……」
王妃の目がキリリッと王様をにらんだ。王様もその気配を感じようだ。声が尻すぼみになっていく。
「勇者と仲良く暮らすのだぞ……」
と、お茶を濁した。
「では、船まで見送ろう」
王様は椅子から立ち上がり、先頭で謁見の間の出口へ向かって歩く。徹、可奈、クマ夫と続き、後の者もそれに習った。
王様ご一行様はお城を出て馬車二台に乗り込み城の西へ向かう。5分ぐらい揺られたであろか前方には運河が見え、お城の使用人たちもすでにそこに見送りに来ており人集りができていた。
徹たちは馬車を降り、埠頭に繋げられた船に掛かっている階段に向かって歩いて行く。船はフェリーほどの大きさがあるが船の後方に大きな水車が付いている、いわゆる外輪船である。煙突から黒い煙が吐き出されており、動力は蒸気機関車のそれと同じである。この船は軍の輸送船兼王様のクルーズ用であった。
徹は王様に再度お礼を言い、見送ってくれる人たちに手を振りながら船に掛けてあるタラップを登っていく。可奈もクマ夫も同じように手を降る。
船と陸のビットをつないでいたロープが外され、埠頭をゆっくりと離れていく。見送る人たちはまだ手を振っている。大声でなにやら叫んでいるものや、万歳をしているものもいる。徹も船の甲板からそれに答えるように手を降る。彼らの姿が次第に小さくなっていった。
彼らの背後から「失礼します」と声を掛けた人物がいた。徹たちは振り返りその人物に目をやる。彼は恰幅のいいカバのぬいぐるみであった。彼はセーラー服を着ている。もちろん彼は女子生徒のコスプレマニアではない。水兵の軍服のそれである。
「はじめまして。この船での皆様のお世話をさせて頂きます、トーマスと言います。御用がございましたら何なりと申し付け下さい」
そして彼は徹たちを船首の方に案内する。甲板から階段を登りドアを開け船内に入る。そこは王様専用の客室であった。部屋は半円形の形をしており、窓は180度ガラス張りになっている。真ん中に長さ2mぐらいの長方形のテーブルが置かれ、その後ろにテーブルの三方を囲むようなコの字型をしたソファーが置いてある。意外と絵や彫刻といった美術品で装飾されていない部屋は簡素に徹には思えた。王様が景色を一番に楽しむための配慮であろう。
トーマスは三人をソファーに座らせ説明を始める。
「ポートタウンの港には明日の朝到着予定です。この部屋と隣の寝室の使用は王様の許可を得ておりますのでご自由にお使いください。食事その他もこちらへお持ち致します。何か御用がございましたら伝声管でお呼びください」
彼は壁の方に歩いてメガホンのような物の前で立ち止まる。そのメガホンから下の床に向かってに金属の管が伸びている。
「これに向かって大声で呼びかけてください。伝声管は下のブリッジに繋がっています。私はそこに待機しております」
彼はそう説明したあと、飲み物を持ってくるといって部屋を出た。
トーマスと入れ替わりに猫のぬいぐるみがやって来た。顔と耳の縁がチョコレート色で、白目が青っぽい。シャム猫のようだ。彼女はセーラー服でなく白い軍服と制帽を着用している。どうやらトーマスより階級が上だ。彼女は徹たちに敬礼をした。
「私はこの船の船長をしております、キャサリンと申します」
徹は彼女に不思議な魅力を感じた。そして次のことを確認してみる。
「船長さんは泳げるのですか?」
猫は水が嫌いだと徹は思っている。キャサリンは苦笑する。
「私が泳がなければならないことがあるようなら、この船は前途多難ですわね」
もしもこの船が沈むような大惨事が起きたら、その責任を取って彼女もこの船と運命を共にするという心積りだ。それほどプライドが高いのだった。
「勇者様にはこの先の陸路ではどんな危険が待ち構えているか知れませんが、この船上のことは私達にお任せいただいて、どうかごゆるりと船旅を満喫してください」
彼女はにこやかに微笑んだ。
「私はみなさまが見事魔女討伐を成し遂げられると信じております」
彼女はそう言って敬礼をしたのち部屋を去った。彼女の言う通り魔女の城に近づくほど危険な目に遭う可能性が増してくる。徹はそう肝に銘じた。
船は運河を抜け大きな川を下り大海原に出た。徹は窓にカモメが飛んでいる姿を発見した。部屋から甲板へ行き、船縁の手すりを両手に掴んで身をまかせるように乗り出す。穏やかな海の色は鮮やかなブルーだ。太陽の日差しを受けた海面はキラキラと光り眩い。潮風が徹にさらに爽快感を与えた。
しばらくして可奈が隣に来て徹と同じ姿勢を取る。
「こんな綺麗な海初めて見た」
「俺もそうだ」
「でも私、なんか緊張感なくてダメだね。一緒に旅できる嬉しさのほうが強いの」
「うん、俺もそう感じている」
――可奈、俺も君と異国の地を旅できることが嬉しいよ
徹は心の中でそう告げたのだった。
緊張感が無いことを反省した徹はふと気付いた。一人足らないことを。
「そういえば、ゴズはこの船に乗っているなか?」
「トーマスさんがさっきジュース持ってきてくれたとき聞いたけど、彼は先にこの船に乗り込んでて、船の貨物室に運び込んだ馬車の荷台で寝ているそうよ」
この船にはもう一人だけ緊張感のない人物が乗船していたのだった。前途多難である。
トーマスの説明が夕食の後に役に立った。徹が王様の寝室を覗くとそこにはダブルベッドが置いてあった。徹は慌てて伝声管を使い、赤面しながらトーマスに毛布とシーツを頼んだ。その夜も可奈とは別に客室のソファーの上で寝るのであった。