16)大陸の地図
推敲中
徹はこの世界にきてはや三週間が経過した。この期間に徹も剣術をある程度戦えるまで身につけいよいよ魔女討伐に明日出発する。
今朝の朝食時、可奈は珍しくまだパジャマ姿のままだった。クマ夫に関してはまだ起きてこない。今朝はたぬきのぬいぐるみのメイドが朝食を部屋まで持ってきてくれた。彼女に「昨日は大変だったね」と徹はねぎらの言葉と、今日の朝食の準備のお礼を言った。いつもは可奈が準備してくれるのだ。それも感謝せねばとパジャマ姿の可奈を見て徹は思う。
食後の紅茶を楽しんでいると、可奈は徹に起きた時から申し訳なさそうな顔をしていたが、とうとう昨日のことを話題にした。
「昨日は迷惑かけちゃってごめんね。テヘ」
本人として可愛らしく言ったつもりなのだろう。徹にはそれがかえって昨日の可奈の酔っ払いぶりを強く思い出してしまった。
「かなりお酒を飲んでいたんだね」
酔った可奈を踊りに誘った徹にも原因はある。徹はそれを責めるつもりはさらさらなかった。ただ、泥酔すると人によっては記憶がなくなる。徹はそれ確認しておきたかった。
「昨日の俺が言ったこと覚えている?」
可奈はわざとなのか、それとも本当に覚えていないのか、額に人差し指を押し付け何やら考えている。
「どの話だっけ?」
沈黙の時間にたまらず可奈は聞き返してきた。徹も一旦は素知らぬ顔で答えた。
「いや、憶えてなければいいんだ……」
徹は俯き加減で椅子から立ち上がり、可奈の黒い瞳を見つめ決意を新たにするかのごとく宣言する。
「魔女を倒す旅の危険は十分承知しているつもりだ。俺は君を全力で守り通す。魔女を倒し一緒に地球の世界に戻ろう――」
徹は朝っぱらから真剣だった。可奈は豆鉄砲を食らった鳩のような表情をした後、それが喜びの顔にモーフィングされていく。可奈の体はテーブルをゆっくりと離れ、その後、徹の腕の中にスーッと収まった。お互いに背中にまわした腕は、可奈はギュッと、徹は優しくそれぞれの体を抱きしめた。可奈は徹の肩に頬と押し付けながら一言感謝の意を伝えた。
「――ありがとう……」
部屋の窓から差し込んだ朝日は床で乱反射した後、二人を優しく包み込んでいる。
魔女討伐出立の準備をするなか、徹と可奈とクマ夫3人は王様に執務室まで呼び出された。クマ夫の案内で執務室まで行き、その扉を開け室内に入る。そこは待合室とその奥に王様の執務室と思われる空間が広がっていた。執務室に繋がる入り口にはドアはなく、かわり衛士が二人、仁王像のように屹立している。衛士の一人が三人の姿を確認すると奥の部屋に進むように促した。
王様の執務室はテニスコート一枚分の広さがあり、数々の彫刻や絵画が飾られてあった。彫刻や絵画の幾つかは裸婦の美しさが表現され王様の趣味を物語っている。裸婦と言ってもぬいぐるみではあるが。
その中で一番大きい絵画は王様の肖像画であった。本物よりリアルなライオンだ。一番奥には豪華そうな机が置いてあり、その上には書類が山積みにされていた。
しかしその部屋には王様はいなかった。徹は部屋の中を見渡すと可奈は不快な表情をしているのが目に入る。クマ夫がその部屋にあったもう一つの扉のない入り口へ歩いている。その中から王様の声がした。
「三人ともこっちに来い」
その入口をくぐると、長いテーブルと、背もたれのついた椅子が十脚ばかり、壁には大きな地図らしきものが貼りつけてある。広さは先程の部屋より小さめで会議室のようである。
そこには王様ともう一人のトラのぬいぐるみがいた。彼は数々の勲章をつけた軍服を着ている。王様は三人にイスに座るよう催促をする。彼らが席に着くとトラのぬいぐるみが喋り始めた。
「私の名前はリョウ・ダケダと申します。王様から軍の参謀を仰せ付かっております」
そう前置きをして、この国の現状を話し始めた。
「この大陸には現在ぬいぐるみ族の国とロボット族の国の二国があります。4年前に両国は戦争状態に陥り、激しく戦い合いました。それ以前は友好関係が保たれていました。開戦になった理由に魔女の力が大きく影響しております。現在でもロボット国は魔女によって支配されているといっても過言ではありません。だたし現在、両国間の戦争については小康状態にあります」
そして彼は地図を示して魔女の城へのルートをなぞった。地図には北にロボットの国、南にぬいぐるみの国が書かれている。東には両国とも山脈で、それより東は未開拓の地域となっている。西は海には海が広がっている。ぬいぐるみの国で大きな街は、城の街キャッスルタウンと貿易港のあるポートタウンの二つ、その回りに中小の村が点在している。ロボットの国の地図には大きな街一つを除いて記載されていない。情報が少ないのであろう。
リョウ・タケダがなぞったルートは、キャッスルタウンから川を下って海まで出た後、ポートタウンまでは海路で、それから魔女の城までは陸路を使うことになる。魔女の城はロボット国の辺境の山岳地帯にあり、どうしてもロボットの国を通り抜けらねばならなかった。
この世界が出来た時から四年前までは、魔女は存在していたものの、両国とも平和が保たれていた。魔女が可奈をこの世界に召喚したと同時に、可奈の小説に歴然とした書き手がいなくなったことで、魔女は自由に振る舞うことができるようになった。魔女は可奈に召喚の技をもたせ、この世界に騒乱を起こすことで勇者の出現を早めようと考えた。ロボットの国を支配し戦争を始めたのだ。そして戦争は二年間続いた。しかし勇者は一向に現れない。
押してダメなら引いてみなという言葉があるが、可奈が勇者の召喚を拒んでいると思った魔女は、今度は戦争を中断し可奈の様子を静観することに決めたのだった。この補足は王様も参謀も知らない情報である。
「この国に勇者が現れた情報はすでに魔女にも知っているだろう。再度戦争が勃発する恐れもあり軍は国境警備に注視しなければならない」
つまり、情勢が不安なため徹たちに大掛かりな援軍を付けることができないと言っているのだった。軍隊を連れての魔女討伐となれば両国の全面戦争になりかねないのだ。不何な要素は多々にあったが、それでも徹には必要な情報であった。
ここで王様が提案をする。
「お前たちにゴズをつけようと考えておる。のんびり屋だが力は強い。いざとなれば戦うこともできる。心強い味方になるであろう」
こうして、旅の連れが一人増えるの事になった。