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Dream Note  作者: 御衣黄
15/22

15)舞踏会の夜

 翌日、朝からお城の中は上から下まで男女を問わず慌ただしく働いている。メイドも衛士もステュワートもゴズも城の中を行ったり来たりしている。ただし、お城の人物の大部分が忙しそうに見えても例外もいる訳で、そのうちの一人があてがわれた部屋の中でハンガーにかけられた衣装を眺めながらソファーの上で寝転がっている。

 もう一人の例外のクマ夫が部屋に入ってきた。更にもう一人例外を上げるとすればそれはあのスケベな王様であろう。

「徹、今までの練習の成果をみんなに見せてやれ」

 徹はその言葉を誤解して受け取った。勇者である証を示すのかと想像した。剣術もそれなりに自信がついていた。

「みんなの前で、剣術を披露するのか?」

「何を言っているんだ。そんな物騒なことはするなよ。俺と練習をしたダンスに決まっているじゃないか」

 徹は赤面する。普通に考えればクマ夫の言うとおりである。

「今日のパーティーで踊るのか?」

「そうだ。そのために練習をしてきたんだ。今日のパーティーは舞踏会だ。そしてお前が主役だ。勇者はダンスも上手ってことになれば若い女性人からモテモテだぞ」

 クマ夫は徹をそっちのけで自分がモテている錯覚に落ちいっている。

「だから、お前は可奈を踊りに誘うんだぞ。いいな、忘れるなよ」

 そう言い残してそそくさと部屋を出ていってしまった。


「クマ夫のほうが可奈のことをよく知っているんだよな……」

 徹は再度、肘掛けに頭をおいてソファーに仰向けになる。両手を後頭部に、足はクロスさせリラックスした。

「三ヶ月の付き合いの俺と、四年以上のクマ夫では仕方ないかもな」

 実年齢は徹が上だと思うが、お酒を嗜む年齢不詳のクマ夫はおせっかいなのか、女心がわかっているつもりなのか、可奈について色々教えてくれるし、進言もしてくれる。それは徹には正直ありがたかった。この世界に来る前に片思いの相手に告白してふられた徹は、自分でも乙女心を理解しているとは思わなかった。

「面倒だな」

 徹はそう言って照れた自分を隠した。


 ティータイムにはお城の前にぬいぐるみの行列ができていた。街中の掲示板に今夜お城で舞踏会が行われるお知らせが貼り出されたのだ。それ自体はこの城で定期的に行われている。しかし今回は勇者のお披露目ということで特別である。

 社交界といえば貴族の面々が相場ではあるが、貴族のいないこの国では500アルクを支払えば誰でも舞踏会に参加できる。踊る者、踊りを見る者、着飾るもの。出会いを求める者、振舞われる酒や食事を楽しみに来る者、目的も様々で一種のお祭りだと表現したほうが理解しやすいであろう。

 お城の中でも着々と準備が進められる。今夜の料理の調理で厨房も大忙しである。王様の謁見の間はダンスホールに模様替えをし、中庭も庶民に解放されるためテーブルや椅子も数多く並べられている。着々と舞踏会の準備は進められていた。

 徹もすでにタキシードに着替えている。舞踏会に参加するも者で正装をしているものは半分にも満たないかも知れない。ダンスを踊る者、お金持ち等、それ以外の男性はかなりの数で服を着ずに参加している。庶民感覚で気軽に参加できる一つの理由でもある。

 開演時刻が近づいてきて徹は落ち着きがない。ああしろ、こうしろと言われたわけでもないが、主役が何らかの失態を演じてはいけないとのプレッシャーなのだろう。


 そこに可奈が迎えに部屋に入ってきた。彼女もすでにドレスに着替えている。彼女が者まとっているのは白のイブニングドレス、露わとなった肩と首にはキラキラと光るネックレスが装飾されてそのさまを引き立てている。左手には徹がプレゼントしいた可愛らしい指輪が光っている。

 徹は緊張のあまり硬直し見とれてしまった。

「徹、準備できた?」

「う、うん」

「私もメイド服も黒だから、白いドレスにしたの。お揃いよ」

「――とっても似あっている」

「お世辞を考えてる暇はないよ。さあ行きましょう」

 可奈は徹の腕を強引に引っ張り部屋から出ていった。彼女に引かれ後ろ向きに歩く徹の姿は滑稽に見えた。

 徹は可奈に引っ張られて、ダンス会場の謁見の間入口近くまで行く。そこにはステュワートが待機していて、二人を特別席まで案内した。会場内はすでに衣装をまとったぬいぐるみでいっぱいだ。その中を通り抜けようとすると、人垣はモーゼの十戒の海ように左右に分かれて道が開ける。徹が一段高い席についた時には、会場にいるほぼすべての人物の視線を集めることとなった。特別席とはこの城に来たとき王様がふんぞり返っていた玉座の隣。入口正面から見て、左から可奈、王妃、王様、徹、クマ夫と並んで席についた。そこで王様が開会の一言を発言する。

「皆が待ち焦がれた英雄がついにこの世界に現れた。その英雄は勇者の剣の加護を得た。その人物とはここにおる異国の青年、伊勢崎徹だ。彼は無事魔女を討伐しこの世界に平和をもたらすであろう。」

 王様は珍しく雄弁に語った。が、ここまでは良かったのだが……

「彼はまだ、学生気分が抜けとらんようで、昨日は可奈に怒られてるし、この世界には異国の男女は彼らしかおらんのにまだ接吻もしとらん。予は可奈の行く末が心配じゃ。この世界が平和になったら、予の王子を可奈に作ってもらうことをここに宣言するぞ」

 これには会場内ブーイングが巻き起こる。王妃も黙っちゃいなかった。

「あんた、それは縫い物の下手なあたしへの当て付けかい!」

 王妃はドレスの腕をまくり、席をたって隣の王様をボコボコに殴った。

「かーちゃん、ごめん、冗談だよ、冗談!――」

 可奈は王妃を宥めようと努めるが、クマ夫は知らん顔を決め込んでいた。

 

 王妃の怒りが収まったところで、控えていたステュワートは倒れた王様を起こし、櫛を取り出したてがみと衣装を整え、王様を椅子に座られた後、転がっていた王冠をかぶせた。そして何もなかったように元の場所で控えた。これがこのお城の日常なのかも知れない。

「いまのは予の座興じゃ。みなグラスを持ったか?では、勇者に乾杯じゃ!」

「――乾杯!」

 一斉に白い液体の入ったグラスが天に掲げたれた。

 暫くして会場内はオーケストラの演奏のメロディーが流れだす。そして会場の中央から踊り子たちが順次占領し、その他のものは端に追いやられていく。 様々な肌の色をしたぬいぐるみのカップルが色とりどりの衣装を着て踊り回る。まるでゴッホのひまわりの絵画のような色彩の豊かさに目が眩みそうになる。徹や可奈を含め観客たちは、ボーイやメイドたち配る飲み物や料理を口にしながらその踊りを楽しんだ。


 時々、お金持ちと思われる裕福そうな人物が王様や王妃に挨拶に来る。もちろん徹にも自己紹介をする。特に彼ら自身その事を鼻に掛けるわけでもなく徹には良い人に思えたのだが、なれない徹にとっては窮屈であった。たまに小声で話しかけてくる王様の会話のほうがまだ面白い。

「あの、鹿の彼女はそそられるとは思わないか?」

 ――それは色気か! それとも食い気か! 徹はそんな想像し、笑いをこらえながらも王様の話し相手になっている。可奈と王妃は王様の女癖の悪さについて悪口を並べている。二人は気が合うのかもしれない。お酒の進み具合も少し早めだ。

 クマ夫が近くにいないことに徹は気がついた。部屋の隅々まで見渡したらピンクのドレスを着たクマの人物とタンゴを踊っている。クマ夫も隅に置けないと徹は思った。

 徹も飲み物やつまんだ料理で腹がふくれてきた。席を立ち王様の後ろを回って窓の方へ歩いて行く。窓からは中庭が見えた。中庭に通じる扉もある。徹は扉を開けて外の空気を吸いに外に出た。中庭もお酒や料理をたらふく頂いた連中が大騒ぎしている。お城の使用人も消費される酒や食料の補給に大忙しであった。


 気がつくと可奈も徹の後ろに立っていた。少し顔を赤くし彼女もまた夜風に当たろうと思ったのだった。

「みんな楽しそうね」

「可奈は楽しくないのか?」

「もちろん楽しいわよ。少し酔っちゃったし、みんなが踊ってる様子を見るのも楽しい」

 徹は空を見上げた。そのでもまた満天の星空が見えた。それからしばらくして扉の中から三拍子の音楽が聞こえてきた。徹は優しく聞いた。

「可奈、踊れるかい?」

 徹はちゃんとクマ夫の言いつけを守った。徹はお酒を飲んでいなかった。未成年だからではなく、単にまだ口に合わなかった。クマ夫に勧められたこともあったが、渋くて酸味のあるワインの味より、紅茶の方が徹の好みだった。

「うん。大丈夫だと思う。倒れたら介抱してね。でも徹、踊れるの?」

 徹は「うん」とだけ返事をし、可奈の手をとって室内の踊り場の真ん中に連れていった。

 可奈の右手をしっかりと握り、彼女の背中に手を回す。可奈もそれに答える。しばらく見つめ合い息をあわせて最初の一歩を踏み出した。徹は人とぶつからないように気を配りながら、可奈をリードする。彼女はうっとりとした目付きで、露出した肌はピンク色に染まっていく。

 彼らがくるりと回転するごとに、可奈のドレスは朝顔が咲いたようなしなやかさで円を描いた。あの日のあの満天の星空の下で、二人だけの空間が今再現されている。時は止まったまま流れた。

 気がつくと音楽はもう止まっていた。そして観衆の円の中に一組だけ取り残されていた。二人のダンスが終わると観衆は大きな拍手で彼らを讃えた。二人はおじぎをして、徹は赤い顔をして可奈をその外に連れ出した。


 二人は中庭に出た。ひんやりとした風が二人には心地よかった。徹が可奈の手を離すと、彼女は感激の涙を人差し指で拭いた。可奈は二人でダンスが踊れるとは思っていなかった。第一の功労者はクマ夫だったのかも知れない。

 徹は少し落ち着いて休める場所を探して教会に向かって歩き出した。今度は可奈が徹の腕に抱きついてきた。

「今ので、酔いが回っちゃった……」


 二人は教会の中にある長椅子に腰を下ろした。可奈はまだ徹の腕をギュッと抱きしめている。窓の外の灯りが窓から入ってくるものの、薄暗く静かな教会の中で突然可奈は顔を上げ徹に質問をした。

「昨日、私はあなたを愛してるって告白したわ。間接的にだけど……」

 どうやら、可奈は本格的に酔ったみたいだ。

「まだその返事を私、聞いてない。私のためにダンスまで習ってくれたんだから、まんざらでもないんでしょ?」

 絡み酒のようだ。

「男ならハッキリ、好きだって言ってちょうだい」

 徹は彼女の様子とその質問に戸惑ったが彼女の目を見てハッキリ「好きだ」と言った。

「今はそれだけで十分嬉しい……」

 可奈は徹の肩に頭を押し付け、そのまま黙ってしまった。彼女は未だ徹をこの世界に巻き込んだことに後ろめたさを感じていたのだった。

 徹はしばらくそのままにしておいた。可奈は眠り込んでしまっていた。彼女の肩から胸元まで見える肌が徹には気になって仕方がなかった。徹はゆっくりと左腕を可奈の両腕から外し、彼女の上半身を長椅子の背もたれに添わせ上着を脱いで彼女の背中から被せた。そして彼女の肩に手を回し彼女の目が覚めるのをしばらく待った。


 どれくらい時間が経過したのだろう。教会の外の気配が減っていく。彼女は目をさました。しかしまだ酔っているのだろうか、足が痛いといってハイヒールを脱ぐ。そして次の要求をするのであった。

「おんぶして、部屋まで連れて帰ってちょうだい……」

 徹もさすがにやれやれと思ったが、酔って寝ぼけている可奈をこのままにしとくわけにも行かず、しゃがんで背中を見せると彼女は徹の上着を羽織ったまま喜んで乗りかかってきた。お酒を飲んだ可奈をダンスに誘った徹にも責任はあるから仕方が無い。

 教会の外に出るともう宴は終わっていた。可奈と同じで酔っぱらいが椅子の上で横になっているものが数名いた。お城の使用人はまだ片付けに追われている。

 謁見の間に戻ると片付けをしているメイド達が可奈の様子に驚愕きょうがくした。普段、メイドのお手本としても神様扱いの可奈がこの醜態では無理も無いかも知れない。徹は、二人のメイドに可奈の部屋まで付いてきてもらうようにお願いした。可奈をドレスのままベッドに寝かすのをためらった為だ。部屋までの彼女を背負ったまま歩く。目の前には可奈の持つハイヒールがぶら下がっている。目の前に人参をぶら下げた馬のようにも見える。徹は部屋について彼女をベッドに座らせると、二人のメイドに跡を任せて自分の部屋に戻った。

 クマ夫はまだ部屋に戻っていなかった。彼が戻ったのは、暁方近くだった。一体何処へ行っていたのだろう。


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