14)勇者の事情
「晴れて、勇者になった気分はどうだ?」
剣術卒業試験後の昼食の時、可奈の機嫌はまだ治っていなかった。クマ夫はそれに気を病んで、徹を中庭の教会まで連れてきていた。二人は最後列の長椅子に座っている。
「今までと変わらないな」
元々、徹は自分が勇者でないかと疑っていた。それに勇者になった証も握った剣が微かに光る程度と地味だったため、徹としてはウヤムヤになっていたことが一つ解決したほど心境であった。クマ夫はもう少し徹のウヤムヤを解決してやろうとしていた。
「お前がこの世界に来た日、可奈はお前を地球の世界に返そうとしただろう。お前がそれを断った時点で、お前が勇者になることはほぼ確定していたんだ」
可奈の愛した人物が勇者になるのなら、彼女が心変わりでもしない限り徹が勇者になることは明白であった。
「可奈は召喚の力を魔女に与えられてから4年間、お前をこの世界に連れてくるという誘惑と戦った。そして彼女がお前を召喚した日も、彼女はお前を戻すことを真剣に考えた。お前を巻き込みたくなかったからだ。そしてお前も可奈から聞いていると思うが、彼女自身が英雄になることだった。彼女はお前への思いを断ち切り、自分を愛すことで勇者になろうと考えた。ここまでは理解してくれるな?」
クマ夫の問に「ああ」と簡潔に達は答えた。
「可奈がお前を召喚したのは、魔女の策略だった」
「え!?」
「魔女には英雄伝説を覆す秘策があるのだと俺は思う。勇者を倒してしまえばこの世界は魔女のモノになる。しかし助けに来るはずの勇者は現れない。魔女は可奈に召喚の力を与え、勇者をこの世界に連れてこさせ等と考えた。だから勇者になったからといって油断は禁物だ」
そのことは徹にとって衝撃的な事実だった。徹は魔女を倒して可奈と一緒に地球に戻ると安易に考えていた。可奈が徹に剣術を習わせたのも魔女討伐が簡単なものでないと思ったためであった。
「質問だが、創造主である神様が死んだ場合この世界はどうなると思う?」
あまりにも突拍子の無い問いかけだった。徹は首をひねる。
「……この世界が消えて無くなる?」
「お前もそう思うだろ。この世界は可奈の思念で出来上がったものだ。仮に可奈が死ぬことでもあれば、この世界が消えてしまう可能も否定出来ない。魔女もそう考えているフシがある。可奈が召喚されたとき魔女は彼女を襲って傷つけたが、命までは取らなかった。可奈を生かし勇者のお前を殺す。これが魔女の思惑だ。魔女は年を取らない。不老不死だ。お前を倒した暁には、彼女に不死の力を与え永遠に監禁するかも知れない。これはあくまでも俺の憶測だが」
徹はこの世界をファンタジーな世界だと考えていたが、思わぬ危険に徹は戸惑う。
クマ夫は更に続ける。
「可奈が小説を書き始めたときに思い描いていたストーリーは、魔女に召喚されこの世界にきたメイドを魔女が連れ去ろうとしたとき、勇者が助ける」
ここまでは以前にクマ夫から聞いていた。
「勇者は魔女討伐の旅に出るが、その頃お城で下働きをしていたメイドは魔女に攫われ、囚われの身となってしまう。勇者は魔女を倒しメイドを助け出して、二人は結ばれこの世界で一生幸せに暮らした」
よくあるライトノベル的なお話だと徹は思った。しかし徹は重要なこと聞き漏らしていた。クマ夫に指摘されるまで気付かなかった。
「メイドは地球の世界に帰らない」
「つまり、可奈は地球に戻れないのか?」
「魔女の力の源は魔女が持っている杖にある。それを使えば恐らく帰ると思うが、定かではない」
クマ夫は付け加えた。
「徹の場合は可奈が召喚している。どうあっても、可奈はお前を地球の世界に返すだろうから心配するな。そして、可奈の気持ちを理解してやってくれ。お前と一緒にいることが嬉しいんだ」
徹は可奈に対して不誠実な行動はとったことはないと自負している。彼女を好きであるかどうかを別にして……
「どうして今まで、話してくれなかったんだ?」
「喧嘩でもして可奈に嫌われたら、お前は勇者にはならなかったからな。そう思ったんだよ」
そういう徹のお馬鹿なところをクマ夫は信用していなかったのかもしれない。
徹は部屋に戻って、ソファーに寝転がった。体を使うことは得意だが、頭を使うことは苦手としていた。考え思い悩むことより、剣術の練習をしていたほうが気が楽だと徹は思う。
ノックもなしに可奈が部屋に飛び込んできた。彼女は手に大きく平らな紙袋を抱えている。すでに彼女の顔からは不機嫌だった表情は見られなかった。その事が徹を安堵させた。
「徹、衣装が出来たわ。テイラーさんが頑張ってくれたから、早く仕上がったわ」
彼女の軽快なステップから彼女気持ちが窺えた。起き上がった徹の側に近寄りその紙袋を渡した。
「ねえ、試着してみせて」
徹はそれを受け取ると、とある人物の脳裏に姿浮かび上がった。
――まさか王子様じゃないだろうな……縦縞で、肩が大きくて、かぼちゃみたいなズボンに白のストッキング
恐る恐る徹はその包を開いた。予想に反して白のタキシードが包まれていた。
「学生服は黒でしょ。だから白にしたの」
徹はほっとした。手に取り上着を胸に当てて可奈に見せる。
「だから着替えてみせてよ」
「はい……」
四歳年上の可奈は強気だ。徹も次は機嫌を損ねないよう素直に彼女の支持に従う。徹は可奈の視線を気にしながらシャツから脱いでいく。可奈もそれを察したのか、くるりと後ろを向き「着替えたら言ってね」と徹に告げた。シャツを着て白いズボンを履く。蝶ネクタイを手にしたとき徹の手は止まった。高校生の徹は生まれてこの方ネクタイなどしたことがないのだ。
「可奈、これはどうしたらいいのかな?」
可奈は振り向き、戸惑う徹の様子を目にすると彼が手にしていた蝶ネクタイを取り上げ、彼の首に巻いて結んだ。
「これでよし!」
彼女は白のソファーに置いてあった上着を手にして徹に着せた。徹は借りてきた猫のようだ。可奈は、徹の姿を正面から見ると、そのままぐるりと徹の周りを一周する。
「うん。ピッタリ。さすがテイラーさんね」
可奈は笑顔いっぱいだ。徹もそれを見て緊張がほぐれた。
「これでパーティーはバッチリだね」
「パーティー?」
「勇者襲名披露パーティーよ!」
どうやら、主役は徹のようだった。勇者もなかなか大変である。