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Dream Note  作者: 御衣黄
13/22

13)勇者誕生

 連隊長カナバを相手に計三日間、厳しい練習は続いた。徹は時折クマ夫の得意な喧嘩殺法を繰り出してカナバを翻弄する。そして攻撃を受け流すことも覚えた。シャルル先生は「ひとまず剣術の練習はこれで終了です」と宣言をした。しかし、彼女は翌日に卒業試験なるものをすると予告した。


 試験当日の朝、徹は執事のステュワートからシャルル先生の伝言を聞かされた。それは、対戦相手が遅れるとのこと、シャルル先生も彼と一緒に練習場に来るとの事だった。徹は少し遠回りをして、城の中を歩いて見ることにした。しばらく歩くと城の中庭に出た。見渡せばそこはサッカーグランドより広く、数々の花や木々が植えられている。池や噴水や四阿あずまやがある。隅のほうを見ると、教会らしき建物が建っている。徹はなにがしらの興味をもってその建物に入っていった。

 教室の広さのあるその部屋は天井が高く、窓は色ガラスで幾何学模様が描かれていた。二列に長椅子が並べられ、正面には女神の像が祀られている。女神像は色ガラスを通した光で色鮮やかに装飾されているように見えた。一番前の椅子にクマ夫が座っていた。徹は彼に近づき、隣に座った。

「クマ夫、こんなところでなにしてるんだ?」

「教会に来たらすることは決まっているだろう」

「なるほど懺悔してるんだよな?」

「違う。無事、魔女が倒せますようにとお祈りしていたんだ」

「案外、ロマンチストなんだな」

「大きなお世話だ!」

 クマ夫は正面の女神の像から目を離さない。それはこの世界の人物を模したものではなかった。地球の人間の白い女性像。肩から垂れ下がる丈の長い衣をまとい、腰のあたりで細い帯で結んでいる。

「あの女神像、誰かに似ているとは思わないか?」

 クマ夫は徹にそう尋ねた。徹はその女神像の顔をしげしげと見る。

「――可奈!」

「そうだ。この女神像のモチーフは可奈だ。彼女はこの世界の創造主だからな。神様にされても仕方ないだろうが、可奈本人はその事を嫌がっている」

 クマ夫は少し意地悪げに喋った。

「なにせこの像は年を取らない。十七歳のままなのさ」

 確かにその像は、徹の記憶の彼女に似ている。眼鏡をかけていないことを除けば……。クマ夫の記憶では四年前の可奈の姿だった。

「この女神像のお陰で、この国の誰もが可奈を知っている。そして、彼女に願いを叶える力もない事も知っている。この世界の住人と同じように食事をして、働いて、生きているんだ。それをみんなが知っている」

 クマ夫は女神像から視線を逸らさない。

「この世界には病気も災害もない。だから元々神様を必要としない世界だ。だが、魔女の恐怖が広がり、勇者が現れな日々が続くと祈りの対象が必要になってきた。それで可奈が祀り上げられたのさ」

 当の本人にしてはいい迷惑かも知れないと徹は思った。ただ、徹が来るまで唯一の地球の人間である可奈がこの世界の住人に慕われていることは徹にとっても喜ばしいことだった。

 しかし、彼の言葉とはうらはらにクマ夫はここにお祈りをしに来ている。祈ることの大切さをこのクマのぬいぐるみは知っているんだと徹は理解した。

 ――神様は心の中にいるものかも知れない。

「じゃあ、練習に行ってくる」

 徹はそうクマ夫に告げ席を立った。「頑張れよ」とクマ夫は短く返事をした。


 徹が練習場に着いたとき、シャルル先生はすでにその場にいた。数名の見物人もいたが練習場は静まり返っていた。対戦相手もすでに準備を整えていた。対戦相手は素振りの練習をしている。全身にプレートメイルをまとい、その人物をうかがい知ることが出来なかった。振り払われる剣は徹の剣より細く短い。片刃の片手剣であった。左手には銀色をした円形の盾を持っている。彼は静かであった。声も出さず黙々と剣を振る。たまにフェンシングのようにステップをして剣を突き出す。空気を切る音だけが響いた。彼は集中しているのだと徹は考えた。その間、徹もチェーンメイルを着て長剣を二、三度振り回す。戦闘準備が整ったことをアピールした。

「二人とも準備が出来ましたね」

 徹はシャルル先生の問いに「はい」と答え、対戦相手の彼もまた兜を縦に振った。二人はこすり合う金属音を発しながら定位置につき、お互いに向きあい構えた。

 シャルル先生の号令がこだます。

「はじめ!」

 それと同時に相手はステップを踏み出して剣を徹に突き出す。徹は時計回りに攻撃を避け、両腕に力を込め相手に向かって振り下ろす。ぶつかり合う金属音が鳴り響く。相手は腕をクロスさせ盾でそれを受け止めていた。突き捨てられていた相手の右手の剣はそのまま体を開くように水平に徹の右横腹を狙う。徹はバックステップで逃れる。

「ウオッー」

 徹は雄叫びを上げながら、上段の構えで相手に殴り掛かる。しかしこれはフェイントだった。案の定、相手は盾を構え防御の姿勢をとった。その盾に徹は右足の裏で蹴飛ばした。盾を持った左手は弾かれ、相手の胸部が目に入る。徹は肩めがけて斬りつけた。金属を引っ掻く音がした。惜しくも剣先で鎧に傷を付ける程度であった。徹はすぐに踏み込み左から右へ払う。しかしこの攻撃は相手の剣で受け流されてしまった。

 相手はそれを見て右手の剣を繰り出す。徹はそれ右に避けると同時に、右肩で再度相手の盾に向け体当たりをする。体制を崩した相手の右腕の剣を目掛け下から振り上げた。

 相手の片手剣は持ち主の手を離れ、宙を舞った。しかし相手は攻撃の手を緩めなかった。左手の盾を徹の右肘に向け押し当てる。そのまま押し切ろうとする。徹は兜の隙間から見える相手の目と視線が合わさった。

「――!?」

 徹は驚きのあまり、体制を崩し押し倒された。無惨にも尻餅をついてしまった。対戦相手は素早く手放した剣を拾い、徹の喉元につきつけた。

「それまでです!」

 シャルル先生の終了の合図に相手は剣を収め、そして兜をを脱いだ。その隙間から長い黒髪がサラサラと流れ落ちた。

「徹、なんか騙したみたいでごめんね」

 卒業試験の相手は可奈であった。

 徹は精神的な衝撃にいまだに立ち上がれない。可奈は徹に手を伸ばし、徹はやっとの思いで可奈の手を握った。可奈は徹をひっぱり立たせた。

 一部始終を見届けたシャルル先生は満足げに言った。

「これで卒業試験は終わりです。ムッシュ伊勢崎お疲れ様でした」

 徹は結果的に可奈に敗北したのであった。シャルル先生は戦いの批評をすることもなく、二人をおいて練習場を出ていった。

 徹と可奈は鎧を着たまま、床に座り話をした。

「徹、強くなったのね」

 可奈の目は嬉しそうだった。徹は無様に転んだところを見られたのが恥ずかしかった。

「今さっき可奈に負けたじゃないか」

「今の勝負は騙し討ちみたいなものよ。私が何年も掛けて練習をしたことを、徹は二週間あまりでやり遂げたわ」

 徹は勝負に負けたことは悔しくなかった。それより可奈が剣術にも長けていたことが驚きだった。

「可奈が宣言したこと。あれは本気だったんだな」

 首をかしげた可奈の表情を確認した徹はあの日の光景を思い出しながら言った。自分かこの世界に残る決意をしたその時の彼女の表情を思い浮かべながら……

「可奈が、自分で魔女を倒し英雄になるって言ったことだよ」

「そうだったね。そんな事言ったよね」

 可奈はとぼけてみせながら立ち上がった。徹に手を差し伸べた。徹も素直に彼女の手を握り立ち上がった。彼女は二人が戦いに使った二本の剣を拾い上げ、長剣を徹に手渡した。

「付いてきて」

 可奈は言った。そして二人揃って練習場を後にした。


 可奈はステュワートを探した。彼はいつもの玄関ホールにいた。彼女はステュワート駆け寄り彼と会話をした。

「王様に勇者の剣の部屋へ行くと伝えてください」

「かしこまりました」

 そしてまた徹の元へ戻った。二人は城の廊下を奥に進み、突き当たると上に登る螺旋状の階段がった。それは城の外から見える塔の階段であった。二人は剣を持ちその階段を登っていった。徹は階段を登りながら可奈に聞いた。

「勇者の剣ってなんだ?」

「行ってみれば分かるから」

 可奈はそう言って徹をはぐらかした。どれくらい階段を登ったのだろう。階段の窓から外の景色が見えた。下を歩いている人物が小さく見える。

 階段が途切れた。前には木の扉があり可奈はその扉を開け中に入った。徹も中に入って確認をする。小さな部屋の壁に一本の短剣が飾られている。

「これが勇者の剣よ。徹、覚悟はできてる?」

「やはり、俺が勇者なのか?」

「ええ、多分……」

「多分ってなんだよ」

 可奈は喋りづらそうだった。可奈は小声でつぶやいた。

「――だから、勇者は……メイド……愛し…」

「は? 聞き取れない。もっと大きな声で喋ってくれ」

 可奈は大きな声で顔を真赤にして言った。

「――だから、勇者は、敏腕メイドが愛した人なの! それが勇者の唯一の設定なの!」

「敏腕メイドって?」

「私」

「勇者は?」

「多分、徹」

「告白なら以前にも聞いたけど……」

「あの時は徹のこと憧れてるって確かに言ったわ。でも好きと告白してない。状況も状況だったし……」

 徹から見える可奈は照れている。星空の下で踊った彼女とは明らかに違った。あの時の彼女は別れを決意していたからだった。徹はそう感じたからこそ彼女とともにこの世界に残った。

「可奈。照れてるの?」

「もういいでしょ。さっさとその剣を取ってよ。勇者の剣の啓示があれば私はあなたを愛してるってことだから」

「はい、わかりました」

 徹は右手を伸ばしその剣を握った。その瞬間剣が消えた。

「あれ?」

 徹には予想外だった。その剣が光輝きだすとか、力がみなぎるとか、そんなリアクションを予想をしていた。

「それが啓示なの」

 可奈が徹の左手を指さした。徹が左手に持っていた長剣がほのかに光っている。

「剣も短剣だったし、光も地味だね」

「徹のバカ!」

 可奈は鎧をつけた右手で徹の頬をつねった。

「痛い、痛い、ごめんなさい!」

 ある意味、滑稽な勇者の誕生であった。


 階段を降りるときの可奈は機嫌が悪かった。徹は恐る恐る彼女の前を歩く。階段の下で王様が待っていた。そわそわしている。徹に気がつくと駆け寄ってきた。

「階段を上がるのがおっくうでな。して、どうであった?」

 徹はライオンの王様に、ほのかに光る長剣を見せた。

「ほうほう、光っているな。そなたがやっぱり勇者だったのだな。しかし地味だな」

 徹は背筋に冷たいものを感じた。王様は可奈のそばに寄ってまたニヤケ顔で言った。

「可奈よ。やはり魔女退治は勇者の徹に任せて、そなたは予の側室にならんか?」

 とうとう可奈がキレた。王様のたてがみを引っ張って言った。

「なんですって、このスケベ王!」

「ごめん。可奈様、もう言いませんので許して……」

 やはりとんでもない勇者の誕生劇であった。

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