12)カナバとの戦い
徹がこの世界に召喚されて丸二週間が経過した。徹は剣術の練習場に来てすぐに剣を振り始め、今日の練習の準備運動をしている。そこへやって来たシャルル先生は新たな練習相手を連れて来ていた。
「ムッシュカナバ。お入りなさい」
カナバと名乗る人物は二本足で立つと二mもある大きな象のぬいぐるみであった。その巨体のため、兜はしていないが鎧を身につけた体では練習場の入り口に頭と肩が引っかかってしまった。仕方なく四つ這いになって、無理やり入口を通過した。その後彼は礼儀正しく徹に挨拶をした。
「私は、この城の歩兵連隊に所属しておりますカナバと申します。今日は勇者さまの修行のお相手が出来るとのことを、大変光栄に思っております。どうかご遠慮なさらず、勇者様の練習に役立てて下さいませ」
カナバは徹のことをこの国の民衆と同じように勇者だと思っている。またその言葉から彼自身自分の強さに自信を持っていることが伺える。徹も勇者でないことは彼に告げなかった。勇者であろうとなかろうと、魔女討伐に向かうことには代わりないのだから。
シャルル先生は壁に立てかけてあった二本の長剣を手に取り、それを徹とカナバに渡した。
「この長剣は、実際の戦いで使用するものと同じです。ただ安全のため刃は付いておりません。ムッシュ伊勢崎、貴方も鎧を着用しなさい。もし動きにくいのであればチェーンメイルでも結構です。露出した部分をカナバに叩かてると貴方なら大怪我しかねませんので十分注意してください」
シャルル先生はそう指示すると、部屋の隅の方にしりぞいた。徹は飾られている数体の鎧をみたが、彼の体型に合いそうなものがない。彼は先生の指示の通りチェーンメイルを着た。それでも動きにくいが、多少大きくても着用することができた。
徹は装備を整え、長剣を両手で握りしめて、ガバナの前に向かい合った。カナバが一言発する。
「では、参ります」
徹はうなずいたが声は出さなかった。クマ夫に屈辱的にやられて以降、彼は無言で戦いに挑む。じっと相手を観察しその様子を伺う。そして隙あれば攻撃を仕掛ける。
両者とも反時計回りにジリッ、ジリッと立ち位置を移動させる。カナバが右足に重心を移した瞬間、徹はステップ踏んで彼の懐に飛び込み、左脇腹に剣道で言うところの『胴』を決めた。しかし鎧をまとったカナバは体制を崩すことなく、徹の背後から水平に片手で剣を振るった。徹は振り返り、剣先の平らな方を右手の手のひらにあて、カナバの繰り出した剣を剣で受け止めた。しかしカナバの剣の力に押され後退りする。
――なんて力だ。まともにぶつかり合ったら、弾き飛ばされてしまう。
カナバの動くスピートはクマ夫のそれに及ばないが、力は圧倒的にカナバの方がまさった。徹が両手で扱う長剣をカナバは片手で振り回す。徹との腕力の差は歴然だった。シャルル先生の忠告は、言葉通りこの戦いの危険性を表していた。
徹は攻めあぐねた。うかつに攻撃を仕掛けても、反撃をまともに食らえば致命傷になりかねない。
今度は、カナバが仕掛けてくる。片手で剣を持ち振り上げながら徹へ突進をする。徹はそれを回避した。カナバは勢い余って、壁に激突する。飾られていた武器がバラバラを落ちた。板の壁は無情にもそこだけ割れへこんでしまった。
ガバナはそれにもめげず、何度も徹へ突進を繰り返す。徹は攻撃を避けることしか出来なかった。
――このままでは埒が明かない。さてどうするか……
徹はカナバの攻撃を避けながら思考を巡らす。そして導いた答えに従い徹はカナバの突進に自らぶつかっていった。
剣の交わる大きな金属音がした。そして一瞬、両者の動きが止まった。二人とも両手で剣を持ちお互いを剣で押し合っている。
「ムググゥー」
歯を食いしばる声が徹の口から漏れる。しかし徹は力負けしている。彼の両足は床を後ろ方向へ滑っていく。そして徹の長剣が今まさに己の使い手の肩に食い込もうとした瞬間、徹は体の力を抜いて体を左にずらした。カナバは支えを失って前につんのめりそうになるが、次の攻撃に備え徹の方へ体を向けた。しかし体制が不十分でぐらついたところに徹の攻撃を受けた。徹はしゃがみ込み右足を軸にコンパスで円を書くようにカナバの足を左足で払ったのだった。
カナバはたまらず後ろへ仰向けで転倒した。徹は彼の横に陣取り、長剣を彼の首元にかざした。その剣はキラリと光った。
「勝負ありました」
シャルル先生の一声が室内に響き渡った。その声に徹は剣を収めた。シャルル先生は手を叩きながら徹に近づく。
「お見事です。ムッシュ伊勢崎。私もそこまで出来るとは思いませんでした」
シャルル先生はまだ息の上がる徹を褒めた。しばらくして徹もうれしそうな顔をした。カナバも立ち上がり徹を賞賛した。
「私も驚きました。まだ練習を始めて二週間と聞き及んでおりましたので、ここまでの腕前とは存じ上げず大変失礼いたしました」
あとで聞いたところ、カナバは斧やハンマーの方が戦い慣れしているそうだった。そして彼は歩兵連隊の連隊長でもあった。通りで強いはずである。
その後も訓練を続けた。彼を倒すことはその後出来なかったが、徹は彼の攻撃に臆すこと無く、無事無傷で今日の練習を終えた。
徹は、日課となった温泉に浸かりながら思いにふけった。
「確かに、二週間でここまで戦えるようになるなんて……。やはりこの世界の設定なのかな。それとも……」
彼の脳裏にある言葉がよぎる。
――やはり俺は勇者なんだろうか。
これまで戦闘シーンを二回書きましたが、皆さんにうまく伝わっていますでしょうか?
ご感想をお聞かせいただくと嬉しいです。
よろしくお願いいたします。