11)街での珍しい買い物
それからクマ夫との二日間、実戦形式の練習が続いたが、実戦練習の初日より数えて四日目の午後にとうとうクマ夫が音を上げた。剣術に対して喧嘩殺法では限界があるとの理由だった。実際昨日は、徹とクマ夫の戦いで殴られる割合がクマ夫のほうが七:三で多かった。しかし、受けたダメージは筋肉痛を含め徹のほうが大きい。徹はそれを温泉と可奈の薬膳料理で補っていた。シャルル先生は「明日には新しいお相手を連れて来ますので」といって、午後から半日の間、休暇をくれた。徹は前回購入出来なかった服を探しに街へ行こうと考えクマ夫を誘った。
前回同様、お城の玄関ホールにいるステュワートに可奈の居場所を聞こうと思った。徹の膨れたポケットには彼から預かったお金が入っている。前回の可奈とのデートから戻ったとき彼にお金を返そうとしたが、「また街へ出かけられることもあるでしょうし、魔女討伐には色々と準備も必要ですから徹様がお持ちください」そう言って彼はそれを拒んでいた。
徹はスチワートに駆け寄り声を掛けた。
「ねえステュワート、可奈が何処にいるか知らないかい?」
「可奈様はテイラーさんの店に注文されたご洋服の仕上がり具合を聞きに、街へ出掛けられました。それからまた他にも用事があるご様子でした」
それは多分、徹の服の仕上がり具合のことであろう。徹はもう一つ質問をする。
「俺の体に合う服が売れているお店はないかな?」
「それでしたら、街の舶来品のお店にあるかも知れません。馬車にご案内させます。たた、今ほとんど出払っておりまして、少し我慢してください」
そういって、城の玄関を出て、徹とクマ夫を馬車の車庫まで連れていった。そこには四輪の荷物運搬用の馬車が置いてあった。幌は付いていなかった。
「ゴズ、ゴズはいないのか?」
「はい、ステュワートさん、あっしはここにいますぜ」
馬車の荷台の上から、ゴズと名乗る牛のぬいぐるみが目をこすりながら、首をもたげてみせた。スティワートはゴズが暇そうにしていることを確認し彼に依頼した。
「徹様とクマ夫様を街の舶来品の店までご案内してあげてくれないか」
「よろしいでっせ。昼寝するほど暇なんすから……あ――!」
ステュワートは振り向いて徹に頭を下げる。
「申し訳ございません。彼も働き者なのですが性格がのんびりしおりまして。それから、客車でなく荷物運搬用の車です。そこもお詫び申し上げます」
「いえいえ、そんなことはありません。送っていただけるだけで有難いです」
徹はステュワートの好意を心よく受け取った。
ゴズは和牛でも乳牛でもない。前半身の筋肉が発達し、角が横から水平に前に向かって伸びた猛牛のようであった。しかし性格はステュワートの言うとおりのんびり屋であった。
ゴズの出発の準備が整うとそれを報せた。
「旦那がた、出発しますんで後ろの座席に座ってくだせえ」
荷物用車両でもちゃんと操縦する席がついていた。重い荷物を運ぶ際、下り坂でスピードが出過ぎないように車両のブレーキがついていた。普段は二人一組で荷物を運搬するのである。ゴズは馬車よりもゆっくり歩いた。平坦な道が続く街中ではブレーキの活躍する場面は訪れなかった。
徹も居眠りをしそうになったがハタと気がつく。舶来品といってもこの国の他に国があるのだろうか。「そういえば、乳製品も輸入品だったと言っていたな」そう思い出した。
幾つもの馬車に抜かれはしたが、それでも目的地のは到着した。
「旦那がた、着きやしたぜ。用が終わったらあっしを起こしてくだせえまし」
そう言って二人を下ろした後、ゴズは後ろの荷物台に横になって眠ってしまった。
徹とクマ夫は『南蛮館』と看板に書かれた店に入っていった。そこにはこの世界にない地球の物で溢れかえっていた。店内はホームセンターの広さはある。パソコン、テレビ、ラジオ、テレビゲームまである。もちろん、電気の設備のないこの世界では無用の長物である。そうかと思えば、壺や掛け塾、彫刻などの美術品まである。年代も様々で、値段を見てもピンからキリまで様々だ。
クマ夫は珍しそうに店内を物色して回っている。徹は最初の目的通り古着売り場を探してみる。コルセットからフリースジャケットまで様々な洋服が置いてあった。その中から、体のサイズに合いそうな服を選ぶ。もちろん地球の現代的服装にこだわった。ツナギ、ジーパン、革ジャン、作業服、丈夫で上着になるようなものを選んだ。ついでに学生服も購入した。一旦服の代金を払った。中古品にしても恐ろしく安かった。もともとこの世界の人物の体型には合わないからだ。
徹が店員に聞いたところ、物珍しさから購入する人がいるらしい。美術品と抱き合わせで仕入れるから、これでも儲けが出るとの事だった。ちなみに電化製品も美術品の一種らしい。これらの商品は、やはり貿易の盛んな港町から運ばれたものだ。そしてこれらがこの世界で生産されたものなのか、発掘されたものなのかは不明だそうだ。もしかしたら、天から降ってきたものかもしれない。神様に聞いたほうが早いぞと店員はひやかした。たしかに可奈に聞いたほうが早そうだ。徹は苦笑する。
クマ夫は時計の売り場で商品を眺めていた。「これがほしいぞ」と徹におねだりをする。
「…………」徹は一見して高級な時計だと分かった。日本では何十万円の値段で売られている外国ブランドの時計だった。値札を見た。安かったから買ってやった。
クマ夫は喜んで腕につけた。時刻があっているか不明だが、どうも実用性のある物はかえって安いようだ。
――地球の物はこの世界では実用性がないのかも知れないな。
可奈にも何かおみやげを買ってやろうと思い、徹は店内を歩き回って可愛らしい携帯ストラップを見つけた。それはメイドのキャラクターのストラップだった。可奈にプレゼントするとクマ夫に告げると、もともと携帯ストラップであった彼は不満そうな顔をした。独占欲なのだろうか。
ふとその隣を見ると、太陽電池式の携帯電話の充電器が売られていた。徹は携帯電話のバッテリーが切れていたことを思い出して、徹は即買いした。
買い物が終わって、巾着袋のお金を確認したが、まだ半分ぐらいは残っている。それでも今日はこれで満足したのでゴズを起こしお城へ戻った。
夕食後、徹は可奈に買ってきた携帯メイドのストラップをプレゼントした。可奈は喜んだ。しかし、クマ夫が腕時計をしているのを見つけると、その表情は一変した。
「クマさんその時計どうしたの?」
クマ夫は正確に経緯を答える。
「徹に買ってもらったぞ」
「――えー、私もそんな時計が良かったのに」
可奈はその理由を説明し始めた。
「この世界は、地球と時間の進み具合は違うかも知れないけど、1年365日、1日24時間、1時間60分、1分60秒は同じなの。こっちの世界の時間が速くても、時計もそれに合わせて速く動くから結局同じ事になるのかな」
つまり、地球の時計もこちらの時刻に合わせれば使えるってことだった。値段が安いのは電池を交換できないから。使い捨てになるから安い。いつ止まるかわからない時計を買うなら、この世界にあるネジ巻き式の時計を買う。そんな理由だった。
――腕時計の電池は長持ちするんだけどなあ。
徹は自分の生まれた世界を思い出した。
「そういえば、俺は携帯のバッテリーが切れてたから、時間に無頓着だったからな」
徹は、携帯電話の太陽電池式充電器を購入したことを思い出して、それを取り出して可奈に見せた。鼻で笑われた。
「……この世界は圏外です」
徹はがっくり肩を落とした。それを見て可奈がフォローする。
「それでも使い道がないわけじゃないし。カメラ機能が付いてるでしょ?」
更に落ち込む。徹は写真に興味がなく、まったく使ったことがない。メカ音痴でもある。
「じゃあ、私にちょうだい。この世界の写真撮りまくるんだから。昔の取った写真も見たいし……」
結局、ストラップと充電器は可奈の所有物となった。