続・あめ玉イチゴ
僕と依千子の間には、ちょっとした合い言葉がある。
「依千子、苺のあめ頂戴」
それは《キス》を指す。
僕らの初めてのキスは、依千子がいつも持ち歩いてる苺のあめの味がしたから。
だから僕がそう言うと、依千子は顔を真っ赤にして
「ケースケの馬鹿っ!」
と怒るんだ。
走って逃げてく依千子の背中を見ながら、僕は苦笑する。
「また、馬鹿って言われた」
そう言えば、と思う。
僕は今まで依千子に一度も好きと言われた事がない。
代わりに、付き合うようになってからは《馬鹿!》って言われる回数が増えた。
僕と依千子は幼稚園からの幼なじみで、つい最近やっと彼氏彼女になったばかりだ。
依千子は僕が初めての彼氏らしいけど、僕は2人の女の子と付き合ったことがある。
でも、ことごとく振られてしまった。
一人目にはこう言って振られた。
「私は圭介の一番じゃないから」
二人目にはこう言って振られた。
「いつも私以外の子を見てる」
…依千子とはただの幼なじみで、兄弟みたいな物だと、何度も説明したけれど、理解してくれなかった。
「僕と依千子って他人からどう見えるのかな」
ペダルを漕ぎながら僕はため息を吐いた。
さすがに彼女が居る時はやらないけど、普段は家も近いしバスケ部の帰りはこうして依千子を後ろに乗せてる。
この頃の僕は、妹を送り届ける兄の気分でいたんだ。
だから、ドキドキなんて全然しなかった。
「知らない。ケースケの馬鹿」
僕の背にしがみつきながら、依千子はふてくされ気味の声を上げた。
「仲の良い女友達ってあり得ないのかなぁ」
呟くと、依千子は僕の背中に額を当てた。
「…どうした依千子」
いつもと様子が違う。
「大森君にコクられた」
ギッ。
僕は自転車を急停止させた。
勢いで前のめりになって転げ落ちそうになる。
大森は僕の親友だ。
「へ…へぇ。そうなんだ。大森がね。ふーん…」
突然の言葉に自分でも驚くくらいに動揺してしまった。
「…じゃあ、もう自転車で送るのはおしまいだな」
これが初めてじゃない。
僕が彼女持ちになった時は、別々に帰ってたんだ。
ばちぃーん!
不意に、僕の背中を依千子は思いっ切り叩いた。
「ケースケの馬鹿!もう知らない、大森君の方がずっとずっと優しいもんっ」
自転車から飛び降りて、依千子は走り出す。
「…痛いだろ。きっとモミジが出来てる」
僕の非難がましい言葉に振り返ることなく、依千子は赤い屋根の家に帰って行ってしまった。
さよならも言わずに別れた後で、僕は自分家に向かってペダルを踏んだ。
背中がヒリヒリ痛む。
…そっか。明日から別々か。今度は僕が一人で帰るんだな。
人の体温が急になくなってた背中は、風が抜けていき妙に寒々しいかった。
依千子は浮いた話の一つもなかったから、何となく誰かの物になるなんて考えたことも無かったんだ。
あの依千子が…。
大森と…。
胃袋の中がもやもやし始める。
我知らず、自転車のブレーキを掛けてた。
足は踏み出そうとしてるのに、手のひらはブレーキから離れない。
「あぁ、くそっ!」
自転車の進行方向を真逆に変えて、僕は力一杯にペダルを漕いでいった。
息を切らして赤い屋根をした家のインターホンを押した。
出たのは依千子だ。どこか不機嫌な声をしていた。
「はい」
「僕だ」
「ケースケ…何か用?」
あからさまに嫌がってる。
「話しがある」
「会いたくない」
「僕は会いたいんだ。今すぐに!」
半ば怒鳴るように言うと、依千子は躊躇いながらも
「わたかった」
と答えた。
しばらくして、玄関が開いた。まだ制服のままだ。
「何かあったの、ケースケ」
僕のただならない様子に依千子は不安そうに僕を見つめてくる。
「ごめん依千子」
言って僕は依千子を引き寄せ抱きしめた。
「な、な、な…!」
まともな言葉にならないまま、依千子は口をパクパクさせてる。
「ごめん。今、気が付いた」
「な、なにが?」
やっとの様子で依千子は尋ねてくる。
「僕は依千子が好きだったらしいんだ」
「!」
「大森なんかと付き合うなよ、僕の方がずっと大切にするから」
いっそ力を込めようとすると、ぐいっと胸を押し返された。
顔を真っ赤にした依千子が離れようとしてるからだ。
「ケースケの馬鹿!」
依千子は叫び、逃げ帰るように家の中へと引き返していく。
…玄関すら開けっ放しで。
僕はその場でしゃがみ込んでしまった。
立ち上がる気力はもう残ってない。
「あぁ、馬鹿な事をした」
思えば、僕らの関係はやっぱり幼なじみが一番良くて、それから一歩前にでてはいけなかったんじゃないかな。
振られた・振ったじゃあ、気まずくてもう自転車の背に乗せることも出来ない。
…完璧に嫌われたよな。
なんてタイミングで本当の気持ちに気づいたんだよ、僕は。
今まで二人の女の子と付き合ってたくせに、今更だよな。
「ケースケの馬鹿!」
再び依千子の声がしたかと思うと、視界が何かで遮られた。
「わっ!?」
ごわごわした、平たく長いものだ。
剥ぎ取ってみると、それは編み掛けのマフラーで、もう少しで夏になると言うのに季節外れも良いとこだ。
「悔しい…もう少しで完成だったのに!」
マフラーは深緑の森の色をしていた。
僕の好きな色だ。
その事を、幼なじみの依千子が知らないわけがないんだ。
だから僕はその意味はすぐに理解する。
「これ、僕にくれるの?」
依千子は物凄く悔しげに頷いた。
「完成してからあげるつもりだったのに…。ケースケズルい、何で先にコクっちゃうの!」
僕は舞い上がってしまいそうなくらい、喜びに包まれた。
僕は季節外れのマフラーを抱きしめた。
「あは。チョコの匂いがする」
「…バレンタインに間に合う予定だったんだもん」
「そんな前から?」
「悔しい、自分の気持ちに先に気付いたのに、ケースケに先越された!何だか負けた気分…ケースケの馬鹿ぁ!!」
感極まって、依千子は泣き出してしまった。
「依千子」
僕はたまらなく愛しく思えて、依千子を抱きしめた。
…両思いだったんだ。少しくらい、いいよな?
…そんな感じで僕らは付き合い始めた。
物の見事に、依千子は一言だって《好き》とは言わなかった。
昔から依千子は負けず嫌いだし、意地っ張りで、素直じゃないからね。
バスケ部が終わって駐輪場に向かう。
マネージャーの依千子は、僕のからかいにひどく照れて、部活中は目を合わせてくれなかった。
昇降口を出たのだって別々だった。
「…やっぱり居た」
僕は嬉しそうに顔を綻ばせた。
依千子は駐輪場の屋根の柱に寄りかかりながらうつむいてる。
「依千子」
名を呼ぶと、依千子はハッとなって顔を上げたけど、すぐに気まずそうに下を向く。
「ケースケ、あのね…」
何となく、依千子が謝ろうとしてるのが分かる。
キスを拒んだことを気にしてるみたいだ。
「わたし、ケースケの事…嫌いじゃないからね!」
意地っ張りなキミの精一杯な告白。
それでも謝らないところが依千子らしい。
僕は口を押さえて、吹き出したいのを必死にこらえた。
「な、何で笑うの!」
依千子は顔を真っ赤にして怒ったけれど、僕は肩を揺らし続けた。
「ケースケの馬鹿ぁ!また負けた気がするっ」
「ごめん。ごめん。じゃあ依千子、帰ろっか」
僕がそう言うと、依千子はようやく顔を上げて
「うん!」
と、とびきりの笑顔をくれるんだ。
自転車の後ろに乗った依千子は、いつものように僕のお腹に腕を回す。
背中に感じる微熱を帯びた依千子の額。
熱に浮かされて、僕の心臓は高鳴った。
「好きだよ依千子」
「…馬鹿」
しがみつく腕に力が込もる。
依千子の《馬鹿》は、僕には確かに《好きよ》と聞こえたよ。
■こんにちは、ゆーりっどです。調子に乗って第二段を書いてみました(^O^)/
■前回より長くなってしまいましたι
■きっとケースケの脳内では依千子が《馬鹿!》と言う度に《大好き!》と変換されていることでしょう。
■もし読み返すとしたら、ぜひ脳内変換してみて下さい。ケースケがいかに幸せ者か分かると思います(^^
■それでは読んで下さった方々、また、第一段目で続編を希望して下さった方々へ。心から感謝いたします☆有り難うございましたvV(=^▽^=)