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応募はこっそり

作者: 山中幸盛

 今年も幸盛は、六月十二日に名古屋ガーデンパレスで開催された中部ペンクラブ総会に出席した。今回は芥川賞作家平野啓一郎氏の講演が目玉の総会だった。(昨年は谷川俊太郎氏、一昨年は堀江敏幸氏、その前は諏訪哲史氏が目玉だった) 

 その中で、三田村博史会長が言わずもがなのことを口にした。自分が『ショートストーリーなごや』の選考委員の一人なものだから「中部ペンクラブ会員の方々も、どしどし応募してほしい」と檄を飛ばしたのだ。この恐るべき気まぐれ発言が「ショートショートの旗手」を自認する幸盛のプライドと闘争心に火を点けてしまった。

 幸か不幸か、応募の締め切りが九月末なので、仕事上もプライベートでも八月に書く余裕があった。そこで、北斗の原稿『第30話 計画実行』を早々に書き上げ、いざ『ショートストーリーなごや』の原稿に着手した。

 「名古屋を舞台とした作品であること」が条件なので、何をどう書こうか迷った末、モネの睡蓮を材料にすることに決めた。両親が離婚して祖父のもとに預けられている少年が、学校で問題を起こしてそのことを叱責されたことで、祖父が大事に育てていたモネの睡蓮を捨ててしまう。

 と、幸盛はここまで稿を進めたところで、ダメだ、暗すぎる、と白紙に戻してしまった。応募先は『ショートストーリーなごや』なのだ。軽妙で明るい内容にしなければならぬ。応募するからには、中部ペンクラブ会員であると同時に北斗同人でもある幸盛が、思い上がった脳天気なド素人に負けるわけにはいかない。賞金十万円の佳作では不足で、絶対に賞金五十万円の大賞をものにせねばならぬ。 

 と、煩悶懊悩していると、まるで「ポール・マッカートニーの頭の中に突然イエスタデイのメロディが天から降ってきた」かのごとく、アイディアがひらめいた。

 そして作品は完成した。自画自賛手前味噌ながら実に惚れ惚れする出来だった。冒頭で設定場所の宣伝に多くの行を割いてしまったが、それだって名古屋市がスポンサーなのだからゴマゴマすりすりの点数稼ぎだ。

 ショートショートはオチが重要なのだが、普通のオチでは大賞はもらえないので、読み終えた直後の余韻の中で人間の運命について考えるように工夫もした。表彰式にはネクタイをして行くべきかどうか迷いながら近所のコンビニからメール便で原稿を送ったのだった。 

 その過信が、ちょうど宝くじを買ってまるで二億円でも当たったかのように、賞金の五十万円で何を買おうかとあれこれ夢想させる。まずハイスペックなパソコンと最新式プリンターに買い換える。次にあこがれのドラム式洗濯乾燥機。そして加湿機能付き空気清浄機。これでまあ、五十万円くらいになるだろう。ああ、来年一月の発表が待ち遠しい。 

 しかし、万に一つ、何かの間違いで落選することもあり得る。だから北斗の月例会に行った際は、応募したことを同人仲間には黙っているつもりだった。ところがあまりにも作品の出来が良かったものだから、つい、幸盛の口からぽろっとこぼれ出てしまった。

「三田村会長が総会でハッパをかけるもんだから『ショートストーリーなごや』に応募してしまいましたよ」

 棚橋さんが笑顔で応じてくれた。

「山中さんの実力なら、大賞とっても不思議じゃないわね」

「いやあ、世の中それほど甘くはないですよ。運が良ければ最終選考くらいに残るかもしれませんが」

「五十万円もらったら、北斗に少し寄付してね」

「もちろんです、任せてください」

 幸盛の頭の中で、最新式プリンターが消えた。

 そして年が明け、わくわくドキドキの一月に入った。募集要項によれば、発表は「平成二十四年一月頃、受賞者に通知します」とある。「一月頃」で「受賞者に通知」とは、なんともはや曖昧な発表時期といらつく発表方法ではないか。一月も中旬が過ぎると、幸盛は今か今かと首を長くして吉報を待ち始めた。

 原稿に添えた「応募票」には住所と携帯電話の番号とパソコンのメールアドレスを記入した。だから、帰宅すると今日こそどうだとばかりに郵便受けを開いた。携帯電話を仕事中も肌身離さず持ち歩き自宅ではトイレや浴室にまで持ち込んだ。パソコンは付けっぱなしにして寝る前にダウンするまで十五分おきにメールをチェックし続けた。毎日毎日。

 ところが一月二十九日の北斗の月例会の日が来ても、まだ朗報は届いていなかった。しかし、「一月頃」なのだ、一月はまだ三日も残っているし「頃」なのだから何らかの事情で二月まで持ち越すことがあるかもしれない。いやもしかしたら、セブンイレブンからメール便で送った原稿が何らかのトラブルで届いていないのかもしれない。ああ……。

 月例会では、いつものように掲載作品の批評が進んでいく。三時頃に幸盛の携帯電話が鳴った。052で始まる見知らぬ番号なので、ついに来た、と胸を高鳴らせながら「ちょっと失礼」と言って会場の外に出た。しかし電話は単なる間違い電話だった。落胆して会場の襖を開けようとすると、棚橋さんのささやくような声が聞こえてきた。

「結果はとうに出ているのだから、どなたか早く、山中さんに引導を渡して差し上げなさいな」


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