待機所
ケータイの着信音が鳴る
「如月です」
「如月さん、仕事です」
アタシはあわててコタツから這い出す
車は部屋を出てすぐにやってきた
「どこ?」
運転手のタカハシは応えた
「駅前、です」
数分後、軽自動車は駅前のシティ・ホテルの前に横付けになった
「60分、部屋代込み16000円です。部屋は3015号室」
教えられた番号の部屋の前でノックする
無言でドアが開く
「ラブ・ベリーです」
部屋のドアをするりと抜け、アタシは入室する
そこには下着姿の中年の男が、決まり悪そうに立ちすくむ。
「如月麗華です。呼んでくださってありがとう」
そこですることは決まっている。大体分かるでしょう?
アタシはデリへル嬢。店に入店して1年
一日に5〜6人のお客がつくから、相手にしたのは1000人くらい?
延べ、で。
どうでもいいんだけど。そんなこと。
あなたはもっと違う話を望んでいるんでしょう?
具体的にどうゆうことをするのか
どういう男が店に来て、どういう要求をしてくるのか
面倒くさいから、はしょっていい?
あ、もちろん本番はしないわよ、だって自分の体、大事だもん
万札一枚上乗せで本番なんて安すぎる
あたしがするのはあくまでビジネス
お客様の癒し、ね。
そう考えると、医者も風俗嬢も大して違わないと思わない?
人の苦しみを軽減させるんだから
なんてね・・・仕事に意味を持たせたって仕方ないか
結局はしもねたになったちゃうんだから
ねえ、聞いてるの?
さっきからずっと考え事してるみたい
大体、あなたなんで女の子なんて呼んだのよ?
抜く気がないなら、わざわざお金はらって女の子呼ぶなんて
意味ないじゃない?
え?違うって?
何が違うのよ?
そんなんじゃないって?
なにがそんなんじゃないの?
意味わかんない、帰るね?
帰っていい?
お金はいいよ、もう
そうじゃないんだ、と僕は言った
そばにいてくれるだけでいいんだ
今は誰かにいてほしい
だれでもいい
できれば、やわらかくて暖かい体温の
女の子がいい
見てるだけでいい
話してくれるだけでいい
とても疲れているんだ
と、僕は言った
疲れてるの?
かなりね
なぜ?
なぜって・・・
説明はしたくないんだ
ただ疲れている
仕事疲れなの?
それもある
何の仕事?
医者
多いよ、お医者さん。女の子呼ぶ人
だろうね
なんで?
さあ?
適度に楽しませてくれてあとくされがないからでしょう
お金もあるしね
そうね
暇は無いけどね
そうね
人を、探しているんだ
誰を?
女の子
ラブ・ベリーで働いているって
メールが来たから来て見た
ほう・・・
アタシは興味を持った
左手に傷があるんだ
リストカットの跡だ
無数のケロイド状の傷が
蛇みたいにつけられてる
もしかして
そのこ、アタシ知っているかもしれない
本当?
うん、たしか源氏名がゆら
ゆら?
客の顔が少しゆがんだ
ひらがなで、ゆら
そうか
ゆらは一度、待機所で会ったことがある
去年の冬の雪の降る夕方
アタシはコタツでうつらうつらしていた
年の暮れの平日の昼間は客が一人もつかなかった
あと二週間でクリスマスだった
クリスマス、忘年会と続く年末は稼ぎ時
今、新規のお客様がつけば、その時期にまた
リピーターになってもらえる
だけどアタシはやる気ゼロだった
なにをやってもそう、
長続きしない
なのに、一年もこの仕事が出来たのは
奇跡というより、ぐうたらな自分でも
やるときはやるわよ、っていう気持ちの表れだったのかも
コタツでまるまって眠りをむさぼっていたアタシに
古いマンションの鉄のドアが、ぎしぎしと音をたてて
開く音が遠く響く
お疲れ様
ふすまが開いてそこに立っていたのがゆらだった
すらりと背が高く、ブランド物のコートを着て
高そうなバッグを持っている
アタシはお金が無くてこの商売始めたくらいだから
いつもバーゲンで買った安物のコートとバッグを持っていたから
ゆらの、モデル見たいない出たちには少しばかり羨望を覚える
ゆらはコートを脱ぐと作り付けの安っぽいベニヤ板の扉のたんすに
それをしまった
ふぅ・・・
ゆらはため息をつき、アタシの向かい側に座る
座布団をすすめると、彼女は薄くわらって
いらないわ、ありがと
と言った
ゆらはバッグからスタンドつきの手鏡を取り出す
鏡をコタツのテーブルの上に置き、タバコを抜き取る
ふぅ・・・・ため息とともにタバコに火をつけ
煙を吸い込む
ほんの先だけすうと、灰で汚れたガラスの灰皿にタバコを押し付ける
彼女はぼんやりとそれを見ている
だる・・・
けだるげに彼女は言った
だるぃね
寝たら?少し
アタシはそういって、コタツの中にもぐりこむ
寝る子は育つ
そう言ってゆらは笑う
笑う顔が雪の華のようにはかなげに見える
ゆらはほっそりとした顔立ちをしてる
瞳が黒くておおきい
漆黒の闇のような、草食動物のぬれた眼のような瞳
どこを見ているのか、焦点が合わない
ねえ
なんか、さみしくない?
ゆらの眼がそういっているような気がする
た・い・く・つ・・・
ゆらはケータイを取り出し、誰かとメールする
客とメールしているのかもしれない
友達かもしれない
あるいは、商売を隠して付き合っている恋人かもしれない
店長かもしれない
ゆらは売れっ子だ
いちど、待機所をあとにすると一晩は帰らない
何人あいてにしているのか分からない
あたしはせいぜい多くて5人
実労働5時間
ゆらはバッグから安全かみそりを出す
いいよね?
なにが?
切っても、いいよね?
何を?
手首きりたい
へえ、そんな趣味あるの?
趣味じゃなくて、退屈だから
切ると多分痛いと思う
そうだよね
痛いこと、スキ?マゾヒスト?
痛いこと、すきじゃないよ
じゃあ、やめときな
アタシは面倒くさくなって寝た
起きると、ゆらはいなくなっていた
呼ばれたんだ
今夜も朝明るくなるまで帰らない
アタシは暇なので、テレビゲームをはじめる
ケータイが鳴る
如月さん、仕事です
19時26分
外に出ると白い軽自動車が駐車場の隅に停車している
スイッチが入る
エロモード突入
車が走り出すのと同時にタバコに火をつけた
そう、ゆらと名乗っていたんだ
客は思い出したようにつぶやいた
ゆき、だったか、ゆいだったか思い出せなかった
でも、メール交換するくらいの仲だったんでしょ
いや、呼んだ事はあるけど一度も寝てない
うそだぁ
うそじゃない現にキミとだって行為はしてないじゃないか
確かに
じゃあ、何で呼ぶの?あたしたちを
気が休まるんだ
なんというか
言葉では説明がつかないんだけど
いろんなこと、強制してこないだろう、キミ達は
そりゃ、確かに。お客様に強制されることはあっても
アタシ達は何かを強いたりはしないわね
それがいいんだ
気がやすまるんだ
だったら、人形にでも話しかけてたらいいんじゃない?
いや、生身の女がいい
生身の女を前にしてやることやらないなんてどうかしてる
確かにね
客は笑った。白い歯が端正な口元からのぞいた
まじかで見るとそう悪くない イケメンというより
品があるってかんじ?年のころは30代半ば
ちょっと長めのヘアスタイルで髪の質は柔らかそうだ
こうゆう人、はげるんだよね
想像して笑ってみる苦笑
今、笑った?
笑ってないです
いや、笑ったよ、笑ったほうがいいね
客はそういって、アタシの髪をなぜた
いろんな人がいたけど、その客のことは覚えている
かなり珍しい。客としても男としても・・・
ゆらは客とホテルに入ったとき
風呂場で手首を切って仕事をやめたみたい
その話をもっと詳しく教えてほしいって?
いまはだめ、だるい
また今夜もよばれるから、暇なときにね