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黒い王冠の王都

 光の壁が砕け散った。


 その向こうに現れた景色を見て、リヴィアは言葉を失った。


「……エルディア……?」


 間違えるはずがない。


 高くそびえる王城。

 白い石造りの塔。

 王都を囲む城壁。

 中央広場にある大時計。


 どれも、リヴィアが知っているエルディア王国の王都だった。


 しかし――。


「何かがおかしい……」


 空が黒い。


 夜ではない。


 昼間のはずなのに、太陽の光がどこにもない。


 王都全体を覆うように、巨大な黒い雲が渦を巻いている。


 そして王城の上空。


 そこには、巨大な黒い王冠が浮かんでいた。


「……あれは何ですか?」


 セラが震える声で尋ねる。


 リヴィアにも分からない。


 ゲームの中に、こんな光景は存在しなかった。


 いや。


 正確には――。


「これは……私の知っているエルディアではありません」


 街を見下ろす。


 通りには人影がほとんどない。


 店は閉まり、窓には板が打ち付けられている。


 王都を守るはずの騎士たちも見当たらない。


 ただ、遠くから鐘の音だけが響いていた。


 ゴォォン……。


 低く、不気味な音。


 一度。


 二度。


 三度。


 そして――。


 四度目。


 ゴォォン……。


 リヴィアの顔から血の気が引いた。


「……第四の鐘」


 アルカディアで聞いたものと同じだった。


「まさか……」


 セラも同時に気づいたらしい。


「この場所も……繋がっている?」


 銀竜がゆっくりと地上へ降りる。


 足が地面に触れた瞬間、周囲の空気が変わった。


 冷たい。


 まるで王都そのものが息を潜めているようだった。


「降りましょう」


 ルシアンが先に地面へ降りる。


 そしてリヴィアへ手を差し出した。


「足元に気をつけて」


「……ありがとうございます」


 リヴィアはその手を取る。


 地面へ降りたあとも、彼の手が離れない。


「殿下?」


「何か?」


「手……」


「ああ」


 ルシアンは自分たちの手を見る。


「嫌ですか?」


「そ、そういう意味では……」


 リヴィアの頬が少し赤くなる。


「なら、このままで」


「……」


 こんな状況なのに。


 どうしてこの人は、こんなに自然に言えるのだろう。


 リヴィアは小さくため息をついた。


「……本当に、調子が狂います」


「それは光栄です」


「褒めていません」


「知っています」


 ルシアンが微笑む。


 その直後。


 王都の門の方から、金属音が響いた。


 カァン!


 剣が抜かれる音。


「止まれ!」


 複数の騎士が姿を現した。


 彼らは銀竜を見て、一斉に武器を構える。


「何者だ!」


「この王都は現在、王命により封鎖されている!」


 リヴィアは一歩前へ出る。


「私はリヴィア・アーデントです!」


 騎士たちの表情が変わった。


「……アーデント?」


「悪役令嬢……?」


 その言葉に、リヴィアの心臓が跳ねる。


 なぜ。


 どうして彼らが自分を知っている?


 騎士の一人が慌てて仲間に耳打ちした。


「報告しろ。あの女が戻ってきたと」


「誰に?」


 リヴィアが尋ねる。


 騎士は答えなかった。


 代わりに、門の奥から別の人物が現れる。


 白銀の鎧。


 赤いマント。


 そして――。


「……アルベルト殿下」


 リヴィアは息を呑んだ。


 金色の髪。


 赤い瞳。


 間違いない。


 ゲームの主要攻略対象。


 エルディア王国第一王子、アルベルト・レインハルト。


 彼はゆっくりとこちらへ歩いてきた。


 しかし。


 いつもの穏やかな王子としての姿とは違っていた。


 頬には小さな傷。


 白い手袋には血が滲んでいる。


 そして、その瞳には強い警戒心が宿っていた。


「……リヴィア」


 低い声だった。


「本当に、お前なのか?」


「はい」


 リヴィアは頷く。


「私はリヴィアです」


 アルベルトはしばらく彼女を見つめる。


 やがて、視線がルシアンへ移った。


「そして……ヴァロリアの第二王子」


「ルシアン・ヴァルクレストです」


 二人の王子が向かい合う。


 空気が張り詰める。


 リヴィアは思わず二人の間を見る。


 ゲームでは。


 この二人がこうして顔を合わせる場面などなかった。


 そもそもルシアンは――。


 存在しなかった。


「なぜ、ここにいる?」


 アルベルトが尋ねる。


 ルシアンは静かに答えた。


「それを説明するには、こちらも聞きたいことがあります」


「……何を?」


「なぜエルディア王都が、このような状態になっているのか」


 アルベルトの表情が険しくなる。


「……三日前からだ」


「三日前?」


 リヴィアが反応する。


「王都の地下から、巨大な魔力反応が発生した」


 アルベルトは王城を見る。


「同時に、黒い王冠が空に現れた」


 リヴィアの背筋に悪寒が走った。


「黒い王冠……」


「そうだ」


 アルベルトは続ける。


「その直後から、王都の一部の人間が奇妙な夢を見るようになった」


「夢……?」


「自分が別の人生を生きている夢だ」


 リヴィアの瞳が揺れる。


 別の人生。


 それはまるで――。


「可能性の世界……」


 セラが呟いた。


 アルベルトが彼女を見る。


「そちらの少女は?」


「セラです」


 セラが答える。


 アルベルトは警戒しながらも、それ以上は聞かなかった。


「そして、最も奇妙なのが――」


 アルベルトが王城の上空を指差す。


「黒い王冠が現れてから、王城の地下にある古い記録が勝手に開き始めた」


「記録……?」


 リヴィアの胸がざわつく。


「そこには何が?」


 アルベルトは答えた。


「名前だ」


「名前?」


「歴代の王族、貴族、騎士、魔術師……この国に関わった人間の名前が記されている」


 そこで彼は一度言葉を止めた。


「だが、昨日から新しい名前が一つずつ浮かび始めた」


 リヴィアは嫌な予感を覚える。


「……誰の名前ですか?」


 アルベルトは彼女を見つめる。


「まず、俺の名前」


「……」


「次に、カイル・エヴァンス」


「……!」


「セドリック・ローゼン」


 リヴィアの指先が震える。


「ノア・グランディス」


 そして――。


「エヴリン・ローゼン」


 リヴィアは息を呑んだ。


 ゲームの主要人物たち。


 攻略対象とヒロイン。


 まるで、ゲームの登場人物が一人ずつ現実へ書き込まれているようだった。


「そして最後に――」


 アルベルトが言葉を止める。


「リヴィア・アーデント」


「……私?」


 アルベルトは頷いた。


「だが、お前の名前だけは違った」


「どう違うんですか?」


「最初から書かれていた」


 その瞬間。


 王城の上空に浮かんでいた黒い王冠が、ゆっくりと回転した。


 ドクン。


 空気が震える。


 王都全体から、無数の魔力の線が伸びていく。


 その線が一本に集まり――。


 リヴィアの胸元へ向かって伸びた。


「リヴィア!」


 ルシアンが彼女を抱き寄せる。


 銀色の光が二人の前に展開され、黒い魔力を弾き飛ばした。


 轟音。


 地面が揺れる。


 リヴィアはルシアンの胸元に手を置いたまま、呆然とする。


 そして、王城の最上階から声が響いた。


『ようやく戻ってきたか』


 低い声。


 聞いたことのない声だった。


『物語から外れた悪役令嬢よ』


 リヴィアの身体が強張る。


『今度こそ――お前に最後の役割を与えよう』


 黒い王冠が輝いた。


 王城の上空に巨大な魔法陣が広がる。


 その中心に浮かび上がった文字。


『悪役令嬢・リヴィア』


『――物語を完成させよ』


 リヴィアはその文字を見つめた。


 そして、ゆっくりと拳を握る。


「……嫌です」


 小さな声だった。


 けれど。


 今度は、迷わなかった。


「私はもう、誰かに決められた役なんて演じません」


 ルシアンが隣に立つ。


 セラも杖を構える。


 アルベルトは剣を抜いた。


 四人の視線が、王城へ向けられる。


 黒い王冠が、不気味に輝いていた。

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