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王立セイレーン学院の異変

赤い光が、廊下の魔法石を次々と染めていく。


さっきまで賑やかだった学院が、一瞬で静まり返った。


「全員、その場から動かないでください!」


教師たちが学生を誘導していく。


けれど、誰も状況を理解できていない。


「何が起きているの?」


隣にいるエヴリンが、不安そうに私の袖を掴んだ。


「分からないわ」


私も同じだった。


ゲームでは、入学式の日にこんな事件は起きなかった。


本来なら、入学式を終えた後、クラスへ移動する。


そこでアルベルトたち攻略対象と顔を合わせ、エヴリンとの交流が始まる。


それだけだった。


「なのに……」


私は赤く点滅する魔法石を見つめた。


「どうして?」


「リヴィア嬢」


ルシアンが低い声で呼んだ。


「こちらへ」


彼は私たちを壁際へ移動させた。


「エヴリン嬢も、こちらに」


「はい」


ルシアンは周囲を確認する。


その表情には、いつもの余裕がない。


「学院の結界が不安定になっています」


「結界が?」


「外部から何者かが干渉しています」


「犯人がいるということですか?」


私が尋ねる。


「可能性は高いでしょう」


その時。


――ドンッ!


校舎の奥から、大きな音が響いた。


学生たちから悲鳴が上がる。


「今の音は……?」


「魔法実習棟の方向です!」


教師の一人が叫んだ。


ルシアンがすぐに動く。


「教師の皆さん、生徒を安全な場所へ避難させてください」


「ですが、殿下は?」


「私は原因を確認します」


「危険です!」


「だからこそ行きます」


私は彼の腕を掴んだ。


「待ってください!」


ルシアンが振り返る。


「リヴィア嬢?」


「一人で行かないでください」


自分でも驚いた。


言った瞬間、顔が熱くなる。


「……いえ、その……」


ルシアンは私を見つめた。


そして、優しく笑った。


「心配してくれているんですね」


「そういう意味では……!」


「分かっています」


彼は私の手をそっと離した。


「ですが、今度は無茶をしません」


「本当ですか?」


「約束します」


そう言って、彼は魔法実習棟へ向かった。


「……ルシアン」


私はその背中を見送った。


「リヴィアさん」


エヴリンが声をかける。


「大丈夫です」


私はそう答えた。


でも。


本当は、全然大丈夫ではなかった。


* * *


ルシアンが去った後。


教師たちは生徒を中庭へ誘導し始めた。


私はエヴリンと一緒に移動する。


しかし、途中で違和感に気づいた。


「……待って」


「どうしました?」


私は廊下の壁を見る。


魔法石の赤い光。


そのすぐ下に、小さな傷がついていた。


「これ……」


私は近づいて確認する。


壁に刻まれている。


あの紋章。


黒い円と銀色の線。


「……また」


毒事件の時に見つかった紋章。


魔獣を誘導した術者が持っていた紋章。


それが、学院にもある。


「リヴィアさん?」


「エヴリン、先生を呼んで」


「分かりました!」


エヴリンが走っていく。


私は紋章を見つめた。


誰かが学院へ侵入している。


それは間違いない。


そして、なぜ学院なのか。


「……我々が探しているものがある」


第18話で聞いた言葉を思い出す。


あの謎の男は言っていた。


『王立セイレーン学院へ向かえ』


『あそこには、我々が探しているものがある』


「探しているもの……?」


その瞬間。


背後から足音が聞こえた。


私は振り返った。


誰もいない。


廊下の先に、長い影だけが伸びている。


「…………」


私は息を殺した。


すると。


影の向こうから、一人の人物が現れた。


黒い外套。


顔を隠すフード。


「あなた……」


男は私を見る。


そして、驚いたように立ち止まった。


「……悪役令嬢」


「!」


どうして。


なぜ私を知っている?


「あなた、誰?」


私は後ずさる。


男は何も答えない。


ただ、懐から小さな魔道具を取り出した。


青白い光が走る。


「危ない!」


突然、横から誰かが私を引っ張った。


「きゃっ!」


私はよろめく。


次の瞬間。


魔法弾が、私のいた場所を通り過ぎた。


壁が砕ける。


「リヴィア!」


聞き慣れた声。


「殿下!」


ルシアンが私の前に立っていた。


右手には剣。


その刃には青い魔力が纏っている。


「怪我は?」


「ありません」


「本当に?」


「はい!」


「良かった」


ルシアンは男を睨んだ。


「お前が、王都の事件に関わっているのか?」


男は後退する。


「……第二王子」


「逃がすと思うか?」


ルシアンが剣を構えた。


男が魔道具を掲げる。


瞬間。


床に魔法陣が広がった。


「転移魔法!」


ルシアンが叫ぶ。


「止めろ!」


しかし、間に合わない。


男の姿が光に包まれる。


消える直前。


男は私を見た。


「学院の地下で待っている」


「……地下?」


次の瞬間、男は消えた。


静寂が戻る。


私は呆然と立っていた。


「学院の地下……」


ルシアンが剣を収める。


「リヴィア嬢」


「はい?」


「今の男に見覚えは?」


「ありません」


「本当に?」


「はい」


私は首を振った。


「でも……」


「何です?」


「彼は私を『悪役令嬢』と呼びました」


ルシアンの表情が変わる。


「悪役令嬢……?」


「はい」


その言葉を聞いた瞬間。


私は背筋が寒くなった。


それは、この世界では普通に使われる言葉なのだろうか。


それとも――。


私がゲームの中で与えられていた役割を、あの男は知っている?


「……殿下」


「はい」


「私、少し怖いです」


ルシアンは黙って私を見る。


そして、ゆっくりと私の前に立った。


「大丈夫です」


「でも……」


「私がいます」


その言葉に、胸が熱くなる。


「あなたには、絶対に何もさせません」


「…………」


私は何も言えなかった。


ただ、彼の言葉を信じたかった。


その時。


「リヴィアさん!」


エヴリンが戻ってきた。


教師たちも一緒だ。


「どうしたんですか?」


「犯人がいました」


私が答える。


「でも、逃げられました」


教師が驚いた顔をする。


「一体どこへ?」


ルシアンが答える。


「学院の地下です」


その言葉に、教師の表情が凍りついた。


「……地下?」


「何か問題がありますか?」


ルシアンが尋ねる。


教師はしばらく黙っていた。


そして、震える声で答えた。


「王立セイレーン学院には……」


「はい」


「学生には公開されていない地下区画があります」


「地下区画?」


私は息を呑んだ。


ゲームには、そんな場所は存在しなかった。


また一つ。


私の知らない世界が現れた。


そして私はまだ知らない。


その地下に眠っているものこそが――。


この世界と『薔薇と運命の王冠』の違いを解き明かす、最初の手掛かりになることを。

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