『内側にいる用心棒』
それは、ある日ふと気づいた違和感から始まった。
「……なんで、こんなこと考えてるんだろうな」
男は、ショッピングモールの通路を歩きながら、頭の中に浮かんだ光景を振り払おうとした。
もし、ここに危険な人間が現れたら。
もし、刃物を持っていたら。
もし、家族が一緒だったら。
どう動くか。
どう守るか。
気づけば、かなり具体的にシミュレーションしている自分がいた。
それも――
少しやりすぎなくらいに。
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「……またか」
男は小さく息を吐いた。
この感覚には覚えがある。
理不尽。恐怖。怒り。
昔、何度も味わったもの。
そのたびに思っていた。
「次は絶対にやられない」
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その結果、いつの間にか自分の中に“もう一人”がいた。
強くて、容赦がなくて、徹底的にやり返す存在。
最初は、それが怖かった。
「なんでこんなこと考えるんだ」
「やばい人間なんじゃないか」
そう思っていた。
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でも、ある日ふと気づいた。
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「……違うな」
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その存在は、敵じゃなかった。
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「お前、守ろうとしてるのか」
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頭の中で、静かに言葉をかける。
返事はない。
でも、確かに“そこにいる”。
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思い返せば、いつもそうだった。
疲れている時。
気が張っている時。
家族と一緒にいる時。
決まって、その“用心棒”は現れる。
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危険を想定し、最悪を考え、先回りして動こうとする。
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「……そりゃ、そうか」
男は少しだけ笑った。
「守りたいもんな」
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その瞬間。
今まで荒れていた何かが、少しだけ静まった気がした。
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「でもさ」
男は続ける。
「やりすぎなんだよ」
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頭の中で、さっきのシミュレーションを思い出す。
徹底的に叩きのめす。
逃がさない。
完全に制圧する。
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「それ、勝ちにいってるだろ」
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しばらく沈黙が流れる。
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「違うんだよな」
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男は、ゆっくりと言葉を選んだ。
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「俺がやりたいのは、勝つことじゃない」
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少し間を置いて、はっきりと言う。
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「守ることだ」
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その言葉は、今までで一番しっくりきた。
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守るとは何か。
倒すことじゃない。
制圧することでもない。
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「生き残ることだろ」
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その瞬間。
頭の中の“用心棒”が、初めて納得したように静まった。
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「そうか」
男は小さく頷く。
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「お前の仕事、変えるわ」
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今までの役割はこうだった。
敵を倒すこと。
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でもこれからは違う。
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危険を察知する。
距離を取る。
逃がす。
時間を稼ぐ。
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「それだけでいい」
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静かに言い聞かせる。
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「守るだけでいい。勝ちにいかなくていい」
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すると、不思議なことが起きた。
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今まで暴れていたはずの存在が、まるで役割を理解したかのように落ち着いた。
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「……分かってたんだな」
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男は少しだけ安心した。
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今まで怖かったものは、
ただの“暴力的な衝動”じゃなかった。
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守ろうとしていただけだった。
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そして、自分はそれを
扱えていなかっただけだった。
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「これなら、大丈夫だな」
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男は前を向いた。
視界が少し広くなっていることに気づく。
周りが見える。
余裕がある。
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安心している。
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それは、何かが消えたからじゃない。
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「ちゃんと扱えるようになったからだ」
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そう呟いて、男は歩き出した。
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その日から。
彼の中の“用心棒”は消えなかった。
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ただし――
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もう、暴れることはなくなった。
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必要な時にだけ、静かに働く。
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それはもう、恐れるものではなく。
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共に生きる存在だった。




