勇者の帰還①
「ここは……?」
「森……だな。」
妖精の魔法によって場所を移動した一同であった。が、先刻の妖精の忠告通り、街まで戻られるどころか真面に移動出来る程のMPは残っていなかったらしい。勇者も想定よりもかなり手前の地点であろうことは周りの空気感や植生などから判断出来る。しかし、厳密にどの地点なのか等は認識しかねて途方に暮れていた。
「えっと、あそこに魔王城が見えるから……オオヨロギの杜ですね。ピクシーがたくさん出てきた場所です。」
「では安心ですわね。妖精様さえいれば。」
「そうですね!」
妖精はやはり流石の知識量である。勇者達が困惑している間に状況把握を終わらせてしまったらしい。それにピクシーの出現地ということは、そこまで消耗することもないであろう。踊り子や妖精も同じように考えたらしく、ほっと胸を撫で下ろしたように歩き出していた。
……のだが、若干一名歩みを止めたままの人物がいた。振り返ってみると、納得のいかない顔をして考え込んでいる。
と、こちらの視線に気が付いたのか、思案顔のままこちらを見据え、彼女にしては珍しく真面目な顔で口を開いた。
「ぴくしー?ってなんだ?」
「そっか、前に来たときは君はまだ居なかったのか。」
あまりにも当然のように行動を共にしていたから完全に忘れていた。彼女は魔王城が見えるこの場所よりもさらに魔王城に近い地域で出会った仲間なのだ。だから前回のこの場所での経験など何も知らなくて当然である。さらに、彼女の出身地から推測するにピクシーの存在を知らなくたって不思議ではない。
「ピクシーというのは、小さな妖精さんですわ。悪戯っ子で、普段は私たちには姿が見えませんの。」
一歩たりとも動くまいとしているダンサーをみて、踊り子が手早く解説を入れる。流石は魔法世界の上流階級出身者である。魔物に対する知識はさることながら、簡潔に説明する能力にも長けているとは。
……まあ若干の主観が混じっていたような気もするのだが。
「妖精……ってことはお前の仲間なのか?」
「仲間……とも言い難いですが、彼らはボクには攻撃出来ないんですよ。」
ダンサーの更なる疑問には、妖精が答える。のだが、珍しく曖昧な返答の仕方である。いつもの彼ならばその上下関係(?)の仕組みについて事細かに説明しそうなものなのだが。何か複雑な事情があるのかもしれない。もしくは、我々人間には理解しがたい何かがあるのかもしれない。
そんな妖精の様子にも気が付く様子のないダンサーは間髪入れずにさらに言葉を紡ぐ。
「つまりお前のほうが格上ってことか!意外だな!」
「格上って……そんなんじゃないですよ。……って!意外だなんて失礼な!」
「まぁ!むくれた妖精様も可愛らしいですわ!」
始まってしまった。彼女にはこういう節がある。これまでの旅の道程でもそうだったが、彼女の可愛いもの好きは時折大暴走をする。そして、その大半は妖精に対して発動する。
勇者に言わせてみれば妖精のその風体は凡そ「可愛い」とは思えないものである。薄汚れているとか、清潔感がないとかそういうわけではないのだが。それでも、彼は立派に成熟した妖精である。
勿論人間と比べると多少小さくはあるものの、御伽話に出てくるような妖精だというわけでもない。
「私は未だにお前のかわいいの基準がわからん……」
珍しくこれに関しては全面的にダンサーに同意である。
彼女にとっての「可愛いもの」の基準はとても低いように感じる。彼女に言わせてみれば大変厳正なる判断基準によって判別されているそうだが、かなり高頻度で「かわいらしい」と仰せである。これも彼女曰く、「一時よりはいくらかマシになった方」ではあるそうなのだが。いやはや……。
「妖精様は可愛らしいですもの!たとえ呪いの力で筋肉マッチョになろうとも、小父様姿になろうとも、わたくしは可愛がり続ける自信がありますわ!」
そら見たことか。やはり可愛いの基準値がガッバガバじゃねーか。
とは口が裂けても言えないが、少し興味が湧いてきた。彼女の可愛いの基準値はいったいどれほど「高い」のか。そう思って勇者は口を開く
「もし……もし、おじいさま姿になったら?」
「まあ!素敵ですわ!是非ともふくよかでお髭をたっぷり蓄えたおじい様姿であってほしいものですわね!」
「嫌です!折角なら、大きくて逞しくて格好いい姿になりたいです!」
そこじゃねぇだろ!という言葉が喉元まで出かかったがすんでのところで思い留まり、飲み込む。
代わりの言葉を探し、口を開いた。
「そもそも、呪いにかからないでくれよ?」
「それは問題ありません!ボクに知らない呪い等ありませんから!」
「あ~あ、今フラグが立っちゃった。」
何故このパーティーはこれほどまでにフラグ建設が得意なのだろうか。一種の才能すら感じるのだが。
特に妖精。なんど彼のフラグによって厳しい戦況に立たされたことか。魔王は討伐したことだし、もうフラグを回収しなければいいのだが。きっと今後も小さなフラグを立てては回収し続けるのだろうなぁ、と辟易しながら異議申し立てをしてみる。
「これで妖精が呪われたら、お前のせいだからな?踊り子。」
「なんでわたくしですの!ダンサー様!今の流れは絶対に妖精様に矛先が向く流れでしたのに!」
「踊り子さん、どんまいです。」
「酷いですわ!」
いつも通りの会話、いつも通りのノリに安心感を覚えつつ、パーティー一同は歩みを進めていた。
1時間ほど歩いた頃だろうか?ダンサーが周りを訝し気に見渡しながら口を開いた。
「ところで、このあたりは魔物は出ないのか?その……ぴ、ぴ、ぴくちゃー?以外に。」
「ピクシーだね。どうだろう。前にここを通ったときはそんなに苦戦しなかったと思うけれど。」
とはいえ、確かに言われてみれば不思議なものである。ここまで一度も戦闘には陥っていないのだ。魔王が討伐されたからと言って、モンスターたちはそんなにすぐにおとなしくなるようなものではない。むしろ王者が居なくなることによって狂暴化する魔物すら存在するのだ。
「そうですね。本当はフェアリーとかミニゴブリンなんかも出るんですけど……」
「なんで出てこないんだよ。」
「だって、ボクたち魔王討伐パーティーですよ?そんなの戦ったって敵うハズないんですから。だから隠れているんですよ。」
「そもそも彼らは好戦的な魔物というわけではありませんものね。悪戯っ子といった風ですごく可愛らしいんですのよ。」
踊り子の「モンスターが可愛い」発言は一旦スルーするとして。そうか、魔王討伐パーティーか。改めて言われると嬉しくも気恥ずかしいものである。僕が、僕たちが魔王を討伐した。勇者はその事実を今初めて実感した気がして、自然と足取りが軽くなる。
のだが、ふと横を見ると真逆の行動をしている人物がいた。
「なぁんだ。つまんないなぁ。」
「……ダンサーさん、もしかして飽きました?」
「あぁ。知らない敵と戦えると思ってわくわくしていたからな。」
「どっちがモンスターなんだか。」
「まあ、ダンサーさんは火山地域の出身ですからね。」
「それがどうした。」
「火山の近くには他の地域に比べて獰猛なモンスターがたくさんしているといわれているんです!」
あ、まずい。
妖精の解説魂に火が付きかけている……というかもう既についていそうだが、そんなことがどうでもよくなるようなまずさがある。
きっと彼はこの後「だから戦いに慣れている」というような文章を続けるのだろうが、その言い方だとまるで……
「まぁ!ではやはり貴方は魔物の類でしたのね!」
まあ、そういう風に聞こえるよね。
そしてこうなればこの先の未来は容易に想像がつく。
「ほう?そんなにお望みなら襲ってやろうか?」
「やめてくださいまし。わたくしのこの華奢な身体は、貴方の手にかかれば一溜まりも御座いませんわ。」
「なら煽ることを止めた方がいい。ついうっかり私の手が滑ってしまう前にな。」
やっぱりこうなる。こうなってしまった彼女たちを止めるのは本当に骨が折れる仕事だ。よくもまあ毎度毎度こう新鮮に諍いを起こせるものだ。と、呆れつつ間に割って入ろうとしたのだけれど、その必要はなかった。なぜか二人の顔つきが険しくなったのだ。
「あら?空気が少し変わりましたわ。」
「言われてみれば確かに?なんだろう。少し重い気がする。」
そういう間にも周りの景色は先程とは様相を呈していた。少しずつ、しかし確実に暗くなり、暗雲の立ち込めたような重い空気があたりを包む。
「踊り子。僕たち全員の防御力をあげておいて。」
「ええ。”月影の舞”。」
彼女が舞を始めると同時にパーティーメンバーが月明かりに照らされたように仄かに光りだす。光が収束し始め、刹那の瞬きと同時に効果の付随を知らせる独特の音が鳴り響く。
と同時に、辺り一面を地響きが包む。どの方向からかも認識が出来ないような強風に煽られ、一同は大きく体勢を崩す。間髪入れずに打撃音が聞こえ、勇者たちは何処からともなく起こった攻撃によって地面に叩きつけられた。
「うっ……こいつは……トロール⁉」
「どうしてこんなところに……」
前回通ったときには出会わなかったモンスターに、驚きを隠しきれず初動が遅れた。それに、モンスターは自分たちのことを恐れて襲ってこないはずだという怠慢もあった。なんとかして態勢を立て直さなくては、ここで全員倒れてしまう。
しかし、この状況にですら打ちひしがれず、寧ろ好条件だとばかりに浮足立つ者がいた。
「なんだこいつ!でけぇし強そうだな!わくわくして来た!」
「ま、待て!猪みたいに突っ込むんじゃない!」
「こっち向きやがれ!”アップロック”!!」
「そ、そんなことしたら!!」
ダンサーは詠唱とともに挑発技である”アップロック”を「披露」する。
”アップロック”を受けたトロールは、目の前に倒れこむ勇者たちには目もくれず、少し離れたところで踊り続けるダンサーの下へ咆哮を上げながら一目散に向かっていった。
「今のうちに攻撃しやがれ!こいつは今私しかみえてねぇ!」
「お、おう!”終焉の光”!」
勇者が剣を振るうと同時に、青白い光があたりを包む。一瞬の後、辺りに斬撃音が走り、先刻まで目の前にあった巨体は塵となって姿を消していた。
「……やったか?」
「……はい。魔力反応はありません。討伐成功です。」
「驚きましたわ。まさか急にトロールが出るだなんて思いませんもの。」
「そうだな。このあたりには好戦的な魔物は出ないんじゃなかったのか?」
「ええ……。もしかしたらボスの討伐によって、モンスターたちが混乱しているのかもしれません。トロールもここまで弱くはないですし……。ところでその……いつ終わりますか?」
「あと20秒だ。」
妖精の視線の先には、踊り続けているダンサーの姿があった。
というのも、彼女は先程の挑発技”アップロック”を発動してからこの瞬間までずっと踊り続けているのだ。
「……先に行っておくから、走って追いついてきてくれ。」
「待ってくれ!私も一緒に連れてって!」
「……踊りながら歩けばいいのではなくって?」
「そうか、その手があったか!」
珍しく踊り子の助言に素直に従い、器用に踊りながら勇者たちについてくるダンサー。
とはいえ、踊りながらであるためその進み具合には限度というものがある。
勇者も本気で置いて行くつもりなどなく、彼女の進み具合を確認しながら歩いている。そのためなかなか前に進めない。
「まったく、その癖、どうにかなりませんこと?」
「癖じゃねぇ!ここまでで技なんだよ!」
「敵のヘイトが一気に君に集まるから使いどころは多いんだけどねぇ。
「如何せん、副作用がこれですからねぇ。」
「40秒だっけ?長いねぇ。」
何故ダンサーが踊りながら歩く羽目になっているのか。それは先程の挑発技”アップロック”の副作用が関連している。
この技は発動すると敵の攻撃対象を技の発動者一人に絞ることができる、前衛職にはとても効果の高い技である。しかし、一回発動するごとに40秒間踊り続けなくてはならない、という副作用があるのだ。
ダンサー曰く「動かないように体中の筋肉を硬直させても踊らずにはいられなくなる」「逆に力を抜いてもそういう類のダンススタイルになるだけで結局踊ってしまう」らしく、自分の意志ではどうしようもないのだそうだ。
敵の意識からダンサー以外の姿が認識されなくなるため制限さえなければ何度でも使いたいのだが、一度使ってしまうと40秒間もダンサーが使い物にならなくなるので、使いどころが難しい技の一つである。
「なんかいい感じにこれを無力化できる魔法とかないの?」
「そんなものありましたらとっくの疾うに使っておりますわ。……ですが、強いて言えば”悠刻の舞”が有効でしょうか?」
「ゆうこく……?」
「ええ。その名の通り、悠々とした時間を過ごせる舞ですわ。我々は時間を永遠のように。しかし敵は一瞬のように感じますの。ただ、そう感じるというだけで実際に時間が短縮されるわけではありませんから……。」
なるほど、使う相手によっては……たとえば俊敏に動くトカゲ系統のモンスターなんかにはかなり有効な技だ。しかし、今回のこれは体感時間の問題ではなく物理的な時間の短縮の話である。試してみる価値はなくはないが、きっと効果は薄いものであろう。
「妖精は、そういう魔法ないのか?」
「そうですね……。いや、あるにはあるんですが……」
「まじか!どんなやつだ?」
「仲間が連続で技を出せるようになる呪文はあるんです。でも、その代わりにボクが動けなくなるんですよ。」
「なら問題ないな。今後は戦闘開始と同時にその魔法をかけてくれ。」
「えぇええ⁉本気で言ってますか?それ。」
「仕方ないだろう?そうするしか方法はないんだから。」
「絶対嘘ですよそれ!他にも方法はあります!多分……」
「まあ、一旦やるだけやってみよう!ね?」
「もう、どうなっても知りませんからね……」
一抹の不安は残るものの、一旦ダンサーの特技の副作用への対処法が見つかり、一安心してまた歩みを進め始める勇者。それに続くようにダンサー、踊り子も歩き出す。そんな中、ただ一人妖精だけが暗い顔をして後ろを歩いていくのだった……。
第2話!ご精読いただきありがとうございます!
改めて読んでみると2場面びっくりするくらい長いですね。
雑談多めなのでどうしてもこの場面すっごく長くなっちゃうんですよね。要約すると多分どの場面も長さ一緒やしセーフってことにさせてください。
長すぎるなって思って途中で区切ることにしたから勇者の帰還②はめっちゃ短くなっちゃうかもです。ぺろてへ(≧_≦;)




