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腐女子剣聖、騎士団で推し活始めました。  作者: 三上折紙


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アルバラード x PTSD

「剣聖が来る……か」


 数日前、神の啓示でこの国に『剣聖』が現れると言う噂が広がった。

 王家のトップや教会関係者でもごく一部しか知らない話しの筈が、既に大勢が知る事実になっている。

 近衛騎士であるアルバラードからすれば、その話しが漏れた先を考えると頭が痛い問題なのだが、今はそれよりももっと頭を悩ませる問題が起こっていた。


「カイルが近衛騎士に上がってくるのか」


 カイルというのは、アルバラードの幼馴染で田舎の村で一緒に育ち一時は弟のように接していた相手だった。

 それが、ある事件をキッカケに疎遠になりアルバラードが先に村を出た事でもう随分と長い間会っていない。


 カイルが騎士団に入った事は知っていた。

 去年の入団試験で、回復魔法の使い手で剣の腕もそこそこの男が入ったと聞いて仲間に連れられて見に行くとそこにカイルがいたのだ。


 アルバラードは徹底的にカイルに近寄る事を避けた。

 カイルの顔を見ると、あの日の事を思い出すからだ。


 村を出てからやっと夢にみる事も少なくなっていたのが、ここ最近はまた夢を見るようにもなった。


 火の手が上がり真っ赤に燃える村、そこに立っているのは若い頃の自分。

 瀕死で横たわるカイルに、ピクリとも動かない父親。

 アルバラードの耳には、父親の最後の言葉「まもってやれ」がずっと繰り返されていた。


 起きていても、自分の手が血まみれになる幻覚が見える。

 実際には何も付いてないと分かっているのだが、必死に手を擦ったり洗っても全然消えてくれないのだ。

 

 訓練中に剣を打ち合う金属音を聞くと、剣を持つ手が震えだして握力が抜け、何度も剣を落とした。

 仲間が訓練中に怪我をしたと聞くと、全身が冷たくなり立っていられなくなる。

 吐き気がして胃液が逆流し、吐いてしまう事もあった。

 

 ある日、訓練日のスケジュールには気を付けていた筈がそこにカイルがいた。

 無邪気にアルバラードを見つけて笑顔を向けるカイル。


 アルバラードは思わず逃げ出した。

 訓練場の端、誰もいない物置の陰。

 アルバラードは壁に背中を押し付け、膝から崩れ落ちていた。

 金髪は汗で額に張り付き、普段は鋭い青い瞳が完全に焦点を失っている。

 呼吸はゼェゼェと犬のようで、肩が小刻みに痙攣している。

 

「……血が……止まらない……」

 震える手で自分の腕を掴み、爪を立てて掻きむしる。

 白い訓練服の袖がみるみる赤く染まっていく。

 

「父さん……ごめん……カイルを……カイルを……!」

 声が裏返り、嗚咽が漏れる。

 

 地面に額を擦りつけるようにして、「俺が弱いから……また死なせる……絶対死なせる……!」

 

 叫びながら、自分の頭を地面に打ち付ける鈍い音が響く。

 

 追いかけてきたカイルが駆け寄ろうとするが、アルバラードはそれを振り払う。

 

「触るな……! お前が死ぬ……俺のせいで……!」

 涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにしながら、這うようにして後ずさる。


 そんなアルバラードを、泣きながらそっと抱きしめるカイル。

 

 その時、物音に気づいたアルバラードが顔を上げる。

 ──そこに、『剣聖(幻)』が立っていた。

 

 一瞬、アルバラードの瞳孔が異様に開く。

 

「……お前……また……カイルを……!」

 

 震える指で『剣聖』を指し、「消えろ……消えろ……! お前がいるから……カイルが死ぬんだ……!」

 

 叫びながら、這い上がって『剣聖』に掴みかかろうとするが、力尽きてその場に崩れ落ちる。

 

 最後に、掠れた声で。

 

「……頼む……もう……見たくない……」

 

 そして気を失った。


 ・

 ・

 ・


「ここ……は?」


 白い天井。薬草と消毒の匂い。医務室だった。


 アルバラードはゆっくりと上半身を起こす。

 頭がズキズキと痛み、腕には包帯が巻かれていた。

 爪で掻きむしった傷が、じんじんと熱を持っている。


「あ、目が覚めた? アルバラード」

 

「……カイル?」


 水の入った桶を持って立っていた金髪の青年が、ほっとしたような笑みを浮かべた。


「よかった。本当に心配したんだから」


 カイルの声は昔と変わらない。少し低くなっただけで、あの頃と同じ優しい響きだった。


 でも、それが逆に胸を抉る。


「……俺は、お前を見た瞬間に壊れたんだ」


 掠れた声で呟くと、カイルの表情が曇った。


「ごめん……無理に近づこうとして。

 でも、逃げられたのが初めてで……どうしたらいいか分からなくて」


 アルバラードは俯いた、震える指先を見つめる。


「あの時……俺は逃げた。

 村が燃えて、お前が死にそうになって……父さんが死んで。

 それでも俺は、お前を置いて逃げた」


「違う」カイルが静かに首を振る。

 

「アルは小さな僕を背負って必死で寺院まで連れて行ってくれたんだ。

 アルも足を折っていたのに……でも、寺院の梁が落ちてきて……僕が君を突き放したんだ。

 『もういい、逃げて』って」


 記憶が蘇る。


 熱い。熱すぎる。背中にカイルの体温を感じながら、崩れ落ちる梁を避けようとして──


「俺は、お前を助けられなかった」


「助けられたよ」カイルがそっとアルバラードの手を握る。


「僕は生きてる。君のおかげで」


 震える手だった。

 昔、村で一緒に剣を振っていた時と同じ、温かい手。


「でも……俺は、もう剣も持てない」

 

 声が震える。


「金属音がすると手が震えて、血を見るだけで吐きそうになって……近衛騎士失格だ。もう終わりだ」


 そんな自分を許せない葛藤が、毎日のように胸を蝕む。


 カイルは黙って、アルバラードの震える手を両手で包み込んだ。


「だったら、一緒に終わらせよう」


「……え?」


「僕も、騎士団を辞める」


 呆然とするアルバラードに、カイルは少し困ったように笑った。


「実はさ、今回の昇進試験……落ちるつもりだったんだ。

 近衛騎士になんてなりたくなかった。

 でも、アルがいるって聞いて……どうしても、もう一度ちゃんと話したくて」


「馬鹿か……お前、回復魔法の才能があるって言われてたのに」


「でも、アルがいない場所で生きていくのは、僕には辛すぎて」


 カイルの目に涙が浮かぶ。

 

 静かな医務室に、二人の呼吸だけが響く。


 アルバラードの目からも、ぽろりと涙が零れた。


「……俺、ずっと怖かった。

 お前がまた死ぬんじゃないかって。それが俺のせいだって」


「僕もだよ」カイルが呟く。


「アルがまた、僕を置いてどこかに行っちゃうんじゃないかって」


 二人は同時に顔を上げた。


 昔と同じ、青い空みたいな瞳がそこにあった。


 ――この瞬間、互いのトラウマが少し溶け合う。

 でも、癒しは一瞬じゃ終わらない。

 再発の恐れ、社会の視線……これからの道が長いことを、二人は心の奥で知っていた。


 ・

 ・

 ・


「……最後に、剣聖に一発かましてみない?」


「は? カイルお前、何言ってるんだ?」


「アルバラードの気持ちをこんなに振り回した剣聖に、仕返しするんだ」



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