アースガルド x ノルトルンド
明けましておめでとうございます
お待たせ致しました、連載再開いたします。
また、楽しんで読んで頂けましたら嬉しいです。
あれから二年、アースガルド王国ではジャガイモの普及がかなり進みました。
ガイルさんの本家は、王家管理の種イモ生産農家として生まれ変わり、広大な農地で新しい作物を育てています。
肥えた畑でしっかりと管理され育てられた品質の良い種イモは、各地に広がりこの国の食を支える存在になっています。
ジャガイモ料理にサツマイモの甘い香りや、トウモロコシの新鮮なコーンスープが王宮の食卓を飾るようになったのも嬉しい変化です。
王様が毎朝のように「おいしい、おいしい」と召し上がる姿が王宮内でも名物になっています。
牛や馬を使って畑を耕す農具は、私の記憶を基に大工さんが工夫を加えて作ってくれたおかげで、人力だけに頼っていた頃に比べたら作付け面積が何倍にもなった地域もあるとか。
これからアースガルド王国は、さらに農業国として進歩し子供たちがお腹を空かせて泣く事がない国へと進めてゆけると良いな。
そして、いよいよノルトルンド王国への旅立ち。
エボルス王子に約束した通り、二十台の荷馬車に積まれたジャガイモ、サツマイモ、トウモロコシの種芋と種子……これらが向こうの大地で根を張り、人々の食卓を豊かにしてくれると思うと、ワクワクが止まりません。
エボルス王子は、きっと胸を張って故郷に帰れますよね。
この国で過ごした二年の経験を本国でも活かして下さい。
隣に立つアルバス王子の寂しそうな顔が、既にマリーの創作意欲に火をつけていますけど――
アルバス王子率いる大規模な遠征団。
剣聖騎士隊と護衛を務める騎士達の凛々しい姿、総務相の細やかな手配、農業指導者たちの熱意。
私もその一員として、初めての国外に心が躍っています。
道中は一ヶ月ほど。
未知の景色、未知の人々、そして新しい出会い。
どんな冒険が待っているのかな。
私たちの旅が、両国の平和と繁栄の架け橋になりますように。
――さあ、出発です!
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旅立ちから二十日ほど経った夜のことでした。
それまでの旅程はスムーズに進み。この先の森、通称『黒岩の森』を抜けると、いよいよ国境へとつながる辺境へと辿り着きます。
道は険しく夕暮れ時にようやく野営地を定めた頃、犬の姿に身を隠したルナが森の先を睨んでいました。
「ルナ?」
私もルナの側に立ち、森の奥に目を向けていると。
森の闇から現れたのは、十数人のやつれた男達でした。
手には折れかけた鍬や木の棒。顔は土と飢えで汚れ、目は獣のようにぎらついていました。
男達は、こちらの人数をみて一瞬怯えたように見えましたが、リーダー格と思われる男が一歩足を踏み出すと、震えた声で「荷物だけ置いて去ってくれ……それで命は助けてやる……」威嚇というより、必死の懇願に近い声で――
アルバス王子は馬を進め、静かに告げます。
「我々はアースガルド王国の使節だ。無駄な争いはしたくない、道を譲ってくれ」
剣聖騎士隊も王子の隣に並び、馬上から男たちを睨みつけました。
後方の男達は腰を抜かして座り込んでしまう者も、目の前に立たれた男の人は手が震えて立っているのもやっとな状態。
痩せこけた頬、落ちくぼんだ目、震える手……。
彼らは、ただの悪党ではありませんでした。戦争で焼け野原になった故郷を追われ、家族を失い、生き延びるために森に逃げ込んだ者たち。
最初は狩りや木の実でしのいでいたのに、食料が尽き、仕方なく旅人を襲うようになったのだと、後で聞きました。
私は思わず歩み寄り、声を震わせながら言いました。
「待ってください!」
全員の視線が私に集まる。
「この人たち……お腹が、空っぽなんです。こんな目をしてる人たちを私は知っています」
私の声は涙でかすれました。
私は荷馬車からジャガイモとトウモロコシを急いで下ろさせ、焚き火を大きく起こしました。
大きな鍋に水を張り、ジャガイモを豪快に放り込み、トウモロコシを皮ごと焼き始めます。
塩と少しの乾燥ハーブだけ。それでも、湯気が立ち上るにつれて、辺りに甘い香りが広がりました。
遠目に見ていた男の人たちは、最初は警戒の目を向けていましたが、香りに鼻をひくつかせ喉を鳴らす音が聞こえてきました。
私は木の椀に熱々のジャガイモスープをよそい、一人ひとりに手渡しました。
「温かいうちに、どうぞ……」
椀を渡されたリーダー格の男の人が、スプーンで一口飲むと……。
彼の目から、大粒の涙がぽろぽろとこぼれ落ちました。
「……う、うまい……」
声にならない声で呟き、次の瞬間、男は顔を椀に突っ込むようにしてむさぼり始めました。
他の者たちも、涙を流しながら夢中でスープを飲み、焼いたトウモロコシにかじりつきました。
誰も何も言わず、ただすすり泣く音と火のはぜる音だけが響いていました。
食事が終わった後、リーダーの男が土に額をつけて言いました。
「俺たち……もう何ヶ月も、腹いっぱい食ったことがなかった。
木の根っこや腐った実は食ったけど……こんな、温かくて、甘くて、優しい味のものは……一生、忘れねえ」
彼は顔を上げ、涙まみれの顔で続けました。
「悪いことをしてきたのは……わかってる。
死んでも文句は言わねえ。
でも……この味だけは、胸に刻んで死にたい」
その言葉に、アルバス王子は静かに剣を収めました。
エボルス王子も、目を潤ませながら口を開きます。
「死なせるつもりはない。お前たちに、生きる道をやろう」
皆が、黙って話しの続きを待っています。
「ノルトルンドは、戦争のせいで手放された土地がたくさんある。
そこでジャガイモを植え、サツマイモを育て、トウモロコシを収穫する。
お前たちにその仕事を任せたい。
報酬はきちんと払う。そして毎食、今日のようなものを腹いっぱい食わせてやる」
男の人たちは顔を見合わせ、誰もが信じられないという表情で、ゆっくりと深く土に頭をすりつけました。
「……お、お言葉に……甘んじます……!」
その夜、その男の人たちは遠征団の一員となりました。
彼らは森の道を熟知していたので、最短ルートを教えてくれました。
重い荷物は率先して運び、夜の見張りも自分たちから買って出ました。
――そして、野営の喧騒が静まった深夜。
焚き火の残り火が赤く揺れる中、アルバス王子とエボルス王子は、少し離れた岩の上に並んで腰を下ろしていました。
月明かりが二人の横顔を柔らかく照らし、森の虫の声だけが静かに響いているなか。
エボルス王子が、ふと小さく息を吐いた。
「……エルヴェシア。あの者たちを見て、俺は自分の国のことを思い出したよ。
まだ、あんな目をした民がたくさんいる」
アルバスは答えず、ただ隣のエボルスの肩にそっと自分の外套の端をかけた。
夜風が冷たいから、とでも言うように。
エボルスは少し驚いたように瞬きをして、それから苦笑いを浮かべた。
「相変わらずだな、お前は。昔から言葉より先にこういうことをする」
アルバスはようやく口を開く。
声は低く、どこか照れくさそうに。
「……お前が寒がりなのは、知ってるからだ」
エボルスは目を細めて、アルバスの横顔を見つめた。
「二年だな。俺がアースガルドに大使として送られてから、ちょうど二年。
お前と過ごした時間は……正直、俺の人生で一番穏やかだった」
アルバスは火を見つめたまま、静かに頷く。
「俺もだ……お前がいなかったら、王宮は静かすぎて耐えられなかったかもしれない」
エボルスが小さく笑った。
そして、ためらいがちに――しかし確かに――アルバスの手に自分の手を重ねた。
「……帰ったら、また会えるか?」
アルバスは初めてエボルスの方を向いた。
月光に浮かぶ瞳は、いつもよりずっと柔らかく、熱を帯びていた。
「会える……必ずだ。俺が約束する、お前がどんなに遠くに行っても俺は――」
言葉はそこで途切れ、二人はただ無言で見つめ合った。
重ねられた手が、わずかに強く握られる。
焚き火のパチッという音が、二人の間に落ちる沈黙を優しく包み込んだ。
――誰も見ていない、深夜の森の片隅で。
二人の王子はただ寄り添うようにして、長い夜を過ごした。
藪の中で怪しく光る三対の目に見守られながら……。
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