マルク x ドッツ
訓練場は午後の陽射しが強く照らしていた。
埃と汗と、どこからか漂う安物のタバコの匂いが混じり合っている。
中央で絡み合う二人は、まさに正反対の極みだった。ドッツ──若手の中では一番の肉体派。
日焼けした肌に浮き出る血管、腕を振るうたびに盛り上がる筋肉が主張する。
額の汗が顎を伝い、地面に落ちるたびに小さな穴が開くほど勢いがいい。
表情はいつも通り「怒ってるのか楽しんでるのか判別不能」の仏頂面だが、耳がほんのり赤いのがバレバレだ。
が、自慢の筋肉も対戦相手のマルクにだけは通用しない。
対するマルクは、ドッツの胸元くらいまでしか背が届かない。
しかしその小柄な体はまるで鋼鉄のバネ。
黒髪を無造作に後ろで束ねたポニーテールにしているが、激しい動きで半分ほどほどけて汗で額に張りついている。
切れ長の目は常に笑っているようで笑っていない。
口角は上がっているのに、言葉は容赦ない。
「ほらほら、また隙だらけ! お前その巨体、飾りかよ?」
「うるせえ! その口、引きちぎってやる!!」
ドッツが振り下ろした拳は、空を切る音が「ゴッ!」と響くほど重い。
マルクはそれを首をわずかに傾けるだけで躱し。
「遅い遅い。俺のばあちゃんのほうが速いわ」
「てめえのばあちゃん死んでるだろ!!」
「だから速いんだよ」
──瞬間、マルクがドッツの懐に滑り込み肘を鳩尾に突き刺す。
ドッツが「ぐはっ」と息を詰まらせた隙に背後に回り、首に腕を回す。
「はい、寝技いきまーす♡」
「やめろその言い方ぁぁぁ!!」
木陰の観戦席。
ガッツは片肘を膝について頬杖をついている。
銀髪を短く刈り上げた頭に無精髭が伸びかけで、口元はへの字に結ばれているが目だけは笑っている。
ドッツが極められそうになるたびに、眉がピクリと動くのがわかる。
隣のメルドは、対照的に姿勢がいい。
金髪をきちんと後ろに流し、軍服の襟元まできっちり。
普段は冷静沈着の完璧上官だが、今は頬に手を当てて「……またドッツが玩具にされてる」と小声で呟いた瞬間、頬がわずかに赤い。
ガッツが横目で見て、
「お前、顔赤いぞ」
「日焼けです」
「木陰にいるのに?」
「……紫外線は回り込みます」
そのやりとりを、さらに十メートル離れた場所から覗き見る三人の女性たち。
ルナは長い銀髪を指でくるくる巻きながら「メルドさん、ガッツさんを見る目が完全に恋する乙女ね」と冷静に分析。
隣であかりは、両手を頬に当ててキラキラ目を輝かせ、「わかる~! あの『私の王子様……』みたいな視線! 尊い~!!」と小声で悶絶。
マリーは顔を真っ赤にしながら、「ちょ、ちょっと二人とも声が大きいですよ! 聞こえたらどうするのですか」と慌てて二人の口を塞ごうとするけれど、ルナに「マリーの耳も真っ赤よ?」と指摘され、
「――! これは……これは暑さのせいですから!」
と必死に言い訳。
その頃、グラウンドでは。
「もう降参しろよドッツ。お前の負けだ」
「誰が……っ! まだ……終わってねえ……!」
「はいはい、じゃああと十秒で気絶させてあげるね♡」
「その『ね』やめろおおおおお!!」
ドッツの悲鳴が青空に響き、ガッツが小さくため息をつき、メルドが苦笑し、隊員たちがクスクス笑い、ルナたちが「きゃー!」と小声で盛り上がり。
訓練が終わった後、訓練場は少し静かになった。
ドッツは地面に仰向けに倒れたまま、息を荒げて天井のような青空を見上げている。
マルクはそんなドッツの横にしゃがみ込み、満足げに笑っていた。
「ふふっ、今日も完敗だね。ドッツの筋肉、見た目はいいけど中身スカスカ?」
「……うるせえよ。次は絶対に勝つ……絶対に……」
ドッツはそう呟きながらも、立ち上がる気力がない。
汗でびっしょりのTシャツが体に張りついて、ますます筋肉のラインが強調されているのに本人は悔しそうに顔を背ける。
耳の赤みはまだ引いていない。
マルクはくすくす笑いながら、ドッツの額に落ちた汗を自分の袖で拭ってやる。
「はいはい、負け惜しみはいいから。
ほら、起きなよ。みんな待ってるよ?」
その時、木陰からガッツとメルドが近づいてきた。
ガッツはいつもの無精髭を撫でながら、ドッツを見て小さく肩をすくめる。
「また完敗か。ドッツ、お前マルクにだけは相性悪すぎだろ」
「ガッツ班長! 班長だって昨日はメルド班長にやられてたじゃないですか!?」
メルドは少し頰を赤らめながら、咳払いをする。
「……それは、訓練の一環です。ガッツも上達してますよ」
ガッツがニヤリと笑う。
「おいおい、メルド。また顔赤いぞ、紫外線か?」
「…………日焼けです」
遠くからあかりたちの声が聞こえてくる。
「あはは、またメルドさん可愛い~!」「きゃー、ガッツさんもツンデレ!」「しーっ! 聞こえますよ!」 マリーの慌てた声に、二人が口を押さえる音がした。
ドッツはようやく体を起こし、マルクに手を差し出される。
マルクは当然のようにその手を握って引き起こすけど、力の加減が絶妙でドッツの巨体がふわりと浮くように立つ。
「……ありがとよ」
「どういたしまして♡」
「そのハート、やめろって言ってるだろおお!!」
みんなの笑い声が訓練場に響く。
その後、隊舎に戻ってシャワーを浴びた一同は、食堂に集まっていた。
今日のメニューはカレー。
安物のタバコの匂いはもうなく、代わりにスパイスの香りが漂う。
ドッツは大盛りを平らげながら、隣のマルクにぼそっと話しかける。
「……次は本気でいくぞ。寝技なんか、絶対に防いでやる」
マルクはスプーンを口に運びながら、目を細めて笑う。
「ふーん、楽しみだね。でも、ドッツの隙、俺には丸見えだから無理かもよ?」
「てめえ……!」
ガッツ班長が向かいでため息。
「お前ら、飯食ってる最中だぞ。仲いいのはいいけど、ほどほどにしろ」
メルド班長が頷きながら、でも少し羨ましそうに二人を見る。
あかり、ルナ、マリーの三人組は自室に戻らず、隅のテーブルでまた盛り上がっていた。
「あかりよ、先程のマルクの引き起こし方、完全に王子様と姫ではなかったか?!」
「そうそう! ドッツが姫でマルクが王子! 尊い!!」
「ちょ、ちょっと声小さいですよ! ……でも、確かに……ちょっと可愛かったです……」
マリーの耳がまた赤くなる。
夕陽が窓から差し込み、食堂をオレンジに染める。
今日も最高に平和で、最高にバカバカしい、いつもの日常が続いていた。
──でも、ドッツは心の中で誓っていた。
明日こそ、マルクを極めてやる。
絶対に。
(その誓いがどうなるかは、また明日の訓練場で)
みなさま読んで頂きありがとうございます。
本日公開分でストックが切れました。
楽しみにされている方には申し訳ないのですが、数日間は更新をお休みさせて頂きます。
また話が溜まったら公開致しますので、それまでお待ち頂けると嬉しいです。
それではハッピーメリークリスマス!




