剣聖 x 黒
晩餐会から数日後、日課の「アル x カイル」の訓練を堪能してオーウェン隊長と雑談していると、王子二人が並んで訓練場へと入ってきた。
ザワつく腐女子たち。
白の王子がオーウェン隊長の前にくると、久しぶりに隊長と手合わせがしたいと話している。
学園で学んだ剣術を見て欲しいそうだ。
オーウェン隊長は、白の王子が小さい頃から剣を指導していた師匠らしい。
広場に立ち、向かい合うオーウェン隊長と白の王子、不安そうに見てる黒の王子の表情が最高過ぎる。
白の王子の腕前はなかなかサマになっていたけれど、オーウェン隊長にはまだまだ届かない、と言うかオーウェン隊長また強くなってない?!
「強くなったな」と言って白の王子の髪をくしゃっと撫でるオーウェン隊長。
「もう子供じゃない」と手を避ける白の王子。
それを見てニヤける腐女子と、少しむくれる黒の王子。
黒の王子と目が合うと、なぜか顔を赤くして「剣聖! 俺と勝負しろ!」と突然言い出した。
先日の謁見の時で終わったのでは!?
隊長やその他のメンバーから盛り上げられ、ここならば回りに被害も出ないだろうと言う事で、一度だけ相手をする事になった。
黒の王子は刃を潰した剣、私は木の槍だ。
最初苦言を言われたが、私の軽やかな槍捌きと、ボッ! という突きの音を聞いて何も言わなくなった。
と言うか、あの件以降私は剣を手にしてはいない。甘ちゃんだとは思うけれど、本当に守るべき時以外はこれで良いと思っている。
「いくぞ!!」
「いつでもどうぞ」
軽く見えて、私の『剣聖』スキルは過剰なほど働いてくれる。
黒の王子の視線が動いた瞬間。
黒の王子の手元から剣が無くなった。
「?」
何が起こったのか理解する間も無く、離れた場所に落ちた剣の音が響く。
「アレやられると、プライドの高い騎士はキレるから止めろと言うのに……」
オーウェン隊長の呟きが聞こえる。
「次は本気でやりますか?」
黒の王子が剣を拾い直し私を睨む。
「当たり前だ!」
そこからは、適当に剣に合わせて槍を振って黒の王子の弱点を探る。
「最後に、これで私が勝ったらいくつか質問に答えてもらって良いですか?」
「俺が勝てば、もちろんお前が答えてくれるのだろうな?」
「あっ……プライバシー的なこと以外なら」
もちろん勝負は私の勝ち。
さて何を聞きましょう。
黒の王子――エボルス王子は、槍を地面に突き立てたままの私を、息を荒げながら睨んでいた。
額に汗が光り、黒髪が少し乱れている。
それでも、王族らしい気品は崩れていない。
むしろ、負けた悔しさが瞳の奥で燃えているせいで、いつもより鋭く、熱っぽく見えた。
「約束です、質問に答えて下さい」
私は静かに言った。
エボルス王子は唇を噛み、視線をわずかに逸らす。
それから、ゆっくりと剣を鞘に収めた。
「……言え」
私は一歩近づき、声を低くした。
周囲の騎士や見物人たちから少し離れた場所で、風だけが二人の間を通り抜ける。
「ノルトルンド王国の今の状況を、教えて下さい」
エボルス王子の眉がわずかに動いた。
「国の状況? ……それは一言で語れるものではない。 それに俺は二年も国を離れていた、今は状況が変わっているかも知れん」
きっとそんな事は無いと分かっているけど、変わって欲しいと願う気持ちが伝わってくる。
「それでもいいです。王子殿下が思う、今のノルトルンドを教えて下さい」
彼は少し黙って、空を見上げた。
初夏の空は青く、眩い光が降り注いでいる。
アルバス王子が横に来て「大丈夫か?」と顔を寄せると、エボルス王子が表情を和らげ私の方を見た。
その左手はアルバス王子の右手を握っている。
「……飢えている」
短く、吐き出すように言った。
「北の大地は厳しい。数年前から不作が響き、今も収穫は芳しくないと聞いている。
民は耐えているが限界が近い。特に……辺境の村々は」
「奴隷は?」
今度は明らかに、彼の表情が硬くなった。
「奴隷制度は、古くから我が国の――」
「数は? どれくらいの人が、鎖で繋がれているのですか?」
エボルス王子は私を真正面から見据えた。
「……およそ人口の一割。戦捕虜、借金奴隷、犯罪者。その子孫も含めて」
「子供も?」
「……ああ」
彼の声が、少し掠れた。
私はさらに一歩近づいた。
「食料が足りないなら、なぜ人を食わせる余裕があるの?」
エボルス王子の瞳が揺れた。
「奴隷は労働力だ。鉱山、開墾、軍の補給——彼らがいなければ、国は回らない」
「でも、食わせる分、自由民の口が減る」
「……それは」
アルバス王子と繋ぐ手に力が入る。
「王宮の食卓は、豊かなままですか?」
彼は答えなかった。
それが答えだった。
私は静かに続けた。
「もし……奴隷制度を止める、あるいは大幅に縮小するよう、王に進言してくださるなら」
エボルス王子が鋭く私を見た。
「私は、食料事情の改善に協力します。
私の持つ知識、寒冷地や痩せた土地でも育つ作物の提供、土壌改良の術――できることは、すべて伝える用意があります」
彼の表情に、わずかな動揺が走った。
「なぜ、そこまで……」
「それと」
少し間を置いて続ける。
「第一王子殿下……お兄上ですね、病弱で伏せっていらっしゃると聞きました」
エボルス王子の顔から血の気が引いた。
「……どうして、それを」
「噂は聞こえます。王子殿下がどれだけお兄上を大切に思っているかも含めて」
彼は唇を強く噛んだ。
拳が震えている。
「もし、私がその病を軽減できる可能性があるとしたら……どうします?」
エボルス王子は、私を睨みすえたまま長い沈黙を守った。
風が吹き、二人の髪を揺らす。
やがて、彼は小さく掠れた声で言った。
「……考える」
私は頷いた。
「それでいいです。急ぎませんから」
私は木の槍を肩に担ぎ、背を向けた。
背後で、エボルス王子が呟く声が風に乗って届いた。
「……『剣聖』、本当に厄介な女だ」
私は振り返らず、ただ小さく笑った。
小さな棘は、もう彼の胸に刺さっている。
あとは、それがどう育つかを――
遠くから見守ることにしよう。




