黄色 x 緑
ガバッ!!
ベッドから跳ね起きて、いつもの部屋だと理解するとホッとして額に浮かんだ汗を手の甲で拭う。
窓からは光が差し込み、もう起きても良い時間だと知らせている。
汗ばんだ寝巻きを着替えようと起き上がると、顔を洗う為の水桶とタオルを持ったマリーが顔を覗かせた。
相変わらずよく出来たメイドさんだ。
「夢見が悪かったのですか?」
「何故分かったの?」と聞くと、隣の部屋からでも聞こえる程にうなされていたそうだ。
「……最悪の夢だった」
異世界転生ものによくある『チート能力で無双してハーレム作り』みたいな甘ったるい夢。
しかも自分がその中心で、ルナとマリーまで巻き込んで……ありえない。
あんなの絶対にシャドウリッパーの罠だ。
絶望させてから甘い夢を見せて、精神を完全に折るための。
「まだ影響が残ってたのかな……次現れたら、本当に瞬殺してやるから」
呟きながら立ち上がると、マリーが水で濡らしたタオルを額に当ててきた。
「ひゃう!」
さっきまで見ていた夢の影響なのか、マリーに触れられた事に敏感に反応してしまった。
「汗を」
あ、汗よね……汗を拭いてくれているだけよね。
マリーの顔が近くて「あ、まつ毛なが」なんて思っていると。
フッとマリーと目が合った、驚いて余計に顔が赤くなり心臓がドキドキ鳴っているのがマリーにまで聞こえるのではないかとハラハラする。
「……気分、変えよっか」
着替えを終えて、朝食を食べ終わると厨房へ向かった。
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厨房では料理人たちが朝の後片付けも終わり、のんびりと休憩中だった。
「あ、新入り!」
私を見つけて少し嬉しそうな顔をするマーブル料理長。
「ちょっと厨房借りますね」
すっかり慣れた厨房を歩き回り材料を物色する。
にんじん、玉ねぎ、肉……でも、肝心のアレがない。
「ねえ、ジャガイモって知ってる?」
「ジャガ……イモ? 何だそりゃ?」
料理長が首を傾ける。
他の料理人さん達も首を捻ったり、知らないと言っている。
まだこの国にはジャガイモは伝わっていないのかな?
「……しょうがないな」
『がまぐちポシェットくん』に手を入れる。
「ん? おっ、いけるかな」
一袋三個入りのジャガイモがぎりぎり取り出せた、続けて二袋取り出す。
「これで九個……足りるかな」
続けて取り出したのは、見慣れた緑と黄色の箱。
ジャワカレー中辛&ゴールデンカレー中辛、私の組み合わせベスト!
「これこれ」
材料を持ってシンクへと移動すると、料理長や他の暇な料理人の人達が周りに集まってくる。
鍋に油を熱し、薄切りと厚切りで切り分けた玉ねぎをきつね色になるくらいまでじっくり炒めて甘みを引き出す。
にんじんとジャガイモをゴロゴロと大きめに乱切りにして加え、表面がほのかに透き通ってくるまで炒めたら。
一旦野菜は取り出して肉を投入、表面に香ばしい焼き目がつくまで強火でサッと焼きつける。
肉の旨味を閉じ込めたら、野菜を戻してやや多めの熱湯を一気に注ぐ。
沸騰させたら火を弱めてアクを丁寧にすくい取り、暫くコトコトと煮込む。
ジャガイモにスッと箸が通ったら。
火を止めて、仕上げにルウを割り入れる――
ブワァァァアアア!!!
厨房中に、暴力的なまでのスパイスの香りが炸裂した。
「な、なんだこの匂い!?」
「うわっ、鼻が! でも……なんか、すっごくいい匂い……!」
料理人たちが目を丸くする。
完成したカレーは、見た目は……正直、茶色いドロドロだ。
みんな難しい顔で遠くから見ている。
「……いただきます」
お先に一口。
「ん、おいし……」
久しぶりに味わうジャワのスパイス香とゴールデンの濃厚さが抜群の組み合わせ、かのリ◯ウジさんも過去に絶賛していたものね。
「あかり」
私の満足そうな顔を見て、料理長がスプーンを取り出してきた。
恐る恐るスプーンを口へと運ぶ。
次の瞬間、厨房に号泣が響いた。
「うぉおおおおおお!! う、うまい……!!
なんだこれ……! こんな味、初めてだ……!!
辛いのに……これは野菜の甘みか?……止まらねえ!!」
料理長が震える手でお代わりを要求してくるのを手で制する。
「ダメよ! これは夜まで置いておきます。ホントは二日目のカレーが一番美味しいのだけれど」
絶望の顔で立ちすくむ料理長。
その時! 一番大切な事を忘れていた事に気が付いた!
「……米がない!!」
私の叫び声に、厨房が凍りついた。
「……コメ、って?」
「ご飯だよ! カレーはご飯と一緒に食べるものなの!!」
スプーンを持つ手が震える。
「……ま、まあ、ここのパンで代用すれば……」
料理人の一人がバスケットのパンを差し出す。
「違う!! パンじゃないの……」
椅子に座り直し「お米、お米」と繰り返し呟く私を遠目に見守る料理長さん達。
その夜、城の厨房では異世界初のカレーパーティーが繰り広げられた。
夕食として王様や王妃様にも提供された後、残ったカレーは争奪戦だった。
パンはすぐに底をつき、仕方なくスプーンで直食い。
残り少なくなったカレーは水で更に薄められほぼスープの状態だったけれど。
それでも誰も文句を言わなかった。
ただ、みんなが同じことを思っていた。
……この茶色い魔法は、明日も食べたい。
皆の笑顔を見て、あかりは少しだけ笑った。
シャドウリッパーの悪夢はまだ消えないけれど。
せめて、今日だけは。
みんなの涙と笑顔が、少しだけ心を温かくしてくれた。
「ふう……これで少しは気分が変わったかな」




