ep3
数日後。
僕は、王女様と共に紅蓮国へ向かうために馬車に腰を入れた。
グランディア帝国の丘陵を越えると、景色は徐々に色を失っていった。
緑の絨毯のように広がっていた草原は、いつの間にか荒れた灰色の大地へと変わり、
澄んでいた風には、鉄と油のにおいが混じり始める。
遠くには煙突のような塔がいくつも立ち並び、
その先が、紅蓮国――鉄と戦の国であることを告げていた。
「王女様。紅蓮国へ到着した模様でございます」
「いよいよね…」
彼女の表情が強張った。
生まれてからこのかたずっとグランディアの地で育った彼女。
急に親元を離れ、敵国で過ごすなんて、さぞかし不安だろう。
カーンカーン
我々が宮廷前に到着すると、
厳かに鳴り響く儀式の鐘が鳴り響いた。
婚礼の始まりだ。
紅蓮国の婚礼式場は、絢爛な装飾と香の香りに包まれ、重苦しくも華やかな空気が広がっている。
「グランディア王国の王女様がお入りになられます!」
役員の声が響き渡ると、場内の空気が一気に引き締まった。
重厚な扉がゆっくりと開く。
王女様が姿を現すと、
「なんて綺麗な方……」
「お隣の男性は誰かしら……?」
「まるで絵のような二人だわ……」
式場に居並ぶ侍女たちが、口々に感嘆の声を漏らした。
しかし、その後ろでその会話を耳にした全身装飾品で彩られたドレスを身に纏った女が眉をしかめた。
「何を言っているの?皇太子の方がお綺麗に決まっているではありませんか。」
女の鋭い目線が王女様を睨んだ。
王女様があまりの不安からか僕の護衛服の袖先を掴む。
僕は、彼女の手を握った。
「王妃様!申し訳ございません。李杏様ほどの方は、他にはおられません……!」
「決まっているじゃない。」
どうやらこの女は、紅蓮国の王妃。
すなわち王女様の婚約者である李杏様の母で王女様の姑になられるお方だ。
愛する息子と婚約する王女様のことをよく思っていないのだろう。
そんな視線を受けながらも、王女様は、まっすぐに歩みを進め、婚約者である李杏様の前で片足をひざまづき優雅に頭を下げた。
紅蓮国独自の挨拶法で我々は夜な夜な何度も練習した。
「皇太子様。はじめてお目にかかります。グランディア王国より参りました、エマにございます。」
李杏様はにこやかにうなずいた。
次の瞬間、王妃の鋭い声が割って入る。
「まぁ、これから皇太子妃になろうというのに、隣に男を侍らせているではありませんか。侍女たちまで、そなたの顔が綺麗だと騒いでいる始末……!」
「王妃、口を慎むのだ。」
王女様の義父になられる紅蓮国第三皇帝が声を低くして制するが、王妃は怯むことなく続ける。
「殿下、私はただ、皇太子が心配で申し上げているのです」
それまで黙って聞いていた王女様が、静かに口を開いた。
「王妃様。こちらの者は、私の護衛でございます。玄武国では、王族一家に護衛をつけるのが慣わしとなっております。彼は幼少より私に仕えており、何より忠誠心が強く、王妃様がご心配なさるようなことは一切ございません。」
場内に静寂が流れる中、重々しい声が響いた。
「その件は、そなたの父から聞いておる。」
皇帝は、ゆっくりと立ち上がり、王女様に向かってうなずいた。
「異国で文化も違い、戸惑うこともあろう。だが、慣れるまでどうか耐えてくれたまえ。」
「はい、陛下。」
「そして、そなたの世話を任せる女官長だ。名はユナ。困ったことがあれば、すべて彼女に相談すると良い。」
「ユナでございます。どうぞよろしくお願い申し上げます。」
「よろしく、ユナ。」
式典がひと段落し、女官長が一礼して声をかける。
「では、これからお過ごしいただくお屋敷へご案内いたします。」
王女様が歩き出そうとしたその時、僕が一歩進み出た。
「王女様。私は、宮殿内の見回りをして参ります。残りの護衛が共におりますので、ご安心ください。後ほど参ります。」
「……分かったわ。」
王女様は振り返ることなく、女官長に連れられて式場を後にした。
僕は静かに、逆方向へと歩き出す。
僕は、ユナと名乗るこの女を信用しすぎていたのかもしれない。
この時に気づいていれば、我々の運命は変わっていたのだろうか。
それは僕にも分からない。




