ep1
「王女様。お待ちくださいませ」
「ジュリアン。早く」
王女様が花籠を持ちながら、お花畑の間の道を足早に走る。
「ねぇ、見て。このお花、綺麗。」
彼女がそう言って私に1輪の花を差し出す。
彼女の背後から差し込む光、僕に差し出した花、彼女の満面の笑み。
その全てが僕の心を癒す。
この世で最も憎いこの地で。
唯一息が休まる瞬間。
それは彼女と共に過ごす日々。
彼女のことを愛している。
だが僕が彼女にそんなことを思っては、いけない。
そんなことを口に出してはいけない。
彼女は、王女様で、
僕は、ただの護衛。
だが人間は、欲張りな人間だ。
彼女が僕に微笑みかけるたびに、彼女を僕のモノにしたい。
そう願うようになってしまったのだ。
そんなある日。
王女様の婚約が決まってしまった。
相手は、敵国の紅蓮国の李杏様。
しばらく歩いたあと、王女様はふと立ち止まり、静かに振り返った。
「そういえば、まだあなたの考えを聞いていなかったわ」
「……何のことでしょうか?」
「私が、紅蓮国の皇太子と結婚すること。あなたはどう思うの?」
一瞬の沈黙の後、僕は言った。
「紅蓮国は我々の土地を狙っているという噂がございます。危険は伴いますが、私は命を懸けて王女様をお守りいたします」
「そういうことを聞いているんじゃないわ」
王女様の声に、思わず僕は黙り込んだ。
目を伏せる僕を王女様はじっと見つめる。
「またあなたは黙るのね。いつもそう。そしてその鋭い目。あなたは、私を憎んでいるのね」
「……いいえ。憎んでなど、おりません。私はあなた様の側で仕えることができて幸せでございます」
「う、嘘よ。だって…あなたは…私の父上に命令され、嫌々私に仕えている。そうでしょう?」
「王女様……」
「もういいわ。あなたが私のことを恨んでいることなど今に始まった話じゃないわ。私は、生まれた時から敵国に嫁ぐ運命だったの。責務を果たす日が来た。それだけのことよ」
「王女様、お待ちくださいませ!」
僕は、慌てて彼女の姿を追いかける。
「しばらく……一人になりたいの」
その言葉を残し、彼女は静かに背を向けた。
その背中を、僕は追いかけることができなかった。
ある日を境に王女様は、僕が反逆者であると勘違いしている。
彼女だけではない。
この国にいる者全員からそのような目を向けられている。
王女様。
あなた様は、分かっていらっしゃらない。
僕が、あなたをどれほど……お慕いしているのか。
僕は、ただ彼女を愛している。
それだけだったのに…




