1話
エルドリア王国の末王子アイデン**は、冷遇され閉ざされた宮廷生活に嫌気が差し城を脱出した。放浪中に盗賊に襲われた彼は、謎の少年**カイル**に救われる。魔法の力を持つカイルと暫定的な旅を共にすることになり、逃亡と探求の旅が始まる。孤独な運命を背負った二人の絆が育まれていく物語。
夜空は深い紫色に覆われ、無数の星が無限のベルベットの布に散りばめられた水晶のようにきらめいていた。秋風が宮殿の古木の間をそっと通り抜け、夜香木の優しい香りを運んでくる。しかし今夜、エルドリア王国の末王子――**アイデン・フォン・エルドリック**――はそんな幻想的な景色を眺める気にもなれなかった。
彼は暗い廊下を猫のように素早く移動し、巡回中の衛兵を巧みにかわした。黒いマントに身を包んだ姿からは、琥珀色の瞳だけが覗き、いたずらっぽい決意の輝きを放っていた。
「ここを出なければ…遠くへ行かなきゃ!」
アイデンはまだ15歳だが、すでに城での窮屈な生活に飽き飽きしていた。国王の末息子として甘やかされて育つと思いきや、実際には王家の誰からも好かれていなかった。彼の母親――国王の秘密の愛人――は早くに亡くなり、王妃と異母兄のルシアンからは冷たい仕打ちを受けてきた。ルシアンはいつも彼を軽蔑するような目で見ていた。
「ここにいても未来なんてない。新しい人生を探しに行くんだ!」
城壁を乗り越えたアイデンは深く息を吸い、初めての自由の空気を味わった。持ち物は少ない――小さな金袋、短剣、そして王子の身分を証明する家紋の指輪だけだった。
**~~~**
三日間森を彷徨い、アイデンは疲れを感じ始めていた。外の生活がこんなに大変だとは思ってもみなかった。空腹で足にはマメができ、彼は木の根元に座り込み、憤然と空を見上げた。
*「冒険ってもっと楽しいものだと思ってたのに…」*
その時、ササッと足音が聞こえた。凶悪な盗賊団が現れ、脅迫的な笑みを浮かべた。
*「おやおや、迷子の金持ち坊主か?」*
アイデンは剣を抜いたが、手が震えていた。実戦経験などなかった。
*「くそ…」*
しかし盗賊が刀を振り上げた瞬間、金色の閃光が走った。茂みから突然紫の煙が立ち上り、
***「ズバッ!」***
意思を持ったかのように小石が飛び、男の手に当たり刀を地面に落とした。盗賊たちは驚いて振り返った。
*「誰だ!?」*
闇の中から、小柄な人影が現れた。月明かりが木々の間から漏れ、蜂蜜のような金色の髪と氷のように冷たい青い瞳を照らした。
*「消えろ。」* 彼の声は静かながらも威圧的だった。
*「こいつは何者だ!?」* 盗賊が唸ったが、仲間たちは周囲の石が浮かび上がり、操られるように回転し始めたのを見て戦慄した。
*「魔術師だ…!」* 一人が青ざめて呟いた。
瞬く間に、盗賊たちは恐怖の叫びを上げて森へ逃げ出した。
アイデンは呆然と立ち尽くした。*「君…魔法を使ったのか!?」*
金髪の少年は警戒した目でアイデンを見た。*「何を見た?」*
*「石が浮いてた!それに――」*
*「錯覚だ。」* 冷たい声で遮った。*「風で埃が目に入っただけ。」*
アイデンは間違いないとわかっていたが、相手が何かを隠していることも理解した。*「ああ…そうかも。」* 無害そうに笑った。*「俺はアイデン。助けてくれてありがとう!」*
少年はしばらく黙っていたが、ようやく口を開いた。*「カイル。」*
*「カイルか!素敵な名前だ!」* アイデンは明るく笑った。*「この辺に住んでるの?」*
*「いや。」* カイルは去ろうとした。
*「待って!」* アイデンは急いで追った。*「俺、放浪中で泊まる場所もないんだ…一緒にいてくれないか?」*
カイルは振り返り、アイデンを上から下まで見た。*「金はあるか?」*
*「え?」*
*「金貨50枚。近くの町まで案内してやる。」* 真面目な顔で言ったが、唇が少し緩んだ。
アイデンは冗談とわかっていたが、考え込むふりをした。*「いいよ!でも盗賊から守ってくれるって約束だぞ!」* ポケットを探り、空の手を差し出した。*「あれ…財布なくしたみたい。」*
カイルは笑った――意外にも澄んだ音色だった。*「お前、本当に役立たずだな。」*
**~~~**
二人は小川のほとりで休んだ。カイルは手慣れた様子で火を起こし、アイデンは地面に座り込んで呻いた。*「足が痛い…」*
*「歩き慣れてないのか?」* カイルは皮肉っぽく聞いた。
*「馬車か輿が普通だったんだ。」* アイデンはうっかり本音を漏らした。
カイルはゆっくりと目を上げた。*「やはり貴族か。」*
アイデンは顔を赤らめた。*「まあ…少しは…裕福な家ってことだ。」*
*「『少し』じゃないだろ。」* カイルは薄笑いした。*「絹の下着、柔らかい革靴、それにこのピアス――」* アイデンの獅子頭の銀のピアスを指差した。*「エルドリア王家の紋章だ。」*
アイデンは驚いて耳を触った。*「よく知ってるな?」*
*「いろいろ見てきた。」* カイルは肩をすくめた。*「だが安心しろ。お前が誰だろうと興味ない。明日別れよう。」*
*「待てよ!」* アイデンは慌てて起き上がった。*「俺…本当に助けが必要なんだ。追われてる。」*
カイルは瞬きした。*「何をした?」*
*「末王子だからさ。」* アイデンは嘆いた。*「誰も俺を好かない。兄貴は俺の消えることを望んでる。だから逃げた。」*
カイルは長い間黙り、火の光が彼の幼さと経験を併せ持つ顔に揺れた。
*「王家のトラブルには巻き込まれたくない。」*
*「迷惑はかけない!」* アイデンは手を上げた。*「次の町まで案内してくれればいい。金は払う――本当だ!」* 家紋の指輪を取り出した。*「これは100金貨の価値がある!」*
カイルは指輪を見て、突然手を差し出した。*「よこせ。」*
アイデンは呆然とした。*「マジで取る気か?」*
*「冗談だ。」* カイルは笑い、指輪を投げ返した。*「持ってろ、バカ。」*
**~~~**
夜更け、二人は向かい合って座った。アイデンは興奮して宮廷生活を語り、カイルは黙って聞き、時々頷いた。
*「カイルは?どこから来たの?」* アイデンが尋ねた。
カイルは首飾りを回した。*「家はない。母は幼い頃に亡くなった。」*
*「そうか…ごめん。」*
*「いいよ。」* カイルは空を見上げた。*「慣れてる。」*
アイデンは胸が締め付けられるのを感じた。そっとカイルの肩に触れた。*「これからは俺を友達だと思って。」*
カイルは少し驚いたが、避けなかった。青い瞳に一瞬の安らぎが浮かんだ。
*「ああ。」*
月明かりの下、見知らぬ二人――不遇の王子と孤独な小さな魔法使い――の間に、最初の約束が交わされた。