第8話 重槍の紋章
一斉に駆け出す。私はアーダンの元へ、そしてフリーダは王子の所へ。任された以上は目の前の任務に集中しなければならない。
黒い影は3体、地を這う獣が2体と上空から滑空してくる鳥が1体だ。アーダンはどこかから見つけたのだろう長い木の棒を槍代わりにして戦っているが、後ろに住民がいるために攻めきれず、防戦一方となっている。
まずは──。コンビネーションを活かして交互に攻撃を繰り出している獣の間へ剣を振り下ろして、開いた隙間を跳び上がりアーダンの横へ並んだ。
「強力な助っ人の登場だな! そんで、あのお子様はなんだ?」
「昨日王宮に忍び込んだ賊です。子どもに見えますが24歳だとか。〈燃ゆる火の紋章〉を宿している紋章士です」
「なるほど、重要な戦力だということは理解した」
2体の同時攻撃をそれぞれの得物でさばく。口に収まらないほどの発達した2本の犬歯が自慢の攻撃らしいが、この程度なら。
踏み込もうとした矢先に強烈な風が吹きつけた。危機を感じて後ろへ下がれば、鳥型のフォヴォラの鋭いくちばしが地面を抉る。
「……なるほど」
「厄介だろ? 獣のタイプだけなら大して脅威じゃない。ところが、攻撃に転じようとするとすぐさまこうやって牽制されてしまう。動き回って一体ずつ確実に仕留めていくやり方もあるが──」
アーダンがちらりと後ろへ視線を送った。身を守る術がない住民が足をケガしたのか震えながら動けないでいた。「助けて、助けて」と呟きながら。
「……アーダン。〈重槍の紋章〉は確か」
「ああ。槍は目立つから持ってこれなかった。もう一本同じような棒でもあれば十分なんだが」
敵の攻撃を剣でさばきながら周りを見渡すが、あいにくと槍の代わりになるようなものは見つけられなかった。武器を取り扱っているのはここからまだ先、ギルド区だ。だったら。
獣の顔を蹴り飛ばしたところで、腰から鞘を引き抜く。
「〈重槍の紋章〉の適用範囲に、これは含まれるか?」
アーダンはにやりと笑った。
「問題ないぜ。俺は下の2体をやる。上は任せた。お前なら飛べるだろ?」
「ああ」
鞘をアーダンの元へ投げると怪物の後ろへ回り込む。跳び上がると同時にアーダンの左手の甲に刻まれた紋章が青白く光った。
〈重槍の紋章〉の主な効果は、槍を用いた際の威力が常人の2人分──簡単に言ってしまえば約2倍になるというもの。使用した場合、威力が遥かに上がるが、それだけではない。
両手に槍を装備した場合、それぞれに紋章の効果が付与される。つまりは、掛け合わせると4人が槍を突いたの同じ効果を及ぼす。紋章の適用範囲は、大雑把に「槍状のもの」。私の持つ剣では無理だったが、鞘ならば棒と同じように適用されるらしい。
棒や鞘は、本物の槍と比べると格段に威力は落ちるが〈重槍の紋章〉を活用することでその威力を十分補うことができる。
アーダンは迫りくる獣に対して2本の槍を突き出した。それは、容易に牙を砕き顔面を削り取る。
そして。上空に残っている最後の1体が滑空を始める前に、私の剣が体を真っ二つにしていた。
着地を終えたときには3つの黒影は消え始める。
次の行動へ移る前に大きな衝撃音が発せられた。顔を振り上げれば、巨大なフォヴォラの腕が少女の体を潰していた。