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第3話 始まりの剣を司る国

「それでは出発しよう。くれぐれも、私が王子だと気づかれないようにしてほしい」


「承知しました」


 秘書官以下、数人の近衛兵が口々にそう述べると、市民に扮した王子は馬ではなく徒歩で王宮の門を出立しゅったつした。王子の隣には街の若者を装った近衛兵の一人が付いている。友人2人で街を散策している、という設定だ。


 他の近衛兵も各々、怪しまれない程度に何かに扮しているわけだが……。


「なんだぁ? 不満そうだな? まあ、俺と一緒じゃ父親と娘みたいに見えちまうもんな、あっはっはっは!」


 私の背丈よりも遥かに大きい近衛兵長アーダン・ディンブラ殿が、豪快に笑い声を上げる。黒髪で隻眼の戦士だ。右目にはいつぞやの戦いでつけられたらしい切傷が深い跡として残っている。


「いえ、別段何も思ってはいません。ただ、王子の任務として共に歩いているだけで」


 本当は、王子の横がよかった……などと言えるわけもない。でも、楽しそうに談笑している王子を見ていると、少しうらやましくもあった。


「本当は王子の隣が良かったのに。王子はなぜ、私を隣に付けてくださらなかったのか……とでも言いたそうな顔をしているが?」


「……まさか、そんな。私はただ王子に仕える身、そのようなことは考えたこともありません」


 な、なななななにぃ!? 馬鹿な、なぜディンブラ殿に私の気持ちがっ! はっ! まさかっ!


「ところで、ディンブラ殿」


「ん? なんだ?」


「ディンブラ殿は、確か〈重槍じゅうそうの紋章〉を宿していると聞いています。他にもたとえば、他人の心を読む紋章など宿していたりなどは」


「他人の心を読む紋章?」


「もしくは感情を読み解く紋章でも」


 ディンブラ殿は、また大きな声でひとしきり笑うと、目から出た涙を拭った。そんなにおかしいことを言ってしまったのだろうか。


「そんな紋章聞いたことねぇな。俺が使えるのは兵士になってこの方、ずっとこの左手の〈重槍の紋章〉だけ。魔法の方は全然だめだから、この身に宿せる紋章も一つだけだ」


 そう言うと、左手の甲を見せてくれる。そこには、2本の槍が交差した紋章が描かれていた。


「なるほど。失礼、少し気になったもので。ありがとうございます」


「いや、なに。それにしても、秘書官様は、何か心の中を読まれると困ることでも考えていたのかい? たとえば、王子のこととか。心なんて読めなくてもな、顔を見てたらわかるよ」


「ふっ。またお戯れを。まあ、確かに王子のことは考えていました。目深にフードを被っているとはいえ、誰かに正体がバレてしまうのではないか、とか」


 なぜだ! なぜ、バレている! 紋章の力ではない!? それならどうして!!


 城下町へ通ずる石橋を渡り切るところで王子が振り返った。


「おーい、ティナにアーダン! もっと普通の会話をしてくれ! そんな会話ばかりしてたら怪しまれるだろう!」


「こ、これは失礼しました。配慮が足らず」


「いいんだ! じゃあ、行こう!」


 橋を渡り切れば久方ぶりの城下町に出る。王宮とは打って変わって賑わう光景に、懐かしい匂いを感じた。


「なぁ、ところで──」


 ディンブラ殿は耳に顔を近づけると声を潜ませて聞いてきた。


「どうやって、王や大臣連中を説得したんだ?」


「ああ、それなら。『万が一にも王子の身に危険が及ぶことがあれば、賊と賊に繋がる全ての者を殺し尽くしたのちに私がその首を持って償わせていただきます』、とベルテーン現国王に述べることで、無事に王子の提案した無理難題を解決することができました」


 なぜか野良猫がねずみをくわえた場面に出くわしたような顔をすると、ディンブラ殿は額に手を当てて頭を横に振った。


「何か?」


「いや。秘書官──おっと、ここからはティナだな。ティナのその手腕に感心しただけだ」


「はぁ……」


 ディンブラ殿は目を鷹のように鋭くすると、まるで新しいものを見るようにキョロキョロと辺りを見回す王子の後ろ姿を見た。


「さぁて。無事平和に終わってくれればいいけどなぁ。なんて言っても『始まりの剣』を司る国の王子だ。気を引き締めていくとするか」


「ええ。それはもちろんのこと」

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