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第13話 葛藤

 夏場はむせてしまいそうになるほどのこびりついた汗の匂い。四方から聞こえるかけ声や怒鳴り声。武器と武器が重なり合う音に鎧がぶつかり合う音。そして、なによりも身体中を締め上げるような緊張感が漂う。ほんの数週間まで私がいた訓練場だ。


 日夜関係なく熱気で溢れている訓練場には、今日も多くの兵士が詰めかけていた。いついかなるときも国を守り、民を守るために訓練を怠るわけにはいかない兵士たちは時間さえあれば訓練場へ通い、力と技を磨き上げている。


「ここでは話などできないと思うが」


 訓練場の中央に私とアーダンは向かい合って立っていた。兵士の目が私達に注がれている。ざわざわとした話し声の中には、「久しぶりにアーダン元大佐の槍さばきが見れるのか!?」「ティナさんの舞のような剣もしばらく見てなかったしな!」などなぜか期待の声が上がっている。


 アーダンはいつもの調子で大きな笑い声を上げた。


「軍人同士の話し合いはこれだろう。お前とは、王子のもとに仕える前から戦ってみたかったしな。遠慮はいらねぇから、打ち込んできな」


「……今の私には剣を抜く理由がない。雑務も含めてやることが山のようにあるからな」


 なぜか私の言うことをまるで聞く様子もなく、アーダンは地面に置いていた自身の槍を手にすると穂先をこちらへ向ける。


「いいから来な」


 アーダンの顔から笑顔が消える。長く戦場にいた武人の鋭い瞳に変わる。


「……せぬ。が、そうまでするのならお相手しよう」


 剣を構えると、周りから歓声や指笛が上がる。意図はどこにあるのか、全く理解できないが意味もなく戦うような血気盛んな人間ではない。勝負を決すればわかることなのだろう。


「いざ参る」


 真っ直ぐに踏み込むと剣を正面から振り下ろす。予想通り槍で受け止められるが、アーダンがさらに力を込める前に一度後ろへと下がり、回転しながら剣を振るった。


 アーダンの口角が上がる。攻撃の手を読んでいたようで目前で槍が左右に回り、剣が弾き返されてしまう。大きく後ろへと跳ぶと距離を取った。


 汗が滴り落ちる。2、3手、刃を交えただけで体の底から熱くなっていた。


「『疾風迅雷の舞姫』と呼ばれた秘書官殿も、さすがに慎重にならざるを得ないか?」


「その名は特別扱いされてるみたいで好きじゃないんだ。私は、ただ誰よりも強くなるためにこういう戦い方をしてるに過ぎない」


 『まつりごとに女を関わらせるなど』──防衛大臣のげんが微かに頭をよぎる。


 女、女、女。私はどこへ居ても特異な目で見られることが多かった。軍人を目指すことなど、入隊しようと思うことなど一般の女性はつゆとも思わない。周りにいるのは男性ばかりで、私はどこでも特別視されてきた。


 手に馴染む柄を握りしめると、私はもう一度アーダンの元へ走った。正面からは当然、受け止められる。選択肢は真後ろを取るか、上空からの一撃。狙うタイミングはアーダンの腕が伸び切った後だ。


 長槍を一度引くと、重い攻撃が繰り出される。眼前へ伸びるそれを捉えると、顔を逸らして私はさらにもう一歩足を踏み出した。


 上からの攻撃も後ろへ回ることも、おそらくアーダンは読んでいる。ならば意表を突くのは危険と隣り合わせのこの行動。


 孤児出身の私に後ろ盾などない。頼れる人などいない。私が頼れるのは、己自身だけ。この身に付けた力だけ。


 鋭利な切っ先が頬をかすめる。痛みが走るが気にせず正面から剣をいだ。


 しかし剣は空を切っていた。気づいたときには槍の柄が腹部を打ち付けていた。目の前が暗くなる直前にアーダンの宿した紋章の光が消えるのが見えた。

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