怪しい依頼と謎の既視感2
「…おや、君たちは鼠谷さんお抱えの護衛ではないようですが」
相馬が話しかけてくる。後ろの集団に余程の信頼を寄せているのか、それとも肝が据わっているのか。もしかしたら凛音たちになんの恐怖も感じていないのかもしれない。武器を持って睨み合っている集団に挟まれているというのに、優雅にティーカップを傾けて紅茶の香りを楽しむ余裕まで見せている。あたりに紅茶にいい香りが漂った。
「今日初めて雇われたんですよ、大金につられまして」
「おやおや、それでは盛大に歓迎しなくては」
ふふふと笑い相馬がそっとティーカップを置く。カチャン、と軽やかな音がした瞬間、後ろで待機していた紫の集団が死神のような鎌を構えて一斉に襲いかかってきた。
「歓迎するというなら少し手加減してくれませんかねっ」
「私は全力で歓迎するタイプなんですよ?手加減なんてとんでもない」
いきなり脳天を狙われて焦った。攻撃を必死に避けながら相馬の様子を伺う。
まるで彼の周りだけ違う世界のようだった。こちらは殺し合っているというのに、あちらは今度はどこからか取り出した本を片手に読書を楽しんでいる。しかも外国語の本である。優雅だ、優雅すぎる。温度差で風邪を引きそうだ。
「凛音っ!集中しろ!!」
相馬に意識を向けすぎていたのか、春に怒られてしまった。慌てて戦闘に集中する。
紫の集団はどこか奇妙だった。間違いなく肩を撃ったのに、傷をまったく気にせずに鎌を振り上げ襲ってくる。まるで痛みを感じていないかのようなその様子に狂気を感じた。しかも文句なしに強い。2人も苦戦しているようだ。いくら春が切り捨てても、冬希が撃ちまくってもダメージがあるように見えない。後ろの人達を庇いながら戦うのは限界があった。
「そこの人たち!早く部屋の外に出てください!!」
まったく役に立っていなかった無駄に厳つい黒服たちが慌てて動き始める。恐怖で腰を抜かしている鼠谷や案内役の男を引きずって部屋から出ようとした時、彼らに紫の集団の1人が襲いかかるのが見えた。急いで銃を構えて、頭に狙いを定める。人を撃つのはまだ少し恐ろしいが、ためらっている暇はない。覚悟を決めて引き金を引く。パァンと乾いた音がして弾は脳天を撃ち抜いた。崩れ落ちる様子を見ると同時に護衛対象が全員部屋から出たのを見届けた。ほっとした感情と人を殺したという罪悪感のどちらも感じて隙ができていたのかもしれない。
だから気付けなかった。後ろに迫っていた敵にも、焦ってこちらに向かってきていた春にも。
「危ないっ!」
どんっと背中を押されて倒れる。慌てて後ろを振り向くとそこには、背中を血に染めて倒れる春の姿があった。
「え……」
視界が真っ赤に染まる。慌てて傷口を押さえるが、触れた手のひらが真っ赤に染まっていた。頭が真っ白になる。自分は庇われたのか。自分のせいで春は倒れたのか。何も考えられなくなる。なのにどこか奇妙な既視感を感じる。まるでこの光景を知っていたかのような…。遠くで冬希の悲鳴が聞こえた。
「春っ!凛音っ!」
こちらがどんなに混乱していても敵が止まってくれる訳が無い。気がつくと目の前に鈍く光る刃が迫っていた。思わずギュッと目を瞑る。ああ、自分はここで死ぬのか。春に、あの人達に助けられた命をなんの役に立てることもなく。
(………あの人達?)
疑問に思うと同時に脳裏に真っ白な部屋がぱっと浮かんで消えていった。その白い残像を追いかけようとした時気づいた。なぜ衝撃が来ない。不思議と周囲も耳が痛いほどの静寂に包まれている。恐る恐る目を開くと、そこにはあの真っ黒な少女がこちらに背を向けていた。
「ふふっ、待ってましたよ?神代姉弟」
「……………」