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怪しい依頼と謎の既視感1

次の日のことである。

事務所にはとある依頼人が訪れていた。年中閑古鳥が鳴いているこの事務所にとって、短期間に2人も依頼人が来るというのは非常に珍しい。依頼の電話を受け感動した春が凛音たちを射殺しそうな目で睨み、やらかすなよ⋯という圧をかけてきたのは余談である。凛音としても春の機嫌が良いのは喜ばしいので失敗したくない。がそれにしても、


「護衛、ですか?」


「そうだと言っている!」


この依頼人、とてつもなく態度が悪い。これはあれだ、お客様は神様だとか言って店で威張っている類のやつだ。面倒くさい。そもそもここは探偵事務所だ。看板が見えなかったのだろうか。それとも探偵の意味が分からないのだろうか。前にも訴えたかもしれないがボディーガードを探偵に頼むな。探偵とは頭脳で戦うんだよ。肉体言語とかいう野蛮なことはしないのだ。そんな脳筋の探偵などいるわけ無い…


春と目があった。

いつかの水を刀で切った彼の姿が脳裏を横切る。

いたな。うん、いたわ。


「⋯⋯⋯おい、おい聞いているのか!!」


「あ、はい聞いていますよ」


依頼人にも春にも睨まれる。聞いていると言ったのに。別に嘘はついていない。ただ右から左に流しているだけだ。知らないおっさんの自慢話くらい聞き流してもいいだろうに。はあ、と大げさなため息をつかれた。ほんとになんなんだ、こっちがため息をつきたい。


「とにかく!明日の午後、我らが会長の護衛をしっかり頼むぞ!もし何かが起こり会長に身にかすり傷でも負わせたら訴えるからな!」


ドスドスと足音を鳴らして彼は帰っていった。


「⋯え、ねえあの人面倒くさい。断ってもいい?」


「だめに決まってるだろ。いくら貰えると思ってるんだ」


そうなのだ。今回の依頼はたった数時間の護衛で貰える報酬が桁違いに多い。どこかきな臭さを感じるが年中金欠の凛音たちにとっては確かにありがたい話である。あるのだが、しかし“我らが会長”の名前も言われず、最大戦力で来いと言われるとどうも何かに巻き込まれる予感しかしないというかなんというか、つまり面倒くさい。


そもそも最大戦力とはなんなんだ。探偵の最大戦力とはなんぞや。一応全員戦えるから良かったのだが。春は刀を扱う。凛音と冬希は銃が得意だ。昔施設の職員に『将来役立つかもしれない』と鍛えられたのだ。


「確かに役に立ってるよなぁ、先生⋯⋯」


1人ぼやいていると部屋の隅で気配を消していた冬希が目を爛々と輝かせて飛びついてきた。


「断るなんてだめに決まってるよ!探偵なんだから人のためになることをしなきゃ!!」


様子がおかしい。誰だこれは。人が苦手以前に奉仕の精神など持ち合わせていないのが凛音の知っている音無冬希という人間である。道端にごみが落ちていても見もしない。募金箱に寄付などしたくない、そんなことならゲームに課金したい、でもケチくさいと思われたくないから札を入れるようなドヤ顔で10円玉を入れるような奴なのだ。それが今なんと言った?


さっきの男がなにかしたのかと思ったが見た感じ異常は感じられない。ではなぜ?と考えると思い当たることが1つ。つい数日前、部屋でゲームをしていた冬希が急に奇声を上げたことがあった。どうやら好きなキャラのイベントが来たらしい。課金しまくるぞおおおおと叫んでいたが考えてみよう。この探偵事務所は自分で言うのもなんだが客が少ない。よって収入も少ない。そんな職場で働いている彼女に課金しまくるお金などあるのだろうか、いやない。頭の中でチーンとベルの音がなった。なんだか今日は冴えているぞ。


「お前さては、貰った報酬でゲームに課金しまくるつもりだろ!」


「ギクッ」


「ギクッてほんとに言う人初めて見たよ!」


「そんな事言ってないよ!」


「言った!!」


「言ってない!!」


「認めろ!!!」


「認めない!!!」


「うるさいガキども!!!!」


ぎゃあぎゃあと言い合いをしていると、大魔王春サマからのお叱りが入った。ここで同い年だー、とかガキじゃないー、とか言い返すともっとやばいことになるのは長い付き合いから学んでいる。なのでそんなことをするやつはここにはいな………


「ガキじゃないし!」


あぁ、やってしまった。冬希が。ぎゃあああと叫びながら春に引きずられていく彼女を、ぎりぎり説教を免れた凛音は心の中で合掌しながら見送った。















次の日の午後、つまり依頼の日。凛音たちは指定された場所に来ていた。なんてことはない、ただのビルの前だが、もう時間になっているのに誰もいない。何なんだと思っていたら昨日依頼に来た男が出てきた。


「おい!さっさとしろ!」


いや遅れたのはそっちだろうと言いたくなるのをぐっと堪える。あれはお金だ、あれは金だと言い聞かせていたらだんだん男の顔が札束に見えてきた。中年男性の脂ぎった顔よりもこれならだいぶ我慢できる。エレベーターで上の階に上がりながら、札束が今回の依頼をやっと詳しく説明してきた。


「今日は会長ととある方の商談がある。その間、お前らは会長の後ろに立ち護衛しろ!」


前言撤回。あまり詳しくなかった。しかし護衛が必要な商談だなんて随分物騒な話だ。エレベーターはそのまま最上階に着き、男はその奥にあった重厚な扉の前で立ち止まる。


「ここに会長方がいらっしゃる。いいか、絶対に無礼をはたらくなよ!」


そう言う男の顔は脂汗がだらだらと流れ、若干青褪めていた。どうやらよっぽど“会長方”が恐ろしいらしい。この傍若無人な男がここまで恐れるとは、一体どんな人間なのか。少しわくわくしていると扉が開き、中の様子が見えた。


奇妙な光景だった。最上階の部屋だからさぞ景色が良いのだろうと思っていたのに、窓はすべて分厚い布で覆われ部屋の中は薄暗い。そして部屋の中心には2つのソファが置かれ、2人の男が向かい合っていた。1人は初老の男で背後にはたくさんの厳つい男たちが控えている。もう1人はまだ若く、たった1人で彼らに向かい合っていた。だと言うのに初老の男は真っ青な顔でガタガタと震え、若い男はにこやかな顔で優雅に寛いでいる。部屋の中には不気味な空気が漂っていた。


凛音たちを案内してきた男が初老の男に近づきそっと声をかけた。


「か、会長。追加の護衛を連れてきました」


“会長”はちらっとこちらを見て、気もそぞろに頷いた。おそらくこの部屋に入る前、男は“会長方”ではなく向かいの若い男に怯えていたのだろう。それほどこの部屋は若い男の空気に呑まれていた。一体何者なのだろうかと考えていると、春がこっそり背中を突っついてきた。首を傾げて彼を見ると、会長と呼ばれた男を指さしていた。何かあるのかと男を見つめていると、どことなく見覚えがある気がする。少し悩んだ後、すぐに答えが出て驚く。いや別にすぐに分かったことに驚いたわけではなく、男の正体に気づいたからだ。“会長”とは、この国で有名な大企業の社長、鼠谷という男だった。凛音もよくCMで見るほどの有名人が一体なぜこんな怪しい取引をしているのか。しかし詮索しても良いことはない気がする。ここは黙って護衛に集中しよう。


「それで鼠谷さん。ここ最近どうやら怪しい動きがありましてね」


若い男が話し始めた。


「どうやら私達の中に裏切り者がいるらしいんですよ」


鼠谷が震えた。


「そこで詳しく調べたところ、あなたの名前が挙がったんですよ。おかしいですよねえ。」


鼠谷の震えが激しくなった。会話の意味は何一つ分からないが、なにやら雲行きが怪しい。


「さて、弁明を聞かせてください。……震えてないでほら」


「ち、違います!私ではありません相馬様!!信じてください!!私は決して横領など!!」


「どうして横領だと分かったんですか?」


「あ………」


相馬という男は決して声を荒らげているわけではない。笑顔で穏やかに問い詰めているだけなのに、得体のしれない恐怖を感じる。


「申し訳ございません!!つい出来心で!!」


「出来心で、ですか。まあそうでしょうねえ。ちょっと勇気を出せば恐ろしいほどの大金が簡単に手に入る。ついついやってしまうのも分かりますよ」


鼠谷の緊張が僅かに緩んだのが分かった。相馬がにこにこと同意するように頷いたため、見逃してもらえると思ったのだろう。しかし、次に続いた相馬の言葉は無慈悲だった。


「でもねえ、裏切り者はいらないんですよ」


だって、なんの役にも立たないでしょう?


そう言って相馬が蔑むように笑った瞬間、彼の背後に不気味な集団が現れた。全員が紫色のフードを被り、黒いのっぺりとしたお面を付けている。そのせいで一瞬、フードの中に何も無いかのように見えた。恐らく彼らは相馬の護衛だろう。これは厄介なことに巻き込まれた。もとからこの部屋にいた厳つい男たちは恐怖でまったく役に立たない。少しいらつきながら凛音たちは武器を構え、鼠谷を後ろに庇った。



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