被害者の正体
「2人とも見て」
夕食を終え凛音が部屋でくつろいでいた時、冬希から声が掛かった。トレーニングをしていた春も近づいてくる。冬希が指したパソコンの画面を見ると、映されていたのはとあるネット記事だった。
【今日の午後6時頃、警察に△△県在住の〇〇〇〇が自首した。〇〇は夫と共に銃の密売を行っており、売った銃の数は数千丁にも及ぶ。自首した理由を聞くと、「夫が何者かに殺され、自分も命の危険を感じたため警察に捕まり身の安全を確保したかった」と話した。⋯⋯⋯⋯⋯⋯】
その記事に載せられていた写真に映っていたのは、今朝事務所に来た依頼人とその夫だった。彼らが今まで行ってきた密売、詐欺などの数々の犯罪を見て、凛音は衝撃を受けた。脳裏に映るのはやつれて涙を流していた依頼人の姿。あれは演技だったというのか。結婚記念日を楽しみにしていたというのは嘘だったのか。しかし何度見ても記事の内容は変わらない。【夫は同業者で都合がいいため契約結婚⋯⋯】【行方不明になりすぐに外国に逃げる準備を⋯⋯】【重要なデータを持っていたため捜索を探偵に依頼⋯⋯】目に映るたくさんの非情な事実に凛音の頭はパンク寸前だった。
「⋯別に珍しくもない、か」
春が呟く。確かにそうだ。カミがいるこの時代、人間は大きな力を持つようになり、同時に犯罪の発生も多い。身に余る強大な力に溺れ、他者を傷つけることを楽しむようになることも少なくない。
だが全ての人が犯罪に手を染められるわけではない。もちろん力をコントロールし溺れない者もいるが、ほとんどはカミの性格が影響している。カミの性格は様々だ。慈悲深いもの、契約者以外に興味がないもの、冷酷なもの、まるで人間のように十人十色だが、1部のカミは犯罪を嫌う。人を騙すもの、命を奪うもの、そういったものを行うと契約を切られることもある。カミと術を中心に回っているこの時代、契約を切られるのは命が無くなることに等しい。しかし、さっきも言った通りカミの性格は多種多様。もちろん犯罪を好むカミも存在する。
「契約しているカミが犯罪OKだったんだね⋯」
「すっかり騙されたな。演技だなんて気が付かなかった」
「なんかショックだな⋯俺探偵なのに気づかなかった」
「俺もだ⋯」
「2人ともポンコツ」
「じゃあ冬希は気づいてたのかよ」
「いやまったく」
「「おい!」」
馬鹿らしい会話。しかしいつも通りの風景に心が落ち着いてきたのを感じた。幼い頃から共に育ってきた幼馴染たちに感謝しながら、凛音はゆるく微笑んだ。
深夜、凛音はベッドの上で考えていた。心が落ち着くと気になってくることがある。殺人現場から出てきた美しい少女。どう考えても犯人だが、一体何者なんだろうか。被害者が犯罪者なら怨恨の線が濃いが、彼女は恨みを持つ本人なのか、それとも依頼を受けた殺し屋なのか。殺人を犯したということは、彼女のカミは犯罪を気にしないタイプなんだろうか。ぐるぐる考えて眠れずにいると、脳内に声が聞こえてきた。
[眠れないのか?凛音]
「鬼燈か。」
鬼燈は凛音が契約する火のカミである。ガタイの良い褐色の肉体と火のように輝く瞳や髪を持つ美しい姿をしている。なかなか言う事を聞いてくれないし喧嘩っ早いがここぞという時は頼りになる兄貴分である。凛音は鬼燈に悩み事を説明した。
[なるほど。そのどちらかだろうな。術を使う殺し屋も存在する。殺人が好きなカミか契約者にしか興味が無いカミであったら違和感はない]
「だよねー」
[だがなぜそんなに悩む?依頼を受けた訳でもない。奴に狙われている訳でもない。答えが出なくとも困らないだろう]
「分かってるけど⋯気になるだろ」
[気にならない。寝ろ。縁があればいつかは分かる]
そっけなく言われる。なんの解決もしなかったが、一度考えを吐き出したおかげですっきりした凛音は深い眠りに引き込まれていった。