迷子と少女、そして死体
数時間前⋯⋯⋯⋯
凛音の事務所には、怒声が鳴り響いていた。
「おい、お前らいい加減にしろよ!」
銀髪の男、駿河春が仁王立ちで、正座をしている男女を見おろしていた。
「そんなに怒らないでよ…」
「⋯⋯声がうるさい」
凛音と金髪の女、音無冬希が言うが、全く反省している様子はなく春の額に青筋が浮かぶ。
「これはどういうことだ!見てみろ、この汚部屋を!さっき掃除したばかりなのに!」
事務所内は脱ぎ散らかした衣類や、何に使うか分からない大量の電子機器、弁当やお菓子の空袋で埋もれ、とてもじゃないが依頼人を迎えられるような状態ではない。
「ふざけるなよ!掃除しても掃除しても綺麗になった場所からお前たちに汚されていく俺の気持ちを考えたことがあるか?!こんな部屋に客なんて来るわけない!ああ、こんなに働いてるのにまた安月給か⋯好きな物も買えない、でかい幼児の世話を2人もしなきゃいけない⋯俺はなんのためにここで働いてるんだ⋯?」
だんだんと小声になりぶつぶつと愚痴をこぼし始めた春にさすがにやりすぎたと凛音は反省する。が、直せる気はしない。
「やばい、春が闇落ちしてるよ」
「⋯⋯掃除して1時間で散らかすのはやりすぎたか。散らかすのは楽しいのに」
「さすがにやりすぎかな、せめて3時間くらい?」
「おいお前ら聞こえてるぞ!1時間も3時間も変わらんわ!ふざけんな今度こそ家出してやる!」
それは困る。非常に困る。そもそもこの部屋の惨状は十分の七くらい冬希のせいだ。凛音はせいぜいお菓子のゴミを2、3個捨て忘れただけである。家事はあまり得意ではないし、冬希は言わずもがな。春が出ていくと真剣に死ぬ。
「春がいないと俺達死んじゃうよ!見捨てないで!」
「⋯生活力皆無の私達を置いていくの?」
「くそっ、こいつら腹立つ!でもほっといたら間違いなく死ぬことが分かっているこいつらを置いていけない自分の甘さも腹立たしい!」
ぶつぶつと愚痴を呟く春の哀愁漂う後ろ姿にさすがに罪悪感が湧き、2人が掃除を始めたその時、来客のチャイムが鳴った。3人は思わず目を合わせ、部屋を見回す。どこを見てもゴミ、ゴミ、ゴミの山。
「やば⋯⋯、しょ、少々お待ち下さぁーい!!」
凛音は叫び、3人は急いで部屋を片付けだした。
✼✼✼✼✼✼✼
「夫が帰ってこないんです。」
どうにか片付けを終え迎えた依頼人は、とても疲れた様子の女性だった。
「帰ってこないとは、どのくらいでしょうか?」
凛音は女性に質問した。一応凛音がこの探偵事務所の代表である。春はお茶の準備をし、冬希は部屋の隅で大人しく話を聞いている。
「もう2日になります。その日は結婚記念日だったので、夫は早く帰ってくると言っていたんです。なのに数時間どころか、2日も帰ってこなくて。最初はただ仕事が長引いたのかと思っていたんですが、あまりにも遅すぎるしなにも連絡がつかずどんどん不安になってきて⋯⋯なにか事件にでも巻き込まれたんでしょうか!夫は、あの人は無事なんでしょうか!?」
鬼気迫る様子で叫ぶ女性に痛々しさを覚えた。隈は濃いし目も血走っている。一体どれだけの不安とともにこの2日間を過ごしたのだろう。
「お、落ち着いてください。現時点ではなんとも言えません。まずは、ご主人の職場とご自宅を教えてもらえますか?」
「⋯わかりました。」
✼✼✼✼✼✼✼
話を聞き終えた凛音は女性を帰した後、春と調査に向かった。
「いいか、絶対に部屋を散らかすなよ?ゴミはゴミ箱に、出した物はあった場所に、これをしっかり守れ!」
「はーいママ。さっさと行ってきなよ」
「ま、ママ!?」
「留守番頼むぞー冬希」
ママ呼びに衝撃を受けている春を連れて向かった彼の職場で話を聞くと、彼の同僚、上司、後輩、全員口を揃えて彼は定時に帰ったと言った。
「やっぱり事故か事件にでも巻き込まれたのかな⋯」
「そうだな、わざわざ早く帰ってくると言っていたなら、自分の意志で姿を消したとは考えにくい。っておい、ちゃんと前向いて歩け。ぶつかるぞ。」
「え、ああ。電柱にぶつかるところだった。ありがとうママ。じゃなかった、春」
「おいお前ふざけんなよ⋯」
しかし、考え事をしながら歩いていたせいで、商店街を出たあたりでいつの間にか凛音は春とはぐれてしまった。
「⋯⋯あれ、春?」
カラスの鳴き声で凛音は顔を上げる。周囲は全く見覚えのない街並み。夕日に照らされていて無駄に美しい。慌ててスマホを見るが、充電切れで電源が付かない。
「完全に迷子だ、どうしよう⋯⋯」
まさか25歳にもなって迷子になるとは思わなかった。途方に暮れていたとき、人影が向こうから歩いてくるのが見えた。
「ちょうどよかった。すいません、商店街ってどっちの方向でしょうか?⋯」
道を聞くために声をかけた瞬間、凛音は息を呑んだ。
おそろしいほど整った顔立ちの少女だった。怜悧な印象を受けるシュッとした切れ長の、吸い込まれるような底の見えない漆黒の瞳。腰まである長い濡れ羽色の髪。人形のように美しいのに髪も服も黒いせいで、どこか不気味に感じた。
彼女は無言で凛音をじっっ……と見つめると、何も言わずにただ1つの方向を指差した。
「あ、ああ。ありがとうございます⋯」
少女は再びじっと凛音を見た後、去っていった。とても綺麗だったが、綺麗すぎて怖い印象を受けてしまう子だったなとぼんやり思う。
そこでふと凛音は疑問に思った。
「なんであの子はあんな細い路地裏から出てきたんだろう?」
少女が出てきたのは、大きな工場の間にある細い路地裏だった。かなり長いようでその先は見通せない。なんとなく気になり進んでみると、意外と暗くなり少し焦る。しかも何やら後ろから足音が聞こえてきた。焦って小走りになると、その足音も速くなる。なんかやばいことに首を突っ込んでしまったのかもしれない。路地裏に入ったことを後悔し始めたとき、凛音はなにかに躓いた。もう逃げられない。しょうがないので、携帯していた護身用の銃をこっそり構える。
足音がコツ、コツと近づいてくる。緊張と共に銃を握り直すと、掛けられたのは見知った声だった。
「おい、そこにいるのは凛音か?」
同時にスマホのライトを向けられて目を細める。そこにいたのははぐれたはずの春だった。
「なんだ春か…。変な人に追いかけられてるのかと思って焦ったよ…」
「焦ったのはこっちだよ。いい年した大人が迷子になるなんてな。しかもそれっぽい人影を見つけたから声を掛けようとしたらどんどん逃げていくし」
「場所を考えよう場所を。誰だって薄暗い路地裏で追いかけられたら怖くて逃げるから」
「まあ確かにな…って凛音。後ろにあるのはなんだ?」
「え?」
春が背後をライトで照らす。
するとそこにあったのは死体だった。
しかもよく見ると、依頼人から貰った写真の夫の顔によく似ている。彼の首は、鋭利な刃物のような凶器で切り裂かれていた。
「まじかよ、死んでんじゃねえか⋯おい凛音、どうした?さっさと警察に通報するぞ」
「うん⋯⋯⋯」
凛音が考えていたのはさっき出会った少女のことだった。彼女はこの路地裏から出てきた。どう見ても誰かに殺された死体があるこの場所から。彼女が犯人なのだろうか。とても美しく、まるで……そう、まるで死神のようなあの少女が。
少女の背後に死神がぼやーんと浮かんでいる妄想が出てきてしまい、頭を振って追い出す。凛音は春と一緒に、警察に通報した後事務所に帰っていった。
✼✼✼✼✼✼✼
「⋯行ったね。怪しまれたかな?」
『そりゃそうだよ。殺人現場から出てきた人が怪しくない訳が無い』
「あーあ。こんなところ誰も通らないと思ってたのに」
『まあしょうがない。どうやら迷子になっていたようだし。ところで、今日の夕食は炒飯でいい?』
「もちろん。大好物」
『ふふ、それはよかった』
テンポの良い会話をしながら、少女は1人で帰っていった。
火澄凛音 25歳
茶髪のマッシュ。天然かもしれない。火のカミと契約している。銃が得意。一応主人公枠。他のキャラが濃いので、かすまないように存在感を増していく予定。
駿河春 25歳
短い銀髪。みんなのオカン。風のカミと契約している。剣が得意。主人公の幼馴染で同僚。背も高くモテるはずなのに2人の面倒を見ているせいで苦労が絶えない。
音無冬希 23歳
淡い金髪のボブ。人が苦手だけど凛音と春は大丈夫。金のカミと契約している。凛音と春の幼馴染で同僚。機械に強く、記憶力がとてもいい。ゲーム大好き。




