プロローグ
鏡花水月⋯目で見ることはできても手に取ることは不可能なことのたとえ。
幼い頃から一番身近な存在だった。いつも一緒で、離れている時などなかった。大切な大切な、己の半身。それは今も変わらない。⋯⋯だけど、話すことができても、姿を見ることができても、触れ合えない。これがこんなに堪えることだとは思っていなかった。
私は、今もあの時の事を後悔している。あの子を守るどころか、ただ庇われるしかできなかった自分を⋯……
憎んでいる
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この世界は不思議だ。
火澄凛音は常々思う。
現代日本、人々は〝カミ〟という存在と契約し不思議な力を得ることができる。世界はその不思議な力、〝術〟を中心に回っていた。契約するカミは人によって様々で、強さも上から下までピンからキリである。カミと契約すると髪の色が変わる者もいて、街はまるでファンタジーの世界のようにカラフルな頭で溢れている。ちなみに凛音は火のカミと契約しているがなぜか茶髪だ。解せぬ。
この世界は不思議だ。
カミという存在は分からないことだらけだ。一体彼らは何者なのか、どこから来たのか、いつから、なぜ人間に力を与えるのか。そしてそれらを誰も疑問に思わない。気づいたら側にいる家族のような存在。その正体は謎に満ちているというのに。
この世界は不思議だ。
親に捨てられた凛音だが、施設で家族の暖かさを知ることができた。今は2人の幼馴染と共に事務所を設立し、探偵などというものをやっている。しかしやって来る依頼はペット探しから用心棒の依頼まで多種多様すぎる。これは本当に探偵と言えるのか。とりあえず、用心棒は探偵に頼むなと言いたい。
そして今、
カアーッ、カアーッ、カアーッ
カラスが鳴いた声に凛音は顔を上げた。夕日に照らされ美しい、全く見覚えのない街並み。充電が切れてうんともすんとも言わない、スマホ。
「完全に迷子だ⋯⋯」
やはりこの世界は不思議だと心の底からそう思う。25歳にもなる男が迷子になるなんて。




