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鬱屈と猫の声

作者: 涅成 純

お前は私の事なんて気にせず、にゃあと鳴くんだな。


 今日、仕事を休んだ


全てに疲れてしまうことがある。

いじめや大切な人との別れなんて感傷的な出来事は何もないけど。

仕事やそれに付随する人間関係、日常生活を送る中で少しずつ積み重なっていくストレスが無視できないほど大きいものになった時、全部を投げ捨ててしまいたくなる。

毎日のように朝起きてから家を出る時間ギリギリまで、このまま休んでしまいたいなと思う。

そうしてたまに本当に休みをもらったとして、次はこのまま辞めてしまいたいと思う。

何がそんなにも嫌なのかと聞かれればわからないとも全てだとも応えられてしまう自分がいて、それが無性に情けなくて消えたくなる。

強いて言うなら周りの人達が、親が、友達が、同僚が、上司が、当たり前にできることができない自分が嫌なのだろう。多分そうなのだと思う。そんな風に育ってしまった申し訳なさや不甲斐なさが涙になってあふれ出す朝六時の布団の中はいつだって地獄みたいに柔らかい。

もういいのではないか。と、布団の中うつ伏せで鼻を鳴らしながらぐずる人間の背中に突然重みが降って来た。


 四つの点で支えられたそれは自分の下にある人間の様子など知ったこっちゃないと言わんばかりに呑気に鳴き声をあげる。

黒い猫だ。

飯か。水の交換の催促か。それとも他の何かを要求しているのか。

毎朝ほとんど同じ時間に鳴き声を上げるそいつは、けれども毎日様々な意味をのせて私の上で鳴いてみせた。


黒い猫。

小さい頃に保護されてからずっと人間に飼われて、きっともう野生には戻れない黒い猫。

人間がいないと、きっともう生きてはいけない猫。

お前が鳴くから私は布団から這い出てなくちゃいけなくなったというのに、なにを呑気に鳴いているんだ。人の気も知らないで。

今日の私はこんなにも鬱屈とした気分だというのに。

お門違いな苛立ちを覚える私とは対照的に、どこまでも猫はいつも通りに鳴いた。


黒い猫。

小さい頃に保護されてからずっと私に飼われたせいで、きっともう野生には戻れない黒猫。

私がいないと、きっともう生きてはいけない猫。

私がいなくなるかもしれないことなんて微塵も想像していないようにいつも通り呑気に鳴く猫。

用意した餌をカリカリと音を立てながら食べるその丸い背中をそっと撫でると生き物特有の温もりがそこにはあった。

この温もりが消えてしまうのはなんだかとても寂しい気がする。

だからもう少し、せめてお前が死ぬまでは私もまだ生きてみようか。

お前の命の責任はちゃんと私が取らないといけないのだから。

でも今日はひとまず少しの申し訳なさと少しの優越感に浸りながら遅めの朝食でも取ろう。


黒い猫。

私の事なんてお構いなしに、自由気ままに自分のしてほしいことを訴えるために鳴く黒い猫。

悲しい時は泣くのか。それとも今と同じように飯の催促の為に鳴くのか。

お前には、私になにがあってもできるだけいつも通りの鳴き声をあげてほしいと思うよ。

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