ep.8 覚醒
数週間後、翔は自分の中に変化を感じるようになった。
ザラゴスの教えを受けているうちに、彼の体に何かが目覚めてきたのだ。
初めは小さな力の波だったが、それが次第に強くなるのを感じた。
翔は魔族の力を使いこなせるようになり、やがてその力を戦闘に活かす術を学んでいった。
ある日の訓練中、翔は初めてその力を引き出すことができた。
目の前に立つザラゴスが挑戦的に笑いながら言った。
「よくやったな。だが、これはまだ始まりに過ぎない。」
その言葉に、翔は思わず息を呑んだ。
「お前にはまだまだ試練が待っている。だが、その過程がお前を本当に強くする。」
ザラゴスは淡々と続けた。
「力を手に入れたからといって、満足していてはいけない。何れ、お前が得た力が本当の意味で試されるときが来る。」
翔はその言葉に頷きながら、心の中で自分の目指すべき道を再確認した。
彼は決して自分の力に溺れることなく、それを誰かのために、そして自分のために使う決意を固めた。
翔はその後、ザラゴスとの訓練を続けながらも、次第に自分の中に芽生えていた疑問や不安に向き合うようになった。
自分が持つべき力の本質、そしてそれを行使する理由。
魔族と共に過ごす中で、彼はそれを真剣に考えるようになった。
翌日、翔はザラゴスに連れられある場所に向かっていた。
足元に広がる森は次第に薄暗くなり、空の色も深い藍色に染まっていく。
辺りの空気もどこか異様な静けさを帯び、翔はその異常さに気づいた。
ふと立ち止まり、背後を振り返ったが、ただ茂みの中に広がる道しか見えない。
「もう少しだ。」
ザラゴスの声が翔の耳に届く。静かな語り口だが、その言葉には無駄がない。
翔は黙って歩き続けた。
しばらくして、ザラゴスが静かに言った。
「お前、不思議に感じなかったのか?」
翔はその言葉に不思議そうに顔を向けた。
「勇者適性の結果だよ。どうしてあんな結果だったのか、考えてみたか?」
ザラゴスの目が、暗闇の中で冷徹に光った。
翔はその言葉に一瞬言葉を詰まらせた。
確かに「自分は弱い」「力がない」と感じるばかりで、何故そうなったのかを考える余裕はなかった。
「Eランクだったのは、お前が弱いからではない。」
ザラゴスの続けてそう言った。
翔はその言葉をじっと噛みしめた。
だが、それでも胸の中に湧き上がる怒りや無力感は消えなかった。
彼は深呼吸をし、ザラゴスを見上げた。
ザラゴスは微かに目を細めて答えた。
「お前が『失敗作』だとされるのは、ただの評価に過ぎない。『勇者』でなくとも、この世界には他の可能性が無数に広がっている。お前がそれを知るには、まだ時間がかかるだろうが、少なくともお前にはまだ道がある。」
翔はその言葉を受けて、少しだけ力が湧いてきた。
さらに歩みを進めると、突如として広がる空間が目の前に現れた。
それは、ただの森の中の一つの平地ではなく、異様な形で構築された遺跡のような場所だった。
古びた石壁が並び、廃墟のように見えるその場所に、なぜか不思議な力を感じる。
「ここは?」翔は小さく呟いた。
「俺たちの訓練所だ。」ザラゴスは言葉を続けた。
「ここでは、俺たち魔族が何千年もの間、力を蓄えてきた。お前もここで、少しずつ自分の力を知っていけるはずだ。」
翔はその言葉に答えることなく、ただその場所に立ち尽くしていた。
ザラゴスは再び冷徹な表情で翔を見た。
「お前がここで生き延びるかどうかは、お前次第だ。弱ければ、ただ消えていくだけだ。」
翔はその言葉を胸に、静かに頷いた。
まだ見ぬ力を手に入れるために、新たな道を歩み始めることとなる。
翔はザラゴスの言葉を胸に、足を踏み入れた。
荒れ果てた石畳と草木が絡まり合ってできた隙間だらけの通路だった。
辺りに響くのは、風の音と、遠くで何かが崩れ落ちる音だけ。
場所自体がまるで時の流れを無視したかのように、静寂と古さを漂わせていた。
翔は再度、目を凝らして辺りを見渡す。
「ここは、かつて魔族が代々暮らしてきた場所だ。」ザラゴスが淡々と説明した。
「お前が思うような、豪華な城や領地とは違う。今はただ、我々が力を養うためだけの場所だ。」
翔はその言葉に何か深い意味を感じながらも、黙って歩き続けた。
今まで見たこともないような建造物や奇妙なモニュメントが立ち並んでおり、その一つ一つが古代の魔族の痕跡を感じさせていた。
その中には、動物の像や不気味な文字が刻まれた石柱もあった。
翔はその一つをじっと見つめ、ふと質問を投げかける。
「魔族の歴史ってどのくらい長いんだ?」
ザラゴスは翔の言葉に一度目を細め、そして言った。
「魔族は人間の歴史よりも遥かに長い。そして、その力を継承してきた。」
翔は立ち止まり、考え込む。魔族という存在は、ただ恐ろしいもの思っていた。
しかし、その背後にある歴史や力を少しでも知ることができれば、見え方が変わるかもしれない。
「故に王国にとって魔族は脅威だ。だからこそ、我々は常に影のように生きなければならない。」
ザラゴスの言葉はどことなく寂しさを感じた。
しばらく歩き、奥深くにある建物の前に立ち止まった。
そこは大きな石の扉があり、翳りを持った光が漏れている。
扉には古代の魔法陣のようなものが彫られており、翔はその美しさに目を奪われた。
ザラゴスは一歩前に出て、扉に手をかけた。
「お前も中に入れ。しばらくここで過ごすことになる。」
翔はその言葉に従い、扉を開けると、そこに広がっていたのは想像以上に広大な空間だった。
天井は高く、真ん中に広がる祭壇のような場所があった。
周囲には無数の魔法具や書物が並べられており、そこからは力強いエネルギーが感じられた。
「ここが新しい拠点?」
「そうだ。」ザラゴスは静かに答える。
「ここでは、古代の魔法や儀式が学べる。お前もここで魔族の力を得るための訓練を受けろ。」
翔はその言葉を噛みしめ、そして少しずつその意味を理解していった。
前に広がる空間は、まさに未知。
魔族の中で生き抜くためには、強くなるしかないという現実が迫ってきていた。
ザラゴスは一歩、近寄り言った。
「力とは、与えられるものではない。自分で見つけ、そしてそれを使いこなさなければならない。」
翔はその言葉を胸に刻みながら、大きく深呼吸をした。
この先どれほど過酷であっても、もう逃げることはできない。
翔は生きるために、力を手に入れなければならなかった。
「わかったよ。ザラゴス。」翔は静かに答えた。
翔の新たな決意を固めた瞬間だった。
覚悟を決め、翔は再び歩みを進める。力を手に入れるために。
翔がザラゴスの言葉を胸に、新たな決意を固めると、ザラゴスは一歩前に進み、彼に背を向けて祭壇に向かって歩き始めた。
翔もその後を追い、慎重に足を踏み出す。
「ここでの生活は、容易ではない。」
ザラゴスは突然、振り返って言った。
その言葉には、彼なりの警告と期待が込められているように感じられた。
祭壇の前に到達すると、ザラゴスは静かに手をかざした。
すると、祭壇の中央にあった石の盤がうっすらと光を放ち、空気が張り詰めた。
翔はその光景に圧倒され、足を止めた。
「これは魔族の儀式だ。」ザラゴスが静かに言った。
その言葉を合図に周囲の空気が一瞬にして重くなるのを感じた。
そして、これまで自分が抱えていた不安や恐れ、王国での自分への不信感。
それらが走馬灯のように脳に流れ込むのを感じた。次々に記憶が思い出され、心の中で渦巻いた。
しかし、それらの感情に支配されているわけにはいかない。
翔は深呼吸し、自分の心を落ち着けた。
「儀式を始める。目を閉じて集中しろ。」
ザラゴスの声が響くと、翔はその言葉に従い、目を閉じて心を集中させた。
突然、空気が一変し、翔の体の周りに魔力が渦を巻くように集まってきた。
初めて感じる感覚に、翔は一瞬息を呑んだ。
まるで自分の体の中にエネルギーが流れ込み、全身を駆け巡っているようだった。
その力は、身体的な痛みや重さを感じるものではなく、むしろ精神的な圧迫感を伴っていた。
自分の限界を超えた力が、今まさに自分の中に流れ込もうとしている。
「力は簡単には与えられない。」ザラゴスの声が再び響く。
「だが、それはお前がどれだけ自分に厳しくなれるか、どれだけ心を強く持つことができるかにかかっている。」
翔はその言葉に意識をさらに集中させた。
目を閉じたまま、自分の中で渦巻く魔力を感じながら、それを受け入れる覚悟を決める。
これがもし、魔族として生きるための第一歩であれば、翔はその一歩を踏み出す覚悟を固めた。
徐々に、翔の体の周りに集まっていた魔力が強く、鮮明になり、彼の体の中へと入り込んでいった。
心の中に安堵感とともに不思議な熱さが広がり、翔はその力を感じ取った。それは、今まで感じたことのない感覚だったが、どこか心地よいものでもあった。
「これが…魔族の力…。」
翔は自分の内側から湧き上がる力に、少しだけ驚きながらも、それを受け入れた。
その瞬間、ザラゴスは一歩後ろに下がり、静かにその様子を見守っていた。
翔の顔が少しずつ変わり、彼の目には強い光が宿ってきた。
「お前には、魔族の力を使う素質があるようだ。」ザラゴスは静かに言った。
「だが、力を使いこなせるようになるには、まだ時間がかかる。」
翔はその言葉に深く頷きながらも、魔族としての力を完全に身につけることができれば、何かが変わる確信を持っていた。
「ここからが本当の試練だ。」ザラゴスは翔に向かって言った。
翔はその言葉に心を決めた。魔族としての力を得るために、これから何を学ぶのか、どんな試練が待ち受けているのか、それはまだわからなかった。
しかし、少なくとも彼には一つ確かなことがあった。それは、もう一度自分を信じ、進んでいく覚悟を持ったということだった。
翔は未来に向かって歩き始めた。魔族の力を手に入れ、彼自身の運命を切り開くために。